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世界の守り方  作者:
9/12

子供と約束と

 優が風邪で休むらしい。

 警視総監から優は休みだから刑事課に来たら返してほしいと言われた。どれだけ仕事が好きなんだよと思いながら俺は了承した。

 椅子に座り、資料を見ていると優から電話が来た。

 電話に出ると優が掠れた声で淡々と言った。

「警視総監から自宅謹慎が来た。休む」

「らしいな。絶対に来んなよ」

「うん。今回は行かない」

 『今回は』ということは前回は来たのだろうか。

 俺は病状を聞くが、

「軽い風邪だから全然大丈夫だから」

 電話越しにそう言い、咳をしている優は大丈夫なようには聞こえず、とても辛そうに聞こえる。

「とりあえず休む。監察だけ始めておいて。明日までに治す」

 そう言って優は電話を切った。

 俺は資料を取り出し、確認する。優の仕事を代わりに行ったり、手伝ったりすることはできないし、余計なことをして邪魔をしたくはない。

 とりあえず言われた監察と自分の仕事を早く終わらせて優の家に向かおうと決め、監察に向かう。


 案内人のところに向かうといつものように資料を渡す。

「あれ?優は?」

「休みだ。風邪を引いたんだとよ。それで休み」

 そう言うと目を開いた。

「優が風邪で休むなんて珍しいね」

 案内人の心の中は槍でも振るのかと茶化している。

「槍なんか振らねぇよ」

「おや、バレた」

「ったく…行ってくるわ」

 俺は案内人に早く扉を開けるように促す。案内人はそれを理解し、扉を開けた。

「そう言えばマントは?」

「要らねぇ。そんな大きい世界じゃねぇし」

 マントを付け、それについているフードを被るとその世界の人に認識されづらくなる。羽根を出して飛ぶ時はバレないように付けるが、今回は必要ない。

「そっか。それなら、いってらっしゃい」

「いってきます」

 俺は案内人が開けた扉の中に入り、光りに包まれた。

 世界に着くと俺は監察を始める。と言っても生き物がどんなふうに暮らし、生きているか、ある場所の(かげ)りが大きくなっていないか、などの簡単な確認だけだ。それに世界を第1地区から第7地区に分けて行うし、締め切りは1ヶ月後なので期限はまだある。

 俺は最初に回ろうとしていた第1地区を見る。時間短縮のために大勢の人々の間を一気に歩く。その際に人の気持ちを読み取る。大勢の気持ちが一気に入ってくる感覚は気持ちが悪いが、時間が短縮できるし、いろいろと助かる。

 確認をしていると近くに公園がみえる。公園には木に向かってジャンプしている子どもがいた。木に風船が引っかかって取れないらしい。

「大丈夫か?」

 俺は子どもに声を掛ける。

「…おじさん、誰?」

「俺はただの役人だ。で、何があったんだ?」

「あれ」

 子どもは風船を指差す。そこには木にぎりぎり引っかかっている緑色の風船があった。木は3、4mはあるが、登れば取れるだろう。

「…風船か」

「取れる?」

「取れるよ」

「本当!?」

 子どもは嬉しそうにこちらをキラキラした目で見た。

「ああ、待ってな」

 俺はスイスイと木に登り、風船を取った。そして、木から飛び降り、子どもへ渡す。

「ほらよ」

「ありがとう!」

「どういたしまして」

 子どもは礼を言ってどこかへ走っていった。

「気をつけて帰れよ」

 俺は子どもの後ろ姿に声をかけ、監察を再開した。

 今日の監察対象区分が終わり、俺は一度天界警察に戻る。そして監察をしながら作成した報告書を提出し、優が食べられそうな食料を買い、優の家へ向かった。


 優の家は俺のマンションと似ていたが、優のマンションの方がなんとなく、雰囲気が静かだった。それからオートロックマンションだった。

「優ー、いるか?」

 俺は優の部屋番号のチャイムを鳴らし、声を掛ける。すると返事もなく、すぐに鍵が開き、マンションの中に入れた。

 俺はとりあえず優の部屋に向かい、玄関を開ける。鍵をかけていないとは不用心だが、優に限ってそれはない。おそらく俺が入ってくると考えたから開けたのだろう。

「優」

「赤ずきん、どうしたの?」

 優はコップを持ち、水を飲んでいた。顔色がいつもより青白い。

「大丈夫か?」

「うん。昔はこんなの日常茶飯事だったし、慣れてる」

 優は薬を飲み、ソファの上にあぐらをかいた。

「赤ずきんも座ったら?」

「その前にこれ」

「ゼリー?」

 優が中身も見ずに当てる。さすがと言うところか。

「ああ。ゼリーなら食べれるだろ」

「うん。ありがとう。桃はある?」

「ある」

「ならそれを貰おうかな。桃が一番好きなんだ」

 優は嬉しそうに袋の中から桃のゼリーとスプーンを取り出し、食べる。食欲があるように見えるため、本当に軽い風邪だったらしい。

「心配してくれたの?」

「するだろ。なんか電話で辛そうだったし」

「あー、あん時は辛かった。でも寝たらスッキリ。明日からは仕事に行けるよ」

 優は力こぶを作るように腕を曲げる。

「もう1日休めよ」

「嫌だね」

 優は即答した。どうやら休む気はないらしい。

「そのうち倒れるぞ」

「倒れたら天警がよく使ってる医師にかかるから大丈夫。数日で治るよ」

 俺はため息をついた。また魔法が出てきそうでうんざりする。俺は唯一と言ってもいいほど魔法が苦手だった。というのも魔法がない世界で育ったからか、魔力が全身を駆け巡っている感覚が分からない。一応基本はできるが、魔法だけは感覚で捉えることができず、時間がかかった。

「それで監察はどうだった?」

 優が俺に内容について聞く。俺は監察で見たことや感じたこと、聞いたことを優に伝える。レポートも書いて持ってきたため、それを渡す。

 優はそのレポートと俺が話した内容で大体を察せたらしく、順調にできていると言われた。

「それじゃ、明日は2つの区間を一気に終わらせられそうだね」

「別行動か?」

「うん。第1地区と第2地区が連なってるし、本当は今日ついでに見たかったんだけどなあ…」

 優はテーブルにレポートを置き、引き出しを開ける。

「そろそろ僕寝るから帰って。鍵は渡すから閉めといて」

 そう言って優は鍵を引き出しから取り出し、俺に渡した。

「は?優のは?」

「それ合鍵。僕のは玄関に置いてあるから。んじゃ、おやすみ」

 優は立ち上がり、別の部屋(おそらく寝室)へ入っていった。

 俺は少し戸惑ったあと、優の家をあとにした。合鍵で鍵を閉め、明日返すことにした。


 次の日、優は元気そうに刑事課にいた。

「鍵」

 俺はそう言って優に返す。

「あーはいはい」

 優は鍵をポケットにしまうと椅子から立ち上がり、俺に声をかけた。

「監察に行こっか」

「わかった」

 俺たちは再度監察に向かった。


 第2地区は公園の反対側で学校や住宅街、公共施設が立ち並ぶ場所だ。

 優と俺は観察に入る前に公園で周る場所を決める。

「んじゃ、赤ずきんは第2ね」

「わかった」

 俺は頷き、第2地区に向かう。優は病み上がりのため範囲の狭い第5地区を見回ることにしてもらった。

「おじさん!」

 昨日出会った子どもが俺に声をかけてきた。

「おはよー。いってらっしゃい」

 俺はのんびりと子どもに挨拶をする。

「いってきまーす!」

 子どもは嬉しそうに俺の側を通りかかるが、子どもに翳りが見える。心を読むとどうやら家出をしていたらしい。

 子どもは俺を少し通り過ぎたところで止まり、俺の方を見上げた。

「ねえ、おじさん」

「どした?」

 俺は背をかがめ、目線を合わせる。

「今日、一緒に遊んで」

「そんなこと言ってっと危ねーぞ」

「おじさん、悪い人じゃないでしょ」

「悪い人が悪い人です、なんて言わねぇだろ」

「そうだけど!一緒に遊んで!」

 子どもが知らない相手にわがままを言う、なんてイレギュラーな事態を俺は戸惑った。

「…なにがあった」

 俺はとりあえず突っ込んで聞いてみることにした。心を読んで当てられるのは嫌だし、不快だろうと思ったのだが、子どもは返事をしない。よほど嫌なことがあったらしい。

「…」

「今日学校は?」

「休み」

「んじゃなんでランドセル背負ってんだよ」

「…1人はつまんないから。おじさん、どうせ暇でしょ」

「暇って…」

「ねぇー、いいでしょー!遊んでくれないと今ここで叫ぶよ!」

「好きにしろ」

「わかった!」

 俺は子どもがついてこようが来まいがまずは監察を終わりにしたい。とりあえず半分は。

 俺は周る場所を適当にまわっているのだが、子どもにはふらふらと徘徊しているように見えるらしく、後ろから子どもが茶化してくる。

「あー!もう!わかった!遊ぶからついてくんな!」

「わーい!」

 大通りの監察は終わり、次は裏路地に入る。流石に裏路地に子どもを連れ込みたくはない。

「で、何やんの?」

 俺は公園に戻り、ベンチに座って子どもへ聞く。

「うーん…」

 子どもは何をやるか決まっていなかったらしい。

「おじさん、名前は?」

「俺は赤ずきんだ」

「赤ずきん?じゃあおばさん?」

「ちげーよ。あだ名」

 俺は軽く笑いながら子どもの名前を聞く。子どもは言いづらそうに名前を言った。

「僕は(りん)

「凛、か…。いい名前だな」

「なんで?女の子みたいじゃん」

 子どもは反論するように大きな声で文句を言う。

「俺は好きだね」

「僕は嫌い」

「んなこと言うなって。名付けた人の願いが込めてあんだからよ」

「そう言ったって知らないよ」

「そらそうだけどよ」

 何が話したいのか分からないため、俺は子供の心を読む。

 子どもは母親が最近生まれた赤ん坊にばかり構っているから困らせるために家出をしてきたらしい。

 これは面倒なことになるなと考えながら子どもと会話をする。

「にしてもなんで俺に遊ぼうって話しかけたんだ?俺、そんな話しかけやすい顔してねぇだろ」

「うん」

 子どもは即答した。

「それよりジュース飲みたい。買って」

「…はいはい」

 俺は自動販売機に凛と近づくと凛は一番上のオレンジジュースのボタンを押そうとしていた。背伸びをしたり、ジャンプをしたりしているが届かない。俺は凛の脇に手を入れ、持ち上げる。

「なに!?」

 凛は戸惑っていたが、ボタンが手の届く位置に来ると嬉しそうにボタンを押した。凛が自分でオレンジジュースを取り出し、手に持つ。

「満足か?」

「うん!」

「そらよかった」

 俺は缶コーヒーとお茶を選ぶ。自動販売機から飲み物を取る。

「あ!2つ選んでる!」

「今日はいいんだよ」

「えー!ずるーい!」

「お前もお兄ちゃんになったらな」

「もうお兄ちゃんだもん!」

「へえ…お兄ちゃんなのか」

「うん!」

「でもダメー」

「えー」

「まず知らない人についてくるとかダメだろ」

 俺は凛に言うが、あまり効果は見られない。

 俺たちはベンチに座り、凛はオレンジジュースの蓋を開けて美味しそうに飲む。オレンジジュースを見つめながら凛がポツリと話し始める。

「僕ね、昨日風船取ってくれたお兄ちゃんがかっこよかったからお兄ちゃんは悪い人じゃないって思ったよ」

 おじさんからお兄ちゃんに降格した。よかった。

「へえ…」

「だから、また会えるかなって思って公園に行ったの」

「お母さんは心配しなかったのか?」

「友達と遊んでくるって言った」

「ランドセル背負ってか?」

「勉強もしてくるって言った」

「…」

 警戒心がない。さて、どうすればいいか。

「その中に勉強道具は入ってんのか?」

「ないよ」

「勉強できねぇだろ」

 俺は呆れた。

「でも、勉強とか要らないと思う」

「どうして?」

「だって義務教育があるから勉強しなきゃダメなんでしょ」

「そうだな」

 俺は頷く。広義的な意味では義務教育があるからやらなければいけないと考えられるだろう。

「なんで義務教育ってあるの?」

 凛はこちらを向いて聞いた。

「なんでだと思う?」

「わからないから聞いてるの」

「それもそうか。じゃあ、凛は義務教育は必要だと思うか?」

「いらないと思う」

「どうしてだ?」

「だって、勉強する意味がわかんないもん」

「なるほどなるほど」

「それに義務教育は社会で必要なことなんか教えてくれないし」

 核心をついてきた。確かにお金の使い方やコミュニケーションは学校で自然と身に付いたり、応用をしたりしないと使えない。子どもの疑問はいつでも考えさせられる。

「じゃあ、義務教育がなくなったらどうなる?」

「んーと、勉強しなくていい!」

「他には?」

「ずっとのんびりしてても怒られない」

「じゃあ、嫌なことは?」

「嫌なこと…?」

「ああ。友達と会えなくなる、とかな」

「それはやだ!」

 凛は大きな声で言う。元気がいい。

「そうだな」

「でもでもー!義務教育はなくていい!」

 凛は足をバタバタさせる。その時に砂ぼこりがふわりと舞う。

「そうか」

「赤ずきんは違うの?」

「俺は違うな」

「えー!なんでなんで!」

「俺は義務教育がないと計算もできないし、漢字も読めない。しかも友達も夢も選べないだろ?だから嫌だな」

「えー!他のところでも勉強できるよ!」

「他のところって?」

「塾とか!」

「塾か…」

「うん!」

「でも塾で将来の目標って話せるか?」

 凛はきょとんとしていた。俺は例えを使い、凛にわかるように言う。

「宇宙飛行士になりたいって塾の先生に言えるか?」

「う、うーん…?」

 凛は首を傾げて考える。

「言えるかもかも知れねぇが、言いづらかったり、恥ずかしかったりするだろ?それにそういうところにはその科目の先生がいるから他のことは苦手だろ」

「…うーん、そうなの、かな…?」

「さあね」

「赤ずきんもわからないの?」

「わからないな。個人差があるから」

「個人差?」

「人によって違うってことだ」

「ふーん」

「で、宇宙飛行士っていう大きな目標を一番話せるのは誰だ?」

「学校の先生!」

 凛は手を上げて答える。

「どうして?」

「え…?」

「どうして学校の先生には話せるんだ?」

「なんでだろう」

「先生は好きか?」

「うん!」

「なら、先生は悪いことをしたらどうする?」

「怒る!顔が鬼みたいになってるの見たことある」

 凛は頭に指で作った角を俺に見せるようにし、怒った顔を見せた。

「そうだな。逆にいいことをしたら?」

「褒めてくれる!」

「そうやって善悪を教えてくれるんだ」

「善悪…?良いことと悪いこと?」

「ああ。いいことは褒めて、悪いことをしたら怒る。生きるために必要なことだからだ」

「…それと宇宙飛行士って関係ある?」

「ある」

 俺は即答する。

「じゃあなに?」

「宇宙飛行士になって宇宙に何人かと一緒に生活するだろ。その時、1人で食料をぜーんぶ食べたら他の人はどうする?」

「怒る」

「そうならないためには?」

「食料を全部食べない!」

「そうだ。それから車が近くを通りそうになったらどうする?」

「避ける!」

「避けるためにはどうする?」

「端による!」

「そう。ちゃんと知ってて偉いな」

 俺は凛の頭を撫でる。

 凛は恥ずかしそうに言い訳をする。

「こんなのみんな知ってるよ!」

「そうか?」

「そうだよ!」

「そういうのを教えるのも学校の先生の役割だ」

「えー」

「信じられないか?」

「うん。だってずっと勉強の話ばっかりだもん。みんなでやりましょうって言っても何すれば正解かわかんないし」

「あー…主体性が重要視されるからな…」

「主体性?」

「自分で考えて行動するってことだ」

「へぇー…」

「でも、自分で考えて行動するのも昔に習った知識が必要だ。赤信号は渡らない。青信号になったら右左右をしてから車が来ていないのを確認して渡ったりな」

「それも主体性なの?」

「まぁ、違うけど自分で考えて行動、選択するっていうところでは似てるかもな」

「へえー!」

 凛は少し楽しくなってきたのか、前のめりで俺の話を聞く。

 周りが暗くなってきた。早くまとめて凛を家に返そう。

「ということで、義務教育は色んなところで役に立つだろ?」

「…雑にまとめた」

 凛がベンチの背もたれに体を放った。

「そんなことない」

「えー」

「ま、勉強したくないならしなくていい。ただ、凛が思っている以上に義務教育は役に立つぜ」

「…わかった。納得いかないけど少し頑張ってみる」

「おう、あんがとな」

 なんとか凛も勉強にやる気が出てきたらしい。

「そろそろ帰りな」

「やだね」

「なんでそんな頑なに帰りたくないんだ?」

「お母さん、(つむぎ)ばっかなんだもん」

 凛は砂を見ながらか細い声で言う。

「紬?」

「僕の妹。2歳」

 2歳か。丁度目が離せない時期だ。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、小学生にはずるいと思うかも知れない。

「いくつ差なんだ?」

「6つ」

「なるほど」

 俺は苦笑した。

 確かに兄弟が生まれると下の子どもに対してどう接したらいいのか、妹や弟よりこちらを見て欲しいという感情がでる。俺も幼い頃、兄弟に嫉妬をしたことがある。この感情は保護者の愛情確認として考えてもいい。「お兄ちゃんだから」「小さいから仕方がない」などと言われると苛ついたり、余計わがままになったりする。少し難しい時期だ。でも、逆に言えば兄弟が仲良くなる可能性も秘めている。育て方次第ですべてが変わると俺は思っていた。

「それで?」

 保育士時代を思い出しながら俺は続きを促す。

「お母さんもお父さんも紬ばっかりで僕が泣き真似してもこっちに来てくれないの。だから心配させようと思って」

「思って?」

「家出してきた」

「おいおい」

 家出は保護者にとって不安で仕方がない状況だ。どこにいるか、何をしているかなどが全く分からない状況で、しかも最悪の予想すら立ててしまう。

 凛は行動がすごい子だな。リーダーシップを発揮し、相手の事を考えられるが、一度決めたらそれに向かって一直線に動く子だと予想する。

「凛、そんなに紬が嫌いなのか?」

「…嫌いじゃないけど」

 凛は歯切れが悪そうに言う。

「けど?」

「だけど、ずるい」

「ならそう言えばいい」

「言っていいの?」

「いいんだよ。まだ凛は子どもだ。保護者ならそれぐらい分かるさ」

 俺は凛の頭を優しく撫で、笑う。凛はホッとしたような表情になり、笑った。

「ただし!妹のせいにはしないこと」

 俺は凛にはっきりと言う。

「保護者が紬を心配したりしているのは不安だからだ」

「不安?」

「ああ。紬はまだ何をするか分からない。凛みたいに1人でできることは少ない。だから心配で目を離せない。小さい子どもはよく」

「凛!」

 奥から大きな声を出して探している女性がいる。

「お母さん?」

「お迎えだ」

「なんで?僕、友達の家にいるって言ったんだよ?」

「今は何時だ?」

 俺はそう言って公園にある時計を指差す。

「6時!?」

「半日の家出は楽しかったか?」

「…めんどくさかった。赤ずきんがいろいろ聞くんだもん」

「そうか。なら、家出をやめることだな」

「うん。今日はやめる」

「そうしろ」

 母親はこちらに走ってくる。

「凛!心配したんだから!」

 母親は凛を抱きしめる。そして怪我をしていないか確認した。

 俺は母親に今日1日の出来事をかいつまんで話す。こういうことは保育士柄、得意だった。

 母親は内容を聞き、凛の手をつなぎながら何度も礼を言った。

「それじゃ、またな」

「うん!赤ずきん!」

「勉強、頑張れよ」

 俺がそう言うと、

「役に立たなかったら赤ずきんが逆立ちで二重とびしてくれるもんね」

 凛が笑顔で無理難題を言った。

「約束だから!」

 俺はカエルが潰れたような声を出し、反論する間もなく2人で仲良く帰ってしまった。

「おい!気をつけて帰れよ!」

 俺は声を張って言うが、もう2人は小さく見えるため、聞こえているか怪しい。

「…ってか、んな約束果たせっかよ…。逆立ち二重って…きつくね?」

 俺は1人で勝手に約束させられた逆立ち二重とびをどうすればいいか考えていた。

「赤ずきん、やっと見つけた」

「あ、すまん」

「で?監察サボって何やってたわけ?」

 優はニヤニヤしながら聞いてくる。優は昨日の休暇を取り戻すように動いたのだろう。手には3枚の報告書がある。1枚、1地区だから3地区も見回りを終わらせたらしい。

「なあ、逆立ち二重ってどうやるんだ?」

 優に聞くと、優はきょとんとして嫌そうな顔をした。

「バカなの?」

 優はため息をつき、報告書を俺に渡してさっさと歩いていってしまう。俺は急いでついていき、再度聞く。

「なあ、聞いてんの?」

「聞いたよ。まずどうやって縄を持つわけ?」

「そうなんだよな。あ、それよりこれ」

 俺は優にお茶を軽く投げる。優はお茶のペットボトルを受け取り、ふたを開けて飲んだ。

「んで、こんなものなんか買って僕がまわってる間遊んでたの?」

 優がカラカラと笑う。

「ちげーよ。子ども見てたんだよ」

「…誘拐とかしないでよ。クビだから」

 優が冷めた目で俺を見る。

「んなこと誰がすっか。母親が来るまでの暇つぶしに付き合っただけだ」

「なーんだ。よかった」

 優はホッとしたように笑った。

 俺も喉が乾いたと感じ、缶コーヒーを開け、飲む。

「コーヒー、いいなあ…」

「こっちが良かったか?」

「…あ、これブラックじゃん。僕無理だからいらない」

 優は俺の持っていた缶コーヒーを見ると、嫌そうな顔をして言った。

「飲めねぇの?」

「泥水を飲んでどうするわけ?」

 優は心の底からそう思っているのか、きょとんとして言う。

「優だって飲んでるだろ」

「あれはミルクと砂糖入り」

 そう言いながらピースをする。

「…まさか2つずつ入れてんのか?」

 俺はおずおずと聞く。優は驚いたように目を見開いてから笑った。

「御名答。甘くないと飲めないからね」

 優はコーヒーじゃなくてカフェラテでいい気がしてきた。

 そんな他愛のない話をしながら戻り、次の日にはその世界の監察が終わった。

 メリアと赤ずきんは同じ刑事課だからか、よく目に留まり、会うようになった。メリアと話すと赤ずきんはイライラするため、心の中を読もうとするのではなく、読まないようにすることにした。

 メリアが報告書を提出し、刑事課に戻る際、逆立ちをして足に縄跳びをくくりつけている赤ずきんがいた。

「何やってるの?」

 赤ずきんを覗き込むようにメリアは聞く。

「逆立ち二重とび」

「は…?」

 赤ずきんは当たり前のように言うが、メリアは呆けた声を出し、混乱した。

「なんだよ」

「足でどうやって縄回すの?」

「わかんねぇ…」

 赤ずきんは逆立ちをしながら足をバタバタと動かすが、縄は波のように動くだけだった。

「…ばかだ」

 メリアは額に目を当て、本心から呆れられた。

「んじゃメリアがやれよ」

「…できるかな…」

 赤ずきんが逆立ちを止め、縄を取り、メリアに渡す。

 メリアは魔法で縄を持ち、手で飛んだ。おお、上手い。さすが天才と言うところか。

 手の力だけで跳び、前とびをしている。二重とびはできていないが、練習すればできそうだ。だが、1つ言うところがある。

「おい!魔法は駄目だろ」

「駄目だって言われてないよ」

「今言った!ほらやれ!」

「無理だね」

 メリアはもとに戻り、縄跳びを俺に渡してどこかへ行こうとした。

「あ、おい!逃げんな!」

「逃げていないよ。飲み物を持ってくるだけ」

 赤ずきんは首を傾げたあと、縄を足にくくり、逆立ちをする。

 メリアは飲み物を持って赤ずきんのところへ戻る。 

 赤ずきんはまだやっていた。

「…ねぇ、本当にやるの?」

 メリアはコップを両手に持ちながら赤ずきんを冷めた目で見る。

「やる」

「できると思ってるの?」

「わかんねぇ」

「…まずは手で高く飛ぶところから頑張りなよ」

 メリアは近くにあったテーブルにコップを置き、胸ポケットに入れてあるメモ帳を取り出し、ペンで『赤ずきん』と名前を書く。

「だからやってんだよ」

「…とりあえず珈琲、砂糖入れたけどいいよね」

「は!?砂糖入れんな!」

「言われてないからね。紅茶が良かった?僕のと交換しようか。こっちは砂糖は入ってないよ」

 メリアは紅茶を一口飲む。

「嫌だね!砂糖入りの珈琲でいい」

「少し休みなよー」

 そう言うとメリアは刑事課へ戻っていく。

 赤ずきんは休憩するため、珈琲を飲むと目を丸くした。

「意外とうまい」

 それから、2週間後、回してもらえば逆立ち二重とびができるようになった。


 また、後日談として、凛は青年になり、大人になった。そして、義務教育は赤ずきんの言った通り、役に立ったと思っている。そのせいか、赤ずきんにあったら自分が逆立ち二重とびをやるのではと恐怖し、逆立ちを毎日行っていた。そのおかげが重い荷物を体型に似合わずたくさん持てるようになったし、筋肉ができていた。ただ、逆立ち二重とびは未だできない。

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