10-15 見張塔
クラトは久し振りにティエラの執務室を訪れた。
ファトマはお茶と菓子を準備して席を外した。
「色々と迷惑をかけたなぁ」
クラトはお茶を飲むと、ぼそりと言った。
「・・・」
「それはそうと、俺が・・・」
「私はティエラ・パーセル・バルカ、バルカ女王だ」
ティエラはクラトの言葉を遮った。
「だから、強くあらねばならぬのだ・・・」
クラトは言葉もなかった。
もう何もしてやれない。そんな自分が言うべき言葉は無い。
別れの言葉以外は。
「クラト、これを持って行ってくれ」
ティエラは立て掛けてある大剣を示した。
それは15リグノ剣より一回り小さく見えた。
それでも大分大きいし、重さも常人が使う範疇にはないだろう。
「ありがとう、俺の剣は刃こぼれが酷いし、錆が出てどうしようもないからな。助かるよ」
しかし、受け取ってみるとそれはとんでもない重さだった。
「おぉ!?なんじゃ、こりゃぁ!?」
ティエラは楽しそうに言った。
「クラトにしか扱えぬ、20リグノ剣じゃ」
「20リグノ?俺、病み上がりっていうか病み上がり前って状態なのに、20リグノ!?」「何で重くしちゃたの?普通、軽くしないか?」
「いや、これを鍛えたのは大分前でな。渡しそびれていたのだ」
「重てぇ~。これで斬るなら、敵に動かないようにお願いしてからじゃないと当らんな」
「ははは、そんな願いを聞く相手もおるまい」
その剣はバルカの宝物庫に保管されていた最も硬いといわれる金属を鍛え上げたものだ。
「実はラヴィスの剣と私の双剣も同じ金属で鍛えている」
「ラヴィスのって、あの半身だけになってた刀かい?」
「いや、ラヴィスは勿体無いと言って飾っていたようだ。それこそ勿体無いのだが」
ティエラは席を立って執務室の奥へ行くと、刀を一振り手しにて戻った。
「これがラヴィスの刀だ」
その刀はラヴィスの髪のように黒い拵えに、鞘の握りは真紅の太刀緒が巻かれていた。
ラヴィスらしい雰囲気を醸し出している。
というかラヴィスそのものだ。刀から目が離せなくなった。
ラヴィスはこの刀を戦に使わなかったという。
俺たちが回収した刀、ラヴィスが最後まで握っていた刀はティエラが保管している。
しかしなぜか、この刀の方がラヴィスの意志や精神を宿しているように思えた。
ティエラは刀を横に握るやクラトに突き出した。
「この刀もお主が持ってゆくがよい」
「いや、これは・・・」
ラヴィスの刀はティエラを護る刀だ。
バルカを離れる俺が受け取れる刀じゃない。
ラヴィスの刀から目を上げると、ティエラの両目からは涙が溢れていた。
「・・・分かった。受け取るよ、その意志も」
この刀は約束だ。必ず戻る。ティエラを護る為に。
それをラヴィスにも約束しよう。
◇*◇*◇*◇*◇
夜半となった。クラトたち3人はバルカ城を出る。
夜明けまでに平地を抜けて山道に入っておきたい。
城外まではアヴァンが同行するそうだ。
「いざとなったらバルカ政府発行の通行証がものを言うだろうが、できるだけ避けた方が良いだろう。バルカ国の関係者と思われると面倒な事も多いからな」
「ありがとうございますアヴァン殿」
「しかし、クエーシトを制圧した将軍に送り役をやらせるとは、ラシェットめ」
バイカルノの言葉にアヴァンが笑って言った。
「俺が望んだのだ、お前らが最後にどんな顔をしてどうやって去って行ったかを見るためにな」
俺は気の効いた事も言えずにアヴァンの眼帯を見つめた。
「よし、行くか」
バイカルノの声にジュノと俺は頷いた。
アヴァンは俺たちに野外用ランプを手渡す。
「ランプは城下を抜けてから使ってくれ。じゃ、行ってこい」
「おう、行ってくるぜ」
こんな簡単なやりとりも一つの約束だろう。明確でなくとも形が無くても、理解し合えば約束になる。
ラヴィスの刀もそうだ。誰が知らなくとも俺は約束した。
そんな約束もあるのだ。
*-*-*-*-*
ジュノを先頭に3人は月明かりの下、道を急いだ。
やはりクラトが遅れがちになる。
風が出てきた。月が蔭った。
ふと、右前方に何かの気配を感じた。
ジュノが左手を上げて、バイカルノとクラトは足を止めた。
ジュノの右手は早くも刀を抜いている。
雲が流れ、月明かりが地を照らす。
その月明かりを背に何者がこちらを見ている。
明らかに人間ではなかった。
「オルグか?」
バイカルノの声に緊張が走る。
「マァ、オルグト言エバ、オルグカモ知レナイナ」
「ベルファー!」
「ジュノ、私来タ、見送リニ来タ」
「よく分かったな、俺たちがバルカを離れる事を」
「そうだよベルファー、見送りは厳禁なんだよ」
「ハハハ、私ヲ、犬ダト思ッテイルノダ。私ガ傍ニ居テモ何デモ話ス。コノ時間ニ私ガ出歩イテモ誰モ気ニシナイ」
「そうか、ありがとうベルファー」
「ウン、私寂シイ、戦ガ終ワッテ、ジュノト遊ベルヨウニナッタノニ。博士モ残念ニ思ウヨ」
「博士は知っているのかい?」
「博士ハ知ラナイシ、知ラセモシナカッタ」
バイカルノが初めて口を開いた。
「さすがだな。この犬は」
ベルヴァーはバイカルノに顔を向けた。
「私ハ、ベルファーダ・・・」
「犬では私を認識できない・・・ってか?」クラトが言うと、ベルファーは鼻で笑って言った。
「ソノ通リダ」
「サイモス カラモヨロシク伝エテクレト言ワレテイル」
驚いた、サイモスの名前を覚えたのか?
「アノ男ハ良イ。協力シテクレト言ワレタ。ダガ、ソコニ居ル元軍師ノ許可ガ必要ナノダ」
「いいぜ。サイモスに協力してやってくれ。俺からも頼む。お前なら潜入もお手のものだろう」
「オ前デハナイ、ベルファーダ」
「すまんすまん、ベルファー、よろしく頼むぞ」
「じゃ、私たちは行くよベルファー。博士にもよろしく伝えてくれ」
「ウンウン、博士ニ伝エル。私モ博士モ待ッテル。皆ガ待ッテル」
「じゃあな、ベルファー」
「クラト・ナルミ」
3人が振り返ると、ベルファーは尊大な姿勢で言った。
「オ前ハオカシナ奴ダガ、ソレデ良イダロウ」
「はぁ?何だそりゃ。ったく、また偉そうに・・・。ま、いいか!またな、ベルファー!」
◇*◇*◇*◇*◇
バルカ城の見張塔にティエラは1人佇んでいた。
クラトには自分の双剣の1本を渡そうと思っていた。
しかし、なぜラヴィスの形見を渡したのか。
渡した時、どうしてあれほど涙が溢れたのか。
なぜ、戻って来いと言わなかったのか。
・・・なぜ、待っていると言えなかったのか。
小さな灯りが3つ揺れているのが見える。次第にそれは見え隠れし、ついには見えなくなった。
声を殺して泣いた。夜が明けたら女王で在ろう。
だからそれまでは、日が昇るまでは泣くことを自分に許そう。
この物語も一段落となりました。
完了とはなりませんが、今までのペースでの更新はできそうにありません。
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