第7話 霧を纏う〝なにか〟
「おい、どけよ用心棒。ここはギルドが管理してんだ」
金色の三本刃が夕日を裂いた。
レヨンが肩に担ぐ中位神器——
《火裂き三刃》。
三本の湾曲刃がかすかに赤光を瞬かせ、まるで喉を鳴らす猛獣のようだ。
対するベリオスは、表情ひとつ変えず巨盾を構える。
盾の縁は陽炎のようにゆらめき、熱を孕む赤い鉄板——
中位神器 《陽炎の盾》。
「この通りは市場の避難路だ。ギルドによる占拠は許可されていない」
静かな声だが、鋼の芯があった。
「中位同士でも、俺の方が格上だろ。盾振り回すだけの雑魚に指図される筋合いねーよ?」
周囲の空気が、ぴり、と張り詰めた。
空気が一気に悪化し、周囲がざわつく。
その瞬間——
「待って待って待って! ここ街のど真ん中!!」
風のようにコットが割って入り、半透明のウィンドリンが怒ったみたいに羽を震わせた。
「……なんだお前?」
レヨンが眉をしかめてコットを見る。
続けて、ニヤつきながらカイへ視線を向けた。
「で、隣のお前……その首の布……バスタオル? これから風呂でも行くのか?」
ニムとテンが「ははっ」とつられて笑う。
「え? あ、これ? 一応、神器だけど……」
「はァ? これが?」
「いやタオルじゃん」
「ランクは?」
「……下位だけど」
カイが正直に答えると、3人の顔に“ほらやっぱり”と書いてあった。
だがカイは、少しだけ胸を張って付け足した。
「でも、最近ステージ1になったんだ。
……ランクは下位でも、成長してるっていうか……」
「……は?」
レヨンが瞬きする。
「ステージ?」
「なにそれ?」
「下位神器にそんなシステムねーだろ」
ニムが細身の曲刃のナイフ——
下位神器《風切りナイフ》をクルクル回しながら笑う。
刃が振られるたび、空気がちりっと震えて切られていく鋭さ。
テンは長さ150センチはありそうな巨大なヘラのような下位神器《地削り大ヘラ》を肩に乗せている。
「神器って言うには地味すぎない?」
バカにされたカイが固まるより早く——
「カイのタオルはほんとの神器!!」
コットが即座に怒鳴り返す。
するとテンが鼻で笑い、シロを指さした。
「まあ、困ったらそのチビの可愛いモンスターに守ってもらえば? 可愛く“がお〜”ってよ!」
「がおっ!」
シロは全力で威嚇したが、完全に子犬だ。
「あんた達……ほんと最低」
コットがむすっと頬を膨らませた。
その時だった。
レヨンが空を見上げる。
「……チッ。霧が来てる。もう夕方かよ」
見ると、街の端から白い薄霧がじわじわ広がっている。
触れた果物の表面が——じわり……黒く腐り始めた。
ざわっ、と市場の人々が悲鳴を上げる。
(これが……夜に街を襲う腐敗霧……)
ここ、セレンティアは本来——
「夜に本番を迎える食と商の街」
――のはずだった。
だが今は、
腐敗霧のせいで、
夜の灯りが消えた。
酒場は昼まで、露店は早じまい。
笑い声も、香りも、賑わいも……失われつつある。
ベリオスが低く呟く。
「今は争う時ではない。腐敗霧への対応が先だ」
「ハァ……やってらんねぇ。行くぞ、ニム、テン」
ギルドの3人はしぶしぶ通りを離れた。
夕陽が沈みきる前に、霧はさらに濃くなる。
コットはカイの袖を引っ張った。
「カイ、今日はありがと! 明日、絶対うちの店に来て! ぜーったい!」
ウィンドリンが嬉しそうにキラキラ舞い、
シロが「がおっ!」と返事する。
カイは笑い返した。
霧がゆっくり街を包み込み、
セレンティアの夕空が霞んでいく——。
ーー翌日の正午
「……ッ! 霧だ!」
誰かの声が上がり、商通りのざわめきがふっと弱まる。
空はまだ明るく、太陽の光が石畳に反射している。
本来、腐敗霧は“夜だけ”現れるもの――
それは街の者なら誰でも知る常識だ。
だが今――
通りの向こうで、白く淡い霧がゆっくりと立ち昇り、
まるで迷い雲のように広がりながらこちらへ流れてきていた。
(昼間に霧……? こんなの、聞いたことがない)
露店の果物がひとつ、霧の端に触れた瞬間――
じんわりと色が鈍り、皮がしんなりと萎んだ。
明らかに“普通の霧ではない”と分かる変化だった。
「触ると傷むのか……?」
「危ないぞ、子どもは下がれ!」
通りの空気がざわつき、警戒の声があがる。
悲鳴というより、困惑と緊張が混ざり合ったざわめきだ。
抱っこされた幼い子の手が霧にかすり、母親が慌てて引き寄せる。
「つめた……」
指先が少し灰色がかる。
「やっぱり“腐敗霧”だな。……外を歩くのはやめておけ!」
呼びかける用心棒の声に、人々は店内や路地へ避難していく。
そんな中、
バタバタと慌ただしい足音が詰め所に飛び込んできた。
コットの店の若い従業員だった。
「ベリオスさんっ! 相談が……!」
「どうした?」
帳簿を見ていたベリオスがすぐに立ち上がる。
「コットちゃんが……薬草取りに森へ行ったきりで、戻ってこないんです。
昼に霧が出るなんて、予想外で……!」
「……なるほど」
ベリオスの眉が深く寄る。
「森の方は、街より霧の濃度が高い。
濃霧に長く触れれば、体内の水分や体力が急速に奪われる。長時間耐えられる場所じゃない」
従業員の顔が不安で歪む。
「じゃあ……コットちゃんは……?」
ベリオスは答えず、背中に手を回す。
空気がわずかに揺れ、《陽炎の盾》が展開された。
縁が陽炎のようにゆらめき、熱を帯びた空気の揺らぎが走る。
「俺が行く。霧が深くなる前に見つける」
その言葉は短く、しかし揺るぎない。
従業員は胸を撫で下ろし、深く頭を下げた。
森の木々の間に、昼にはあり得ない白い霧が漂っていた。
(昼に霧って……おかしいよ。早く薬草だけ取って戻らなきゃ)
コットは小さなカゴを抱え、足早に森の外縁を進む。
だが――
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「……っ、なんか、息が……重い……?」
霧を吸った瞬間、体の内側がじんわり冷えた。
体力がゆっくり抜けていくような不思議な感覚。
指先が少しだけ灰色にかすむ。
「や、やだ……これ……腐敗霧……?」
歩みを速めようとした時――
足がもつれ、その場に膝をついた。
「うそ……力が……っ」
周囲の霧が、まるでゆっくり近寄ってくる生き物みたいに濃くなっていく。
鋭い声が霧の奥から響き、
次の瞬間、ベリオスが《陽炎の盾》を構え、コットの前へ飛び込んだ。熱を帯びた風が森を切り裂く。
盾の縁が陽炎のようにゆらめき、周囲の霧を押し返す。
「遅れてすまない。動けるか?」
「べ、ベリオスさん……っ」
コットの呼吸が少しずつ楽になっていく。
ベリオスはそっと肩を支え、
(やはり……この霧、いつもより濃い)
彼は鋭く森の奥を睨む。
「おーい! 先に来んじゃねーぞ用心棒ッ!」
ズドドドッと、騒がしい足音が続く。
レヨン、ニム、テンの三人が息を切らしながら駆け込んできた。
「霧の調査って聞いて来たんだよ!」
「ってかこの霧、思ってたより濃くね!?」
「うわ、指先なんか冷た……てか森こえぇ……!」
その時だった。
森の奥で、
“ずるり” と何かが動く気配があった。
白い霧の向こう、
かすかに 影のようなシルエット が揺れる。
「……動いてる……あれ、モンスター?」
「霧を、まとってる……?」
レヨンが声を低くした。
霧がゆっくり割れ、
『見られている』としか思えない視線が走る。
背筋を冷たいものが撫でた。
ベリオスが身構える。
「……いるな。霧を操る“何か”が」
第8話へ続く
《神器“布丸” ランク:Stage1 ー流布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納(小)/水纏状態》
《限定スキル:雫裂》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒Ⅰ/微癒の湯化》




