第3話 戦略会議と昇進通知〜ブラック社畜、王城デビュー〜
夜明けの鐘が鳴り響くころ、神谷蓮はギルド本部の一室で目を覚ました。
昨夜の戦闘の余韻がまだ身体に残っている。
王都を救った――その実感が、ようやく遅れて胸に落ちた。
「会社の表彰より、ずっとリアルだな……」
ベッド脇には、リュシアが置いていった封書があった。
開くと、金の印章が押された羊皮紙。
――『王国軍参謀見習い 神谷蓮。直ちに王城へ登城されたし。王立軍議より召喚す』
「うわ、マジで公式ルートかよ……」
蓮は頭を抱えた。
会議と聞くだけで、過労の記憶が蘇る。
だが逃げる選択肢はない。
――社畜は命令に従うしかない。
◆ ◆ ◆
王城ローデリア。
白亜の大理石に赤い絨毯。
だが、蓮の目には会議室の長机が“ブラック企業の役員会議”にしか見えなかった。
「では始めよう。参謀見習い、神谷蓮」
声をかけたのは、王国軍筆頭将・ガルド。
年配の将軍で、いかにも古参らしい重厚な威圧感を持っていた。
「貴殿の采配で王都は救われたと聞く。だが、異邦人の知恵など信用できんという声もある」
「……あー、それは。わかります」
「わかる?」
「どこの組織も、外部コンサルに反発しますから」
「……こ、こんさる?」
蓮は無意識に“ビジネス用語”を使ってしまい、場の空気が一瞬固まった。
リュシアが助け舟を出す。
「彼は言葉の端々に妙な比喩を使うの。気にしないで」
議題は、王国南部で再燃する反乱の鎮圧策だった。
地図の上に小麦色の駒が並べられ、貴族将校たちが好き勝手に意見をぶつけ合う。
「西の砦を落とせば威信が立つ」
「いや、先に補給路を押さえねば」
「我が領の兵を前線に出すのは認められん!」
――カオス。
誰も全体を見ていない。責任を避け、功績だけを欲しがる。
“この無駄会議、どこの部署会議だよ……”
蓮は深く息を吸い、手を上げた。
「発言、よろしいでしょうか」
ガルド将が眉をひそめる。
「許可する」
蓮は地図の上の駒を一つ動かした。
「ここ。王都南東の“シア丘陵”に補給拠点を作るべきです」
「丘陵? 敵地の真ん中だぞ」
「ええ。でも、そこを押さえれば敵の三方面を制御できます。
物流も視界も取れる“ハブ拠点”です。ここを確保すれば、後は小競り合いです」
ざわつく会議室。
蓮は続ける。
「王国軍の問題は“移動時間と報告遅延”です。戦力の質より、情報の鮮度が勝敗を決める」
「ほう……」
「社……いえ、私の世界では“情報共有ツール”を使って、現場と本部を繋げました。
戦場でも同じです。伝令線と魔導通信塔を一本化すれば、軍全体の反応速度が五倍は上がる」
その説明は、戦術というより経営改革だった。
だが、リュシアは目を輝かせていた。
「蓮、それ……できるの?」
「魔導師団の協力があれば可能です。要は“連絡会議を減らす”仕組みです」
「……連絡会議を、減らす?」
重臣たちがざわめいた。
蓮は静かに頷いた。
「はい。戦も、会議も。勝つために一番大事なのは“時間短縮”です」
沈黙のあと、ガルド将がゆっくりと笑った。
「……面白い。異邦の知恵、聞く価値がありそうだ」
「まさか認められるとは……」蓮は呟いた。
「神谷蓮、正式に“王国軍参謀”に任ずる」
周囲がどよめく。
「そ、そんな即決で!?」
「異邦人に軍の要職を!?」
「いいじゃない。新しい風が必要なのよ」リュシアが笑う。
◆ ◆ ◆
会議が終わり、リュシアと並んで王城の中庭を歩く。
「参謀、ね……名前負けしないようにしないとな」
「あなたらしいわ。地位より仕事の効率を考えるところが」
「だって肩書き増えると、会議が増えるんですよ」
リュシアは吹き出した。
「ねえ蓮。あなたが来てから、空気が変わった。皆、少しずつ“考える”ようになった」
「考える、か……」
蓮は空を仰ぐ。白い雲が流れる。
――もう、誰かの下で歯車として動くだけの人生には戻れない。
その時、空から一羽の黒い鷹が舞い降りた。
足に巻かれた筒をリュシアが受け取る。
「緊急報告。南部国境に“魔導帝国”の旗が掲げられた」
蓮の心臓が跳ねる。
「……やっぱり来たか。大陸戦争の火種」
リュシアは鋭い視線で蓮を見た。
「参謀。あなたの戦略、次は本番よ」
蓮は小さく笑った。
「了解です。ブラック職場には慣れてますから」
――その瞬間、異世界の運命がまた動き出した。
“社畜ゲーマー”の戦略は、王国の未来を変える。