10-13 分際
クラトの体力は徐々に回復しており、診断した軍医は「この男に奇跡という言葉は必要ないようだ」と言って呆れながら笑った。
突撃大隊は久し振りの宴会を張った。
突撃大隊の宴会は常に外だ。
クラトはルシルヴァの肩を借りて車の付いた椅子から降りた。
クラトとルシルヴァを中心に中隊長、その周りに小隊単位で座る。
今日は内務府より人が出て、突撃大隊の隊員は新人兵士に至るまで給仕を行う事はなかった。
誰もが笑顔だった。
「良かった、本当に良かった・・・」ホーカーは相変わらず涙もろい。
「今なら隊長に勝てるかな?」冗談を飛ばすラバック。
「隊長とやるなら俺に勝ってからだ」なぜか真に受けるヴィクトール。
「隊長、ウチの新入りがまだ隊長の立会いを見た事がないんですよ、体が戻ったら一発頼みますよ」とスパイク。
「隊長、私は突撃大隊に配属された事に感謝しています。隊長は私の話を聞いてくれる。私を活かしてくれる」ラナシドは早くもでき上がっているようだ。
「隊長、新しい訓練考えたんスよ。今度見て下さいよ」
「隊長、背中の穴はどうなりました?ウチのお袋が虫を潰した薬が効くって、預かってるんですが・・・」
隊長、隊長・・・
◇*◇*◇*◇*◇
クラトのバルカ軍離脱が申請された会議の半年後、季節は秋を迎えようとしていた。
ティエラは領主の地位に就いた。
ティエラ・ロウレン・バルカから
ティエラ・パーセル・バルカとなったのだ。
ロウレンとは皇太子ロウドゥスと同意だが女性である事を示す。
パーセルとは女王を示す。国王はパルゾスだ。
戦乱終結直後からトレヴェント、グリファ、タルキアからティエラへの婚姻申込があった。
しかし、ティエラは特定の国家との急接近は混乱の元になるとの理由で全てを断り、自らが領主となったのだ。
バルカの誰もが祝った。まさに国を挙げて。
他国からも祝賀の使者が引きも切らない。婚姻を申込んだ国家もティエラの拒否を不満に思うどころか、適切な判断であるとして高く評価した。
◇*◇*◇*◇*◇
ティエラ女王即位の祝賀ムードも落ち着いた9月。
バルカに、バイカルノ、クラト、ジュノの姿はなかった。
「傭兵は傭兵。戦が終れば離れていくものだ」という説明には誰もが納得しなかった。
彼らはもう傭兵ではない。主席軍師に、第2軍団長、そしてバルカ最強と評される突撃大隊の隊長なのだ。
特に突撃大隊と第2軍団にはティエラ女王も列席し、レガーノ元帥・ヴェルーノ内務卿から直々の説明が行われた。
「あの者達は風なのだ。バルカを吹き抜けた戦場の風なのだ。もし、彼らが居なかったら・・・バルカは滅んでいたに違いない」
「彼らに感謝せよ、そして自分の仕事をするがいい。それがバルカの、バルカ軍の精神でもある」
「私の名を賭けて約束しよう。彼らは必ず戻る。北の地に吹雪が吹くように、灼熱の地に砂嵐が吹くように、彼らはバルカの地にこそ似合う戦場の風だ。そして、我々同様に死に場所もバルカの地なのだ」
◇*◇*◇*◇*◇
秋の空の下、突撃大隊の訓練が赤騎隊と合同で行われていた。
訓練が終って昼食の時、ルシルヴァは沈んだアイシャを見つけた。
ホーカーもスパイクもひどく落ち込んでいた。
突撃大隊の中隊長連中も、あのヴィクトールも見るからに落ち込んでいる。
ルシルヴァも体から力が抜けた状態だが、そうも言っていられない。
「どうしたどうした!お前らは捨て犬かい?」
ルシルヴァの喝にラバックが不貞腐れた声をあげた。
「似たようなモンですよ、何も言わずに出て行くなんて」
スパイクが胡坐の膝に肘をついて言う。
「私は隊長に文句を言うつもりはありません。しかし何というか背骨を抜かれたような気分なんです。シャンとしない自分が嫌で堪らないんですが」
「分かる。見て欲しい相手がいないと力が入らない」とラナシド。
「しっかりしな!お前ら、女王様より直接のお言葉を頂いてるんだ。レガーノ元帥とヴェルーノ卿からもだ。バルカの最上層部から説明を受けてるんだぞ、大隊の面を汚すんじゃないよ!ここまでしてもらったら、白を黒と言われても納得するもんだ!」
「あの・・・」
エルファが静かに口を開いた。
「私は隊長がどこにいても大丈夫。憶えてるから」
誰もが動きを止めてエルファを見つめた。
「初めて会った時の言葉も、訓練の時の笑顔も、戦いの時の強さも、庇ってくれた時の胸の温かさも、全部憶えてるから」
「隊長がくれたものを全部胸にしまってその胸を抱きしめるから。私は強くなれるの。出来る事を精一杯やる事が、私が隊長にしてあげられる事だから」
アイシャが泣き始めた。
ヴィクトールはエルファの前に立つと言った。
「済まなかった。俺たちはエルファよりも子供で女々しい男だったよ。男は別れを辛いって言えないんだ。だからグズグズ腐って苛ついてるのさ。でも、もう大丈夫だ。俺たちはバルカの突撃大隊なんだから」
そしてルシルヴァに正対して頭を下げた。
「代行、大変申し訳なかった。我ら中隊長の立場でありながら・・・」
他の中隊長も立ち上がって直立するや、頭を下げた。
「ああ、わかったよ。だけど、よく憶えておいてくれ、己を中心に置かない事を。常に大隊を中心に置くんだ。それができれば死のうと生き残ろうと、非難される事はないだろう」
「うん、それに、私も落ち込んでたのさ、隊長代行の分際で!」
突撃大隊に笑顔が戻った。
「ありがとうございます、代行」
「わかった。もう言葉は要らないよ。ヴィクトールにしちゃ、喋り過ぎだよ!」
笑い声が一段と大きくなり、突撃大隊はまた一歩階段を登ったのだった。