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3話 滅びろ因習村


 魔物とは、大気中の魔力の中にある淀み、謎めいた邪悪なる魔力から生まれるとされている、ボクたち人間とは敵対関係にある怪物。

 人間を襲う理由としては餌の他に魔力の種類が違うことによる生理的嫌悪感などが挙げられる。

 恐らく人間が害虫を駆除するのと同じで、本能的に人間を嫌っているものだと思われる。

 自身を生成した際の核となる魔力を解放して分裂し、自己増殖することで個体数を増やすらしい。

 性別は一応存在するらしいが、その辺の動物と同じように繁殖するのかは未だに不明なままだ。

 これら魔物に関しての情報は教えたがりのヒエラから聞いた知識だ。大抵の僧侶は学者気質なんだってさ。


 だが、今目の前にいるのは人間だ。魔物ではない。だからこそ相手を殺さずに無力化する技術が求められている。そしてそれは相手も同じことだろう。


「つぇぇりゃぁぁ!」


 村の用心棒の男は、殺さないためか素手でボクを仕留めようとしてきた。いや、違う。普通に殺す気だ。武器を使わずとも、素手だけで肉体を破壊してみせるというパフォーマンスなんだ。殺意の宿った蹴りが迫る。


「あぶねっ」


 なんとか蹴りを回避。空気が一瞬爆ぜる。しかしそのまま身体を回転させた拳による追撃。

 大振りの蹴りを咄嗟に回避するタイミングに合わせて拳の連打を叩きこもうとしてきた。戦い慣れたやつのやり方だ。

 身体強化の魔法を使ってるのだろうか、一撃一撃が重い。こちらも迎撃しようとしているのだが、上手く捌ききれない。かすり傷に済まそうとするが、一発胴体に貰ってしまった。骨まで響いてるような打撃だ。

 ……内臓は無事だろうか、出血はしてないはず。


「効いたな……今のは」

「まだまだ殴り足りねぇな」


 歓声、怒号。賭博を仕切る者達の笑い声。

 用心棒の男はニヤリと笑う。でも、そのニヤケ面はボクの前では長く持たなかった。


「あっ……あれ? お前、いつの間に分身なんてしてぇどうなってやがんだ……」


 男の焦点は定まっていない。そりゃあんだけ動き回ったらその分早まるだろ──黒魔法の呪いの侵食が。

 別に黒魔法は唱えるだけじゃない。ボクの扱う黒魔法には、あらかじめ装備に仕込んでおくタイプの魔法もあるってことだ。

 黒魔法、『接触する瘴気(タッチエンガー)』が発動する。

 相手の拳を利用する形で呪いは炸裂した。

 装備を通して直接攻撃してきた相手に呪いを注ぎ込む、そういう魔法だ。

 これは一度発動したら、身につけてる装備の力も失われてただの服になってしまう諸刃の剣でもある。

 使ってた装備まで勇者パーティに返すってことにならなくて本当に良かったと思う。

 装備を犠牲にするだけあって呪いの効果は絶大だ。

 瘴気は空気。呪われるまでは気づかない。魔力の流れに従って、相手の血や骨へとドクドクと注ぎ込まれていく。全身に針を入れられるようなものだ。

 屈強な肉体を持っているはずの男が、瘴気に蝕まれ、地面の上を苦痛によってのたうち回っている。


「せ……戦闘不能です、よってクロノスの勝利!」


 審判役の村人が勝負の決着を告げた。

 なんだ、もう終わりか。最初の蹴りが当たってたら、ボクも危なかったかもしれないな。


「おいおいなんだあの筋肉野郎、大したことないな」

「えーっもう決着ー? 賭けなくて良かったー」

「こんなん殺し合いじゃねぇ、金返せ馬鹿野郎!」


 客は困惑してる。賭博に狂った熱気というか、そういう雰囲気が一気に絶対零度まで冷え込んでる感じだ。気の毒だけど、ボクに賭けなかったやつが悪いとも思う。


「じゃあ、ボクの勝ちってことでもういいかな?」

「…………あ、あぁ、その少女も何処へだって連れていけばいい。二度とこの村に来るなよ」


 村長が帰ってきたら不味いだのなんだのと、ぶつぶつ言いながらジジイとその関係者の人達が慌てふためいていた。

 そんな彼等の哀れな姿を見ながら、ボクは少女を連れて村から出ていくことにした。何が生贄だよ、馬鹿馬鹿しい。こんな人の命をなんとも思ってないような村滅びたらいいんだ。

 あっ、でも依頼受けられないのは困る。どうしよう。勢いでついやっちゃったけど、他の冒険者の人とか困るよなぁ。やらかしたかなぁ。


「あ……あの、クロノス、さん」


 これからどうしようかと考えていると少女が話しかけてきた。いく当てがないのは彼女も同じじゃないか。


「いや、クロノスでいいよ。さっきもそう呼んでたじゃん」

「あ、じゃあ、クロノス」

「なんだい?」

「助けてくれて、ありがとう」


 心からの感謝の言葉。人に感謝されるなんて滅多にないから素直に嬉しかった。誰だって嬉しいよ、そりゃ。

 冒険者なんて、依頼をこなして金を稼ぐだけだと思ってた。そういうやりがいだとか、お礼の気持ちみたいなのは、感じたことなかったからな。

 勇者パーティでは雑用係みたいなもんだったし。やって当然、できて当然、そんな空気だった。


「どういたしまして。ところで君の名前、なんていうの」


 ボクの希望になり得る人の名前を知りたかった。

 呪いが効かない少女。忌み子として育てられた彼女は黒魔法の呪いの耐性を有しているということだ。鍛えたら良い冒険者になる、それは間違いない。

 何よりボクとパーティが組める。本人が良いよと言ってくれるかどうかはさておき、黒魔道士と共闘できる貴重な存在だ。


「名……名前? ないよ。わたし、赤ちゃんの時、この村で拾われたから……記憶はないけれど」

「この村で生まれたわけじゃないんだな」


 そうか捨て子だったのか。この村の人間じゃない。だから穢れを集める生贄としてちょうど良かったんだな。


「うん。名前は与えないって。生贄として名前は必要ないって」

「そうか…………そりゃ、辛かったよな」

「でも、今はお兄さんがいるよ」


 お兄さん、かぁ……一人っ子のボクからすれば、それはくすぐったい響きの言葉だよ。妹がいたらこんな感じかなって、心にすっと沁み込んでくる。


「……なぁ、嫌じゃないなら、ボクの考えた名前を名乗ってくれる?」

 

 この子が冒険者になるなら……別に冒険者じゃなくっても……何にせよ、生きてく上で名前は必要だ。ボクにはクロノス・タウルベクスという立派な名前がある。タウルベクス地方の村で生まれたクロノス。クロノスには豊作を願う意味が込められている。

 彼女には、育った村への愛着も、マトモな思い出も、そして自分を証明するものだって何もない。

 だから、ボクがやることじゃないだろうけど、つい呼び名を考えたくなってしまった。


「うん……どんな名前?」

「名無しの子だから、ナーコ。どうかな、嫌じゃないかな」


 安直かなぁ、もっと可愛い名前のが良かったかなぁ。この手のセンスは、分からないもんだ。


「……良い名前、だと思う。わたしはそう思う」

「あぁ、良かったぁ〜人に名前決められるの嫌かと思って」

「一生懸命考えてくれた、なら……嫌じゃない」


 ナーコはなんて良い子なんだろうか。歳を聞いたら「13歳になったばかり」だと言っていたが、その歳でそれだけの良心があるもんだなぁと思ってしまった。

 2年前のボクが、そんな人間できてたかというと、最年少冒険者になって調子乗ってたからな。それにナーコは劣悪な環境だったのにも関わらず他者に感謝するだけの精神があるのだから、尚更ボクは人間性で負けているように思う。


「ケガ、大丈夫?」

「平気平気、あんなやつのパンチ大したことなかったね」


 いやめっちゃ痛いよ、本気で殺すつもりの、魔法で強化された拳なんだから。でも歳上の余裕出したいじゃんか。今だけはカッコつけさせてほしい。


「辛そう。痛いの痛いの飛んでけ、してあげる」

「じゃあお願いしようかな」


 気休めでも、その気持ちだけで充分。

 労わるようにナーコが痣になってるとこに掌を置き、何やら唱えだした。

 すると光が集まって、痛みが引いていくのを感じた。


「……ナーコ、これって魔法だよね、回復系の」

「……誰にも言ってなかったけど、ちょっとだけ魔法使える……これは痛み止めの魔法」


 本当に冒険者の才能がありそうな少女だ。


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