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10-7 毛虫

クラトとティエラを乗せた馬車は10騎の赤騎隊に守られて南西方面へ向かった。

暫く走ると、馬車は見晴らしの良い丘の上で停車した。

イオリアがティエラに報告する。

「ティエラ様、この先は馬車での巡回が困難ですので、お2人はここでお待ち下さい。半時間(地球の約1時間)ほどで戻ります」

「分かった」

「あの・・・ティエラ姫」

「なにか」

「その・・・護衛はいかが致しますか」

ティエラは一瞬きょとんとした後に視線を外して俯きながら答えた。

「そ、そうだな、警戒度1の地区ではあるし、ま、まぁ護衛はいらないだろう。その分、巡回をしっかり頼むぞ」

「は、畏まりました」


「この先の巡回行程は騎馬で行う。ラエリア分隊長以下5名は西ルート、残りは私と東ルートだ。全行程で半時間を目安にペース配分せよ」

馬車の外からイオリアの声が聞こえ、すぐに馬蹄の音が響いた。

ティエラは見送らなかった事に少し後ろめたさのようなものを感じた。


「クラト、聞いての通り暫く休憩じゃ、外に出るか」

「あぁ、今日は天気もいいし、少しは暖かいようだな」


ティエラは鎧を外した。太陽の光が鎧下に体のラインが映す。

それに気づく様子もなく、浮き立った声で話しかけた。

「あれを見よ、あれがバルカの涙と呼ばれる湖だ。季節によって色が変わって見えるのだ。美しいだろう」

「おぉ、これは見事な景色だな。さすがイオリアは休憩場所も良い場所を選んだな」

「まぁ、周囲の視界が開けているのは敵に備える意味もあるのじゃ」「あの湖の向こうはタルキアと旧パレントの境、そしてずっと右手に見える山々がタルキアとの国境だ。そこに南北に街道が走っている。商業街道とも呼ばれ、北はクエーシトから南はインゲニアを過ぎてローヴェまで続いているのだ」

「俺はその街道を抜けてきたんだ。あの街道では色々な出会いがあったよ、ホーカー、ルシルヴァ、バイカルノ・・・」

ヴェルーノ卿とランクスとも出会っていたが、あえて伏せた。

「そしてパレントで捕縛されたという訳か」

「え、何で知ってんの?」

「ルシルヴァから聞いたのだ」

「まぁ、ルシルヴァは何でも楽しそうに話すからなぁ。本当は処刑されるはずだったんだぜ。リグノ刑とか百本刑とか」

「・・・ルシルヴァはクラトの話をする時は嬉しそうなのだ。ホーカーやジュノもそうだが」

「そう?違いがワカランけどな俺には」

「その後、クエーシトで開放されてバルカ入りしたのだな」

「そう、そして入城前にラヴィスとやりあった。危なく斬られるところだったぜ」

ティエラは少し沈黙した。

「俺はラヴィスの事は忘れないよ。良かった事も悪かった事も思い出話をするし、気に入らなかった事は文句も言うし・・・ま、ミミッチィけど。でもアイツが居るように話をするんだ。ちょっと巡回に出ているような気持ちで。だから忘れない」

「そうか、お主は割り切れるからな。でも、その方がラヴィスも喜ぶだろう」

「そして入城した後はティエラも知ってのとおりだ」

「しかし、お主が茶と菓子を全て食べてしまったのは本当に可笑しかった」

「あれ、結構無理して食ったんだぜ」

「それにピサノ大臣をハゲやら焼け跡などと、しかも会議室で・・・」

ティエラは暫く笑い続けた。

クラトは地に生えた草を引き抜いて笛にして鳴らした。

小さく風が吹き、ティエラの髪が揺れる。


風になびく草と一緒にティエラの栗色の髪も揺れる。

ティエラは自分がどんどん弱くなっていくように感じた。

敵陣に斬り込み、敵を蹴散らし、白刃をくぐる。そんな自分が躊躇してしまう事。

屈強な兵士を前に戦いの意味と武人の在り方を訴える。そんな自分が言えない言葉。

この男には虎のように接しても気持ちは仔猫ように弱い。

「少し歩こうか」

クラトは少々ぎこちなく立ち上がった。

少し歩くとクラトは疲れたのか岩の上に座り込んだ。

「大丈夫なのか」

「大丈夫、これも訓練だよ」

「そうか、無理はしてくれるなよ」

「あぁ、ここからの景色もイイなぁ」


ティエラが腰を下ろすと岩が小さいせいか体が密着した。

ティエラの鼓動は早まり、どうして良いのか分からなくなった。

「風は冷たいけど、ティエラは温かいね」

「そ、そうか、それは良かった。もっと温まるか?」

ティエラは何を言っているのか分からなくなっていた。

ふと美しい花を見つけた。

「こ、こんなところにも花が咲いているではないか」

「そうだな一番きれいな時だな。ティエラもそうだろう。戦いばかりでそんな事に構っている余裕はないだろうけど」

「そんな事は・・・。最近は髪の手入れも出来ておらんし、少々筋肉がつき過ぎてきたし、色黒になってきたし」

「全然気にするほどじゃないよ」

「そ、そうなものなのか」

「俺はそう想うよ」

「そうか、ありがとう」

ティエラは先ほどまでの混乱した気持ちが落ち着くのを感じた。


「それにしてもこの花は何とも美しいではないか」

「ま、その下の葉っぱには毛虫がついてやがるけどな」

「もぅ」

「しかし、悪食あくじきの毛虫も花は喰わないか。少しは遠慮ってモンがあるのかな。花の盛りに摘むのは無粋だからな」

「・・・美しい時だからこそ、摘んて欲しいと願う花もあるのではないか」

「え?」

「・・・」

言葉は無かった。さっきまでは聞こえなかった草の揺れる音が聞こえる。

「今日の私は少々おかしいようだ。気にしないでくれ。馬車に戻ろう。そろそろイオリア達も戻る頃だろう」


馬車に向かって歩き始めるとティエラは突然、言いようもない不安に包まれた。

この男を引き止める術はない。籠から出た小鳥のように自由に飛びまわり、やがて去って行くだろう。

この男は何も欲しがらない。

どうすれば私の傍にいてくれる。何をすればいい。何を差し出せば良いのだ。


ファトマが聞いたら言うだろう。

『ティエラ様は想いすら差し出してはおりません。クラト様は仰いました。ただ望めば良いと』


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