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世界の守り方  作者:
12/12

縁 後編

 俺は花耶の顔を見ずに花耶の手を引いて教室を出る。後ろから黄色い声が聞こえるが聞こえないふりをして優の部屋と化している空き教室へ連れて行った。優は担任とクラスにいる。俺は誰も来ないからゆっくり話ができると思った。

「花耶」

 俺は花耶に声をかけるが、何も返事がない。

 心を読めば自分の限界がここまでだと諦めているようだった。

「なんで理久なの?」

 花耶が淡々と言った。そこには喜怒哀楽、どれにも当てはまらないような声色だった。

「私だって頑張ったの。頑張ったのになんで、なんで1位じゃないの」

「1位ってそんなにいいものか」

 俺は疑問に思った。1位じゃなくても下には下がいるし、上には上がいる。わざわざ学校内での1位で決める必要はないと思った。

「1位じゃないと私の意見は通らないんだよ」

「そんなことねぇな」

「そんなことあるの。私が1位じゃないと、見てくれない」

 花耶は下を向き、涙を床に落としながら話している。

「1位じゃないと、天才じゃないと私はここにいちゃだめなの」

 袖で涙を強引に拭きながら俺に文句を言い始める。

「理久は天才だからわかんないんだよ。天才は凡人のことなんかわかんないんだよ」

「俺は天才じゃねえ」

「天才だよ。私が頑張っても取れなかった1位を取っちゃうんだもん」

「天才っていうのは能力に恵まれて努力を怠らない奴だ」

「それが理久なんだよ」

 花耶は赤ずきんに八つ当たりをするように言うが、赤ずきんは淡々と「俺は天才じゃない」と言い続けた。

「だから俺は天才じゃねえって言ってんだよ」

 花耶と押し問答をした赤ずきんはしつこいと言うように大声で反論した。

「天才は俺の周りにたくさんいる。そいつらが天才で、そいつらに追いつきたくて、追い越したくてやってるだけだ。お前はただ俺に八つ当たりをしてるだけでそんなの意味なんかねえ。八つ当たりしたって終わったもんは仕方ねぇんだから諦めろ。俺が天才ならこの世に天才はいっぱいいる。バカにしてんのか」

 赤ずきんはそう怒鳴った後、ハッとした。大声を出して驚かせてしまったかも知れない。花耶はただ聞いてほしかっただけかも知れないのに俺は面倒になって言い返してしまった。

 赤ずきんはおそるおそる花耶の方を見る。

 花耶は涙をぽろぽろと流し、赤ずきんの方を見ていた。

 赤ずきんは言い過ぎたと不安になり、そっと花耶に声をかける。

「すまん、言い過ぎた」

 本当は言うつもりはなかったんだ。

 そう伝えようとしたが、花耶の心の中はよかったと思っていた。

「理久が思ってること言ってくれてよかった」

 花耶が泣きながら笑い、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭いていた。

 俺は嵌められたのかと思ったが、そんなことはなく、ただ単に俺に八つ当たりをしていたら俺の本心が聞けて嬉しかったらしい。

「理久よりももっとすごい天才がいること、初めて知った」

「そんなのたくさんいる。俺の知り合いにも何人もいる」

「そっか」

 花耶が泣き止んで優が俺たちを探しに来るまでのんびり俺の周りの天才のことや花耶がなぜ一人暮らしがしたいのかを話していた。

 次の日は俺と花耶の関係について聞かれることはあったが、数日で飽きたのかこの頃は他の人たちの噂に夢中になっている。

 俺は意識して人の心の中を覗かないように制限をかける訓練をしつつ、仕事と学業を両立していた。その成果もあってか、酔うことはなくなったし、優に「来年には監察は1人でも行けそうだね」とお褒めの言葉をいただいた。

 花耶の家族関係は相変わらず亭主関白らしいが、花耶は次の約束を取りつけたらしい。

 その内容で花耶に昼休みに呼び出された。

「それで次の取り付けた内容ってなんだよ」

 俺はパンを食べながら花耶に聞く。今日は珍しく寝坊をしてお昼ご飯を作る時間がなかった。

 花耶は恥ずかしそうに手先をいじってポツリと言った。

 次の内容は「理久を家に入れること」らしい。

 俺は呆けた声を出して花耶を見た。花耶の表情は少し頬が赤く染まり、満更でもなさそうな顔だ。

 俺はいぶかしげに花耶の心の中を覗く。最近は罪悪感がなくなってきたので、少し危機感を覚えるが、仕方がない。

 花耶の心の中も表情と同じく満更でもないらしい。

 それを見てから俺は飛んでいるような感覚になった。そして気がついたらシノメと一緒に帰っていた。

「でさ、次の潜入が…聞いてる?」

 シノメが不安そうな顔で俺をのぞいた。

「聞いてない」

 俺はぼーっとしていたことを素直に言い、シノメからのお怒りの言葉をいただいたのだが、その様子に違和感を持ったシノメが自分の家に俺を連れ込んだ。

「何があったの?」

 シノメはため息をつきながら慣れたように飲み物を用意する。下校の時に俺と同じく優が遊びに来るのだろうと予想を立てながら俺は声を潜めて話す。

 全て吐き出すと、頭が軽くなった気がした。どうやら思った以上に重いものだったらしい。

「どれだけおとぎ話好きなの?」

 引くような声を出したのはシノメではなく、優だった。いつの間に来たのかわからないが、いつもなので驚く必要はない。

 俺はため息をつきながら考える。

 俺だって好きでこうなっているわけではない。それに一番混乱しているのは俺だ。そんなに文化祭の演劇が大切なのを理解できなかった。

「おとぎ話潰し」

「ああ?」

 ボソッとシノメが言ったのを聞き、俺はがなり声で言った。

「君のあだ名、赤ずきんでしょ?でこの世界はかぐや姫に酷似している。かぐや姫は帝に求婚を申し込まれても拒否して月に帰るのに今は赤ずきんが交際を申し込まれて赤ずきんが天に帰る。そしたらもうおとぎ話潰しでしょ。立場が逆なんだもん」

 シノメが片手で説明の補足をしながら面倒そうに言う。

「確かに」

 優が納得したように頷いて笑うが、俺にとっては笑い事じゃない。

「しかも花耶ってぐを入れればかぐやになるし」

「ぐってなんだよ」

「具材だよ、具材」

 シノメは人差し指をピンと立て、説明する。

「具材と言っても感情だけどね」

 おとぎ話の要素がなく、恋愛漫画のようだと思っていたのに結局はおとぎ話になるらしい。

「結局おとぎ話かよ」

 俺はため息と一緒に文句を吐き出す。

「他には『ヘンゼルとグレーテル』と『赤ずきん』があったよ。赤ずきんが知らなそうな『熊の皮をきた男』もあった。流石に死ぬことはないけど、私の知ってるグリム童話はほとんどコンプリート。それから100年ぐらい前に君と同じような人がいたよ」

 シノメが昔を思い出しながら言うと、優は軽く笑い、「大変だね」とのんびり言った。自分が当事者じゃないからいつもよりのんびりしている。

「優も巻き込んでいいか?」

「無理でしょ。どうやって巻き込むわけ?」

「天野先生に相談してやっぱり俺は花耶の家には入れないっていうとお前も巻き込まれるよな」

 俺はにやりと笑うと優は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「人に嫌われるよ」

「好かれようともしてねえな」

 俺と優がそんな会話をしていると玄関のチャイムが鳴った。

「きたきた」

 そう言いながらシノメは嬉しそうに軽やかに走っていく。俺と優は首を傾げ、シノメが戻るのを待っているとシノメの後ろに天警の服を着た四角い積み木のバッチをつけた人がいた。

「この人は私の情報源。ルースだよ」

「シノメがなんか巻き込んだみたいでごめんね」

 腰を低くし、頭をかきながら頭を下げたルースはバッグから資料を取り出した。

「この世界の指名手配予備軍の名簿だよ。それからこれは自分からの励まし」

 指名手配犯予備軍の資料と薄いもう1冊の資料をテーブルに置いた。

「それにしても優くんに会えるのは嬉しいな」

「ルースってことは僕がよく使ってる人か」

「うん。いっぱいダメ出し食らってるそのルースだよ」

「疑問を聞いてるだけ。ダメ出しならもっと酷いよ」

「それなら訂正する。ダメ出しじゃなくて疑問を聞かれてるルースだ」

 ルースが両手を上げ、訂正すると優はにんまりと笑い、資料を手にとる。

「それにしても監察と指名手配と派遣ってどれだけ掛け持ちしてるの?」

「1つ増えたぐらいで驚かないでよ」

 優は資料をめくりながらルースと会話をする。優への認識はどこでも仕事人間の1人という部類らしい。

 俺はシノメが入れてくれた珈琲を飲み、資料を読む。いくつか見たことがあるが、この資料の方が1人ひとりについて細かく書かれている。

「集めるの苦労したんだよ。他の派遣課に聞いたりしてたんだから」

「わかってます」

 シノメはルースのことを労い、資料を読み始めたようだった。

「やれやれ、ここも全員仕事人間らしいね」

 ルースは肩をすくめ、呆れたように言うと部屋を出ていった。


 資料を読み終わる頃には周りは暗くなっており、電気もつけずに月明かりの下で3人が資料を読んでいた。

 赤ずきんは必要な場所を読み、使わない場所を読み飛ばしていたため、2人より早く読み終わった。顔を上げた赤ずきんは2人の状況を見て驚きの声を上げ、急いで電気をつけ、カーテンを閉めた。そしてすぐに冷蔵庫をあさり、作れそうなもの頭のなかでリストアップして作り始める。

 匂いにつられたのかシノメがキッチンの方に向かってきた。

「台所借りてる」

「別にいいよ。必要なものはあるなら買いに行くよ」

「特にねえな。調味料もそこにあるやつで事足りるし」

「ならよかった」

 するとシノメは別の部屋に向かった。すぐにシャワーの音が聞こえるため、お風呂に入りに行ったのだろう。

 優はこちらの声が聞こえていないように黙々と資料を繰り返し見ていた。おそらく3週目に突入しているはずだ。

 俺はシノメがお風呂に入るなら少し時間をずらした方がいいと考え、一度料理を止め、資料を読み始める。今度は全員を軽く頭に入れる。

 数分後、優の大きな声が部屋中に響き渡った。

「どうしたんだよ」

「陽菜と謙治に電話して」

 優の切羽詰まったような声色に押され、俺は陽菜に電話をかける。優はアジサイに電話をしているようですぐに電話に出ないアジサイにぶつぶつと文句を言っている。


 陽菜が赤ずきんからの電話に出ると赤ずきんの困惑した声と帰ってきた謙治の低い声が重なり、陽菜は首をひねった。

「なにがあったの?」

 陽菜は2人に対して聞くと赤ずきんは不思議そうにわからないと言い、謙治は赤ずきんを婿にしたいと言ってきたやつがいて断るのが面倒だと言った。

「断ったよね?」

 陽菜は謙治を脅すように聞く。死者は生者と婚約することはできない。

「もちろん。でも諦めてなさそう」

 謙治はため息をついてコップに入れた水を飲んだ。

 電話からは赤ずきんが戸惑いながら陽菜に声をかける。

「あの、優が2人に言いたいことがあるらしいんでかわります」

 陽菜は承諾し、優にかわってもらうとすぐに謝罪が飛び交った。

「ごめん、陽菜さん」

「優、ごめんなさい。今赤ずきんの件で」

「結婚がどうとかでしょ。知ってるから」

 優は陽菜の説明にかぶせて言う。

「少し大きく動くから関わんないほうがいい」

「なにするの?」

 陽菜は不安そうに優に聞いた。優の「少し大きく動く」は一般的に考える以上に大きく、影響がある。

「教師として隼人に接触する」

「わかった。赤ずきんにも伝えておいて」

 陽菜がそう言うと電話越しにホッとしたような声が聞こえる。

「わかった。僕のことは教員の補助の人って認識で頼むよ」

「わかってる」

 陽菜は電話を切り、謙治の話を詳しく聞くことにした。


 優は赤ずきんに電話を返すとそのまま説明もなしに部屋を出ていった。

「また『察せ』ってことかよ」

 俺は息を吐いてお風呂から出たシノメとご飯を食べる。3人分の料理を作ってしまったので残りの1人分はシノメの朝ご飯になった。

「陽菜さんと優って繋がってんの?」

 俺はご飯を食べながらシノメに聞くとシノメから意外な言葉が出てきた。

「ないね」

「ならなんであんなに素直に聞き入れられたんだよ」

「警視総監の部下だからじゃない?」

 シノメはつまらなそうにご飯を食べていく。

「それに結果出してる人だし」

 水を飲みながら箸をこちらに向けた。俺は注意をしようと口を開けると同時に

「赤ずきん、君はどう思う?」

 と聞いた。

「優のこと、どう思ってる?」

「俺は」

 どう、思っているんだろう。一応俺の上司でバイオリンに関しては文句なしの天才だと言い張れる。でも、能力に関しては天才というには時期尚早すぎる気がする。完全な天才ではない。それに優は目立って逮捕するというやり方を行っている。能力がある人しかできないやり方だ。現に俺は今までもこれからもできない。でも簡単に言えば…。

「優を天才だとは思わない。でも優は天才だ」

 矛盾しているかも知れないが、優は天才でも凡人でもない。中途半端な場所にいる気がする。

 シノメはその反応を見て不思議そうにしていたが、にんまりと笑ってご飯を綺麗に平らげた。

 赤ずきんはきょとんとしながらご飯をのんびりと食べた。

「私は優と関われないから頼むよ」

「少し大きく動くって言ってたよな。別にいいけどそんなに焦ることか?」

「バレたらその場所にいられなくなるからね」

「優だけがバレても支障はないだろ」

「それが想像力のある子は『もしかしたら』があるんだよ。それを防がないとここにはいられない」

 少しでも可能性を作ってはいけない、ということか。

「派遣されているのがバレなきゃこっちとしてはどうでもいいんだけどね」

 シノメは食べ終わった食器を下げ、洗い物を俺に任せるとソファに寝転んだ。

「にしても赤ずきんって料理うまかったんだね」

「家族に作ってたからな」

「なるほど、どうりでお兄ちゃんって感じがするのか」

「お兄ちゃんって感じがするなら少しは手伝ってくれよ」

 俺はシノメに洗った食器を拭くよう促すが、シノメは気にせずゴロゴロしている。

「シノメは小さい子どもみたいだよな」

「私がチビだって言ってるの?」

「背じゃねえよ。精神年齢」

 確かにシノメは背も低いが、それ以上に子どもらしい。

「貶してるでしょ」

「どうだかね」

 シノメが怒ったように聞くが、俺は気にせず洗い物をし、食器を拭いて元の場所に戻した。後ろからシノメがなにやら恨み言を吐いているが、よく聞こえない。

「また明日」

 片付けが終わると俺は自分の分の資料を持ち、逃げるように帰った。

 次の日、優が隼人と話したことが花耶を経由して伝わってきた。

 花耶が言うには花耶の思っていることをどストレートに伝え、花耶の希望も聞くように言うが、逆に隼人を怒らせてしまい、優は学校を訴えられそうになったらしい。清々しい笑顔であの無表情の亭主関白の父親と対面している優を想像すると恐怖しかない。

「で、天野先生は教頭に怒られてると」

「らしいよ」

 俺は気が抜けた。このぐらいなら放っておいても何とかなる。

 その後、花耶と少し雑談をし、昼休みに教頭に呼び出された。

「なんですか?」

 教頭がハゲ頭を光らせながら俺の方をじっと見て割れ物に触るかのようにそっと聞いた。

「結婚の約束してるの?」

 ここまで噂が来ていたらしい。

「してませんよ。俺、好きな人いないんで」

「でも相手は一緒に遊びに行ったりご飯食べたりして付き合ってるからって言ってたんだけど…」

 俺はおそるおそる聞いてくる教頭と隼人に嫌気が差した。

「花耶の父親ですか?」

 俺がそう聞くと教頭は無表情のまま「違うよ」と否定したが、心の中までは嘘をつけなかったらしい。心の中は「父親だってわかってんならそっちでやってほしいよ。ほかの仕事もあるのに、本当に面倒な問題だ」と文句を言っている。

 俺は心の中が素直で安心と呆れが混じった息をついた。

「とりあえず、この問題はこっちで何とかするんで、介入しないでください」

「そうかい。助かるよ」

 教頭はホッとしたように表情を和らげた。どうせなら最後まで無表情を貫いてほしかったが、そうもいかなかったらしい。

 俺は教頭に頭を下げ、応接室を出る。

 教室に戻る途中の廊下にかかっているカレンダーを見て俺は

「そろそろか」

 とつぶやいた。

 もう12月に入る。転校するならキリのいい3月だろうが、計画を立てるなら冬休み中にしたほうがいいだろう。

 教室に戻り、いつも通り習った勉強をし、テスト前には数人に勉強を教え、家ではテスト勉強や復習より仕事を中心にする。休みの日は監察や提出をするために天界に戻る。

 冬休みはシノメと優といつ転校するかを相談し、花耶の問題を解決しないまま帰る時期が決まった。優は1月末、赤ずきんは3月いっぱいで終わりにすることが決まった。優が1月末なのは「少し泳がす」かららしい。

 陽菜や謙治から隼人についての情報が随時来るのでまだ諦めていないことがわかる。

 2月下旬になり、俺が転校することを先生から生徒へ伝えてもらう。俺は2月中旬に伝えたほうがいいのではと伝えたが、優が遅い方がボロがでると言って聞かなかった。

 生徒たちは驚きの声を上げ、俺との別れを惜しんでいた。


 3月の最初の休みから学校が終わる日までの約1ヶ月間は優と待ち合わせをしてから天界に向かうらしい。

 優は退職してから隼人の周辺を洗い、悪魔がいることを確信したらしい。ついでに他の世界の指名手配犯も捕まえていた。

 俺は人目につかない路地裏で優と待ち合わせをしているとおかしな気配を感じ、後ろを振り返るが、何もいなかった。不思議に思いながらも遅刻をしている優を待つ。

 いつもギリギリに着いているので今日は寝坊でもしたんだろうと考えながら携帯で報告書を仕上げる。

「遅れちゃった」

 優が後ろから俺のフードを掴み、後ろへ引っ張る。

「優、それやめてくれ」

 俺は予想外の行動に驚き、優の腕を掴んだ。優の顔を見ると指名手配犯と対峙する時によくする笑顔をしていることに気づいた。

「外れちゃったか」

 空になにやら甲高い声が響いた。

「危なかったね」

「もしかして天界警察?」

「おや、僕たちのことを知ってくれてるの?」

「それは参ったな」

 甲高く、間延びする声が目の前の空気中からする。

 俺は思考を読めるか確認するとやはり読めないらしい。言動を見ないと心の奥は見づらいのだろう。

「誰に頼まれたの?」

「流石に言えないよ。早く君の心をもらいたいね」

 そう言い、声の主は姿を現した。黒いツノが頭から生えており、背中にはコウモリのような翼を持っている。顔はその2つからかけ離れるかのように柔和な表情で安心感を覚える。

 優は右耳にだけつけているイヤリングに手を当て、悪魔の番号を言う。

 悪魔の心の中を読んで見ようとすると意外にも普通の人と同じく読めることが発覚した。

 悪魔は心の中でも天警とは話をしたくないと嫌っているようだったが、契約を遂行するために仕方ないと思っているらしい。

 優は俺の方をチラリを見ると納得するように

「赤ずきんは悪魔に縁があるんだね」

 と言った。

「それはお前だろ」

 赤ずきんは優に言い返すと残念そうに言う。

「残念。僕は悪魔より指名手配犯と縁があるよ。ついさっきも強盗犯確保したし」

「それで俺との待ち合わせ遅れたのか」

「うん。許してくれるよね」

「誰が許すか。馬鹿」

 優は媚びるように言うが、俺はそんな優を一蹴する。それをみた優は良心に働きかけるように赤ずきんに聞いた。

「じゃあ強盗犯は野放しでいいわけ?」

「そんなの優なら時間に遅れずに来ようと思えばこれただろ。どうせお前は寝坊した理由が欲しくてのんびり強盗犯を追い詰めながら捕まえたんだろ」

 寝坊した優は何らかの遅刻を仕方ないと考えるであろう理由が欲しかったはずだ。そんな時に出てきた強盗という事象はちょうど良かったのだろう。

「おや、バレた」

 優の顔に笑みが浮かぶ。成長が見れて嬉しいのだろう。

「何がバレた、だ。くそが」

「お口悪いよ、保育士さん」

「残念、もう保育士じゃねぇよ。警察だ」

 俺はもう保育士ではない。動きも対応も警察官に染まっているだろう。

 優は自分の口元に人さし指を当てるように軽く握りこぶしを作り、納得したのかいつものように軽い口調で言う。

「ふむ、面倒だ」

「それは同意する」

 俺たちは視線を悪魔に向けた。

「それで、目の前の悪魔どうしよっか」

「用件はなんだっけ?」

 赤ずきんはつまらなそうに耳をほじりながら聞く。

「君の心」

 優が煽るように言い、赤ずきんは嫌そうな顔をした。

「うっぜぇな」

「で?」

 優は赤ずきんへ悪魔の対応を促すが赤ずきんは面倒そうな顔をするだけだった。

「諦めろ。俺のせいじゃねえ」

「ならよかったんだけど、俺も代償もらうし」

 悪魔がのんびりと言うと赤ずきんは舌打ちをしてポケットに手を入れた。

 悪魔は笑いながら言い訳をした。

「もちろん、天警の心を取って来いなんてわざわざ自分から敵に回すことはやりたくないんだけどね」

「何を代償にやってんだよ」

「君の心の底にある正義」

 悪魔は俺の心臓を指差した。

 俺から疑問の声が出る。悪魔は面白そうに言い訳をするが、俺のなかに1つ疑問が浮かぶ。

「いや、驚いたよ。心を取ってその中から代償を払うなんてさ」

「それ、違反じゃねぇの?」

 俺は『天界警察は悪魔と契約してはならない』そう決めてあるはずだと思い出す。代償と願いが双方とも天警のものだったら契約者は天警になるのではないかと考えた。

 悪魔はなんでもないように楽しそうに言った。

「それがそうでもないんだなあ」

「貧乏悪魔」

 優は真剣な顔になってボソリと言った。悪魔は笑い、対照的に優は眉をひそめ、嫌そうな顔をしている。

「いやだなあ、そんなこと言わないでよ」

「僕の中では君は貧乏悪魔だよ。願いを叶えた代償の他にその人の中にある欲深さに比例して貧乏にさせる。資料で読んだ時は肝が冷えたね」

「君も欲深いの?」

「もちろん。すべての生き物が死者と干渉せず、平和に暮らせることを思っているよ」

「…本音は違うように聞こえるけど、それはとても欲深いね」

「で、どうするわけ?」

 優と悪魔が俺の方をじとりと見る。

「俺は嫌だからな」

「…じゃあこうしよう。君が僕と契約する」

「いやだね」

 俺が即答すると悪魔が面倒そうに顔をしかめた。

「君も欲深いわけ?」

「当たり前だろ。欲深くなって何が悪い」

「じゃあ君の心、もらうよ」

 悪魔が一瞬にして消え、俺の後ろに再び現れた。悪魔は手の中にある白い玉を見ながら言う。

「おやまあ。君、正義がないんだね」

「人としてどうなの?」

 悪魔が驚いたように言い、それを聞いた優が額にしわを作って嫌そうな顔をした。

「引くなよ。俺だって正義がないなんて言われて戸惑ってるんだ」

 赤ずきんは『正義がない』と言われて本当に戸惑っていた。

 俺は正義感はないと思っていたが、悪魔にまで言われると流石にへこむ。

「正義…いや、正しいことがない…?」

「まあ、俺は全部行ったことが正しいとは思ってねぇな。それに全部自己満だからな」

 悪魔が言った言葉に俺は自信を持って答えたのだが、2人は何も言わずに無言になった。

 俺はふと疑問が湧く。

「なあ、これをメリアにしたらどうなるんだ?」

「全部吸われるか、吸いきれなくて途中で諦めるかの二択だと思うよ。あの子、底なしだから。悪い人も環境が悪かっただけできっかけがあればいい人になるって考えてるし」

「だよなあ」

 俺はメリアに方向を変え、『正義がない』と言ったことを忘れさせようとした。

「あれは箱入りじゃないけど箱入りだよ」

「だよなあ!」

 優の言った言葉に激しく同意をした。

 首を傾げている優が

「でも急にどしたの?」

 と聞くのでついでに俺は文句を言うことにした。

「メリアは居ないほうがいいって悪口言ってる奴がいて、それはおかしいと思ってたんだけどよ。フォローの仕方がわかんなくて普通に注意して終わったんだよ」

 優は面白そうに相づちを打ち、にやりと笑う。

「それって正義じゃないの?」

「正義じゃなくて当然のことだろ?」

 悪魔が聞いた疑問に俺は疑問で返すと、優が吹き出すように笑い始めた。最近の優はいつも以上に笑っている。

 悪魔は困惑しながら赤ずきんに質問を重ねる。

「正義ってなんだと思う?」

「そりゃあ、ヒーローがぷーんってきて悪いやつぶっ倒すような…」

「悪いやつって?」

「そりゃあ殺人とか、人の嫌がることとか…」

「それはお前だろ!」

 悪魔が赤ずきんに盛大にツッコミを入れると優はさらに声を大きくして笑い始めた。

「ってことは俺、正義のヒーローってことか?」

 俺は首を傾げながら悪魔に聞く。悪魔はため息をつきたそうな声色で

「警察官って正義のヒーローじゃないの?」

 と疲れた声を出した。

 流石に俺が正義のヒーローとは思っていなかった。警察官は正義のヒーローって言うより妹がハマっていたドラマの中では汚職刑事を見ることが多かった。

「いや、悪いやつを取り締まる役所の人かと…」

 それから十分な間を開けて悪魔はハッとしたように優に聞いた。

「こいつ、バカ?」

「赤ずきんは元からすっごいバカだよ」

「なるほど。正義がわからなかったのもバカなら頷ける」

 悪魔は優の答えに納得したようで頷いている。

「バカだからねえ」

 優は今までの赤ずきんの行動を思い出しながらしみじみと言う。これまで赤ずきんは道案内から子どものお守り、挙句の果てには家出少年の相手までしている。優はお人好しと言えば聞こえがいいが、ただのバカだといつも思っていた。

 すると途端に赤ずきんは堪忍袋の緒が切れたのか2人に怒鳴り始めた。

「さっきから聞いてりゃバカバカうるせぇな!」

「おや、怒っちゃった」

「俺はバカだとは思っちゃいねえ。バカはこいつと契約した奴らだろ」

 赤ずきんは悪魔のことを指差しながら吐き出すように言う。

「そこまで来るか」

「責任転嫁」

 悪魔はため息をつき、優はバカにするようにのんびり弾ませて言った。

「悪魔だって一概に悪いやつとは言い難いだろ。いや、こいつに至っては貧乏にするなら悪いか」

「いや、とっても面白いよ」

 優はずっと笑っていたからかいつもより少し骨格が上がった顔で言った。

「とりあえず、俺はお前と契約も取らせもしない。さっさと破棄して帰れ」

 赤ずきんは面倒そうに悪魔に手を払うと悪魔は間延びした声で「やだ」と言った。

「こっちだって商売ってより約束事だからさ」

「僕は君と争いたくはないよ」

「それはこちらも同じだよ」

 2人ともニコリと笑いながら腹の底で何かを探っているように会話している。

 俺は器用なことをするもんだと思いながら悪魔の思考を読む。悪魔は面倒事として俺たちを認識している。となれば契約破棄も早いだろう。

「ランクの高い悪魔は分が悪い」

「君とはとても相性が悪い」

 2人が声を合わせてそう言った。

「でも君の心はこちらにあるし、契約は完遂できるから逃げれば勝ちってね」

「正義はどこでとるの?」

「契約者からでも取るよ。バカを相手するとは思ってなかったからね」

 悪魔はそう言うと心を持ったまま消えた。

 俺は恐怖しながら優に心を取られたらどうなるのか聞いた。

 優は笑いながら

「その人の言うことしか聞かない人形になるか死ぬかの2択」

 とピースをしていた。

 俺は優の肩を勢いよく掴み優のことを前後に振った。

「やばいじゃねえか!俺死んだらどうなんだよ!仕事は!?」

「ちょ…やめ…きもちわる…」

 優が情けない声を出しながら俺にされるがままになっていると思ったらすぐに優に肩を掴まれ、技をかけられた。

「ふざけてんの?」

 優が声のトーンを落とし、真顔で聞く。そんなに揺らされるのが嫌だったのかと驚いた。

「きもちわる…、最悪」

 優は口に手を当て、横を向いた。あの一瞬でそんなに気持ちが悪くなるものなのだろうか。俺は疑問を持ちながら優を見る。

 優の額には脂汗のようなものや息が荒いことが見て取れる。俺と何度も組み手をし、走っていた優とは真逆の風邪の時にみた弱々しい姿に酷使していた。

 優は急いで赤ずきんを離し、声にもならないような息を吐き、呼吸を落ち着かせていた。その様子は手慣れているようで何度か同じ事があったのだろう。

 数分経つとようやく落ち着いたのか優はしゃがみながら疲れた時に出るような声を出した。

「疲れた」

 優の様子をみて俺は声をかけ、謝った。

「悪かった」

「ならもうやらないで」

「ああ」

 優はホッとするかのように口元を緩め、立ち上がり、服を軽く叩き、ついた砂を落としながら言った。

「もう大丈夫。気にしないで。酔うのに弱いだけだから」

「酒は?」

「結構強いよ」

「ならあとでお詫びに奢る」

「豪遊だけどいいの?」

「俺が払える額で頼む」

「もちろん」

 優は嬉しそうに笑い、路地裏を出た。悪魔や優の身に起きたことは忘れているような感覚さえした。

「それでD-6はどうする?」

 忘れているような感覚がしたのに優は一瞬で現実に戻す。俺は前に教えてもらった推奨を反復する。

「推奨っていくつだっけか」

「警視監だね。赤ずきんにしても少し上かな」

「少しどころじゃねえんだよな」

「やりたくないなら僕だけでやるよ。流石に僕の予測より高い悪魔だったし」

「いや、俺もやる。優が俺に悪魔と縁があるって言うならこれからも同じような事が起きるかも知れねえし」

「それもそうだね。それならすぐに隼人の家行こう。間に合ううちに」

 優は体調がもとに戻ったらしく、元気に走っている。

 そう言えば悪魔って契約者としか言っていなかったのになぜその相手が隼人だとわかったのだろう。可能性はあったとは言え、他の人の可能性もあるはずだ。悪魔と契約していたとしてもほかの指名手配犯予備軍も悪魔と契約した人はいる。その人だとは考えないのか。

 優は右耳のイヤリングを触りながら曲がり角を右や左に走り、花耶の家についた。

「花耶さんは買い物と習い事でいないから突撃するなら今しかないよ」

「また情報係か?」

「プラス派遣課と偵察課」

 派遣課と偵察課はどこまで潜り、どこまで知っているんだろう。俺のいた世界にもいたと考えると恐怖しかない。

 優はチャイムを押し、返事がないため家に上がった。

「隼人さーん、管理人です。お金の徴収に来ました」

 優はしれっと嘘をつき、部屋の中を見て回る。

「隼人さーん」

 1部屋を残してすべての部屋を見終わると、優が鍵の閉まったドアを簡単に開け、中に入るとそこには辛そうにもがく隼人と軽く作ったこぶしを口元に当て、優雅に笑っている楽しそうな悪魔がいた。

「君の心とこの人の正義を交換したんだ。本当にニンゲンは面白い」

 俺は急いで隼人のそばに寄り、声をかける。すると隼人は苦しそうに言った。

「お前も俺のものだ」

 俺は呆れて何も言えなかった。なぜ人が自分の思った通りになると思っているのだろう。

「金ならいくらでも出す」

 だから何だというのだ。金より必要なものがあるはずだ。それがこいつはわかっていないらしい。

「赤ずきんの心は?」

「ここにあるよ。ただ、これはもうこの人のものだ」

「正義を取り戻せば契約はなかったことになるだろ」

「取り戻せないよ」

 優は機械のような淡々とした声で説明をした。

「成立した契約は悪魔が返そうとしない限り終了している。申し訳ないけど、赤ずきんの心は奪い取るしかない」

 悪魔はその通りと言いたげに頷く。

「んなことしていいのか?」

「そうしないと危険だからね」

「そう。だからこちらには被害が来ない」

 悪魔は優位な場所に最初からいたのだろう。俺はどうすれば隼人と自分の心を戻せるか考えるが、いい案が出てこない。

「それじゃ、失礼するよ」

 そう言って悪魔が帰ろうとした時、花耶が家に帰ってきた。

「お父さん、いますか?」

 その声は緊張しているが芯が通っている。

 俺たちは急な帰宅に身動きが取れなくなった。優ですらどうすればいいか長い間身動きせずに考えを巡らしていた。

 花耶が部屋を開けた。

「お父さん、あのね」

 花耶が顔を上げると俺と目が合った。そしてそのそばにいる隼人、優、悪魔へと視線を向けていく。

「どういうこと?」

「これは」

 俺がどう説明しようか考えていると優が花耶のそばに飛んでいき、花耶の目を見た。

「君なら!」

 優が簡潔に花耶に説明していると、花耶の顔が青くなってくる。優の説明は過不足なく、適切に、そして重かった。

「父のしでかしたことは父に責任を取らせます」

 花耶はしっかりとした目で優を見た。

「私は理久の心を取り戻せばいいんですよね」

「お願いできる?」

「はい。全力を尽くします」

 優は横にずれ、花耶は優を通り過ぎ、隼人のそばに行くとすぐに声をかけた。

「お父さん、お父さん」

 隼人は苦しそうに花耶を見つめた。

「その苦しさは理久さんの心を持っているからです。早く心を返してあげてください」

 慈愛のある声色だが、心の中は計算高い。俺は黙って花耶の様子を見ていた。

 隼人は首を振って絶対に離さないというように俺の心だろう白い玉をギュッと握った。

「お父さん、そんなことしなくても私たちは交際しています」

 隼人の目が大きく開かれた。それは本当か、と目で聞いている。

「本当です。ですから、心を返してあげてください」

 隼人は信じられないらしく、首を振るが、花耶は本当のことだと言っている。演技が劇で見るときより劇的に進化している。

 花耶が何度も説得をするように言うと隼人は柔和な表情になり、心を花耶に渡した。

「これで、理久を動かせ」

 隼人がそう言ったのを俺たちは目を見開いて驚いた。

「わかりました。では、私たちはそろそろ理久の家に戻ります」

 隼人は頷いた。そして花耶は俺の手を引っ張って家を出た。優は悪魔と隼人をじっと見据えてすぐに俺の後をついてきた。

 家を出ると花耶がこちらを見た。

「父が申し訳ありませんでした」

「理久の心を返してくれる?」

「はい」

 花耶は白い玉を優に渡し、優はその白い玉を俺に投げた。俺はそれを受け取ろうとしたが、不思議なことに俺の胸の中へゆっくりと入った。まるで湖面に水が一滴、水面も立たずに落ちるような静かさがあった。

 花耶はその様子に驚き、声を失っていた。

「大きく動くってここまで入ってんのか?」

「もちろん」

「本当にどこまで考えてんだよ」

 俺は苦笑を浮かべた。

「僕が調べた時点で願いを言わなかっただけで悪魔とは契約してたし、君の手には負えないと思ったからね」

「そうかよ」

 俺は花耶の方を向くと心を読んだ。

 知らないものが出てきて驚いているようだが、人に話す気はないらしい。

「今まであったことは誰にも言うな。それから今すぐ父親と離れた方がいい」

「手続きがあるでしょ」

「俺の方に嫁入りするとか言えばなんとかなるだろ」

「そんな簡単に行くわけないでしょ」

 優に現実的に無理だと言われ、俺はどうすればいいか考える。俺はそろそろ帰りたいし、面倒を見ることはできない。花耶はどうしたいのか聞いてみることにした。

「花耶はどうしたいんだ?」

「私はまず、友達と遊びたい」

「ああ」

 花耶ははっきりと1つずつゆっくり話し始めた。

「旅行にも行きたいし、夢に向かって勉強がしたい」

「やれよ」

「やりたくないことはやりたくない」

「それが必要じゃないならな」

「でもお父さんになんて言えばいいの?」

「俺のせいにしろ。どうせあいつは動けない」

「そうだね。正義の心が無くなればすぐ悪意に染まる」

 優は眠そうにあくびをして目をこすった。

「まあ、隼人をどうするかは君たちの選択だけどね」

「選択」

 花耶は理解するために独り言を呟いた。

「嘘をついてもいい。でも自分の心に嘘をついたらいけないよ」

「はい」

 花耶は頷き、優の目をしっかりと見ていた。

 それから3人で俺の家に向かった。

 花耶の母親が帰ってくるまでの時間、花耶と隼人を2人にしてしまえばどんな質問がくるか来るかわからない。それに俺の家に戻ると言ってしまっていたし、戻れないだろう。

 俺は家に戻るとまず優と花耶にお茶を入れ、2人にソファへ促す。

「母親は何時に家に帰ってくんだ?」

「6時ぐらい」

「ならそこまで家にいろ」

「うん」

 花耶は嬉しそうに笑ってお茶を飲み、ソファにもたれ、眠った。

 優はテーブルに俺の置いた睡眠薬入りのお茶が入っているコップをくるくると回しながらすべてを見透かしているようににやりと笑った。

「それで、どうするわけ?」

「そう言われてもなあ」

「記憶、消しちゃおうか」

「流石にそれは駄目だ。それにできねえだろ」

「できるよ。魔法ならね」

 俺は嫌悪感を隠さずに眉をひそめて優に見せる。

「魔法がそんなに嫌?」

 優は声を弾ませ、楽しそうに笑った。

「魔法は無理だ。動きがわかんねえ」

「まだ捉えられないの?」

「無理だ」

 魔法がなくても暮らしていける俺にとっては魔法はいらない存在だったのだから仕方がないだろう。

「さて、話がそれたね。この子、どうしたい?」

「何もしない。何もしなくても大丈夫だ」

 花耶ならなんとかなるだろう。父親に嘘をついて俺の心を取り戻してくれたし、やりたいことが明確になっているのだから、俺が手を出すより見守っているほうがいい。

「なら、帰るよ」

「ああ」

「本当に何もしなくてもいいんだね?」

「ああ」

 俺は何度も確認してくる優にうんざりしながら確信するように何度も頷く。

「わかった」

 優は真剣な顔からいつもの穏やかな顔に戻り、花耶の肩をゆすり、起こした。

 花耶は眠そうに目をこすり、眠っていたことに驚いているようだった。そして時計を見ると急いで立ち上がり、携帯を確認する。

「もう6時半!? お母さんから電話もきてる」

 花耶は母親に電話をかけ、今から帰ることや父親について、どう話そうか困っているようだった。

 俺は花耶の電話を取り、母親に説明する。花耶は俺と遊んでいたことや陽菜たちが父親に色々伝えてしまったので混乱し、状況が整理できていないのと、ショックのせいだろうと話した。母親は不思議に思いながらも一応は納得したらしい。それから俺は花耶と婚約しないこと、父親は花耶を人形のように動かそうとしていることを伝え、対応をするように頼んだ。

 母親は理解したのか、考えてみると言ってくれた。

「助かります」

 俺が母親に礼を言うと母親は楽しそうに笑った。

「花耶のこと、大切に思ってくれているんですね」

「大事な友人ですから。幸せになってほしいんで」

 そう言い、花耶に携帯を返した。花耶が携帯を受け取り、母親と話して電話を切ると僕たちの方を見た。

「2人とも、ありがとうございました。私、もう少し頑張って騙してみます」

 花耶はなにか吹っ切れたのか、嬉しそうにガッツポーズをしているのを見て俺たちは笑った。

「頑張りな」

「はい!」

「中途半端はやめろよ」

「そっちもね」

 花耶は前に遊んだときと同じように優しく笑った。

 俺は上着を羽織り、「送るか?」と聞くと、花耶は大丈夫だと言った。

「なら、気をつけろよ。ナンパとか」

 俺はニヤニヤと少し馬鹿にするように言い、花耶は「対応方法わかるから大丈夫」と元気に返答した。

 おそらくあれが本来の花耶なのだろう。

「ずっと下手に出てる人は馬鹿にされちゃうんだもんね」

「んなこと言ったっけ?」

「言ってたよ。『汚い手を使え』って。私ちゃんと覚えてるから」

 そういう意味で言ったわけではないが、前に進めるのであれば、まあいいだろう。

 それから花耶はすぐに俺の家を出て自宅に帰っていった。

 玄関まで見送った俺は部屋に戻ると優がお茶を飲んで寝ていた。睡眠薬入りのお茶を飲んだのだろう。

「ばかだな」

 俺は苦笑いをして優の持っていたコップを抜き取り、毛布をかける。優のほうにも睡眠薬を仕掛けておいたのが幸をなしたらしい。

 最近の優はクマが酷かったし、優も眠りたかったのだろう。さっきまで花耶が座っていたソファには優が寝転がり、静かに寝息を立てて幼い顔をしていた。

 誰のせいだ。誰のせいでこうなった。

 桜が満開になり、これから新しい人生が始まる春に1人、たった1人だけ恨み言をつぶやいている人がいた。

「俺のせいじゃない」

「あいつが悪いんだ。なんで俺はこんなところにいるんだ」

 その人はぽつんと1人、ホームレスのように段ボールで作った家に住み、服も何度も使い回していた。まだ刑務所にいたほうがマシだった。

 もう昔のような男の幸せは一生ないのだろう。

「理久と花耶のせいだ。あの天野優斗もだ」

 そう恨み言を吐くが、ホームレスの独り言など誰も拾ってくれることはない。

 おそらく一生その男は貧乏で過去の永劫にしがみつくだろう。


 その様子を空に浮かんだその2人は男の暮らしを淡々と見ていた。だが、フードをかぶっているからか、てるてる坊主のような輪郭しかわからないし、目撃者もいなかった。

「あーあ、言ったこっちゃねえよ」

「悪魔と契約すれば悪魔にメリットがあるように代償をつけるのはわかりきってたはずなのにね」

「それがわかってなかったからあーなったんだろ」

 1人は余裕を持つように軽く笑い、もう1人はいつものように柔らかく笑っていた。

「ま、花耶たちはなんとか巻き込まれなかったらしいし、シノメも仕事出来てるから結果オーライだね」

 もう1人がそう言うと風が吹き、1人はそれを抑え、1人はなにもせずに風を受け入れた。

「バレちゃうよ」

「別にいい。ここは俺が対応した世界だ」

「あっそ」

 フードを押さえた男はつまらなさそうに口をとがらせ、住んでいる人たちを監察した。

 フードから赤い髪と瞳があらわになった。その表情は笑うでもなく、泣くこともない。ただ、あるべき事実を受け入れているだけだった。

「悪いことをしたら罰が下り、良いことをすれば良いことが戻ってくる。ただそれだけだ」

 フードをかぶった人は赤い髪の男を見て、優しく笑った。


【報告書】

・指名手配犯予備軍者でない人の起こした騒動

・人形のように動かすために育てていたのだろうと考えられる。

・今回の事例で派遣課と偵察課、情報係などの協力体制について少し気になる点が出た。

 ・情報共有の点では連絡手段について

 ・刑事課との連携が薄い気がした。

・今まで悪魔は強制的に契約破棄できると考えしまっていた。

 その他の報告は別の紙に記入


責任者 優

記入者 オリバー(赤ずきん)

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