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プロローグ

砂礫に草がまばらに生えた平原が北へ広がっている。

東には赤い色をした岩壁が遠く見え、南と西にはなだらかな丘が連なって丘陵地を形成していた。

その平原を南北に突っ切るように街道が伸びている。

軍事、経済の両面で重要なこの街道は、大陸を南北に縦断している事から、“串刺し”という意味のペテスロイ街道と呼ばれている。

神話の時代からその名を刻むこの街道は、北へ進めば森と豊かな穀倉地、さらに草原が広がる蛮族の地へ向かい、南は山岳地を抜けて大陸の南端、つまり海に至る。

悠久なる歴史のなか、この街道を多くの人々が通過していった。

商人、旅人、軍隊、逃亡者

彼らは何を運んだのだろう。

交易品、情報、期待、好奇心、指令、暴力、恐怖、遺恨、実に様々なものが流れていった。

大河が大地と人々を潤しながら、ひとたび氾濫すればその全てを飲み込んで流し去る脅威となるように、街道もまた人々の生活を潤しながら、時として争いと破壊の通り道にもなりうるのだ。


西に広がる丘陵地の一部は平らな台地となっており、街道を含む一帯を見渡せた。

街道を抑え、周辺地域に睨みを利かせる地の利を得たその台地は、この地域を勢力下に置くための戦略的な軍事拠点であり、領有をめぐる争いが絶えなかった。

この一帯は頻繁に領有者が変わり、地図に記入するいとまもない事から、白い土地ヴァイラニルと呼ばれ、それは今でもこの地の名称として残っている。


大陸中を巻き込み、“大陸の炎上”と呼ばれた過去の大戦でも、ヴァイラニル台地が重要拠点である事は変わりなかった。

大陸が南北の陣営に分かれ戦線が東西に広く展開されたにも関わらず、ヴァイラニル台地をめぐる戦いは、戦局を左右する重要な戦いとして激戦が繰り広げられたのだ。


そのヴァイラニル台地をめぐる会戦は、戦いが進むにつれ、侵攻軍の劣勢が明らかとなったが、侵攻軍は撤退せずに陣地に籠って増援を待っているように見えた。

しかし、周辺に侵攻軍の有力な友軍は無く、その情報を掴んでいた守備側は、対峙の末に撤退する侵攻軍を叩くつもりだった。

しかし守備側の予想に反し、侵攻軍は増援がないまま攻勢に転じ、小さな衝突を繰り返した後、一気に両軍の距離を縮めた。

即ち決戦が近い事を示していた。


記録によれば、その日は厚い曇が立ち込めて肌寒かったという。

決戦を前に侵攻軍の陣営に30騎ほどの騎馬が到着し、大きな歓声で迎えられた。

戦況を変えるほどの戦力とは思えないが、その中にひときわ大きな軍馬が一頭、興奮を抑えられないといった様子で、前足で地面を掻いている。

その巨大な軍馬を御す騎士は、おどろくほど華奢な体つきで、軍馬の大きさもあってか、まるで少女のようにも見えた。

しかし、その口から発せられた声はまさに少女のものだった。

「剣をもて!」

声に呼応するように兵士が2人がかりで長大な剣を騎馬の横へ運んだ。

驚いた事に、その剣は、鞘に収まっているとはいえ、柄から先端までの長さは兵士の身長を超えている。

2人がかりで運ぶ剣を誰が捌くというのだろうか。

しかし、よく見れば柄は細く、その細さが、大剣が馬上の少女の得物であると告げていた。

鞘にはトランクの取っ手のようなものがいくつかついており、2人の兵士はそれを掴んで柄を少女の手元に掲げた。

少女の手が柄を掴むと、2人の兵士は鞘を引き抜いたが、大剣の先端は少しもぶれずに宙にあった。

異様な光景だった。身の丈もあろうかという大剣を少女の細い腕が支えている。

そして、それまで猛っていた巨大な軍馬がピタリと動きを止めた。

まるで、この大剣を持つ者が我が主であるというように。


少女の騎馬の後方には既に30騎ほどの騎馬が待機して指図を待っている。

陣営に到着したばかりにもかかわらず攻撃を開始しようというのだろうか。

いや、侵攻軍は攻撃態勢を整えて、この騎馬隊を待っていたのだ。

何の為に?

勿論、勝利の為である。


少女の声が凛と響く。

「敵左陣、弓兵へ向け突撃!突破後、敵本陣を叩く!」

敵陣は地形をうまく利用した防塞によって騎馬が最も得意とする後方や側面への迂回攻撃を封じていた。そういった状況でも騎馬で突くというのであれば、防御に劣る弓兵への突撃は間違ってはいないだろう。

しかし、それは接近戦に持ち込めればの話だ。いかに機動力に優れた騎馬隊であろうと、到達する前に豪雨のような矢を受けるに違いない。

それに、敵とて弓兵を無防備なまま捨て置くはずもないだろう。


騎馬隊の前進を見た敵将は先頭に立つ軍馬の大きさに驚きながらも、少ない騎数を怪訝に思った。僅か30騎程度の騎馬が突出してどうしようというのだろう。

“ばかな、それしきの騎馬隊で何ができる?”

「長弓用意!遠射で混乱させろ!」

違和感を覚えながらも常識的な指示を出す。

しかし、この指揮官、閃きは無くとも無能ではなかった。

「重装歩兵は弓兵の後方で待機!」

弓兵のすぐ後方に重装歩兵を並べ、これが射撃後の壁になる。

後方に避けた弓兵は重装歩兵が抑えている騎兵を狙い撃つのだ。

しかし、遠射の矢は騎馬隊の手前に落下した。

騎兵隊はなかなか近づいてこない。つまり速度が遅かった。

指揮官はまた違和感を覚えたまま、またもや常識的な指示を出したが、それ以上の指示は持ち合わせていなかった。

「再度遠射用意!」

この命令が合図であったかのように、騎馬隊は一気に駆けだした。

慌てて放った矢は騎馬隊の後方に落ち、みるみる近づく騎馬隊に弓兵は浮足立った。

「弓を代えろ!速射対応!」

指揮官の命令が実行される前に、騎馬隊から先頭の軍馬が抜け出した。

大剣を掲げた騎士が、巨大な軍馬を駆って迫る。

「ほ、歩兵!前進して槍を構え・・・」

指揮官の声も途切れるように消えた。


一騎の騎馬が敵軍に接触した途端、ばきばきと何かをへし折るような音が響き、追いかけるように悲鳴と混乱が起きた。

そこへ数十騎の騎馬が突入する。

騎馬隊は敵の左陣を切り裂き、その馬首を敵の中心向けた。

先頭を駆ける騎士が掲げるのは長大な剣だ。

敵兵の無数の目が少女に向けられ、悲鳴のような声があがる。

「エ、エナルダだッ!!」

超常的な力を見せる少女はエナルダと呼ばれた。


その声を聞いた少女は睨むように目を細めた。

大剣が振られると何人もの敵兵がなぎ倒され、まるで無人の荒野を行くがごとく戦場を駆けた。

少女の目が敵本隊に掲げられた旗を捉える。

「よし、敵本陣に突入する!駆け抜けよ!」

下知を下しながら敵の右翼を見た。その後方から友軍が迫っている。

敵左翼と本隊を混乱させてしまえば、右翼のみでは支えきれまい。

勝利を確信した少女の耳に付き従う兵士の声が届く。

「前方!騎馬来ます!」

目を向ければ同じ甲冑を装備した騎兵が3騎。槍を携えて立ちふさがった。

少女はすぐに悟った。

“これは人間ではない”

少女の言葉には語弊があった。

彼等は人間であった。しかし、その能力において人間をはるかに凌駕した存在。

そして少女も同じ存在であった。

人々は、彼らを、少女を、こう呼ぶ。

覚醒者エナルダ


この世界に存在する“エナル”という物質を利用して己の身体能力を飛躍的に増大させる者、エナルダ。

屈強な兵士を寄せ付けない戦闘力を持つエナルダ達は、古来より戦場でその力を競う。

彼らは激烈にして華麗な一騎打ちを行い、その戦史に華を添えたが、次第に戦力を温存するため、エナルダ同士の戦いは避けられ、通常兵を相手に投入されるのが一般的になっていった。

しかし、この戦いは、決戦にふさわしく、貴重なエナルダをつぶし合う局面を迎えたのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


“大陸の炎上”と呼ばれた、南北の覇者が激突した戦い。

南方の強国は、大陸の覇権を得ようと北の大国に挑み、激戦の末に破れて分裂した。

その戦いの記録によれば、巨大な軍馬を駆り大剣を得物とする少女が戦ったのは、第三次ヴァイラニル会戦と呼ばれている。

少女はその高い戦闘力と可憐な外観からサイカル・レジーナ、サイカニア(地域名)のレジーナ(古代女神)と呼ばれ、各地を転戦しては幾度も友軍の危機を救ったという。

少女が所属していたサイカニア方面軍の戦闘詳報告アクションレポートによれば、この戦いで高ランクのエナルダ2体を撃破したとあるが、侵攻作戦自体は失敗したようだ。

少女についての記載はなかったが、その後、戦闘に参加した記録が残っていない事から、この戦いで戦死したのだと分かる。


俺は王国公文書館から持ち出した資料を閉じた。

大小を問わず国家同士の闘争は、国土を焼き、人々の命を奪う。

人の命を奪う行為は、日常の破壊であり、未来の破壊だ。そして、その代わりに悲しみと恨みを生み出していく。

城壁と人々の心に大きな傷跡を残す戦いが止むことはない。

この世界の歴史は戦いの歴史だ。

それは俺がこの世界に来た時から変わらない。

戦いが必要なものなのかは分からないが、何かしら理由があるという事だけは分かる。

だから俺は戦いを否定しない。


さぁ、行こう。

生と死が待つ戦場に。

敵と仲間が待つ俺の戦場に。

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