三日月からのギフト~萩、菊ヶ浜で私は最後のキスをした
なろうラジオ大賞参加作品です。
私には両親がいない。
物心ついた時には、愛情深い祖父母と一緒に暮らしていた。淋しくはなかった。けど、窮屈でもあった。
祖父母のお寺を継ぐため、私にはまだ見ぬ「許嫁」がいた。未来は決められていた。
それでも私は県外の短大に進学した時に、束の間の自由を得、そこでサトシと出会った。あちこちへ出かけたり、部屋でゆっくり過ごしたりするのは、楽しかった。
だからこそ、話せなかった。
でも時間は残酷なほど正確に進む。
私は卒業する直前に全てをサトシに話した。彼は一言「わかった」とだけ言った。
「…ごめん」
「…謝るなよ」
私たちの恋は、そこで終わった。
短大を卒業した私は地元の萩へ帰り、実家の保育園の手伝いをして日々を過ごしていた。
だけどね。
いきなり現れたんだ。
「よっ 元気?」
「サトシ…何で?」
「親から『萩に来てるから合流しろ』って言われてな」
「もぉぉ!突然すぎるー!」
私、この時どんな顔してたんだろう?
「時間あるなら市内案内してよ」
「…良いけど」
慣れ親しんだ場所も、一緒にいる人次第で違うように見える。少し不思議な気分だ。あちこちまわってたらあっという間に夕方になった。
「今夜は流星が見られるかも。まだ大丈夫?」
「10時位までなら、多分」
私は、何を期待してるんだろうか。
菊ヶ浜の東にある防波堤まで歩いて行く。指月山の上には三日月が浮かんでいて、沖には漁船の漁火がチカチカと瞬いている。
「…おい?」
「いいでしょ?コンクリートは背中痛いし」
「…わかったよ」
私は背中をサトシに預け、そのまま暫く無言で空を見上げた。
夏の夜風が気持ちいい。
その風に流された雲が月明かりを遮る。
後ろからサトシに抱きしめられた私は、左手でその手を押さえ、右手でサトシの頬に触れる。
そのままサトシの顔を引き寄せて───
三日月が再び顔をのぞかせた。
光が優しく辺りを照らし、揺れる水面が光を散りばめる。
私は唇を離し、サトシの胸に顔を埋めた。
「なんで来たの?」
「顔、見たかった」
泣き顔なんて、見せたくないのに。
「…ごめん」
「…謝らないで」
私達はもう一度だけ、唇を重ねた。
波打ち際に静かに押し寄せる波音と、月明りの中で。
私は今、お見合いをして得た優しい家族に囲まれている。不満なんてない。
でも夜の海岸線を通ると「あの時」を思い出す。
あれはお月様がくれた時間なんじゃないかって。
私と彼と、お月様だけが知っているあの時間は、今も私の心の中の宝箱に、そっと置かれている。
お読みいただきありがとうございました。
完全版は、アルファポリス様にてお読みいただけます。




