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第9話 セレンティアの英雄

炎氷魔蛇・デラパイゾン《黒紋体》が、三つの首をゆらりと持ち上げた。


炎。

氷。

霧。


三つの属性が渦を巻き、森の空気そのものがねじれ始める。


その殺気の中心で――

カイは一歩、静かに前へ踏み出した。


胸の奥で、何かが“はじける”。


――カチリ。


《観測:高鳴る闘志の確認&一定濃度の魔力を感知。Stage昇格条件達成。》


 《 Stage2 ー蒼錬布(そうれんふ)ー 到達 》


《新スキル:【魔力吸収】解放》

《技能変動:【雫裂】→【雫裂・二式】》

《能力:魔力吸収=布丸の周囲にある魔力を吸収》


Stage昇格直後、脳裏に、ふいに“白い影”が走った。


視界の端に、羽ばたく影。

白銀の翼を持つ……“獣”。


顔は見えない。

全体像も掴めない。

だが、確かにそこに、凜と佇む気配だけがあった。


(……なんだ、今の……?)


思考が追いつくより早く、三頭蛇が動いた


炎の咆哮。

氷の奔流。

そして――霧の爆裂。


「来るぞ!!」

ベリオスの声が跳ねる。


だが。


「……やってみるか…魔力吸収…!」


カイは布丸を軽く振った。


風が逆流するように、霧が――ひゅるる、と吸い込まれる。


炎も。

氷も。

霧で形成された分身すらも。


すべて、布丸の一点へ吸い込まれた。


「は……? え……?」

レヨンの瞳が揺れる。


「三属性まとめて……消えた……?」

ニムが息を呑む。


「……嘘でしょ、下位神器で……?」

テンが震えた声を漏らす。


レヨンたちの声が裏返る中、カイは一歩踏み出した。


デラパイゾンの尾が横薙ぎに迫る。

コットを狙っているのが、明らかだった。


「させないッ!」


カイが滑るように前へ。


次の瞬間――


水気が爆ぜる。《水纏状態》の流動が布丸を包む。

同時に、金属のように軋み、《鋼化》が発動した。


水と鉄が重なる、前例のない併用形態。


ゴッ!!


風をきるように振られた布丸と尾の衝撃が森を割った。


「うあっ……!」

テンが思わずしゃがみ込む。


だが――折れたのは尾の側だった。


黒い鱗に、ビキィッと白い亀裂。


「……ヒビが……入った……?」

ベリオスが絶句する。


「ありえない……あの鱗にタオルで……?」

ニムが震える手で口を押えた。


カイはたった一歩で間合いに入り込む。



さらに振り下ろした一撃が、

黒い鱗に直撃。


――ギィィン!!


重く鈍い音が響き、


黒紋の鱗に――

ヒビが走った。



「嘘でしょ!? ベリオスさんの攻撃でも傷がほとんど入らなかったのに!?」

コットも叫ぶ。


テンが呆然と呟く。


「アイツ……本当に下位神器なのか……?」



三頭の魔蛇が怒り狂うように吠えた。


霧が膨れ、黒紋が脈動し――

三属性の極大波が再び形を成す。


カイは一歩前へ踏み込み、布丸を構えた。


「終わりにするぞ――」


布丸の先端に、ひとしずくの光が生まれる。


“濃縮された水圧の刃”が、静かに重なる。


空気がわずかに震えた。


「《雫裂・二式》――!」


まず、一層目の水刃が――

世界を細く、美しく裂く“初閃”。


刹那、裂け目の奥へ潜るように、

二層目の水圧刃が遅れて侵入する。


外から“切り裂き”、

内から“爆ぜる”。


二重の断層破壊。


――パアンッ!!!


白い閃光が二度走り、

三属性の波動ごと霧が断ち切られる。


次の瞬間――


デラパイゾンの巨体に、

まっすぐな白い線が走った。


音もなく、

その線が広がり――


ドサリ。


それだけだった。


巨体は抵抗もなく、

真っ直ぐ倒れた。


霧が、静かに散っていく。

 


ベリオスも呆然としたまま言葉を絞り出す。


「防御も攻撃も……吸収まで……何だその力は……」


コットは、胸に手をあてながら震えていた。


(カイ……こんな……強かったんだ……?)


カイ自身は答えず、倒れたデラパイゾンを見下ろす。


崩れたデラパイゾンの胸で、

黒紋が“生き物のように脈打った”。


「……黒喰」



布丸が黒紋を吸収した瞬間――


最後に、カイの目がとらえた。


倒れたデラパイゾンの胸元で、

黒い“鎖”のような光。がゆらりと揺れた。


(……なんだ、これ……?)


どろりと濁った魔力の――

不気味な枷。


問いが胸に浮かぶより早く、

鎖もまた吸収され、消えてしまった。


ただ、

胸に冷たい違和感だけが残った。




デラバイソンを撃破した一行は、薄れゆく霧の中を戻ってきた。

 門が見えた瞬間――待っていた街の人々がどっと駆け寄る。


「戻ったぞー! ギルドの連中もいる!」

「ベリオスさんも無事だ!」

「……って、その真ん中の黒髪の兄ちゃん……!」


 視線が一点に集まる。


 黒い紋様を断ち、霧を裂き、暴走モンスターを両断した英雄。

 その名が、瞬く間に伝わりはじめる。


「もしかして……あの人が、《黒紋》を祓った冒険者?」

「新星かよ……いや、英雄だろもう!」


 ざわめきと期待が渦巻く中、当の本人――カイは首の後ろをかきながら小さく苦笑していた。


「お、俺そんな大層なもんじゃ……」

「謙遜しすぎだからアンタは!」

 

 シロも肩に乗り、誇らしげに胸を張る。

「ピュイッ!」



 そうして、セレンティアは今、静かに一人の英雄の名を刻み始めていた。


だが、レヨン、テン、ニム。

彼らの表情には、悔しさがにじんでいた。


「……全部、あの男が持っていったな」

 テンが拳を固く握る。


「ギルドを作って、せっかく一儲けできると思ったのに……下位の神器とか言ってたけど、あれ、嘘だったのか?」

 ニムの声は震えていた。


「くそ…!俺たちじゃ、あの黒紋には歯が立たなかった……」

 そう言うレヨンの瞳も、深い影を落としている。


小さな悔恨が、胸の奥で重く沈む。


「……もっと、力があれば」

「戦える力が……」


 そのつぶやきは、闇に消えたようで――

 しかし確かに、“何か”を呼び寄せる始まりだった



 翌日。

 慌ただしさが落ち着いた頃、カイはシロと共にコットの店を訪れた。


「来てくれてありがとう!こっち座って!」


 店内にはスモークの香りが満ちている。

 テーブルに置かれたのは――


《ミロル湖魚の燻し炙り(スモーク・フィレ)》


 淡い青光を帯びた珍魚ミロルフィッシュを、果樹チップで燻し、炙りで皮をパリッと仕上げたもの。

 表面の脂がじゅわりと溶け、柑香草の香りがふわりと立ち上る。


「うわ……いい匂い……」

「ふふん、昨日助けてもらった礼さ。遠慮せず食べな!」


 カイが一切れ口に運んだ瞬間――


「……っ、これは……!」


 燻香の奥から、深い旨味が広がった。

 魚の身はほろりとほどけ、後味に爽やかな草の香りが残る。


「うまぁぁ……」

「ピュイ……!(おいしすぎ……!)」


 コットは満足げに腕を組む。


「ところで、カイはこれからどうするの?」


 問われ、カイは少しだけ迷った。

 けれど、この料理と、この空気に背中を押されるように、ぽつりと語り始めた。


「……俺は、この世界の生まれじゃない」


 シロが小さく振り返り、コットの手がぴたりと止まる。


「元の世界で、俺は……

 毎日毎日、朝から夜までパソコンに向かって、

 ただ、しわ寄せを押しつけられるだけの、無機質な仕事してた」


 カイの声は、静かだが熱を帯びていた。


「怒鳴られたり、数字だけ見られたり……

 自分が何の役に立ってるのか、誰のために働いてるのか……

 もう、わからなくなってた。

 俺じゃなくてもいい仕事ばかりでさ」


 コットの瞳が、ほんの少し揺れる。


「そんな中で……唯一、生き返る瞬間があったんだ」


 カイはゆっくり視線を落とす。

 思い出しただけで、肩の力が抜けるような、あの温度。


「風呂だったんだ。湯に浸かっている時の癒されている感覚。」


 湯気のように、言葉がこぼれていく。


「湯に浸かってると、

 『今日の俺、確かに頑張ったよな』って……

 そんなふうに思えたんだ。

 湯が、俺を肯定してくれた」


「少しだけだけど、この世界を旅して気づいたよ。

 この世界にも疲れてる人がたくさんいる。

 戦いに疲れた人、傷を抱えた人も……」


 カイは拳を握る。


「だから――」


 視線がまっすぐになる。


「俺は、決めたんだ。

今度は俺が誰かを癒す側になろうって」


 シロが胸元でそっと鳴く。「ピュイ……」


 その瞳は、かつての自分を重ねていた。


「そういう人たちに、『また明日も生きてみるか』って思える場所を作りたい。

 武器じゃなくて……湯で救う。

 そんな場所を首都ソルテミアで作りたいんだ」


 コットの手が止まる。

 カイの目はまっすぐだった。




 静寂のあと――



「……よし、決めた!」


 コットが手を叩いた。


「は?」


「アナタの夢、乗った! あたしもついていくよ!」


「………!? えーーー!?」

「ピュッ!?」



ーーコットの真意とは。


第10へ続く。


《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》

《スキル:変幻自在/布界収納(小)/水纏状態/魔力吸収》

《限定スキル:雫裂・二式》

《特殊スキル:黒喰/転換布癒Ⅰ/微癒の湯化》

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