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10-5 理由

単騎で先行するランクスの思考が廻る。

クエーシトのスツーカがもう1体?

新たなスツーカでない限り、それはグラシスのはずだ。

エルトアからクエーシトに流れ着いた孤高の武人。グラシスのエルトア脱出についてはエルトアから帰還した技術者達から聞いている。

ファルもグラシスもバルカにとって最優先に排除すべき対象だった。

しかし、ランクスはグラシスをバルカにこそあるべき人物と考えていた。

「なぜこんな事を考えるのだろう俺は。敵は排除すべき攻撃対象でしかないはずじゃないか」

バイカルノの言葉が頭をよぎる。

“クラトは誰彼構わず心に巣食う疫病神だ”

俺の心にも巣食ったっていうのか?疫病神が。

しかしクラトが疫病神でなかったらホーカーもルシルヴァも居ない。ラシェットもアイシャもエルファもだ。


黒い甲冑を装着して突撃大隊を率いた。クラトの復活を演じる為だ。

戦いでは連戦連勝だった。しかし、本当に隊長の力が必要なのは苦戦している時だ。あの勝ち戦は突撃大隊の力であって俺の力じゃない。


「・・・俺は俺だ!クラトさんにもレガーノ元帥にもなれんし、誰も俺にはなれん!」


*-*-*-*-*-*


丘を乗り越えたランクスは草原に書きなぐったような赤い線が縦横に走っているのを見た。

それはグラシスが通過した後に斬り倒され、血にまみれたトレヴェント兵の死体だった。

やはり飛行型エナルダスツーカをこのまま返す訳にはいかない。

ランクスは馬の横腹を蹴るやグラシスに迫った。

トレヴェント兵の血はグラシスの鎧を濡らし刀から滴った。

手綱を引いて急停止したランクスは、グラシスの後ろに白い肌も露わに美しい獣毛の翼を持った少女が倒れているのを見た。

「これがファルと呼ばれるスツーカか」


ランクスは自らのマントを外し、グラシスに放って名乗りを上げた。

「私はバルカ特装部隊隊長のランクスです、まずは尊厳をお護り下さい」

「私はクエーシト飛行大隊隊長のグラシスだ。やっと本当の武人に出会えたようだ」

グラシスは笑顔さえ見せてイーリスの身体にマントをかけた。

「グラシス殿、噂は聞いております。しかし・・・・」

ランクスの言葉が終らないうちにグラシスが動いた。

「そうだ!ここは戦場だ!!」

グラシスの両腕が空気を切り裂く。

ランクスは一撃を刀で防いだものの、もう一撃はまともに受けた。

新型の突撃甲冑でなかったら命は無かっただろう。

「驚きましたよ、これほど速いとは。しかも刀を構えた体勢のまま移動できるなんて」

「私も驚いた。私の一撃を受けた君が喋れる事に」

「あなたの祖国エルトアから供給された鎧のお陰ですよ」

ランクスは息が詰まりそうな胸部の痛みに耐えながら、心の中で舌を打った。

(ちッ、少しも動揺しないのか)


グラシスは微かに馬蹄の音を聞いた。ランクスと戦っている時間はない。

素早くイーネスの元へ移動するとマントでイーネスの体を包み、抱き上げた。

やはりランクスは追ってこない。いや来れないのだろう。それだけの手応えはあった。

もう一度イーネスに「帰るぞ」と声をかけ、上空へ舞った。


直後、雨が降り出したような音を聞いた。

アジャンの高機動隊が射撃を開始したのだ。

追撃・停止・照準・発射・離脱、高機動隊はこれらを迅速に行う必要性がある。

そしてアジャンの高機動隊は非常に優秀だった。

ロングボウガンの矢は束になってグラシスに向かった。


ガンガンッガガンッ

打撃音が響く。

イーネスは歯を食い縛って耐えていた。

グラシスが撃たれている。私を庇って、盾になって撃たれている。

イーネスの身体には1本の矢も届いていない。空中戦で負った傷の痛みも感じないほど消耗しているが、イーネスの心は痛みと苦しみに満たされ、ただ耐えるしかなかった。

追跡しつつボウガンを発射する高機動隊から射撃を受けること数度、やっとグラシスは射程圏外の高度を得た。


イーネスは飛行が左右にふらつき始めたのを感じた。

「イーネス、お前の存在は誰かに必要とされているのだ」

イーネスはグラシスがなぜ突然こんな事を言うのか解らないまま答えた。

「私を必要とする人は私の力を必要とする人。力が無ければ必要とされない」

「それは本当の意味でお前を必要としている者ではない」

「そんな事ない。必要とするには理由がいるもの」

「イーネス、理由は要らないのだ、何も求めないのだから。ただ存在だけを望むのだから」

「そんな事が・・・きゃぁ!」

2人は落下していた。グラシスの体力も限界を超えていたのだろう。

イーネスはグラシスの腕の中でマントを剥ぐとグラシスを抱きしめるようにして翼を下向きに噴射した。体力は少し回復しているようだ。弱い噴射でしかないが、落下速度は緩やかになった。

グラシスは気を失っていたらしく、慌てて噴射を再開し、落下は止まった。

「イーネス、噴射を止めるんだ。翼に負担を掛けてはいけない」


ふとイーネスは周囲に赤い霧のようなものを見た。

それはグラシスの翼から噴射されていた。グラシスの翼は激しく損傷していた。特に右の補助翼はほとんど千切れかかっている。

グラシスの血は翼でマスエナルの粒になって噴射されていたのだ。

イーネスは生まれて初めて心から人の身を案じた。

必死に噴射した。グラシスのために。

必死にグラシスを抱きしめた。離れまいと。

必死に考えた。自分という存在を。


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