第2話 特殊スキル
黒い霧のようなオーラをまとった狼型モンスターが、ゆっくり森の影から姿を現した。
普通のモンスターとは違う。
“何かを喰って形を保っている”ような――そんな異質さが漂う。
「……布丸。行くぞ」
俺は布丸を構え、【布界収納】から拳大の岩を取り出した。
さっき倒した個体と同じ戦法でいけるはず――そう思った。
だが。
――ガンッ!
――ガッ!
岩を包んだ布丸で叩きつけても、黒いオーラが膜のように表面で弾く。
「は!? 効かねえの!?」
逆に黒狼が影のような速度で踏み込み、鋭い爪が空気を裂いた。
間一髪、転がって避ける。
「くそ……っ、もう避けるのもしんど……!」
息が荒い。足が重い。
狼の瞳だけが暗闇にギラリと光り、確実に俺を“殺しに”来ていた。
爪が横一文字に振るわれ、肩をかすめる。
熱い痛みが走り、体勢が崩れた。
(まずい……! 次は避けられ――)
ザバァッ!
地面の窪みの水を踏み抜き、俺も布丸も盛大に滑った。
「うぉッ!? 最悪のタイミングで!」
泥水でぐっしょり濡れた布丸が腕にまとわりつく。
その瞬間。
《観測:布丸が水分を吸収。条件達成。》
《限定スキル【雫裂】発現。》
《能力:雫裂=水分を鋭利な“水刃”として放つ。》
「……は?」
濡れた布丸が、わずかに震えた。
刃物のような冷たい気配が走る。
(いや、理屈はわからん。でも……今はやるしかねぇ!)
黒狼が地を蹴る。
殺意が風を切った。
「いけぇぇぇぇッ!!」
濡れた布丸をしならせ、地面に吸わせるように振り抜いた。
「――雫裂ッ!」
瞬間、布丸の先端から“水そのものが刃と化して”飛び出した。
透明なのに光をまとう弧状の斬撃。
空気を切り裂く尖った音。
――キィィィンッ!!
黒霧の膜が抵抗し、たわみ、
次の瞬間、音もなく裂けた。
「っ……!」
水刃は狼の体を走り抜け、鋭い線を刻み、黒狼は地面に崩れ落ちた。
「……倒した……! 俺、倒したのか……!」
膝が震える。
濡れた布丸は、どこか誇らしげに光を反射していた。
その時、
《観測:闇エネルギーを感知。特殊スキルを自動生成。》
《特殊スキル【黒喰】【転換布癒Ⅰ】発現。》
《黒喰=闇のエネルギーを吸収する。》
《転換布癒Ⅰ=吸収した闇を微量の“回復エネルギー”に変換する。》
「なっ……特殊スキル……? なんでこんなに……!」
布丸が黒狼の身体から立ち上る黒霧――“闇”を吸い込み始めた。
(こいつ……闇を吸収している? どういう……)
思考が追いつかないまま、戦闘は終わった。
♦︎
村人たちが震えながら近づいてきた。
「……よく、生きていたな……」
村長は蒼白な顔で言う。
「あの黒いオーラは……わしらは“アビス”と呼んでおる。
モンスターを異常に凶暴化させ……時には姿形すら変えてしまう」
「アビス……?」
「正体は誰も知らん。
だが確実に……世界のどこかで“何か”が動き始めておる」
村長は震える声で続ける。
「北の小都市ノクタニアへ行くといい。
人も情報も集まる街だ。旅人には悪くない場所だろう」
「ありがとう。……行ってみるよ」
布丸のこと。
アビスのこと。
そして――この世界で、自分がどう生きたいのか。
歩きながら、カイはふと考える。
ブラック企業で、感情を削りながら働き続けていた日々。
唯一の癒しは、帰宅後に入る風呂だったこと。
湯気に包まれた瞬間だけ、心が軽くなれたこと。
(……そうだ。俺は、誰かを癒せる場所を作りたい。
俺が風呂に救われたみたいに……笑える場所を作りたい)
胸の奥で、静かに、しかしはっきりと願いが形になる。
カイは布丸を首にかけ、村を後にした。
その時――
サワ……と、森の奥で草が揺れた。
(……風、か?)
そう思い、街道へ歩き出す。
カイはまだ知らない。
木陰の奥――
薄闇の中で、複数の瞳が静かにこちらを覗いていたことを。
彼がずっと“見られていた”ことに。
――第3話へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 0》
《スキル:形態変化/伸縮自在/布界収納(極小)》
《限定スキル:雫裂》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒Ⅰ》




