第14話 王城会議―― 円卓に落ちた“闇の名”
――所持金ゼロ。
その事実を、三人はしばらく噛み締めていた。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、カイだった。
「このままじゃ、ほんとに野宿だぞ」
「うん」
コットは素直に頷く。
「……それは、やだ」
シロが、きゅっとカイの裾を握る。
その瞬間、コットの脳裏に、ひとつの場所が浮かんだ。
「……冒険者連盟」
「え?」
「ソルテミア支部があったはず!
クエストを受ければ、すぐお金になる!」
一拍。
そして――
「それだ!!」
カイが、ぱんっと手を叩いた。
こうして三人は、
街の中心部にある冒険者連盟ソルテミア支部へと向かった。
***
連盟支部の中は、想像以上に賑わっていた。
鎧姿の男たち。
杖を抱えた魔術師。
掲示板の前で腕を組む熟練者たち。
「……すごい」
カイは、思わず息を呑む。
「ここが、冒険者の本拠地か……」
「初心者は、まず受付だよ」
コットに背中を押され、
カイはカウンターへ向かった。
受付にいたのは、
きっちりした制服を着た女性――受付嬢だった。
「いらっしゃいませ。
冒険者連盟ソルテミア支部です。
ご用件は?」
「えっと……クエスト、受けたいんですけど」
「初めてのご利用ですね?」
「はい」
受付嬢は、にこやかに頷く。
「でしたら、まずはランク登録からですね」
そう言って示されたのは、掲示板の区分だった。
――ビギナー
――ブロンズ
――シルバー
――ゴールド
――プラチナ
「冒険者ランクは、この五段階に分かれています」
受付嬢は、指先で一番下を示す。
「初めての方は、全員ビギナーから。
いくつかクエストを達成し、条件を満たすことで、
上位ランクのクエストが閲覧・受注可能になります」
「なるほど……」
討伐、採取、配達、雑務。
初心者向けには、
危険度の低い依頼が用意されているらしい。
カイは頷きながら、視線を上へ――
その時だった。
「……あ」
掲示板の一角。
新着と書かれた札の下に、ひときわ目を引く依頼が貼られていた。
――シルバーランク。
「これ……報酬、桁違いじゃないか?」
思わず声が漏れる。
「シルバー!?」
「……すごい」
コットとシロも覗き込む。
「これなら、宿代どころか、
一気に余裕できるんじゃ……?」
カイは、受付嬢を見る。
「これ、受けられませんか?」
だが。
受付嬢は、申し訳なさそうに首を振った。
「申し訳ありません。
現在のランクでは、シルバークエストは受注できません」
「……ですよね」
「はい。
原則として、ランク要件を満たしていない場合は不可です」
原則として。
その言葉が、妙に引っかかった。
「ちなみに……」
カイは、少しだけ前のめりになる。
「ゴールドとプラチナって?」
受付嬢は、一瞬だけ声を落とす。
「その二つは、
特定の実績を持つ方のみが閲覧できます。
この支部でも、目にできる方は限られていますね」
――選ばれた者だけ。
「ま、まずはビギナーだね!」
コットが、明るく背中を叩く。
「地道にいこ!
ね、カイ」
「ああ……そうだな」
シロも、小さく頷いた。
「……ピュイ!」
「まずは、こちらがおすすめです」
そう言って差し出されたのは、
雑務のクエスト札。
カイは、それを受け取った。
「……これなら、いけそうだな」
「うん、まずは堅実にいこ!」
シロも、小さく頷く。
――こうして。
無一文から始まったソルテミア生活は、
思いのほか、あっさり動き出した。
♢
ソルテミア王城、円卓の間。
蒼白の魔導灯が静かに灯る中、重厚な扉が閉じられた。
「――全員、揃ったな」
凛とした声で告げたのは、第七耀《迅風隊》隊長、シグだった。
「定例会を始める」
その言葉に、場の空気が引き締まる。
円卓には、ソルテミア王国の中枢を担う者たちが集っていた。
その中心には、現国王――カロナス王。
深い皺の刻まれた顔には、老獪さと威厳が同居している。
その傍らには王の補佐官。
そして八耀守の隊長たち。
第八耀《巡察隊》のミーナは、まだ若く、隊長に就任したばかりということもあって、背筋をぴんと伸ばして緊張を隠しきれない。
隣の第六耀《鉄衛隊》、ドワーフのガルムは、腕を組み、岩のように動かない。
第五耀《牙狼隊》、狼獣人のラグは椅子に深く腰掛け、尾を揺らしながら不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
第四耀《紅蓮隊》、レオンハルトは、変わらず端正な姿勢で静かに座している。
シグは一瞬、空いている席に視線を向けた。
「……第二耀、第三耀は任務で不在」
わずかに眉をひそめる。
「第一耀も欠席だ」
ラグが鼻で笑った。
「またかよ。
相変わらず自由な野郎だな」
「……彼はそういう男だ」
シグはそれ以上言及せず、話を切り替えた。
「では、報告に入る。
第五耀、ラグ」
ラグはぐっと前に身を乗り出す。
「首都近郊、第三防衛線外縁で黒紋モンスターを討伐した」
その一言で、場がざわりとする。
「見た目は獣型だったが――普通じゃねぇ」
鋭い爪で、空中に線を引く。
「明らかに異形体。そして身体の胸部に、鎖みたいなオーラを纏ってやがった」
「鎖……?」
ミーナが思わず声を漏らす。
「物理的なものか?」
シグの問いに、ラグは首を横に振った。
「いや。
斬った感触はあるが、実体が曖昧だ。
魔力の塊……いや、“縛ってる”感じが近い」
ガルムが低く唸る。
「拘束系の呪縛か」
「俺が仕留めた瞬間――」
ラグは、ぎゅっと拳を握った。
「その鎖は、霧みたいに消えた。
……まるで、回収されるみてぇにな」
沈黙。
シグが口を開く。
「操られていた可能性は?」
「否定はできねぇ」
その言葉を受け、カロナス王が静かに口を開いた。
「……もし、黒紋体のモンスターを遠隔で操る者がいるとすれば」
王の視線が一人ひとりを見渡す。
「それができるのは――黒天王廷の者だろう」
「……!」
ミーナが目を見開いた。
「こ、黒天王廷……?」
その反応に、補佐官が静かに補足する。
「闇の力をもつ者たちが集った組織。
詳細な構成や人数は不明です」
ガルムが硬い声で続ける。
「かつて、アビス化した神器の使い手を捕縛した。
その男が口にしておった名が――黒天王廷だ」
カロナス王は、ゆっくりと頷いた。
「目的は未だ掴めぬ」
そして、重く告げる。
「だが――
世界を崩そうとしているのは、間違いない」
魔導灯が、かすかに揺れた。
重い沈黙を破ったのは、第四耀《紅蓮隊》隊長――レオンハルトだった。
「……私からも、報告があります」
穏やかな口調だが、その声音はいつになく硬い。
「先日、首都外縁で黒天王廷の一人と思われる者と交戦しました」
円卓の視線が一斉に集まる。
「相手は獣人族。
黒い尾を持ち、右目には深い切り傷がありました」
ミーナが息を呑む。
「その者は、自らを――
黒天七座の一人と名乗りました」
ざわり、と空気が震えた。
レオンハルトは、手袋をはめた指を見つめるようにして続ける。
「指には、欠けた六芒星。
その中央に、歪な“4”と刻まれた指輪を嵌めていました」
「序列、か……」
シグが低く呟く。
「交戦結果は?」
カロナス王の問いに、レオンハルトは一瞬、目を伏せた。
「……敗北です」
静かな断言。
「圧倒的な魔力でした。
紅蓮隊は壊滅寸前となり、撤退を余儀なくされました」
だが、その瞳に諦めの色はない。
「それでも、生きて戻れた。
だから――次は負けません」
その言葉に、円卓の誰もが否定しなかった。
ガルムが、腕を組んだまま口を開く。
「黒天七座……
名の通りなら、王廷の幹部格だろう」
低く、重たい声。
「もし我ら八耀守と同じく順列制ならば――
“四”より上が、少なくとも三人はおる」
「……つまり」
ミーナが喉を鳴らす。
「もっと、強い敵が……?」
「そういうことだ」
ガルムは頷いた。
「そして、その頂点に立つのが――
闇の神器の使い手」
その名を、カロナス王が引き取る。
「……黒天王廷の王」
ミーナが、恐る恐る尋ねた。
「その人……誰なんですか?」
王は、ゆっくりと目を閉じた。
「目処は、ついておる」
静かな声が、過去を呼び起こす。
「わしが生まれる、三十年ほど前の話だ」
円卓に、言葉が落ちる。
「その者は王国の出身。
ソルテミア始まって以来――
最も武に長けた者だった」
レオンハルトの背筋が、わずかに強張る。
「だが、ある時を境に……
闇に落ちたと聞く」
王は、はっきりと告げた。
「名は――ルシフェル」
沈黙。
「……まだ、生きているのですか?」
ミーナの声は、かすれていた。
「おそらくな」
王は目を開ける。
「闇の神器の力は、計り知れぬ。
寿命すら、意味をなさぬ可能性がある」
レオンハルトが、深く息を吸った。
「我らは、首都だけを見ていてはならない」
紅蓮隊長の声は、静かだが確信に満ちていた。
「王国全域――
いえ、大陸全体に意識を向けるべきです」
カロナス王は、しばし沈黙した後、頷いた。
「……その通りだ」
「本日の会議は、ここまでとする」
魔導灯が、再び静かな光を取り戻していた。
♢
一方その頃――
カイたち三人は。
いくつかのビギナークエストをこなし、
空が西へ傾き始めた頃。
三人は、再び冒険者連盟ソルテミア支部のカウンター前に立っていた。
――正直、限界だった。
「はぁ……」
カイは、半ば体重を預けるようにカウンターにもたれかかる。
「クエスト完了報酬、受け取りに来ました」
「はい、確認しますねー」
受付嬢が魔道端末を操作し――
次の瞬間、指が止まった。
「あ……」
その一音で、嫌な予感が胸をよぎる。
「申し訳ありません。
現在、報酬管理システムに不具合が発生しておりまして……」
「……え?」
「入金処理に、およそ三日ほどかかる見込みです」
「三日!?」
コットの声が、支部内に響いた。
「はい……。
報酬は必ず支払われますが、本日はお渡しできず……」
受付嬢は、深く頭を下げる。
沈黙。
カイの脳裏に浮かぶのは――
宿代、食事、そして野宿。
どれも、今の状況には致命的だった。
「……わかりました」
カイは、なんとか笑顔を作る。
「三日後、また来ます」
***
支部を出た瞬間。
「……つかれたぁぁ……」
コットが道端にしゃがみ込み、力なく声を漏らす。
「体は元気なんだけど……心が折れそう……」
「……ピュイ〜」
シロも、肩を落とした。
夕暮れのソルテミアは、息を呑むほど美しい。
石畳に反射する橙色の光、遠くに灯り始めた街の明かり。
だが今の三人には、
その煌めきがやけに遠く感じられた。
「このままだと……」
カイは空を見上げる。
「ほんとに、野宿かもな」
「うそでしょ……」
その時――
「――宿を、お探しですか?」
澄んだ声が、背後から届いた。
「……?」
振り返ったカイの視界に映ったのは、
長い黒髪を背に流し、
この街では珍しい、和装にも似た衣を纏った女性。
年の頃は、カイと同じくらい。
落ち着いた佇まいで、柔らかく微笑んでいた。
「もし、よろしければ……」
夕焼けの中で、彼女は静かに言う。
「わたくしの宿に、いらっしゃいませんか?」
「……え?」
コットが目を丸くし、
シロが不思議そうに首を傾げる。
沈みかけていた一日の終わりに、
ふいに差し込んだ、小さな希望。
そう、まさにこの出会いこそが――
後にカイが、“温泉宿の主人”として、この世界で生きていく、すべての始まりだった。
第15話へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納(小)/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒Ⅰ/微癒の湯化》




