表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

第6話 盤上の王たち〜王国軍議と裏切りの影〜

 王都に戻ると、蓮を迎えたのは歓声ではなく、沈黙だった。

 南部戦線での大勝――本来なら凱旋の凱歌が響くはずだ。

 だが、王城の門前には旗もなく、兵たちは顔を伏せている。


 「……空気が悪いな」

 リュシアが苦く笑う。

 「王国議会で“功績の独占”が問題視されているの。

  あなたが異邦人だってこと、もう誰もが知ってる」

 「なるほど。社内政治のフェーズに突入、ってわけか」

 「政治、ね。あなたの世界では、それも戦なの?」

 「ええ。“社内会議”という名の戦場です」


◆ ◆ ◆


 王国軍議の間。

 金色の天井と大理石の床に、数十の重臣が並んでいた。

 中央には、まだ若い王エドリックが座す。

 その右隣――目を伏せたまま笑う貴族がいた。

 「宰相リドラー卿だ」リュシアが小声で囁いた。

 「戦を知らぬ机上の策士。あなたを快く思っていない」


 王の声が響く。

 「神谷蓮。異邦より来た者よ。そなたの戦功、確かに耳にしておる。

  だが、王国軍の伝統と秩序を乱したとも聞く」

 蓮は深く頭を下げた。

 「王よ。私はただ、勝つために最善の手を打ちました」

 「その最善が、我らの信義を損なうならば?」

 リドラーが口を挟んだ。

 「殿下、異邦人の策に頼るのは危険です。

  彼の戦は確かに勝利しましたが、その代償として――多くの貴族の領兵が失われた」

 「損耗率は想定内でした」

 「想定内、だと?」


 議場の空気が張り詰める。

 蓮は一歩も退かずに言い切った。

 「勝つために必要な犠牲です。

  敗北すれば、国全体が滅びます。数字で言えば一万対三百――

  どちらを取るか、経営判断として明白です」


 リドラーの口元が引きつる。

 「貴様……国を会社のように語るのか」

 「はい。従業員が生きるために、会社は利益を出さねばなりません。

  国も同じです。理念だけでは人は救えない」


 静寂。

 やがて王が小さく頷いた。

 「理はある。だが、そなたの言葉は冷たいな」

 「冷たさが、時に人を救うこともあります」


 そのとき、会議室の扉が勢いよく開かれた。

 「急報! 帝国軍、北境を越えて侵攻中!」

 場がどよめく。

 「南部を攻めていたのに、北だと!?」

 「おそらく陽動だ。――ルドヴィクが動いた」


 蓮は即座に地図を広げた。

 「北境の砦は兵力二千。敵の先遣は五千。

  つまり、この侵攻は……“包囲網”です」

 「包囲網?」

 「南北で同時に動き、王都を孤立させる。

  時間稼ぎではなく、首都奪取が目的だ」


 王が顔を曇らせた。

 「では、どうすればよい」

 「北へ援軍を送る必要があります。今すぐに」

 「だが、南部にはまだ残兵が――」

 「南は私が抑えます。北にはガルド将を」


 リュシアが振り返る。

 「あなた一人で南を?」

 「問題ありません。もう敵の指揮体系は崩壊寸前です」

 リドラーが嘲笑した。

 「異邦の策士が勝手に王国の兵を動かすとは。慢心も甚だしい」

 「あなたが書類にハンコ押す間に、百人死ぬんです」

 その言葉に、議場の空気が一瞬凍った。


 「……神谷蓮」

 王の声が低く響く。

 「そなたの采配、再び任せる。王命だ。――王国を救え」

 「御意」


◆ ◆ ◆


 王城を出たあと、リュシアが息をついた。

 「大胆ね。あんな言い方したら、宰相を完全に敵に回したわよ」

 「どこの職場にも一人はいるじゃないですか、

  “成果より会議を重んじる上司”ってやつが」

 「ふふ……あなたの例え、本当にわかりやすい」


 その夜、蓮は王都外の野営地で地図を広げた。

 だが、そこに届いた報告は彼の想定を裏切るものだった。

 「参謀殿、報告です。北へ送ったはずの援軍が……到着していません!」

 「……何?」

 「宰相リドラーの命令で、別の街道へ回されたとのこと!」


 リュシアが顔を青ざめさせる。

 「まさか、内部で……!」

 蓮は拳を握りしめた。

 「戦場の裏切りより、政治の裏切りの方が早いとはな」

 彼の脳裏に浮かぶのは、会社での記憶。

 努力が評価されず、成果を横取りされた夜。

 “同じ構図だ”


 「……いいさ。なら、俺が一人で帳尻を合わせる」

 「どうするの?」

「南部の残兵を囮にして、北へ回り込む。

  “包囲網”を、逆に利用して帝国軍を囲む」

 「そんな無茶を――!」

 「社畜ってのは、無茶に慣れてるんです」


◆ ◆ ◆


 夜明け前。

 冷気が肌を刺す。

 蓮は小高い丘に立ち、闇に沈む戦場を見下ろした。

 「リドラーの裏切りで時間は失われた。

  けど、まだ間に合う」

 彼の目に映るのは、まるでゲームのマップのような戦場。

 敵の動き、風向き、魔力の流れ――すべてがデータとして脳内で組み替えられる。


 リュシアが彼を見上げる。

 「あなた、まるで人じゃないみたい」

 「いや、人間ですよ。ただ、“勝ち筋”を見たいだけです」


 そして蓮は、静かに呟いた。

 「――ターン開始」


 旗が翻り、王国軍が一斉に動いた。

 南部からの囮部隊が敵を誘い出し、北から迂回した小隊が帝国の補給線を断つ。

 魔導通信が混乱し、敵は自らを囲うように陣を崩す。


 「包囲完了……!」

 「な、なんという……逆転だ!」

 リュシアが涙ぐむ。

 「蓮、あなた、本当に……!」

 「いや、これでやっと、イーブンです」


 勝利の報告が王都に届く前に、蓮はすでに次の戦略図を描いていた。

 「次は、内部の“敵”を処理する番だ」

 彼の目が、冷たく光る。


 ――盤上にあるのは、もはや戦場だけではない。

 王国という巨大な組織そのものが、“神谷蓮”の新たなゲーム盤となりつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ