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第六章


インターホンを押した瞬間、指が震えているのが自分でも分かった。


もう、確信していた。

それでも、直接言葉で聞くまでは、どこかで否定したかった。


ドアが開く。


美玲は、少しだけ驚いた顔をして、すぐに無表情になった。


「……また来たの?」


その声だけで、何かが切れた。


「これ、何ですか」


優斗はノートパソコンを開き、画面を美玲の前に突き出した。


ホテルの出入り。

LINEの履歴。

日付と名前。


「佐山晃。美玲さんの浮気相手ですよね」


一瞬だけ、美玲の目が揺れた。


「……それ、どこで」


「兄のPCです。全部、残ってました」


沈黙。


「兄は、全部知ってた。それでも、誰にも言わなかった」


声が低くなる。


「兄を裏切ったんですよね」

「兄を殺したのは、美玲さんも同然じゃないですか」


美玲は、ふっと鼻で笑った。


「……は?」


その笑い方が、優斗の神経を逆撫でした。


「隼人はね、知ってたわよ。最初から」


「……何?」


「夜はちゃんと帰ってくること。週に一回は食事を作ること。休みの日は一緒に過ごすこと」


淡々と、条件を読み上げるように言う。


「それを守るなら、浮気してもいいって言ったのは隼人」


優斗は言葉を失った。


「……仕方なく結婚したのよ、あの人と」

「幸せにするって言うから結婚したのに、別に幸せじゃなかった」


美玲の声には、もう感情がなかった。


「隼人は自分の意思で勝手に死んだの」

「私のせいじゃない」


優斗の胸が、焼けるように痛んだ。


「……でも、浮気してないなら証拠出して、離婚届なんか書かなければよかっただけじゃない」


その言葉で、完全に理解した。


この人は、もう「被害者」じゃない。


「今は新しい家庭もあるの」

「だから、私の生活を乱さないで」


優斗は、思わず聞き返した。


「……え?」

「美玲さん、再婚してるんですか?」


美玲は、少しだけ口角を上げた。


「昔からずっと好きだった人と再婚できたの」

「だから、片桐には感謝してるくらい」


その一言で、視界が歪んだ。


「私は今、山本でも柏葉でもない」


少し間を置いて、はっきり言う。


「滝川美玲なの」


その名字が、耳に刺さった。


「だから、もう私に関わらないで」


ドアが、強く閉められた。


家の外に立ち尽くして、優斗はゆっくりと表札を見上げた。


そこには、はっきりと書かれていた。


滝川


——そういえば、この家を買ったときの祝いのパーティーに、一度だけここへ来たことがあった。


あのときは、確かに「柏葉」だった。


それから何度か美玲を訪ねていたのに、知っている家だという安心感から、表札なんて一度も気に留めていなかった。


でも今、初めて気づいた。


この家の名前は、もう

兄のものではなくなっていた。


ここはもう、兄の人生の続きですらなかった。


優斗は、何も言えずにその場を離れた。


怒りも、悲しみも、憎しみも、全部まとめて胸に詰め込んだまま。


そして、初めてはっきり思った。


——この人は、もう、救われなくていい。

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