第4話 戦術AIと呼ばれた男〜魔導帝国侵攻戦〜
王都から南へ三日。砂混じりの風が吹く国境地帯に、王国軍の陣が敷かれた。
焚き火の煙がうねり、兵士たちの緊張が空気を重くする。
「魔導帝国の先遣部隊、南の峡谷を突破。数はおよそ一万」
伝令の報告に、幕舎の中がざわめいた。
「こちらの兵は三千だぞ!」
「無理だ、退くしか――」
その言葉を、神谷蓮の声が遮った。
「撤退は許可できません」
幕舎の視線が一斉に彼に集まる。
「理由を聞こうか、参謀殿」
老将ガルドが静かに問う。
蓮は地図の上を指でなぞった。
「帝国軍の進軍速度は一時間につき二マイル。
つまり、こちらの斥候報告より十二時間後には本隊が接触します。
退けば補給線を丸ごと敵に明け渡す。
――なら、“敵を迎え撃つ側”の地形を選ぶべきです」
「迎え撃つだと? 三倍の敵にか?」
「数は問題じゃありません。指揮系統を崩せば勝てます」
蓮の目には、戦場の地形が“戦略シミュレーションマップ”のように重なって見えていた。
谷の角度、風の向き、崖の傾斜――全てが戦術データとして脳内に整理される。
「ここ、“双牙の峡谷”を使います」
「峡谷? 狭すぎて展開できん!」
「だからこそ、敵は密集して動く。
そこを誘導雷で狙うんです。――つまり、“狭路戦略”です」
リュシアが目を丸くした。
「まさか、魔導雷を使うつもり?」
「はい。ただし魔力消費が大きいので、タイミングは一度きり。
敵が最も密集した瞬間に、峡谷全体を“爆心地”に変える」
兵たちは息を呑んだ。
狂気じみた作戦――だが、彼の声には確信があった。
「準備時間、残り六時間。配置指示は私が出します」
◆ ◆ ◆
夜が明ける。
蓮は陣の中央に立ち、全軍へ伝令を出した。
「第一部隊、峡谷北壁へ。魔導石の設置開始。
第二部隊、囮部隊を編成。敵を峡谷に誘導しろ」
「お、おい、本気でやる気か?」
「命令です。すべて“時間通り”に動いてください」
リュシアが笑った。
「やっぱりあなた、どこかの企業の上司みたいね」
「そりゃそうですよ。プロジェクトマネージャーですから」
「プロジェクト……?」
「“戦争”っていう名の案件です」
数時間後、空が震えた。
黒い旗を掲げた魔導帝国の軍勢が、峡谷の入口に現れる。
魔導兵たちが杖を構え、雷光が走った。
「王国の蛮族どもに慈悲はない! 殲滅せよ!」
敵の声が谷に響く。
その瞬間、蓮は小声で呟いた。
「――トリガー、起動」
次の瞬間、峡谷全体が光に包まれた。
魔導石の連鎖爆発。風が逆巻き、地面が裂け、敵の軍勢が一瞬で飲み込まれた。
兵士たちが息を呑む中、蓮は静かに言った。
「敵の指揮官は峡谷の中央にいた。これで、残党は統率を失う」
「おい、マジで……一撃で一万の軍を……!」
リュシアが目を見開いた。
「あなた、本当に人間なの?」
蓮は苦笑する。
「社畜ですよ。毎日、締め切りに命かけてただけです」
◆ ◆ ◆
戦闘後、王国軍は被害ゼロで勝利を収めた。
捕虜の一人が、恐怖に震えながら言った。
「……あの男を見た。全てを見透かす目をしていた。まるで“戦術AI”だ」
――戦術AI。
その名は瞬く間に敵国に広まり、やがて王国の新聞見出しを飾ることになる。
“異世界の頭脳、王国を救う。戦術AI参謀、神谷蓮”
王城の謁見の間。
ガルド将が笑みを浮かべた。
「これで王国は救われた。だが……貴殿の名は、帝国にも届いたようだ」
「つまり、次は――本隊が来る」
「その通りだ。帝国皇子“ルドヴィク”が直々に出陣した」
リュシアが息を呑む。
「まさか、あの“魔導頭脳”が……!」
蓮は静かに拳を握った。
「AI対AI、か。――望むところです」
戦場を“ゲーム盤”と見なすその頭脳が、次なる戦を求めて動き出す。
異世界における、二つの“知略の怪物”の激突が、いま幕を開けた。