第2話 ギルド参謀、初任務で王都を救う
戦場が静まり返った。風が焦げた鉄の匂いを運ぶ。
その中心に立つ神谷蓮の姿を、兵士たちは呆然と見つめていた。
「……おい、本当にあの男が指示を出したのか?」
「うそだろ。あんな戦略、百戦錬磨の隊長でも思いつかねえ」
蓮は肩で息をしていた。だが、心の奥底では――妙な高揚感が渦巻いていた。
“仕事の会議より、ずっとやりがいがあるな”
その夜、彼は辺境ギルド〈蒼の鷹〉に正式に招かれた。
ギルドマスター・リュシアは鋭い瞳を持つ女性だった。
「あなた、神谷蓮と言ったかしら。戦場での采配、見事だったわ。王都でも噂になってる」
「いや、あれは……たまたま運が良かっただけで」
「運だけで敵軍を壊滅させる人間なんていないわ」
リュシアは微笑む。その笑顔には、獲物を見定める策士の色があった。
「ギルド〈蒼の鷹〉は今、王都からの緊急依頼を受けているの。参謀として、あなたを推薦したわ」
「さん……ぼう?」
「ええ、“戦を導く頭脳”よ」
社畜ゲーマーの頭に、警鐘が鳴る。
「すみません、俺、頭脳職は得意ですけど、人前で責任取るのは……」
「大丈夫。責任は私が取る。あなたは、指示を出すだけでいい」
――こうして、神谷蓮の“初任務”が始まった。
◆ ◆ ◆
王都ローデリアは、夜でも光が絶えなかった。
白い城壁と尖塔の並ぶ美しい都。しかしその美しさは、いまや焦げついている。
「反乱軍が下町を制圧。民兵が逃げ遅れてる!」
「市門が閉じられた、補給線が断たれたぞ!」
ギルドが到着したとき、城壁の内外で戦火が上がっていた。
蓮は地図を広げ、無意識に机上のペンを“ポインター”のように動かした。
「敵勢力は三千。城門を占拠してるのは五百。だが――これはおかしい」
「なにが?」リュシアが問いかける。
「反乱軍の指揮系統がバラバラだ。……多分、陽動だ。狙いは、王都の中央通信塔」
リュシアの目が鋭く光る。
「通信塔を落とされたら、王国軍全体の指揮が取れなくなる」
「だから、反乱は囮。主力は西門の地下道から回り込む」
蓮は指を鳴らした。
「第五班、北門を捨てて西門へ。第二班は屋上伝令線の確保。第三班、逃げ遅れた市民を避難誘導」
「お、おい! そんな勝手に指示出して――」
「現場判断は一分遅れれば百人死にます!」
声に、迷いはなかった。
“クライアントの無茶な要望を三分で捌く”
それを十年続けた社畜脳の反射が、戦場で生きる。
兵たちは動いた。
蓮が示した通り、西門下の地下道から反乱軍の主力が現れた。
「やはり……!」
リュシアが剣を抜き、笑う。
「いい読みね、神谷参謀!」
「だから参謀はやめてください。俺、ただのゲーム脳ですから」
◆ ◆ ◆
戦いが終わったのは夜明け前だった。
西門の瓦礫の上、蓮は膝をつく。
「……疲れた。会議三本分の体力使った気がする」
「ふふ。あなた、本当に変わってるわね」
リュシアが笑う。その笑みには、確かな信頼の色があった。
「王国軍が正式にあなたを“参謀”として登録したわ。もう逃げられない」
「……うそだろ」
彼は頭を抱えた。
だが、心の奥底では――確かな熱が灯っていた。
“この世界、意外と悪くないかもな”
その日、王都を救った“社畜出身の参謀”の名は、全土に広まった。
だがそれは、後に訪れる“大陸戦争”の幕開けにすぎなかった。