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10-10 記録

子供たちがサイヴェルの特別研究室で訓練を重ねる中、対バルカ戦はクエーシトの劣勢に傾き、バルカ兵はクエーシト領内へ雪崩れ込んだ。

サイヴェルは時間が無い事を悟り、実戦投入を決断する。

研究はまだ途中であり効果の検討も不十分だった。

しかも、この戦いが世に与えるインパクトについては考えもしなかった。

戦争を研究室の実験のように考え没頭していたのだ。


◇*◇*◇*◇*◇


みんな知っているかい。バルカが攻めてきたんだ。

クエーシトの戦士達は遠くで戦っているからここにはいない。

あのオロフォス隊もいないんだ。

だから弱いバルカ兵もクエーシトに入ってこれた。

バルカ兵はクエーシトの戦士を見かけたら一目散に逃げてしまうんだろうけど、ここには戦士が1人もいないんだ。

戦士さえいれば、バルカ兵は戦わずに逃げ出してしまうのに。


みんな、戦士になれるかい?

国王もお姫様も喜ぶよ。食事を作ってくれるおばさん達も喜ぶよ。

オロフォス隊も助かったと感謝するだろう。


みんな、戦士になれるかい?


1人の子供が手を挙げて訊いた。

「お父さんも喜んでくれる?」

サイヴェルは少し驚いた顔をしたが、笑顔で答えた。

「うん、私だってうれしいよ。小さいみんなが強い戦士になれるんだもの。たくさんの人に感謝されて幸せになれるんだもの」

「だったら、ぼく戦士になるよ」

「ぼくも」「ぼくも」


サイヴェルはなぜ自分が喜ぶかと聞かれたのか分からなかった。

分からないから国王にも父親にも、そして人間にもなれなかったのだろう。


◇*◇*◇*◇*◇


第4ケンドロス小隊と名付けられた12名の少年はバルカとの国境に近い村に待機してバルカ軍の到着を待った。

ケンドロスとは若い竜という意味だ。

彼らが待機していたのは食肉の動物を屠殺する小屋だった。そこを待機場所に選んだ理由は村の外れにあったからだ。

彼らは血と臓物の臭いに耐えて待った。


そしてアヴァン率いるバルカ第3軍団が迫る。

ついに第4ケンドロス小隊は出撃した。


◇*◇*◇*◇*◇*◇


12歳の兄は10歳の弟に目をやると笛を口にする。

アヴァンは全身の血が逆流するのを感じた。

笛を口にした子供を蹴った。

蹴られた子供は仰向けに倒れつつも笛の音を響かせた。

子供たちは一斉に膝をついて、両手で頭を抱えるようにした。鎧は球体に近い形状になった。


「伏せろ!!」

アヴァンの声を掻き消すかのように、異様な音が各所で響く。

それは何かが弾けるような音だった。

子供達は身体を爆発させ、鎧は2ミティ(約3cm)ほどの金属片となって飛び散った。

多くのバルカ兵が体を蜂の巣にされて倒れた。


アヴァンが伏せた顔を上げると、自分が蹴った子供が仰向けになったままもがいているのを見えた。

手足の動きが止まり、子供の身体は血飛沫となって上空に舞い、同時にアヴァンは顔に激しい衝撃を受ける。

第4ケンドロス小隊の隊長だった少年は甲冑の破片を飛ばす事は出来なかったが、胸につけていたバッチが弾け飛んだ。


この戦いでアヴァンは兵87名と左目を失った。


◇*◇*◇*◇*◇


クエーシト北部の山岳地。


デュロン・シェラーダンはふと思い出したように尋ねた。

「セシリア、イーネスはどうなっている?」

「はい。動揺が激しいので、自室で待機させています。グラシスの事が相当ショックだったようですわ」

セシリアは豊かな金色の髪を揺らしながら貴族然とした口調で答えた。

セシリアはクエーシトでも有数の貴族の娘で、オロフォス隊に入隊する直前までその屋敷からほとんど外出した事はなかった。娘の余りにも高いエナル係数が必ず不幸を呼ぶと考えた父が屋敷から出るのを禁じたのだった。


腕を組んで聞いていたルヴォーグが口を開く。

「私は以前、異人から人間のように動く機械の話を聞いた事がある。イーネスは私がイメージする機械人間に似ていると思っていた。しかしやはり人間は人間だ。良いメンバーになるだろう」

それだけ言うとルヴォーグはまた目を閉じた。

デュロンの傍らに佇立していたカルラはチラと視線をルヴォーグに向けたが、その視線をデュロンに戻して言った。

「それより博士はどうなされたのですか?」

「博士には“王冠”に入っていただいた。既に必要な機材の搬入も完了しているし、研究所の人員もじきに到着するだろう」「クエーシト国内の研究施設は徹底的に破壊している。検体は全て駆除されたし、サイヴェルの特別研究室の研究員もほとんどを始末した」

「もうクエーシト=ハイラ王朝も終わりですね」

「そうだ。国王と王族はバルカの虜となっているだろう」

「良いのですか?国王を生かしておいて」

「もし国王が亡き者にされていたら、バルカは新しい勢力を警戒するに違いない。それに、ベイソルには国王としてクエーシト滅亡という最後の幕引きをしてもらわねばならん」

「この後はどうなるのでしょう」

「バルカの勢力拡大を望まない国は多い」

「バルカの戦闘力とクエーシトのエナル研究が合致したらどうなると思う?誰が認めるものか、野獣に翼を与えるような事を」「そういった点でジョシュ博士の消息が不明なのは有効だ。バルカはジョシュ博士を得、隠したのではないか?どの国もそう考えるだろう。それにバルカにはあのカピアーノ博士もいる。グリファ国は穏やかではあるまい」

「もし両博士が協力して研究にあたったら、兵員数×36がバルカの兵力と考えねばならない。トレヴェントもバルカの盟友などとは言っておれまい」「それこそ、各国が一致してバルカを潰しにかかるに違いない」

「バルカもそれは百も承知だろう。だから国王を捕らえたらそこで戦いは終わりだ。バルカはクエーシトを領有する事は放棄するだろう。かといってバルカ以外の国家が主張する理由はない。まぁ、ギルモアが持ち前の強欲さを見せるかもしれんが、失笑を買うだけで承認する国家など無いだろう」

「クエーシトはどの国のものにもならないし、各国のバルカに対する疑念は残る」


デュロンの読みは正しかった。しかしサイヴェルの研究は各国を震撼させるには十分過ぎた。

それはデュロンの読みをも狂わせるのだった。

サイヴェルの研究はどの点を考えても許され難いものだったのである。

後の歴史家はハイラ王朝滅亡に際し、ジョシュ博士、ベイソル国王に続いて、サイヴェルのケンドロス小隊を“第3の暴走”と表現した。

各国からはクエーシトの徹底的な破壊を主張する声もあがり、デュロンは計画の変更を余儀なくされた。


トレヴェント軍が北からクエーシト城に向けて南下した際、アヴァンの第3軍団と同じように攻撃を受けた。

トレヴェント軍は大混乱に陥り、兵士達はクエーシト研究者の狂気と残忍さにかつてない衝撃を受けた。

進軍中に子供を発見すると恐怖し、ついには集団で戦いを避けていた子供20人を殺害するに至った。

もうクエーシトの地には常識も正義もなかった。あるのは凄惨な戦場の風景だけだ。


押収した記録からサイヴェルが“作成した”マスエナルダは66体である事が分かった。

研究中で死亡したものが6体、これまで戦場で自爆したものが48体、あと12体が残っているはずだったが、サイヴェルの消息と同様にどうしても発見する事はできなかった。


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