2-5 世界
20年以上前に現れた異人。その異人は俺と同じ丘から現れたと言う。
俺の鼓動はどんどん高鳴っていった。
「その人の名前は!?」
「ジョシュ・ティラント。元の名前は聞いていません」
「そうか。で、その翻訳した本は?」
「ありますよ。もとよりクラトさんに見てもらおうと思っていたんですから」
ジュノは奥の棚から1冊の本を取り出した。それは表紙に見たことも無い文字が書かれていた。
「表題はこちらの文字ですよ。エナル研究の異人文字への翻訳と書いてあります」
「そ、そうか」
俺は期待しているのか。地球の人間が・・・もしかすると・・・。
ジュノも俺の手許を見つめている。
ガバッと本を開く、ジュノの視線が俺の手許から顔に移る。
「読めねぇ~!」
日本語どころかどう考えても地球の文字じゃねぇよコレ。
そりゃ、全ての文字を知ってる訳じゃないが、明らかに違うよコリャ。
ジュノは残念そうだ。
俺はむしろ、ほっとしていた。
もし・・・もしもだ。日本語で書かれていたら、俺はおかしくなってしまうだろう。
何を置いても追いかけていた。北へ。
そして必ず不幸な結果になっていただろう。
◇*◇*◇*◇*◇
「さ、スープとパンしかありませんが、このスープで全ての栄養は摂れます」
置かれたボウルを見ると、ドロリとした青い液体が湯気を立てている。
その青は青と緑の絵の具を混ぜたような鮮明なパステルカラーだ。
知らんのか?地球人にとって青は食欲減退色なんだよ。
「さ、食べてください。食べながらで失礼ですが、質問があればどうぞ」
「早速聞きたいんだが、このスープは食べても大丈夫なのか?」
◇*◇*◇*◇*◇
この世界は国に分かれてはいるものの、国が直接管理しているのは首都および軍事・経済上、特に重要な都市や地域だけです。
それ以外の地域は外地と呼ばれています。そして郷と称され領主が統治しており、政治経済軍事ともに独立しています。
「江戸時代の幕藩体制みたいなもんか・・・」
バクハン体制?
「あ、俺の国でも数百年前は同じような体制だったんだよ。新しい制度を推す勢力に取って代わられた。世界が広がるのに対応できなかったんだな」
確かにこの体制は不安定なのかもしれません。郷は勢力争いに明け暮れ、国の関心事は保身ばかりです。
通常において郷と郷の戦いに国はノータッチです。どの郷であろうと国家の領土に違いはありませんからね。
ただ、あまりに力を付けた郷は国から危険視されます。国から姻戚関係や重臣の派遣を迫られたり、滅ぼされて国王の一族が領主となるケースもあります。
国境にある郷は隣国からの攻撃に対する防波堤的な役目も求められますので、比較的大きい軍事力を認められていますが、常に危険視され、監視されています。
郷の外交は国家のそれと同じですが、軍事同盟は禁止されています。
ルーフェンとベルサは郷の中でも強大な郷です。力を併せれば小さな国家位にはなるでしょう。今回は単なる平和条約ではなかったはずです。
ルーフェンもベルサもグリファ国に属していますが、ベルサは北端にあって隣国クエーシトに接しています。クエーシトは領土も狭く、国力は小さいので、国境の郷にありがちな苦労はベルサにはありませんでした。ただ、南は強大な郷のルーフェンがあるので、ベルサは領土を広げる事ができません。
もしかするとルーフェンを危険視したグリファ本国がベルサ郷と謀ったのかもしれません。
「どういう事だ?」
ジュノは、あくまで推測だと断った上で、断定的な表現を使った。
「グリファ国で一番強大な郷は我らの郷、ルーフェンです。ただ、近年あまりに力を持ちすぎた感がありました。グリファ本国政府の懸念は大きい」
「ベルサは強大といってもルーフェンよりは数段下です。グリファ本国は他国に接しているベルサを補強し、強大になり過ぎたルーフェンを滅ぼしたのです。恐らくはグリファ王の一族からルーフェンの領主が出るでしょう。ベルサとも縁戚関係を作るはずです」
この世界は、どれほどの国があるんだろう。その国はすべて多くの郷を抱えているのだろうか。この世界・・・惑星はどのくらい大きいのだろう。
青の絵の具をぶちまけたようなスープは思いのほか美味かった。スープとパンの食事が済むと、一気に眠気に襲われる。
ジュノも眠そうだ。2人ともが自分が起きていると言っていたが、2人ともテーブルに突っ伏して寝てしまった。
◇*◇*◇*◇*◇
目を覚ますと、尿意を催す。眠っているジュノを起こさないように、そっと外に出ると森に入り用を足す。
チャックを引き上げると、視線を感じた。
振り向くと1匹の犬がこちらを見ている。その目は理性と知性を感じさせる瞳が鳶色に輝いていた。
シェパードのような姿をしているが、ただの犬じゃない。それだけは判った。
犬は胸を反らせるようにして、低い位置ながら見下ろすような目で吠えた。
「オマエハ誰ダ。ナゼ我ガ主ノ住処カラ出テキタ?」
頭にイメージが流れ込む。そういえばベナプトルの時もそうだった。
しかし今回は鮮明なイメージだ。
俺は犬に話しかける事を戸惑った。
「主ニ仇ナス者ハ許サナイ」
犬はスタスタと近づいてくる。その様は尊大にさえ見えた。
「こいつは・・・」危険を感じた。
それは善悪などの性質ではなく、力、戦闘力に対してだ。
犬は約4メートルまで近づいてピタリと止まる。
「オマエ“力”ヲ持ッテイルナ?・・・私ト同ジ“力”ヲ」
エナル?説明されたアレか。エナルってのはその辺に漂っているんだろ?持ってるってどういう事だ?
ま、とにかく同じってんだから、仲間って事で納めようじゃないか。
「俺とお前が同じなら争う道理はないだろ。俺はお前に危害を加えるつもりはない」
「何ヲ言ッテル?同ジ“力”ヲ持ツナラ・・・益々生カシテ置ケナイ」
「オマエハ危険ダ」
なんだこの犬?考える間もなく、姿勢を低くした犬が跳ぶ。
「うぉっ!?」思わず体勢が崩れる。
しかし、犬は俺の体を踏み台にするようにして2メートルほど横に着地する。
「友達ノ匂イダ、友達ノ匂イ、ジュノ、ジュノ、ジュノ」
犬は尻尾を振り、脚を小刻みに踏んで嬉しさを表現している。
なんだコイツ?ジュノを知っているのか?
「ジュノ、何処?何処ニ居ル?」
「ジュノは資料室に居るぜ」
「遊ブ、ジュノト遊ブ」
「じゃ、呼んでくるよ」
「オマエ、イイ奴、ジュノノ友達。私ト友達。イイ奴」
何だか普通の犬になってる。言葉も片言になってるし。
ま、普通の犬は片言も喋らないけど。
俺が資料室に戻りながら振り向くと、前足をしきりに動かして催促している。
ジュノを早く起こそう。喜ぶだろうか。
ジュノは、今は無きルーフェンの親衛隊第一隊の隊長だ。
しかし犬と戯れる姿は剣を振るうよりもヤツに似合ってる気がする。