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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第99話 皇帝の末路

玉座の間は静寂に満ちていた。


マクシミリアン皇帝は、数千人の兵士たちに取り囲まれながら、誰からも動かされていない。それが最も恐ろしいことだった。


かつて、彼の一言で何千人の兵士が動いた。彼の命令は絶対であり、神の言葉として響き渡っていた。だが今、兵士たちは彼を見つめるだけで、従わない。命じても、従わない。何度も叫んでも、響かない。


「貴様らに命ずる。アルト・ソルヴェンを捕縛せよ」


その言葉は、玉座の間に虚しく響き、床に落ちた。


マクシミリアン皇帝は、自分の手を見つめた。かつて世界を支配していた手。今、その手は普通の老人の手に変わっていた。しわが深く、斑点が目立つ。魔力もない。力もない。


ただの老人だ。


だから兵士たちも従わないのか。それとも、彼らが本当は心の中で反発していたのに、システムのおかげで従っていただけなのか。真実は、もう誰にもわからない。


「陛下」


声がした。兵士の一人が前に出た。顔に見覚えがある。配下の将校だ。確か、三十年は自分の側で働いていたはずだ。


「何だ」


皇帝の声は枯れていた。


「配下一同、陛下のご身柄を確保させていただきます。これ以上の抵抗はなさいませんよう」


その言葉は敬礼としての言葉ではなく、拘束の宣告だった。


マクシミリアン皇帝は笑った。もはや狂気的な笑いではなく、達観したような笑みだった。


「三十年か。よく仕えてくれた。名前も覚えている。ドミニク・カリス。妻と子どもが三人いるな。給金は月に百万ゴールド以上支給していたはずだ」


ドミニク将校の表情が動揺した。


「その通りですが、陛下…」


「なぜ従わないのだ。単純なことだ。上下関係だ。強者と弱者の差だ。私が強者で、貴様は弱者だ。だから従え」


「それは…」


ドミニク将校は言葉を詰まらせた。


「システムがなくなった今も、その関係は変わらないはずだ。私は皇帝だ。貴様は兵士だ。これは永遠の関係だ」


「陛下」


ドミニク将校は真っすぐに皇帝を見つめた。その目は同情に満ちていた。


「その通りです。関係は変わりません。ですが、我々は、もう貴方に従うことを選びません。それだけです」


その言葉は、玉座の間に重くのしかかった。


選択だ。


すべてが選択に変わってしまった。


かつてシステムの力を使い、人々の選択肢を奪ってきた皇帝自身が、今、人々の選択に拒否される。なんという皮肉だろう。


マクシミリアン皇帝は、玉座から立ち上がった。膝が弱い。倒れそうになる。だが、彼は立ち上がり、玉座を降りた。そして、静かに兵士たちの前に立った。


「わかった。拘束しろ」


その言葉は、何百万人の耳に届き、世界を震わせた。


かつての絶対支配者が、自発的に拘束を受け入れたのだ。


ドミニク将校が皇帝の手に鎖をかけた。その音は、玉座の間に冷たく響き渡った。


同時刻、西大陸の各地で異なる光景が繰り広げられていた。


ウェスタリア帝国の領土の大部分では、支配体系そのものが崩壊していた。奴隷たちは一斉に首輪を外し、主人たちから去っていった。帝国兵たちはシステムの強制命令を失い、続々と軍を去った。貴族たちは自分たちの権力の根拠が失われたことに気づき、パニック状態に陥った。


だが、すべてが混乱と化したわけではない。


むしろ、アルトがこの数ヶ月間で構築した連携が機能し始めていた。


北大陸では、ニナが獣人解放戦線の指導者として、支配下の領土を秩序立てて掌握していた。獣人たちは自由を得て喜びに踊りながらも、ニナの指示に従った。その理由は、もはや強制ではなく、ニナを信頼しているからだった。


東大陸では、シャーロット王妃がウェスタリア帝国からの独立を宣言し、新しい政府の樹立を進めていた。彼女の名声と清廉さは、帝国の混乱の中でも人々を惹きつけ、秩序の中心となっていた。


中央大陸では、リリアが奴隷契約の消滅によって解放された数百万の人々を集約し、全員に職業訓練を提供するプロジェクトを開始していた。商人ギルドのネットワークを使い、彼女は奴隷から労働者への転換を迅速に進めていた。


すべては、相互の「選択」に基づいていた。


だから、崩壊せず、秩序が保たれていた。


玉座の間に戻ろう。


マクシミリアン皇帝は、暗い牢獄に入れられていた。帝国の地下にある監獄だ。かつて、彼はこの牢獄に数千人の反逆者を投獄してきた。そして今、彼自身がその牢獄に投獄される。


歴史とは、なんという皮肉に満ちているのだろう。


牢獄の中で、皇帝は何もしなかった。食事も満足に取らず、ただ壁を見つめ続けた。その目は、もはや生者の目ではなく、既に死者のそれになっていた。


三日目。


ドミニク将校が牢獄を訪れた。


「陛下、お食事をお取りください」


皇帝は目を向けなかった。


「陛下…」


「ドミニク」


皇帝の声は、よりいっそう枯れていた。


「何だ」


「お前は、なぜ私に忠誠を誓ったのだ。あの日、採用試験に合格して、私の前に跪いたあの日。なぜだ」


ドミニク将校は、牢獄の鉄格子に寄った。


「理由を、覚えていますか」


「お前は、言った。帝国の力に惹かれたと。帝国が強ければ強いほど、自分たちも強くなると。それが理由だと」


「その通りです」


ドミニク将校は静かに答えた。


「では、なぜ今、私に反抗するのだ。帝国はまだ力を持っている。秩序も保たれている」


「いいえ、陛下」


ドミニク将校は首を振った。


「帝国の力とは、陛下のシステムの力でした。陛下自身の力ではありません。帝国の秩序とは、強制と支配の秩序でした。正義も自由も愛も、そこにはありませんでした」


「では、何があるというのだ。今の世界に」


ドミニク将校は、玉座の間で見た風景を思い出した。何千人もの兵士たちが、皇帝の命令ではなく、自分たちの選択で動いている。獣人たちが、人間たちと歩み始めている。奴隷たちが、自分たちの人生を切り開いている。


「選択があります。自由があります。そして…」


ドミニク将校は一呼吸置いた。


「陛下、もし貴方が、今この瞬間から、帝国の力を捨て、一人の人間として生きることを選べば…。我々は、もう一度、貴方に従うことを選ぶかもしれません。今度は、強制ではなく、信頼のために」


その言葉は、牢獄の中に深く浸透した。


マクシミリアン皇帝は、初めてドミニク将校を見つめた。その目には、何か新しい感情が浮かんでいた。


「改心しろ、ということか」


「そうです、陛下」


「私は、百歳近い老人だ。何ができる。もう遅い」


「いいえ」


ドミニク将校は首を振った。


「セリア・アレクサンドル様がおられます。彼女は死後もなお、世界を救いました。彼女の力を引き継ぐ者たちが、今、世界を変えています。亡くなった者でさえできることがあるのです。生きている貴方にできないことはありません」


その言葉は、皇帝の心に何かを触れた。


セリア・アレクサンドル。その名前を聞いたとき、皇帝は自分がどれだけ彼女の才能を浪費してきたのかを思い出した。強力な魔術師として、彼女を自分の支配下に置き、自分の野心のために使ってきた。そして結果として、彼女を死に追いやった。


その代わりに、彼女は世界を救った。


なんという対比だろう。


マクシミリアン皇帝は、涙を流した。百年近く、涙を流したことはない。支配者として、感情は弱さだと思ってきた。だが、今、その涙は止まらなかった。


「ドミニク」


「はい」


「セリア・アレクサンドル様に…。謝罪したい。あと、できることはあるか」


ドミニク将校は、初めて笑顔を見せた。


「あります。陛下が帝国の時代の真実を話すことです。何がなぜ起こったのか。すべてを話してください。これからの世界のために」


皇帝は頷いた。


その夜、暗い牢獄から、物語が始まった。


マクシミリアン皇帝は、自分の人生を語った。どのようにして彼が皇帝になったのか。どのようにして彼がシステムを支配下に置いたのか。どのようにして彼が世界を支配しようとしたのか。


すべての真実が、牢獄の暗闇の中で語られた。


その言葉は、やがて外の世界に伝わり、人々の心に届いた。


皇帝は、改心したのではなく、ただ自分の人生の重みに直面しただけかもしれない。だが、それでも、彼が選んだ道は、新しい方向を向いていた。


玉座から牢獄へ。


支配者から一人の人間へ。


その転換が、何を生み出すのか。


誰にもわからない。


だが、世界は続いていた。


アルトは、依然としてセリアの遺体を抱きしめたままだった。

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