第10話 蒼月の魔道工房
「アナタの夢、乗った! あたしもついていく!」
コットのまさかの発言に思わず間の抜けた声が出たのは、カイだけじゃない。
肩に乗っていたシロも、「ピュッ!?」と目を丸くする。
「い、いや、待ってくれ。急すぎないか?」
「急じゃないよ」
店内に、ゆるやかな沈黙が落ちた。
燻製の残り香が、まだ空気に溶けている。
コットは一度、息を吸い――胸の前で、ぎゅっと手を握った。
「あたしね、十九だけど……ずっと、この店だけの世界で生きてきた」
いつもの快活さより、少しだけ静かな声。
「昨日の戦い……正直、何もできなかった」
カウンターに指を置き、ぎゅっと力を込める。
「料理しか取り柄がなくて、戦えもしない。
霧に包まれて、死ぬかもって思った時……すごく、怖かった」
そこで、ちらりとカイを見る。
「でもさ。カイが来てくれた」
霧を裂き、魔蛇を断った背中。
あの瞬間が、今もはっきりと焼きついている。
「助けてもらったから、ってだけじゃないよ?」
コットは首を振った。
「カイの話を聞いて思ったんだ。
“癒したい”って気持ち……あたしも同じだって」
燻製の香りが、ふわりと鼻をかすめる。
「料理が好き。
匂いが立って、誰かの顔がふっと緩む瞬間が好き」
「あたしも、癒したい。
剣や武器じゃなくて……料理と香りで」
燻製の香りが、ふわりと鼻をかすめる。
「誰かが『生き返った』って顔する瞬間を、増やしたい」
一歩、踏み出す。
「癒せる場所……あなたが作ろうとしてる場所。
そこ、見てみたい。
……そこに、いたい」
真っ直ぐな視線。
一拍置いて、いたずらっぽく笑う。
「それに、きっとあたしの力、役に立つでしょ?」
カイは、しばらく言葉を探すように視線を落とし――
やがて、静かに顔を上げた。
「……ありがとう」
「俺は、不器用だ。
迷うし、失敗もするかもしれない……」
それでも、と続ける。
手を差し出した。
「一緒に来てくれるなら、心強い」
シロが、胸元で「ピュイ」と鳴く。
コットは一瞬きょとんとしてから――
「……えへ」
ぱっと笑って、その手を握った。
「決まりだね!」
「よろしく、コット」
「うん、よろしく! カイ!」
こうして、仲間が増えた。
少しして、コットはふと思い出したように言った。
「そうだ、カイ」
「?」
「あなたに、会いたいって言ってる人がいるんだ」
その言い方に、どこか含みがある。
「会いたい人?」
「うん。カイに興味があるみたい!」
「俺に?」
シロも首を傾げる。「ピュイ?」
店内を見回し、満足そうに頷く。
「今日はもう落ち着いたし……
よし、早速行こ!」
迷いのない声。
カイは、その背中を見て小さく笑った。
一方その頃――
街道を外れた、別の街へ続く道。
「……結局、全部持ってかれたな」
テンが吐き捨てるように言った。
「英雄、か……」
ニムは苦く笑い、ナイフを指で回す。
「俺たちの神器だって、
決して弱くはなかったはずなのにな」
レヨンは黙ったまま歩いていた。
だが、その拳は固く握られている。
その時――
「ほう。いい神器を持っている」
三人同時に、足が止まった。
いつの間にか、道の脇に立っていた男。
深い黒のフードで顔は見えない。
「……誰だ」
レヨンが警戒する。
「通りすがりさ」
男はくすりと笑った。
「炎を裂く刃。
風を切る刃。
大地を震わす器具……」
一つ一つ、正確に言い当てる。
「使い方も悪くない。
ただ――“伸びしろ”が残っている」
ニムが眉をひそめる。
「……何が言いたい」
男は、一歩だけ近づいた。
「その神器。
さらに力を増せると言ったら?」
空気が、ぴたりと張りつめた。
「力が欲しいだろう?」
「英雄に、全部奪われたままで……終われるか?」
沈黙。
「安心しろ。代償は――
“少し、手を貸す”だけだ」
黒い影が、ゆらりと揺れる。
その言葉は、確かに――
彼らの“悔恨”に、深く刺さっていた。
中都市の喧騒から外れた、細い路地のさらに奥。
人一人がやっと通れるほどの隙間を抜けた先に、その家はあった。
「ここだよ、カイ。 蒼月の魔道工房」
コットが少し誇らしげに言う。
「初めて来る人はだいたい不安になるけど、中はすごいから!」
戸を開けた瞬間――
空気が、がらりと変わった。
壁一面に刻まれた古代文字が、淡い光を放ちながら浮かび上がっている。
部屋の中央には、青白い光を湛えた巨大な魔力炉。
機械的な金属枠に、木や蔓のような自然素材が絡みつき、魔法陣と歯車が同時に回転している。
天井付近では、小さな魔石ランプがふわふわと漂い、まるで意思を持つかのように必要な場所を照らしていた。
床には設計図が山のように散乱し、
カウンターの奥からは、
コポコポ……
と、何かが煮立つような音が絶えず聞こえてくる。
「……ここは…いったい……」
カイが思わず呟いた、その時。
「あっ、ちょっと待ってそれ今触らないで!
それね、逆流すると爆発――あ、止まった。よし!」
慌てた声とともに、工房の奥から青年が飛び出してきた。
淡い金髪を後ろで一つに束ねたエルフの青年。
ローブの袖は左右で長さが違い、手袋はなぜか片方だけ裏返っている。
「……おっと。来客か」
一拍置いてから、ぱっと表情が明るくなった。
「あ! コットじゃないか!」
「やっほー、リディア!」
だが次の瞬間、彼の視線はまっすぐカイの首元へ向いた。
「……君か」
「え?」
「腐敗霧を解決した英雄。
名前は――カイ、だったね」
カイが言葉を探している間に、リディアは小さく息を吐く。
「噂は嫌でも耳に入るよ。
それに……黒紋を祓ったって話もね」
そのまま、布丸をじっと見つめる。
「……なるほど。これは……」
そして、ふっと笑った。
「会ってみたかった!」
「でしょ!」
コットが胸を張る。
「カイは本当にすごいんだよ!」
リディアは穏やかに頷いた。
「うん。
それに――君がそう言うのなら、間違いない」
その一言に、コットが少し照れる。
と、リディアが何気ない調子で言った。
「そうそう。わたしはね、コットの料理のファンなんだ」
「ちょっ!?」
「冗談じゃないよ。
霧にやられて、心まで腐りそうだった時……
君の料理に、何度救われたか分からない」
そして再び、視線をカイへ戻す。
――いや、正確には。
その首元へ。
「……その布」
空気が、わずかに変わった。
「神器だね。
しかも……かなり、変わってる」
そう言うや否や、リディアは棚の奥へ早足で向かい、奇妙な台座状の装置を引きずり出してくる。
水晶板と歯車、古代文字の刻まれた針が組み合わさった、独自の神器査定機らしい。
「ちょっと、さわ――
……いや、失礼。触れてもいいかな?」
カイが頷くと、布丸を台座に置いた。
その瞬間。
水晶板に、淡い光の層が幾重にも走った。
「……ふむ」
リディアは身を乗り出し、ぶつぶつと呟き始める。
「たしかに神器の反応……だけど…
魔力の流れが直線じゃない。
これは……重なってる?」
首を傾げる。
「おかしいな……」
はっとして顔を上げ、カイを見る。
「君のタオル、ただの神器じゃないね」
「え?」
「触れた瞬間に、妙な“階層”が見えた。
……これは……」
そこで我に返ったように、苦笑する。
「……ああ、すまない。
考え始めると、つい口が先に動いてしまって」
そう言いながらも、目は真剣だった。
カイはこれまでの経緯――
Stageという概念について説明する。
「ほう……Stage、か」
リディアは目を輝かせた。
「従来の神器にはない特徴だね。とても興味深い」
「私の神器にも、そんなのないよ」
コットも思わず口を挟む。
「古代文書に何か記録が残っているかもしれない。
後で調べてみよう」
そして、ふと思い出したように首を傾げる。
「それで?
今日は何の用で、ここまで来たんだい?」
「実は……明日、カイとソルテミアに行くことにしたの!」
「……え?」
一瞬、思考が止まったように目を瞬かせる。
「ソルテミアって……あの大都市?」
「うん。一緒に行くんだ」
これまでの経緯や、カイの夢を語る。
しばらくして、リディアが静かに口を開いた。
「……そうか」
視線を逸らし、苦笑する。
「じゃあ……
しばらく、君の料理は食べられないんだな」
「え、そ、そんな言い方しなくても!」
「いや、深刻だよ。人生の楽しみが一つ減る」
冗談めかした口調だが、ほんの少しだけ本気だった。
それから、カイを見る。
「でも……
君が“ついて行きたい”と言われる理由も、分かる気がする」
「……癒しの場所、か」
一瞬、遠い過去を見るような沈黙。
「争いが長く続くと、
“癒す”という発想そのものが忘れられていく。
守ること、勝つことばかりが重くなる」
リディアは、まっすぐカイを見る。
「あなたの夢は、少し危うくて――
でも、とても価値がある」
そして、はっきりと言った。
「コットが信じる人なら、わたしも信じよう」
「え、即決!?」
カイが思わず声を上げると、
コットが胸を張る。
「料理の好みが合う人に、悪い人はいないよ!」
「……それ、理屈としてはだいぶ雑だけどね」
くすり、とリディアは笑った。
棚の奥から、小さな黒曜石を取り出す。
表面には月の紋様が刻まれている。
「大したものじゃないけど、これを」
「《魔道映写石》
短い文字と、簡易ホログラムの静止画を一枚だけ送れる」
「通信が……できる?」
「うん。もしも困ったことがあったら助けになってあげられるかもしれない。 ただし――」
指を一本立てる。
「魔力効率が悪い。
一日の中で何度もやり取りできるわけじゃない」
少し照れたように言う。
「だから、“ここぞ”って時だけ使って」
「街を救ってくれたことへの感謝と……
ほんの少しの、応援だよ」
「ありがとう! リディアさん!」
二人の声が重なった。
すると、リディアがふと思い出したように上を見上げる。
「……そういえば」
「どうしたの?」
カイを見て、首を傾ける。
「君の頭の上にいる、
可愛い小さなモンスターも一緒に行くんだよね?」
「もちろん!」
カイが胸を張って答える。
「ただ……たしか今のソルテミアは、モンスターのアビス化や黒紋体の発現を警戒していて――
モンスターは国内に入れなかったはず……」
「えーーー!?」
その声と同時に、
シロが、すっとカイの頭から降りた。
「……ん?」
カイが声を漏らすより早く。
工房内に、白い光が満ちる。
柔らかく、眩しく――
けれど、どこか温度のある光。
空気が、静かに震えた。
次の瞬間――
そこに立っていたのは、
コットと同い年くらいの、白銀色の髪を持つ少女だった。
透き通るような肌。
淡い青色に輝く瞳。
――そして、見覚えのある雰囲気。
「……ピュ」
言葉にならない声で、少女は首を傾げる。
カイとコットは、完全に固まった。
沈黙。
「…………」
「………………」
時間が、二拍ほど遅れて――
「ええええええええ!!?」
工房に、同時に叫び声が響き渡った。
少女は少し驚いたように目を瞬かせ、
それから、思い出したように小さく手を振る。
「……ピュイ」
――その雰囲気は、
どう見ても、さっきまで頭の上にいたシロそのものだった。
第11話へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納(小)/水纏状態/
魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒Ⅰ/微癒の湯化》




