第13話 首都ソルテミアと八耀守
――それは、街というより要塞だった。
「……すご……ここが…首都ソルテミア」
思わず、カイは声を漏らす。
視界いっぱいに広がるのは、白と蒼を基調にした巨大な都市。
高い城壁、その上を覆うように――薄い膜が、空気を歪ませていた。
光のヴェールのようなそれは、近づくほどに存在感を増す。
「ね? あれ」
コットが指を差す。
「首都防衛の結界だよ。
神器の力で張られてるって言われてる」
「……神器で、首都全体を?」
カイは目を見開いた。
ひとつの武器、ひとりの使い手、というスケール感が一気に崩れる。
その横で、シロ――
人化した姿のまま、白銀の髪を揺らしながら結界を見上げていた。
門前は、想像以上に混雑していた。
商人、冒険者、巡礼者。
そして――検問。
「次の方!」
金属音と共に、列が少しずつ進む。
カイたちの前で、ひと悶着が起きていた。
「だから! 仕事で必要なんだ!」
「分かりますが……」
声を荒げる男の足元には、檻。
中には、角を持つ獣型モンスターが伏せている。
「この子は大人しい! 運搬用で――」
「申し訳ありません。
現在、モンスターの入国は全面禁止です」
検問官の声は硬い。
「アビス化、黒紋体の発現――
万が一を考えれば、通せません」
男は歯噛みしながらも、引き下がるしかなかった。
「……厳しいな」
「今は特に、だね」
コットが小さく頷く。
「私たちは、あっち」
そう言って、別の列を指す。
「神器検査場に回される」
「検査……?」
嫌な予感が、胸をかすめる。
「神器所持者、こちらへ」
簡易的な検査場。
リディアの工房にあった精密機とは違い、
台座と結晶柱だけの、簡素な装置だ。
検査官は、慎重な目つきで言った。
「現在、闇属性反応には特に警戒しています」
淡々と、しかし重く。
「闇のエネルギーを発する神器は、
一時没収、または入国不可となる場合があります」
カイは、布丸を握る。
(……闇は、吸った。でも……)
「次。神器を置いてください」
指示に従い、布丸を台座に置いた――その瞬間。
カッ――
一瞬だけ。
結晶柱が、眩いほどの光を放った。
「……!?」
検査官が、目を見開く。
周囲がざわつく。
「光属性……?」
「いや、違う……」
検査官は、結晶の数値を確認し、眉をひそめた。
「闇反応……ゼロ」
「それどころか……」
もう一度、布丸を見る。
「……非常に澄んだ波形だ」
不思議そうに、しかし警戒は解けた。
「問題ありません。通行を許可します」
カイは、内心で息を吐いた。
「よかった……」
神器検査を終え、通行証の刻印を受けたカイたちは、門をくぐる直前まで進んだ。
「次、三名」
通行管理者が、淡々と視線を走らせる。
カイ。
コット。
そして――シロ。
その視線が、一瞬だけ、止まった。
「……ちょっと待て」
空気が、ぴしりと張りつめる。
「え?」
コットの声が裏返る。
カイの心臓が、どくりと跳ねた。
シロは、きょとんとした顔で立っている。
白銀の髪。
透けるように白い肌。
管理者は一歩近づき、首をかしげた。
「……顔色が、やけに白いな」
「えっ」
コットが思わず前に出る。
「だ、大丈夫です! この子、もともと色が白くて……」
カイも、できるだけ平静を装う。
「……体調は悪くないか?」
問いかけられ、シロは一瞬だけ戸惑い――
それから、小さく頷いた。
管理者は、じっと観察するように見つめてから、ふうっと息を吐いた。
「そうか。
最近は寝不足や緊張で、倒れる者も多い」
そして、少しだけ声を落とす。
「首都は人が多い。
無理をするな」
シロは、ぺこりと頭を下げた。
管理者は視線を戻し、板を打ち鳴らす。
「通行、問題なし」
――解放。
門の内側へ一歩踏み出した瞬間。
「……はぁ……」
コットが、思い切り息を吐いた。
「ちょ、ちょっと心臓止まるかと思った……!」
「……だな」
カイも苦笑する。
シロは、少し申し訳なさそうに二人を見る。
「ピュイ……」
「いいのいいの!」
コットが、ぱっと笑った。
「むしろ守ってあげたくなるって言われるくらい、色白ってこと!」
「……ピュ?」
意味はよく分からないが、悪いことではなさそうだと察し、シロは首を傾げる。
こうして――
誰にも正体を疑われることなく、
三人は無事、首都ソルテミアへと足を踏み入れた。
門を抜けた瞬間――
空気が変わった。
「……すご……」
思わず、カイの口から声が漏れる。
石畳の道はどこまでも整えられ、行き交う人々の装いは多種多様だ。
鎧姿の兵、魔導書を抱えた研究者、商人、旅人。
それぞれが違う目的を持ちながら、同じ“中心”へ向かって流れている。
カイは、自然と視線を北へ向けた。
街の奥――
青白く輝く巨大な城郭が、空を切り取るようにそびえ立っている。
「あれが……ソルテミア王国!」
コットが誇らしげに言う。
白銀に近い石材で築かれた王城は、淡く光を放ち、
まるで月光そのものを固めたかのようだ。
防壁には幾重もの魔法陣が刻まれ、
遠目にも分かるほどの魔力の流れが、城を包んでいる。
「きれい……だけど、近寄りがたいな」
「防衛結界が常時稼働してるからね」
コットが肩をすくめる。
次に、視線は街の中央へ。
そこには――
巨大な円筒状の施設が鎮座していた。
金属と魔石で組み上げられた外殻。
管のような構造が蜘蛛の巣のように街中へ伸びている。
「……あれ、タンク?」
「うん。
魔力発電機」
さらりと、コットが言った。
「街全体の照明、工房の稼働――
ほとんど、あそこ一基で賄ってるの」
「そんなのが……一つで?」
カイは、思わず唾を飲み込む。
魔力が“個人の力”ではなく、
都市の基盤として使われている。
その事実に、異世界に来たのだと、改めて実感させられる。
そして――
南。
カイは、思わず立ち止まった。
「……あれは……船?」
街の南端。
巨大な桟橋の向こう、空に浮かぶ影。
帆ではない。
翼でもない。
船体そのものが、空に浮かんでいる。
船腹には魔導紋が走り、淡い光を噴き上げながら、ゆっくりと高度を調整していた。
「空界巡航船だよ」
コットの声が、少しだけ弾む。
「大陸間を移動できる、数少ない手段の一つ」
「……空で、他の大陸へ……」
カイは、言葉を失う。
北に王城。
中央に魔力の心臓。
南に、大陸を越える船。
――ここは、ただの街じゃない。
「ソルテミアはね」
コットが言う。
「この世界の“交差点”なんだ」
人も、物も、情報も。
そして――運命さえも。
カイは、無意識に布丸へと手を伸ばした。
この街で、
何かが動き出す。
そんな予感だけが、胸の奥で静かに膨らんでいった。
しばらく歩いていると、街の喧騒が、ふっと薄れた。
理由はすぐに分かった。
――人の流れが、自然と道の端へ寄っていく。
「……?」
カイが首を傾げた、その時。
石畳を踏む、揃った足音が聞こえてきた。
重くない。だが、軽すぎもしない。
無駄のない、研ぎ澄まされた歩調。
現れたのは、五人。
全員が軽装だが、鎧の継ぎ目や布の締め方が、明らかに“慣れている”。
刃を隠す者。
風を纏うような魔導装備を身につける者。
視線だけで周囲を制圧している者。
「……強そうだ」
カイが思わず呟く。
コットが、声を潜めた。
「八耀守だよ」
「……はち、ようしゅ?」
「王国直属の守護隊。
八つの部隊があって、それぞれ役割が違うの」
その瞬間、カイは気づいた。
彼らの肩――
外套の留め具に、同じ意匠の紋章が刻まれている。
円環の中に、走る翠銀色の7本の剣。
「第七耀《迅風隊》」
コットが、少しだけ誇らしげに言う。
「高速展開と殲滅を専門にした部隊。
索敵、奇襲、追撃……全部、あの人たちの領分」
五人は、並んで歩いているわけじゃない。
互いに微妙な距離を保ち、死角を潰す配置。
視線は散っているのに、
意識は一つにまとまっているのが、素人目にも分かった。
「……でも、七なんだな」
カイがそう言うと、コットは頷く。
「うん。
八耀守はね――」
指を折って説明する。
「数字が小さいほど、部隊としての総合力が高いって言われてる」
「……じゃあ」
「一耀、二耀は、もう別格」
迅風隊の一人が、ふと、足を止めかけた。
いや――
止めたように、見えただけかもしれない。
先頭を歩く人物。
他の隊員より、わずかに背が高く、
風を思わせるマントを肩にかけた人物。
――隊長。
その視線が、一瞬だけ。
まっすぐ、カイの方を向いた。
ほんの刹那。
だが、空気が張りつめたのが分かった。
次の瞬間、何事もなかったかのように視線は逸れ、
迅風隊はそのまま通り過ぎていく。
風が抜けた後のような、静けさ。
「……今の」
カイが、無意識に息を吐く。
「見られてた?」
カイが、そんなことを感じた矢先、
「あーっ!」
背後から、やけに間の抜けた声が響いた。
「……?」
振り返ると、コットが両手でポケットを探っている。
「ど、どうした?」
「……ない」
「何が?」
コットは、青ざめた顔で顔を上げた。
「財布」
「…………」
「財布が……ない……!」
沈黙。
カイの脳裏に、いくつかの言葉が浮かんでは消える。
「……それって」
恐る恐る、確認する。
「金は?」
コットは、にこっと笑った。
――笑ってから、舌をぺろっと出した。
「てへ!」
「てへ、じゃない!」
思わず声が裏返る。
「え、ちょ、待て。
今この街、物価高いんだろ!?
宿は!? 飯は!?」
「……」
コットは、空を見上げた。
「……野宿?」
「うそだろ!?」
「ピュイ!?」
さっきまでの、
迅風隊だの、八耀守だの、見られている気配だの――
全部、一気に吹き飛んだ。
代わりに現れたのは、
あまりにも現実的で、即死級の問題。
コットは、悪びれもせずに胸を張る。
「だ、大丈夫だよ!
なんとかなるって!」
「ならない可能性の方が高い!」
カイは、遠い目をした。
ーーこの街、来たばかりなんだけど。
ーー英雄扱い、されたばかりなんだけど。
ーー癒しの場所を作るために、ここにきたんだけど。
まさかの所持金ゼロスタート。
さっそくピンチ!?
そんなナレーションが、
聞こえた気がした。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納(小)/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒Ⅰ/微癒の湯化》




