2-6 オルグ
あの犬はジュノに似てるな。さて、ジュノは寝起きが良い方か?
資料室に入るとジュノは消えていた。
ジュノが突っ伏していたテーブルに積み上げた本も、スープのボウルもそのままだ。
キッチンに行ってみたが居ない。資料室とキッチンの間の廊下には幾つものドアがあったが、全てにカギが掛かっている。キッチンから外に出るドアも同様だ。
俺は仕方なく資料室に戻り、少し考えたが、犬のところへ行った。
「なぁ、喜ばせておいて悪いんだが、ジュノが居なくなってんだよ」
「何故?ジュノ居ナイ?何処?ジュノ、何処?」
「分らない。どうして消えちまったんだろう」
「オマエ、本当ニジュノノ仲間ナノカ?」
「当たり前だろ。俺はなぁ、ジュノに助けられて昨日ここに着いたんだ。青いスープの食事の後、2人とも眠ってしまって、目が覚めたら朝だった。でもその時、ジュノはまだ寝てたぜ」
「青色スープヲ飲ンダノカ。ナラバ、ジュノノ仲間ダナ」
青色のスープで誤解が解けるとは・・・。
しかし、どうする?
「探ス。オマエモ手伝エ。一緒ニ来イ」
「あぁ、そうだな。でも、どうやって?」
「匂イデ分ル」
「そうか、オマエは犬だもんな」
犬は、ついっ、と俺の方を見ると、教師が生徒に教えるように吠える。
「言ッテオクガ、私ハ“ベルファー”ダ。“犬”デハ私ヲ識別デキナイ」
「そうか、分ったよベルファー。で、俺の名前は聞かないのか?」
「オマエ ハ オマエダ」
「なんつー勝手な奴!クラトだ、クラト・ナル・・・おい、ちゃんと聞けっての!」
ベルファーは資料室に向かいながら振り向いて吠えた。
「大丈夫ダ、クラト。必要ナラ呼ブ」
◇*◇*◇*◇*◇
ベルファーは資料室からキッチンまでを2往復して、俺に指示した。
「鍵ヲ掛ケテ、鍵ハ水汲ミ場ノ砂利ノ中ニ隠セ」
「ここに置けばジュノは分るのか?」
「分ル、ジュノ、分ル。探ソウ、ジュノ」
また片言かよ。余程ジュノが好きなようだ。
「よし、行こうぜ!」
こうして俺とベルファーは、ジュノを探して森を彷徨う事になった。
ベルファーは森の奥へ奥へと進んだ。途中で方向を変える。
俺の方向感覚が正しければ、カピアーノ博士の研究所を迂回するようにUターンしているようだ。
やがて森を抜けると、砂地と草地が入り混じった場所に出た。
突然、視界の右端で何かが動いた。鈍い音と共にベルファーの体が宙に浮く。
俺の右側、ベルファーが居たところには毛むくじゃらの生物が居た。
危険を感じる。ベルファーを見た時と同じ危険と、違う危険。
戦闘力も性質も危険だ。
そいつの小さな目が俺を見上げた。
猪だ。猪の毛を長くしたような生物。
「フギィー!」
甲高くと鳴くと俺に突進してくる。横っ飛びで避けて、剣を抜く。
チラリと見るとベルファーは体を震わせながら立ち上がろうとしている。
丁度、三者が同じ距離。
俺と猪が同時に動く。ベルファーに向かって。
俺は剣をベルファーの傍の地面に打ち付けた。
猪は方向転換をして一気に10メートルも避けている。
ベルファーが微かに吠える。
「“オルグ”ダ。奴ノ識別ハ・・・ガハァッ!」
ベルファーが血を吐いた。
猪が唸る。嬉しそうに。
「“ラヴェン02”ダ。オマエ等ガ勝手ニソウ呼ブ」
俺は動けずにいた。打ち下ろした剣もそのままに。
剣の傍らから微かに聞こえる。
「済マナイ、油断シタ」
「元ハ只ノ猪ナノニ・・・余程強力ナ融合ダッタノダロウ」
意味がわかんねぇよ、ベルファー。
ベルファーはまた倒れた。
「おい、ベルファー、大丈夫か!」
「ヒィヒヒヒィ!犬ヲ突イテヤッタ!牙デ突イテヤッタ!」
「イツモ俺ヲ追イ回ス犬、イツモ俺ノ邪魔ヲスル犬!」
「人間ト仲良クシテ、褒メラレ、撫デラレル犬!」
ラヴェン02と呼ばれる猪は、更に嬉しそうに唸る。
「モウ立テナイ、走レナイ、死ヌ!」
「俺ハオマエヲ喰ワナイ、毎日見ニ来ル、腐ル、骨ニナル、白イ骨ニナルマデ・・・ギィギィギヒィヒヒヒィィ!」
ラヴェン02はひとしきり笑った後、俺を見た。
その目は秘密を見られたような目つきだった。その目に暗い影が宿る。
「オマエハ犬ヨリモ嫌イダ」
いきなり突っ込んできた。ベルファーの前で構えて防御する。
跳ね飛ばされたラヴェン02は、信じられないという目つきをした。
俺は、ベルファーを護るように剣を地面に突きたて、刀を抜く。
下段に構える。カウンターしかない。
剣道で下段に構える奴なんて見た事もないが。
さて、どう動くか・・・。
突っ込んできた。
突きを入れる直前で方向を変えたラヴェン02はベルファーに向かった。
「ちぃっ、しつけぇ奴め!」
腕を伸ばして、思い切り刀を振ったが峰で打ってしまい、刀は折れた。
牙も少し欠けたようだが、ラヴェン02は全く気にするそぶりも見せず嫌な笑い声を立てた。
俺は急いで剣を引き抜いて両手持ちで横に構えた。
ラヴェン02が突っ込み、俺の手前で右に跳ぶ。
剣の届く範囲の外側を走って、ベルファーに止めを刺そうと牙を向ける。
俺など最初から眼中にないのだ。
しかし、方手持ちで伸ばした剣は範囲を超えて伸び、ラヴェン02の肩から腰にかけて切り裂いた。
ラヴェン02は走り続けながら右へ傾き倒れた。
俺が近づくと、驚いたことにラヴェン02は泣いていた。
グゥ、グフゥと声を上げながら。
見れば体中に傷がある。こいつも戦いの中で生きて来たのだろう。
何かしっくりこない気持ちが俺を満たしていった。
もう動かなくなった猪を置いて、ベルファーの傍に急ぐと、ベルファーは小さく尻尾を振った。
それが今できるぎりぎりの感謝らしい。
ベルファーは右腹に突き傷があり、骨も折れているようだ。
俺はベルファーを抱えて森に入る。とにかく戻らなければ。