表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三日月からのギフト~萩、菊ヶ浜で私は最後のキスをした

作者: 辻堂安古市



なろうラジオ大賞参加作品です。




 


 私には両親がいない。


 物心ついた時には、愛情深い祖父母と一緒に暮らしていた。淋しくはなかった。けど、窮屈でもあった。

 

 

 祖父母のお寺を継ぐため、私にはまだ見ぬ「許嫁」がいた。未来は決められていた。


 それでも私は県外の短大に進学した時に、束の間の自由を得、そこでサトシと出会った。あちこちへ出かけたり、部屋でゆっくり過ごしたりするのは、楽しかった。



 だからこそ、話せなかった。

 でも時間は残酷なほど正確に進む。

 


 私は卒業する直前に全てをサトシに話した。彼は一言「わかった」とだけ言った。


 


 「…ごめん」


 「…謝るなよ」

 


 私たちの恋は、そこで終わった。









 短大を卒業した私は地元の萩へ帰り、実家の保育園の手伝いをして日々を過ごしていた。





 だけどね。

 いきなり現れたんだ。




 

「よっ 元気?」


「サトシ…何で?」


「親から『萩に来てるから合流しろ』って言われてな」


「もぉぉ!突然すぎるー!」


 私、この時どんな顔してたんだろう?

 



 「時間あるなら市内案内してよ」


 「…良いけど」


 慣れ親しんだ場所も、一緒にいる人次第で違うように見える。少し不思議な気分だ。あちこちまわってたらあっという間に夕方になった。



「今夜は流星が見られるかも。まだ大丈夫?」


「10時位までなら、多分」


 私は、何を期待してるんだろうか。




 菊ヶ浜の東にある防波堤まで歩いて行く。指月山の上には三日月が浮かんでいて、沖には漁船の漁火がチカチカと瞬いている。




「…おい?」


「いいでしょ?コンクリートは背中痛いし」


「…わかったよ」


 私は背中をサトシに預け、そのまま暫く無言で空を見上げた。


 夏の夜風が気持ちいい。

 その風に流された雲が月明かりを遮る。




 後ろからサトシに抱きしめられた私は、左手でその手を押さえ、右手でサトシの頬に触れる。


 そのままサトシの顔を引き寄せて───








 三日月が再び顔をのぞかせた。

 光が優しく辺りを照らし、揺れる水面が光を散りばめる。


 私は唇を離し、サトシの胸に顔を埋めた。




「なんで来たの?」


「顔、見たかった」



 

 泣き顔なんて、見せたくないのに。




「…ごめん」


「…謝らないで」





 私達はもう一度だけ、唇を重ねた。

 波打ち際に静かに押し寄せる波音と、月明りの中で。






 



 私は今、お見合いをして得た優しい家族に囲まれている。不満なんてない。


 でも夜の海岸線を通ると「あの時」を思い出す。


 あれはお月様がくれた時間なんじゃないかって。


 私と彼と、お月様だけが知っているあの時間は、今も私の心の中の宝箱に、そっと置かれている。






お読みいただきありがとうございました。


完全版は、アルファポリス様にてお読みいただけます。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ