第5話 帝国皇子ルドヴィクの策略〜AI対AIの開戦〜
戦の翌日。王都の議事堂には、まだ焦げた匂いが残っていた。
勝利の報告が届く一方で、次の侵攻の兆しもまた、確実に迫っている。
神谷蓮は地図を見つめながら、唇を引き結んだ。
「……帝国が“あの男”を動かしたか」
リュシアがうなずく。
「ルドヴィク・ヴァーレン。魔導帝国第二皇子。幼少期から魔術と戦略の両方で天才と呼ばれた人物よ。
帝国の侵攻計画の半分は、彼の設計によるものだと言われている」
「つまり、敵陣にも“俺みたいな頭脳”がいるわけだ」
「ええ。でも……彼はあなたと違う。人を駒としか見ない冷徹な戦略家よ」
蓮は短く息を吐いた。
「冷徹、ね。会社の上層部と似た匂いがするな」
リュシアは笑いをこらえきれず、肩をすくめた。
「その“ブラック比喩”を戦場で出すの、ほんとやめて」
◆ ◆ ◆
南部戦線。
王国軍が陣を張る丘の向こう、帝国軍の旗が並んでいた。
敵陣は完璧に整い、まるで巨大な将棋盤のようだった。
「……きれいに並びすぎてる。まるで見せつけるみたいだな」
蓮が呟くと、斥候が報告を持って駆け込んできた。
「帝国軍、前進を開始! だが、主力が見当たりません!」
「なるほど、最初からフェイントか」
蓮は地図上の赤い駒を数個動かす。
「おそらく、左翼の林の奥に本隊。囮の先遣隊で中央を突かせ、
我々の右翼を釣り出して挟撃――そういう手だ」
「でも、それって……!」
「うん、“俺がよく使ってた手”だ」
彼の脳裏に浮かぶのは、かつての深夜の戦略ゲーム。
負けるたびに、最適化した配置を記録していた。
“敵は俺の旧データを使っている。つまり、次の手も読める”
「左翼の森に伏兵三百を置け。火の魔法を使うな。煙で位置が割れる」
「ではどうやって攻撃を?」
「音。盾の裏で石を打ち鳴らせ。敵が反応した瞬間に全包囲だ」
リュシアが口元を押さえる。
「……音で誘導? そんなこと、誰も考えたことないわ」
「ゲームじゃ、敵AIの“音反応パターン”で釣るのは常套手段です」
「……あなた、ほんとに人間?」
「いや、ただの社畜AIです」
◆ ◆ ◆
戦いは夜明けとともに始まった。
帝国の先遣部隊が丘を登る。
王国軍は動かない。沈黙。
「なぜ撃たない!?」と部下が叫ぶが、蓮は腕時計――いや、“影時計”を見つめた。
(あと十秒)
音。
カン、カン――。
林の奥で盾を叩く音が響いた瞬間、敵の隊列が一斉に振り向く。
そこに潜んでいた弓兵が矢を放つ。
炎を使わず、ただの金属音で方向を錯覚させた。
「っ!? 味方同士で……撃ち合っている!?」
帝国軍の指揮官が叫ぶ。
混乱が伝播する。
リュシアが息を呑む。
「信じられない……敵の連携が崩れていく」
「“ルドヴィク”の反応速度を試してる。彼が気づくまで、あと三十秒」
そして、敵陣の中央――白い馬上に、銀髪の青年が現れた。
ルドヴィク・ヴァーレン。
冷たい金の瞳が、まっすぐ蓮の方を見ている。
「……見つかったか」
その瞬間、蓮の脳裏に戦場の俯瞰図が流れ込むような感覚があった。
“向こうも同じ計算をしている”
ルドヴィクが手を上げた。
数十の光弾が空に散り、瞬時に陣形が再構築される。
崩壊しかけた隊列が整い、逆襲が始まった。
「早い……! まるで、こっちの手を先読みしてる」
「AI対AIの勝負、ってやつですね」
蓮は笑う。
恐怖ではなく、懐かしい高揚。
深夜のゲーム大会、勝率0.01%のCPU戦。
あのときと同じ“挑戦の熱”が蘇る。
「よし。なら――次は心理戦でいこうか」
◆ ◆ ◆
蓮は小声でリュシアに指示を出した。
「敵の左翼に、あえて“空白地帯”を作ります。
そこに小隊を隠して、旗を倒しておいてください」
「倒す?」
「はい、“敗走中”に見せるんです」
敵陣に伝令が走る。
『王国軍、左翼潰走!』
ルドヴィクが笑う。
「罠だな。……だが、逆に利用する」
彼もまた、同じ発想をしていた。
自軍の中央を引いて、左右で包囲。
王国軍の“敗走ルート”に見せかけた場所へ、主力を突っ込ませる――。
だが、そこには蓮の罠があった。
地面の下。
数時間前に仕込んだ魔導圧縮陣が、光を放つ。
――轟音。
「やられた!?」
帝国軍の左翼が一瞬で沈んだ。
丘の上、蓮は呟く。
「心理誘導はゲームでも現実でも通じる。
人間は、“勝てると思った瞬間”にもっとも脆くなる」
リュシアが見惚れたように言う。
「あなた、本当に戦場のAIみたい」
「AIは休まないですからね。俺も残業モード突入です」
◆ ◆ ◆
夕暮れ。
戦いは王国軍の圧倒的勝利で幕を閉じた。
だが、帝国本陣から撤退するルドヴィクは、不敵に笑っていた。
「――面白い。あれが“異世界の頭脳”か」
彼の手には、一枚の地図が握られていた。
そこには、蓮が用いた戦術パターンが正確に再現されている。
「次は、こちらが先に動く番だ」
◆ ◆ ◆
夜、王都への帰還途中。
リュシアが馬上で蓮に尋ねた。
「あなた、怖くないの? 次にまた戦うのが」
蓮は少し笑って答えた。
「怖いけど、ワクワクする。
だって“自分と同じレベルの相手”に、やっと出会えたんです」
彼の目は、もはや現実の人間ではなく、盤上の未来を見ていた。
“次のターンは、俺が先手だ”
夜風が吹き抜け、月が静かに戦場を照らした。
異世界の空の下、“社畜ゲーマー”と“魔導皇子”の戦略戦が、ついに動き始める。