縁 中編
優は赤ずきんが花耶と遊びに行くと聞いて驚きを隠せなかった。
「大変なことになってなきゃいいけど…」
赤ずきんは天界に入ってから自分の持っていた能力の向上を始めた。天界警察は思考を読まないと話ができない人や意味が通らないものもいる。そのもののおかげで赤ずきんの能力が知らないうちにあがっているのを優は感じていた。
「ちゃんと伝えればよかったかなあ」
僕は後悔しながら隣の赤ずきんの部屋のチャイムを押す。だが、いくら待っても起きてこない。ため息をつき、ある考えに達した。
優は待つのが面倒になったのか、ポケットから細い金属道具を取り出し、鍵穴に入れた。そして、すぐに鍵の開く音がした。
細い金属道具を引き抜き、優はなんともないようにそのまま部屋へとあがる。
「死んでる?」
と茶化しながら部屋を見て回る。
布団に横たわる赤ずきんを見つけ、優は何度呆れたため息をついたのだろう。
俺は周りがうるさく感じて起きると優がこちらを仁王立ちで睨んでいた。
「僕の気配すら気づかないで寝るとかバカなの?それともわざと?」
「なんでいんだ…?」
俺は動かない頭で優に聞いた。
「それより、何で起きなかったわけ?玄関押したんだけど」
明らかに話をそらした。俺はなんとなく予想ができ、ため息をついた。
多分ピッキングをして入ってきたんだろう。優なら鍵を開けるぐらい動作もないはずだ。
「傷ついたらどうすんだよ」
「少しだから大丈夫。よく見ないと分かんないよ」
「お前…」
俺は優の行動に呆れた。
「で?僕が頑張ってる間、すやすやと眠っていた君はどうして仕事もせずにねていたのかな?」
「疲れがでたから寝てただけだ。今日はやる」
俺は布団から出ると窓を開け、空気の循環をした。すると、何かおかしいことに気づいた。
うるさい。頭が割れるぐらいの声が聞こえる。しかもなんだか気持ちが悪い。
「寝てろ」
優が俺の様子に異変を感じたのか、窓を閉める。
「僕の心、読める?」
俺は優の心をじっと見つめ、心を読む。
『…める………た……え…い…』
ほんの少しだけ読めた。だが、部分的で意味が分からない。
「その様子だと少し読めたみたいだね」
「なんでだ?なんでいま読めたんだ?」
「赤ずきんの疲労のせいだよ」
「疲労?」
「おそらくね」
優は人差し指をピンと伸ばし、説明する。
「まず、赤ずきんの持っている能力は『思考読解』であり、全ての思考をのぞくことができる。それは全ての思考を持つ生物が対象になる。その際、1人に注目すると思考の奥深く、領域に入る。そこでは動き、思考、呼吸が手に取るようにわかるようになると言われている」
「でも俺はそんなにすごくねぇよ」
「当たり前だよ。赤ずきんは無意識にセーブしている状態なんだから凄いわけないでしょ」
本当のことを言われているだけなのにイラッとする。
「無意識にセーブをしているから多くの訓練を積んだ僕の思考は読めないし、隠している本音も読み取れない。ただ、疲れすぎるとそのセーブする機能が動きづらくなった。だから僕のことが少し読み取れる」
優は自分の胸を人差し指で差し、説明した。
「そのセーブしたのは自分で外すことはできるのか?」
「できると思うよ。ま、赤ずきんには一生かかっても無理だけどね」
「わかんねぇだろ」
「いや、無理だよ。あのクラスでダウンしているようじゃ到底ね」
俺は口をつぐんだ。
「僕も文献を見ただけで本人には会ったことがないけど、その人からすると『何百人の声を聞き、認識している。そして、それをすべて受けるにあたってのみ込まれないように精神を統一させ、流さなければならないのと同時に必要な情報を見つけ出さなければいけない。それがどれだけ大変か、いい例えが見つからないが、おすすめすることはないだろう』と書かれていた」
優が本を朗読するように話した。
「どの文献だ?」
俺も読んでみたい。そう思って優に聞くと、優は軽く言った。
「あと5年ぐらい経たないと読めないよ。あれは禁忌本の扱いだから」
「禁忌本?」
「うん。禁忌本は天警としての意識をきちんと持てる5〜10年以上じゃないと読めないようになってる」
なら早くてあと3年ということになる。俺は気になったが、理由が理由だし仕方がない。今回は諦めて3年後に読むようにしよう。
「仕事、量を減らしてもらうように言ったら?」
「無理だ。ここを終わらせたあとすぐに指名手配犯を捕まえられるようにできることはなんでもしたい」
「仕事バカだね」
「お前も言えねぇだろ」
優は笑っていた。
「それじゃあ、頑張ってね」
「ああ。心配かけて悪かった」
「別にいいよ。ただ、のみ込まれないようにね」
優は真剣に言う。のみ込まれたらどうなるのかも気になるが、のみ込まれてみたいとは思えない。
「わかってる」
そして優は俺の冷蔵庫を漁ってゼリーを俺に投げてから
「ゆっくり休むこと」
と言って部屋を出ていった。
どうせなら優の金で食べたかったと思いつつ、ゼリーを口に含む。冷たくておいしい。
「さて、どうすっかな」
俺は書き途中だった監察の報告書を書きながら考える。
1週間でこんなに疲れていると半月通うことすら難しそうだ。それに面倒事には巻き込まれている気がしてならない。数日行けば慣れるかと思っていたがそうも行かないし、これから10月に入る。
10月になれば文化祭などの行事が入ってくる。
俺はこれからのイベントに思考を巡らせるとため息をついて仕事を始めた。仕事をすれば時間を忘れるし、それ以前に天才に追いつくかも知れない。
翌週は花耶が晴れ晴れとした顔で俺に話しかけてきた。
「私、理久に言われた通り、2人とぶつかってみたら、ある条件を達成できれば一人暮らししてもいいって許可が出たの!」
「よかったな」
「その条件が少し大変なんだけどね」
花耶は苦笑いをして俺を見た。
「演劇で学校1位を取れって言われちゃった」
「演劇?」
「うん。文化祭で演劇を各クラスやるの。同じお代で同じ台本でね」
「理久知らなかったの?」
花耶の友達の未亜がこちらを意外そうに見た。
「これが学校の名物!題して演技力対決!」
そう言って持っていたチラシをバンバンと叩いた。
俺は相槌をうち、大変そうだなと考えていた。
「しかも景品はパリ!一度は行ってみたいよね」
「いいところだし、みんなで行きたいよね」
2人は盛り上がっているのを横目に未亜が持ってきたチラリと内容を読む。開催日時は1ヶ月後。
「年に1回のミスコンとミスターコンもあるし、文化祭って一番盛りだくさんだよね」
「確かに」
花耶は楽しそうに笑う。未亜は考え事をしているようだった。
「昨年は確か花耶が圧倒的差をつけて独占だったっけ」
「うん」
「さっすがー!」
女子が2人でイチャイチャしてる。
俺は居た堪れない気持ちになった。俺の目の前でやるな。周りの目が痛い。
俺が読み取りの制限を緩くするとすぐに花耶の隣に並びたいだの、未亜がうざいだの、余計な思考が入ってくる。
やはり制限を緩くすると気持ち悪くなりそうだ。
それからは文化祭の準備で忙しなく動いた。
文化祭では演劇以外にもクラス内で出し物をするらしく、俺たちのクラスはコンセプトカフェを、シノメのクラスはお化け屋敷に決まった。他のクラスもなにやら力を入れているらしい。
俺は優のいる空き教室にノックをして入る。
「みんなよく頑張るよね。勉強はやらないくせに」
空き教室には生徒の丸付けを着々と進めている優が文句を垂れ流していた。しかも一人一人にコメントを付けるなどという特典付き。
優から帰ってきた俺の100点のテストに1言、『気をつけましょう』と書かれていた。おそらくやり過ぎだと伝えているのだろう。
「で?僕に何か用?」
優は最後のテスト用紙を片付けると俺の方を見た。
「優も着てほしいんだってよ」
そう言って俺が出した紙を見ると優はシノメからお願いされたときと同じく本気で嫌そうな顔をした。
その紙は執事とメイドの服の案だ。双方とも2種ずつ考えられている。
「僕、一応30代設定なんだけど?」
「設定なんだろ?」
「理久が着ればいいじゃん」
「俺も執事の服を着るよ」
「それプラス花耶さんのお相手役」
「言うなよ。俺だってやりたくてやってるんじゃねぇんだから」
俺はその時の状況を思い出してため息をついた。
「俺は監督か小道具がやりたかったんだよ」
花耶の相手役で揉めていた時、俺が元演劇部だから見て判断してやると教室内で言うと女子生徒があれやこれやと俺を相手役に押し上げた。
男子生徒は不満そうだったため、ちゃんとしたオーディションにしたのだが、俺が演じると次々と辞退が増え、ついに残ったのは2人だけになった。にも関わらず、緊張でガチガチに固まった男子生徒はセリフを飛ばし、何かのコントを見ているのではないかと思うほど酷かった。
「理久が一番初めにやるからじゃない?」
「一番にやればあとが楽だろ」
「あとにやる人はプレッシャーすごいけどね」
優は苦笑いをして、紙を俺に返した。
「僕にメリットを作ってまた来な」
そう言い、優は背伸びをした。
俺は首に手を当て、やっぱりそうだよなと思い、一度教室に戻ることにした。
「そうそう。理久の保護者も見に来るからしっかりやりなよ。御曹司の息子サマ」
俺は一度耳を疑った。最初に挨拶をしてすぐに帰っていった派遣課の2人が来るとは思えなかったからだ。
「1回ぐらい行っておかないとおかしいでしょ。家族として当然のこと」
家族なら仕方がないと赤ずきんは思ったのか、何も言わずに納得したように空き教室を出ていった。
赤ずきんが出ていったのを見て優は声を抑えて笑った。派遣課の2人が行くのは本当だが、赤ずきんが家族だからと言う理由で納得したのが面白かったのだろう。優は10分弱は1人で思い出し笑いをしていたのは別の話。
赤ずきんは教室に戻り、優の勧誘に失敗したことやメリットがあれば着てもいいと言っていたことを伝える。男子生徒たちがそれを聞き、どんなメリットがいいか話し合っている間に俺は話している男子生徒の裏方以外の服のサイズを測っていた。
俺はサイズを測り終わり、周りのことを見ながら本当に服が作れるのか不安になった。資金は多いとは言え、人数に比例する時間はない。
それからは驚くほど早く時間が過ぎた。生徒たちの意識が文化祭に向かったことで複雑な考えより楽しみだという思考が増え、気分が悪くなることは極端に減った。
服が出来上がり、文化祭2日前に全員のサイズ合わせをした。そこには優の姿もある。
優の勧誘に失敗したと言った日から男子生徒は優の言うメリットを探し続けたらしい。時にはお菓子、また時にはエロ本など趣味嗜好がバレそうなヤバいやつまで渡そうとしたらしいが、優はそれらを一瞥し、すべて蹴った。
そして最終的にいきついた結論は『優へ直接聞く』という簡潔なことだった。それに俺も巻き込まれ、優のいる空き部屋に行くとすぐにある生徒が
「何がメリットなんですか」
と聞いた。すると優は少し考え、満面の笑みで「土下座」と言うのだから俺たちは一瞬意味がわからなかった。
「君たち、僕の出した課題終わらせてないことあるよね?それから何度も注意したのにやめないこととか」
優は一定の男子生徒をみて言った。
最初からこれが狙いか。生徒の行動を改めさせるため、そして優のストレス発散のために俺たちは付き合わされていたらしい。
俺たちは優を背に話し込む。
「どうする?」
「でも先生がいれば1位は間違いない」
「それに優秀だから俺たちいろんなところ回れるかも」
「しかも飲み込み早いから絶対楽だし楽しい」
そして、結論が出た。
「よし、土下座の1つや2つ、しようじゃないか」
と誰かが言うとその声に賛同するように頷きや声があがり、俺は嫌だという勇気が出なかった。
そして、優の方を向き、ゆっくりと土下座をした。
優は驚いたように呆けた声を出し、困ったように「あー」だの「うー」だの声を出していた。
「頭あげて」
優が土下座をしている俺たちに声をかけた。優の方を見ると困ったように眉を下げ、髪をかいたのか、頭が天警のときのようにぼさっとしていた。
「参加するよ。それでいい?」
優はため息と一緒にそう言うと俺たちは飛び上がってハイタッチをした。
「よっしゃー!」
「これで俺たちが報われる!」
「エロ本とか出す意味なかった!」
などと好き勝手に喜んでいる。俺もその1人となっていた。
それから俺たちは落ち着くとすぐに教室に向かった。服や料理などを考え、製作している女子生徒と男子生徒たちに伝えるためだ。
「頑固すぎんだろ」
俺が走りながらそう笑って言うと他の男子生徒もすごい勢いで同意し、再び笑いがおきた。
それからクラスの人たちにクラスで1番声が大きい東雲が報告するとクラス中から驚きや称賛、笑いが起きた。担任すら驚いていたのだから、その日は大騒ぎだった。
次の日からは俺たちの服そっちのけで優の執事服の製作に取りかかっていた。どうやら優の執事服を見たかった人が多いらしい。
優は教室の真ん中で面倒そうにあくびをしながら黙って静かにサイズを測られていた。途中、女子生徒が細いだの硬いだの背が高いだの声をあげるから男子生徒がその度に優の方向を見て羨ましげに見ていたのは俺にとって見ものだった。
「結構文化祭って感じがするな」
俺は壁に寄りかかりながらクラスの装飾に使う小道具を作りながら言う。
「そりゃあ年に1回の文化祭だからね」
シノメが教室の廊下についている窓に座っていた。
「そっちはおばけだっけ?」
「うん。こっちも先生たち引き入れてすごいよ。去年より熱が入ってる」
「去年?留年してんのか?」
「なわけあるか。この学年と私の人生は進んでいくんだよ」
シノメが廊下側の窓に見える青空を眩しそうに見ていた。なんだかそれが子を見守る母のように見えた。
「さて、それじゃまたね」
「ああ」
シノメは手を振って自分の教室へと戻っていった。
俺はその日の夜、文化祭の予定について伝えるため、派遣課の2人に電話をした。
「もしもし、刑事課の赤ずきんです」
携帯から男性の低い声が聞こえる。
「赤ずきんってことは息子だね」
「はい」
「いやあ…、息子ができるのって慣れなくてさ、いじめられてない?大丈夫?」
男性は心配そうに聞く。
「大丈夫っすけど、それより」
「あ、そうだ!陽菜にも挨拶してもらわないと」
「いや、違っ…」
説明する間もなく男性は電話から耳を離し、陽菜を呼んでいる。
「謙治、赤ずきんは何か聞きに電話をしてきたはずだよ。なんで一方的に話すわけ?」
「そうなの?」
謙治は俺に聞いた。
「本当に文化祭くるんですか?」
「行く予定だよ」
「すっごく楽しみだよねー」
陽菜と謙治はなんともないように言うが、俺にとっては憂鬱でもある。
「でもどうして?なにかあったの?」
陽菜は心配そうに聞いた。
「いえ、見せるものでもないと思っていたので少し驚いただけです。忙しそうでしたし」
「忙しいけど、流石にそろそろ顔出さないと不思議に思われちゃうから、申し訳ないけど文化祭は利用させてもらうよ」
「結構楽しみだけどなあ」
文化祭を陽菜は天警として、利用するといい、謙治は1人の人間として楽しみだと言う。同じ場所で働いて夫婦として暮らしているのにこんな真反対なこともあるんだなと俺は驚きつつ、文化祭でやることや時間などを簡単に説明して電話を切った。
電話を切ると赤ずきんは布団に転がった。
「昔は弟と妹が俺の劇を見てすごいって言って褒めてくれたんだけどな」
赤ずきんはここにいるはずもない家族のことを思い出した。
赤ずきんは6人家族の長男だった。俺より4つ下の妹が1人と3つ下と7つ下の弟が1人ずついた。妹は騒がしく、3つ下の弟とよく母に叱られていた。一番下の弟は細かい作業が好きで父とよく機械を分解しては組み立てていた。両親は仲がよく、どれだけたくさん喧嘩はすれど、俺たちは離婚の心配など全くしていなかった。2人は今も仲良く暮らしているだろう。
俺が保育士になったのも父の影響があった。父はなぜか保育士をしていた。母は教師でよく勉強を見てくれた。その2人の背中を見ていれば必然と俺も人と関わり、教える職に就こうと考えるのは簡単だった。
中学、高校は演劇と弟と妹たちに勉強を教えることに時間を費やした。演劇では主役とは言わずとも重要な役をいくつもやった。そのおかげか教えるのは人より上手いし、演劇もある程度はできる。高校生になると妹がマジックをやりたいといい始め、習得の数や時間を競うように弟や妹たちと覚えた。意外にも3つ下の弟が誰よりも早く、上手だった。
大学に入れば免許や資格の取得に勢を出した。手話や点字はもちろん、英語検定や日本語検定にも手を出した。
そして就職先が決まり、順調に仕事をし、一番下の弟が就職をそろそろ決めないといけないなと考え始めた時期、俺は死んだ。
仕事の帰り、道路に飛び出た猫を助けようとした女の子が車にひかれそうになったところを俺は庇い、女の子と猫と一緒に吹っ飛ばされた。幸いなことに女の子と猫は無事だったが、俺は地面に頭をぶつけたのが致命傷となり、死亡したらしい。
「会いたい」
俺は誰にも聞こえない声量で呟いた。
一目でいいから、大切な人が住んでいる光景を見たい。もう俺のことはみんな忘れてしまったのだろうか。それとも俺を忘れられず、そのうえで元気に笑えているのだろうか。
俺は疲れた。
もうずっと人の気持ちを読んでいる。天警では読み取れない人や読めても人間らしい汚い部分が極端に少なかった。だから俺はあの場所で仕事ができたのだと悟った。保育士も仕事中は子どもたちのことで精一杯になっているし子どもたちも素直でわかりやすかった。
潜入して1ヶ月でホームシックならぬワークシックになってしまった。
赤ずきんは乾いたような笑みを作った。そして反動をつけて体を起こすと顔を洗った。
とりあえず手を出した仕事だから今年度はここで仕事をすることを頭に入れる。途中であきらめるのは俺の性に合わないし、信用されない。
どうせ寝れないし、仕事と劇に力を入れて眠くなったら寝ようと決心した。
そして文化祭の1週間前、劇の小道具や大道具などを借り、一度体育館を利用して本番のように通してみようと言うことになった。
そこで衣装は着れないが、本番のように動いた。見返せるように動画も回してもらい、改善点を見つけることにも注目した。
花耶はプロさながらに劇中涙を見せ、時には苦しそうに顔をしかめたり、笑ったりしていた。動きはほとんどプロに近かった。
俺も全力で演じ、ほとんどの人がこれなら1位間違いないと考えていた。優と花耶、俺を除いて。
優が花耶に台本を貸してもらうように声をかけ、優が細かくどんなところが悪かったか、どういうふうにやりたいかなど質問をしているのを聞きながら、俺は動画を見直す。
試行錯誤を続け、文化祭2日前になった。
優を主要とした執事組はサイズを測ったおかげでぴったりだった。女子生徒たちもメイド服のサイズが合っているようで衣類の作成をした人たちはホッとしていた。
「にしてもよくこんなの作れたね」
優は感心するように言うと周りもそれに賛同し、作成者たちを褒め称えた。
「ほんとにギリギリだったけどね」
作成者たちは照れ恥ずかしそうに笑っている。
「優斗先生頑張ってください。目指せ20万円!」
委員長がこぶしを上にあげて優に言い、周りも活気づく。優は面倒そうに笑っている。
「パリも目指そうぜ!」
「そればかりは花耶ちゃんと理久次第だな」
「プレッシャーかけんなよ」
「そうだよ!今から緊張してるのに!」
俺は笑いながら、花耶は少し顔を膨らませ、言った。
そしてついに文化祭当日。
俺がいつものように朝食を食べていると誰か来たようだった。
俺は誰が来たのか確認し、玄関を開ける。
「どうしました?」
「久しぶりだね」
家の前に謙治がしっかりとした親のような格好をしていた。傍には陽菜もいる。
「ごめんね、急に押しかけて」
「いや別に」
俺は首を振り、2人を部屋に上げる。
「まだ時間ある?」
俺は時計を見ながら計算する。開始が10時で集合が8時だからあと1時間は時間がある。
「30分でいいなら」
「ありがとう」
「赤ずきんってこんなにいい食事してるの?」
謙治が俺の食べかけの朝食を見て驚いていた。今日はいつもより簡単な料理だし、驚かれる必要はないと思うが、2人は忙しすぎて食べることができないのだろうと赤ずきんは納得する。
「それでなんの用ですか?」
俺はご飯を目の前で食べ、謙治の恨めしそうな顔を見ながら本題に入るよう促す。
「私たちへの敬語をやめて家族みたいに接して欲しいってことと、花耶ちゃんの情報を渡そうと思って」
「花耶の?」
「うん。欲しかったんでしょ?」
「あのおじさんと話すの苦手」
謙治はしょんぼりとそう言いながら持っていたバッグから書類を取り出した。
「日野隼人。25ページ」
俺は渡された書類を受け取り、そのページを流し見る。
「悪魔と契約履歴あり。そして悪行高い。指名手配犯予備軍よりだと判明した」
「しかもその人だけじゃなくてその会社全体がそうだっんだよね」
「その中には予備軍もいた」
嘘だろ。俺は指名手配犯予備軍にはできれば会いたくない。死者ではないから逮捕ができないし、自覚のある悪人が1番たちが悪い。
「だから少し花耶ちゃんの父親は注意したほうがいい」
「ちなみにお母さんは普通の人だったよ」
2人がそう言って立ち上がった。そろそろ帰るらしい。
「それじゃあ、今日の文化祭楽しみにしてるよ」
「頼んだよ、息子」
謙治がワクワクし、陽菜が心の底から信頼しているような声色だった。
「任せろ。父さん、母さん」
2人は目を丸くして笑い、部屋をあとにした。
俺は2人を見送るとすぐに食べ終わった食器を片付け、台本を読み返す。クラスの出し物は裏方だから特に準備はない。だか、問題は劇だ。他のクラスの劇がどれだけかわからないが、素人ではないだろう。
俺はハプニングの可能性を考え、様々なパターンを用意する。
学校に向かうとすでにほとんどの人が集まっていた。
「お、今日の主役が来たぞ」
「頑張れよ」
「ラブシーンやりたかったなあ」
などと好き勝手に言う。
今回の演劇は『人魚姫』だった。驚いたのはヒロインが泡にならないで王子と仲良く暮らす、という物語だったことだ。俺は人魚姫といえば最後は泡になって消えるものだと思っていた。しかも各クラスで同じ衣装、同じセットを使うという実力を見るための演劇だった。
文化祭の最終確認を行い、委員長が大きな声で
「楽しもう!」
と言い、全員で返事をした。
文化祭が始まり、出だしは最悪だった。
「全部お化け屋敷と喫茶店に流れていっちゃう…」
委員長ががっかりしたような声で電卓をたたいている。俺は今まで来た人数を数えると2時間でたったの16人。
「こっちには優斗先生と花耶ちゃんがいるのに!」
未亜がメイド服で地団駄を踏む。
「じゃあ、僕集めてくるよ」
「俺も」
「私も行こうかな」
と深澤を中心とした数人が校内を回って収集してくることになった。
深澤が教室を出ようとした時、陽菜と謙治と目が合った。
「見つけた!」
謙治は嬉しそうに教室に入ってくる。
「ごめんね、迷子になって遅れちゃった」
「陽菜ってば方向音痴なのに先導するから、どこに連れてかれるのかひやひやした」
相談するために表に出ていた俺に泣きそうな顔をしてしがみつく。
俺はため息をつく。優が端で肩を震わせて笑っているのが横目で見える。
「天野先生、この人たちの案内、お願いします」
俺が優に向けて全力の笑顔と一緒に謙治を押し付ける。
「はーい」
優は笑いながら返事をし、陽菜と少し会話をしてから席に案内し、注文を取ってきた。
「ねえ、あの2人理久くんの知り合い?」
同じ裏方の男子生徒が小声で聞いてきたので俺は面倒そうに声を低くして言う。
「俺の両親」
男子生徒は驚いたのか、皿を落としかける。
「俺だって両親ぐらいいる」
「いや、そういうのじゃなくて、理久くんのご両親すごく若そうだから」
「若作りじゃね?」
俺が軽く笑いながら言うと
「理久、何か言った?」
と声の低い陽菜の声がした。流石に若作りは怒られるらしい。
「なんでもねぇよ。2人とも若く見えるってよ」
俺は急いで誤魔化し、難を逃れた。
それからは深澤たちの収集のおかげで売り上げを伸ばして行き、待ち時間こそないものの席が全て埋まるぐらいは繁盛した。
先生たちは年配の女性方に、生徒たちは他校の生徒に人気があるらしい。その中でも優と花耶は異様にモテていたようだった。
「演劇開始1時間前となりました。1部の出演者は体育館に集合してください」
放送でそう声がかかり、俺たちは抜ける。抜けると裏方も表にいる人も半分ほど減ってしまうため、この時間から座席数も半分にして対応する。
出演者は服装をそのままに体育館へ向かう。
体育館に着くと誰が見ても美人やイケメンだと確信するような顔の整った人たちがたくさんいた。
「うわ…イケメン」
人魚姫の姉役の未亜が引くように言う。人数を数えるとざっと100人以上はいる。
「にしてもこんなにいんのか」
「1クラス20人ずつで3クラスずつあるからな」
執事役の深澤が説明を始める。
「3年生から学年順にやり、どれが1番よかったか審査員に決めてもらうんだ。毎回力が入っててスカウトされたやつもいるらしい。俺はやりたいと思わないけどな。だから主役が1番人気が高いんだよ。2部の1年生は明日やる」
演劇の主役がやりたいと立候補したやつはそれも狙っていたから多かったのかと腑に落ちた。
演劇は60分。
内容は人魚姫が王子を助けるところから始まり、王子に会いたい一心で魔女に声と代わりに人間の足をもらった人魚姫が王子に会いに行くが、王子は人魚姫の声しか覚えていない。そして魔女が人魚姫の声を使って王子と国を我が物にしようと企む。魔女は王子を助けた人魚姫だと偽る。王子は声色が少し違うことが気になりながらも、船の上で式をあげる。そして人魚姫は涙をため、王子へ別れも告げずに船の上から身の投げ出そうとしたとき、人魚姫の姉たちが魔女の嫌いな鏡を人魚姫に渡し、正体を暴こうとする。魔女は自分の姿を鏡で見ると、一気に声がかわり、王子は困惑する。魔女は人魚姫の足を元に戻して逃げようとする。王子は魔女に話を聞こうと駆け寄るが、魔女は人魚姫を連れて海の中へ潜ろうと人魚姫に近づく。人魚姫は魔女から逃げるように動くが、足が人間の足ではない分、動きが遅く、捕まりそうになる。王子が人魚姫をとっさに海の中へ放ると王子は魔女の方へ走っていき、質問をする。魔女は完全な悪意で国家転覆を図っていると知り、王子は魔女を倒す。魔女が持っていた声が人魚姫に戻り、人魚姫は王子を何度も呼ぶ。王子はその声の主を探すように周りを彷徨わせ、人魚姫を見つける。そして最後は人魚姫の両親が人魚姫に足を与え、2人が人間の姿で式をあげ、幸せに暮らす、という内容らしい。
この台本を見た時、俺はこれを1時間、各クラス演劇をするのは大変だと思った。
「2部制より3部制の方がいい気がするけどな」
「月曜日は休みじゃないからね」
と話していればようやく全員集まったらしい。実行委員から説明が始まった。
その説明は衣装やセット、動きなどに関するものだった。他に重要な内容はなく、まずは3年生の1番目と2番目から裏方へ進んでいった。
「私たち2年の2番目だって」
花耶がくじを引き、結果を俺たちに報告すると周りからはホッとした雰囲気がする。
くじ引きが終わると俺たちは劇のセッティングや動き(舞台からの捌け方など)の確認をして1時間が経った。
3年生の1番目と2番目の出演者以外は観客席で次の番を待つことになっている。
演者専用の椅子に座り、演劇の見え方を確認したり、お客さんの数をざっと計算したりしていると来賓者が校長に案内されて来た。
来賓者は全員で10人。男女5人ずつで見た目が監督っぽい人から教師のように見える人まで様々な人がいた。
「なあ、あれって誰だ?」
隣にいた花耶に聞くと知らないのかと驚かれ、説明を受けた。
花耶の話だと来賓者は全員演劇関係の人たちで監督や講師、演者まで見に来ているのだと言う。そして誰が良かったかを判断するのがその人たちらしい。
説明を聞き終わりと同時に開場のベルがなった。
注意事項の説明から入り、幕が上がった。
最初は3年1組だった。流石3年生というほど演劇に力が入り、動きや感情が上手だった、
次の3年3組はそのままの演劇というよりアドリブを中心とした演劇を行い、観客の笑いを誘っていた。
3番目の3年2組は1組と同様に感情の動きがこちらまで伝わってくるようだった。
2年1組の演劇は準備や着替えで見れなかったが、所々観客からの笑いが聞こえるため、3年3組と同じように悲しい演劇ではなく、面白い演劇を重視したのだろう。
2年1組が終わると幕が下り、セットが元に戻される。
その間に衣装に着替えるのだが、演劇部が総出で協力しているらしく、担当がシノメだった。なぜか優も後ろにいる。
シノメは俺が着替え終わると手早く俺の髪をセットし、形を整えた。
「じゃあ頑張って」
シノメが俺の背中を押し、俺は舞台へ進む。
「執事、行くぞ」
俺は深澤に声をかけ、舞台に上がる。深澤は真剣な顔つきで頷き、俺の後ろをついてきた。
準備ができると合図を送り、幕を上げてもらう。
「嵐だ!急いで中へ」
王子役の赤ずきんは怒りを表し、周りの客へ言う。
「中は安全だ!危ないから早く!」
赤ずきんは全員が舞台袖に入ったのを確認し、赤ずきんも中に入ろうと急ぐ演技をする。だが、舞台が急に上に上がり、赤ずきんは驚いてしゃがみ込む。
そして海の世界へと場面が変わり、人魚姫が出てくる。人魚姫役、花耶は赤ずきんを見つけると急いで岸まで泳ぐふりをした。
そして岸にたどり着くと花耶は歌い、人を呼ぶ。
そうして助け出された王子は人魚姫を探すようになった。
そして演劇は進み、魔女と王子が倒すシーンが終わり、赤ずきんは人魚姫を探していた。
「そこにいたのか」
赤ずきんはホッとしたように船の模型から下を覗く。
「貴方様が助けてくださったのでこうやって生きております」
「そうか、よかった」
「貴方様は驚かないのですか。私が人魚だと知っても」
花耶は言葉を途中で区切り、涙を流した。
「貴方は俺を助けてくれた。しかも俺に会いに声と足を交換までして」
赤ずきんは海の境界線ギリギリまで近づき、花耶を手招きした。
「綺麗だ。俺は貴方の声が、優しさが好きだ」
赤ずきんは花耶の顔にかかった髪を耳にかけ、愛おしそうに笑うと花耶は声が詰まり、無言になってしまった。
「照れているのか。本当に愛らしい」
赤ずきんはアドリブで花耶の話せるタイミングを計る。花耶は目に涙を溜めてこちらを見ている。
「人魚でも、愛してくれますか?」
「もちろん。俺が惚れたのは貴方自身だ」
それを見ていた人魚姫の姉役、未亜が人魚姫の両親役の委員長と東雲を連れてくる。
「あなた」
「そうだな」
2人がそう言うと人魚姫を赤ずきんの隣に行くように促し、魔法をかけた。花耶は急いで足を出す。
「いつでも帰ってくるといい。その時は君も一緒に」
「私たちのこと、覚えていてね」
そう言い、舞台袖に戻る。
「貴方様のお側にいても良いのでしょうか」
「ああ、来てくれ」
花耶は赤ずきんを抱きしめた。赤ずきんはアドリブに戸惑ったが、すぐに演劇のセリフを言い直す。
「俺の側にいてくれ」
「はい」
花耶と赤ずきんは抱き合ったまま幕が下りた。
赤ずきんは花耶に声をかける。
「終わったな」
「うん」
「ほら、次があるから早く戻るぞ」
花耶が抱きついたのを離れるまで待ち、2人が舞台袖に戻る。
「よかったよ!」
みんなが俺達を褒め称え、何やらむず痒い。
「にしても皆よくあそこまで仕上げたね」
担任が驚いたというように前回より何倍も良かったと褒めてくれた。
髪形はそのままにし、衣装を着替える。
全員が着替え終わると3組がクライマックスだった。
「もう貴方なしでは生きられない。お願いです。姿を見せてください」
王子が観客側の海に向かって叫んだ。すると、それを合図のように人魚姫が観客の中から出てくる。どうやら観客一体型で演じているらしい。
そして本日最後の演劇が終わり、俺たちは一度クラスに戻り明日の準備をして帰宅することになった。
「にしても私までうるってしちゃった。流石花耶。何でもできるね」
1人の女子生徒がそういうのをきっかけに周りは花耶の才能を褒め称えた。
「才能だけじゃあんなうまく行かねぇよ」
俺は褒めている生徒たちに向かって貶すように言う。
「でもほとんどの人はあんなきれいに出来ないし、やっぱり才能じゃない?」
1人がバカにするように言う。俺はそれが苛ついた。
「才能だけで飯は食えねぇ。どれだけ才能があってもそれに見合う努力をしなきゃ人前でなんか見せられねぇよ」
「なになに?庇うってことは花耶のことやっぱり好きなの?」
深澤がニヤニヤしながら聞いてくる。
「友達庇って何が悪いんだよ。あんまバカにしてっと痛い目見るぞ」
俺が優のようにニコリと笑うと周りが静かになった。よほど怖かったらしい。俺は鼻で笑い、教室を出る。
明日の準備はだいたい終わってるし、先に帰っても問題ないだろう。
校舎を出ると陽菜の謙治の2人がいた。
「おかえり」
「なんでいんだ?」
陽菜がふわりと優しく笑い、謙治は元気に俺に向かって手を振る。
「今日は一緒に食べに行こうか」
「頑張ってたからね」
謙治と陽菜は笑っているが、俺は疑問しか持っていない。久しぶりに天警で行うように思考を読んでみる。
謙治はお腹が減ったことや演劇が凄かったことを考え、陽菜は奮発して一番美味しいところをリストアップしていった。
「ほら、行くよ」
謙治が俺を手を引き、3人でご飯を食べに行った。
なにか報告があるのかと思ったが、そんなことはなく本当に労うためだけに俺のことを待っていたらしい。
赤ずきんはカニを食べながら、謙治と陽菜の話を楽しく聞いていた。
ご飯が終わると赤ずきんの家まで送ってもらい、部屋へ入る。
そして風呂に入り、少し仕事をして疲れを取るために寝た。
次の日は俺たち裏方も忙しく、裏を走り回った。口コミで広がったのか売り上げは1日目より増えた。
俺は午後からミスコンやミスターコンでいなくなる人たちのフォローとして表で接客をすることになっていた。執事服を着て接客をしながら裏で料理を作り、運んだ。
「にしても出なくてよかったの?」
同じく裏方から表に出て接客をしていた男子生徒は声をかけた。
「出てどうすんだよ」
「モテてそうじゃない?」
「モテてねぇよ」
「ほら2人ともお客さん案内してきて」
メイドを着た女子生徒が俺たちに押され、客を席へ案内し、注文を取る。
「天宮理久さん、至急グラウンドに来てください」
と放送がきた。
「理久なんかやったの?」
「何かの部品壊したか?」
「んなことやってねぇよ。とりあえずあと頼むわ」
「はいはーい」
「早く戻って来いよ」
生徒に返事をし、何をやったか頭の中で考えながらグラウンドへ向かう。
グラウンドに行くととちょうどミスコンがやっていた。特設ステージの上に女子生徒が数人おり、全員綺麗な容姿をしている。
「あ、きたきた」
「よかった!」
「立候補してるのにいないなんてほんとありえない」
実行委員の人たちが俺を見ると集まってくる。
どうやら俺はミスターコンに立候補していたらしい。俺はした覚えがない。勝手に俺の名前で立候補した奴がいるはずだと視線を彷徨わせる。
するとシノメと目が合った。シノメは腰に手を当て、親指を立てた。
犯人はシノメらしい。なぜかわからないが、どうせ面白そうだったからだろう。
俺はあれよあれよと女子生徒が捌けたステージに上がり、ミスターコンが始まった。
結果は言わなくてもわかるだろう。大体人から推薦されたやつの相場は決まっている。それと同じく昨日の演劇が効いたのか、それとも執事服が良かったのか1位になった。
「なんで俺が1位なんだ?」
俺は順位が発表され、感想を言うために近づいた生徒のマイクに小声で愚痴を言ったのが拾われたらしく、2位、3位からブーイングがきた。
俺は急いで言い訳をして難を逃れた。
1位の人は着替えてお披露目するらしく、衣装部屋に連れて行かれた。
「なんでまたお前がいんだよ」
「私、演劇部と実行委員やってるから」
そう俺に向かってピースをして言った。そばには執事服が妙に似合っている優もいる。
「今日もそれなんだな」
「みんなが着てほしいって言うからね。それより優勝おめでとう。執事兼王子様」
「最悪だ」
優がいつも以上に面倒になるのが目に見えて俺はため息をついた。
シノメが取り出した服を見た瞬間逃げ出したくなった。演劇で着たような王子様の服をシノメは持っていた。
「これ着て。早く」
そう言われ、俺はとりあえず着た。
「なんで俺が…」
俺が眉をひそめて嫌がっているのを見て、優は頬を膨らませて笑いを止めているが、今にも吹き出しそうだった。
「似合ってる。流石イケメン」
そうシノメが綺麗な笑顔で言うと優が我慢できないとばかりに吹き出して大声で腹を抱えて笑い始めた。
「イケ…メン…」
そう途切れ途切れに優はシノメが言った言葉を反復する。どうやら笑いすぎて言葉すら出ないらしい。
今すぐ蹴り飛ばしたい衝動に駆られる。さて、どうしたものか。さすがに優が来ている服も生徒が一生懸命作った服なので蹴りづらい。
「優がやればよかったじゃねぇか」
「僕そういうの無理」
さっきまで腹を抱えて笑っていたのにスパッと真剣そうな顔をして断った。オンとオフの差が激しい。
俺が着替えている間、優から花耶の両親が見に来ていると聞いた。演劇の結果を見に来たのだろう。しかし演劇の結果が出るのは夕方だ。今はまだ昼間だから親として見に来ているのだろう。
「ヘマしないでよ」
いつものようににやりと笑いながらこちらに言う。そういう時は大体大変なことが起きる。
陽菜たちに渡された書類が頭によぎり、俺はため息をついた。そして対応できるものであることを願った。
「では、優勝者に登壇していただきましょう!」
と声がかかり、俺はステージに上がる。それから1言ずつ感想を言い、ミスターコンとミスコンは終了した。
のだが、俺は他校の女子生徒に捕まった。
俺は助けを求めるように視線を優に向けるが全くと言っていいほど助けてくれない。
「天野先生」
俺は青筋を立てながら優の方へと向かう。
女子生徒は悲しそうな顔をしたが内心はイケメンの彼氏が欲しいで埋め尽くされているのを知っている。
「俺聞きたいことがあったんですよ。向こうで聞いてもいいですか?」
俺はニヤニヤしている優を引きずるようにいつもの空き教室に入る。
「俺の服」
優がバッグを渡した。中は俺の制服が入っていた。執事服も制服の下にあったが、見ないふりをして別の部屋で着替える。
着替え終わった俺を見て優は
「人気者だったね」
と茶化すようにいうが、いつもより声が低い。
「なにかいたか?」
「予備軍だから気にしないでいいよ。癖で観察してるだけだから」
「そうか」
「あ、すった」
優が窓を見ながらポツリと言った。優の視線の先には1人の男がいた。一見何ともない人だが、行動や目線が怪しい。心を読むと財布をすったらしい。
「赤ずきん、あいつ捕まえろ」
「りょーかい」
俺は窓を飛び越え、男の方に走って向かう。男は俺に気づいたのか急いで逃げようとするが、遅い。
俺は男を捕まえると財布を取り出す。
「これ、誰のだ?」
俺が男に乗りながら聞くと男は震えた声で盗んだことを白状した。
「誰から?」
誰から盗んだものかを聞くが、混乱しているのか要領を得ない。俺は男の上から退き、警察に行くよう促して返した。覚えていないならしょうがない。落とし物だと言って放送してもらうことにした。
それから赤ずきんは財布を拾ったと言い、放送してもらった。文化祭の出し物をプラプラとまわり、クラスへ戻った。クラスでは男女1人ずつが出入り口におり、中では優が1人で接客し、残りの生徒が裏で素早く料理を作っていた。
やはりこれが効率が一番いいのだろう。
俺は裏にまわり、料理を手伝う。
そんなことをしていると文化祭終了時間になった。
そして一度体育館へ集まるよう集合がかかった。
体育館に集まると演劇部門、出し物部門の優秀クラスが発表された。
演劇部門では1位となり、出し物部門では3位となった。そして演劇部門の最優秀者は俺で2位は3年の魔女役の女子生徒、3位が花耶だった。
花耶は涙をこらえているようにも笑っているようにも見えなかった。
文化祭閉会式が終わり、クラスに戻ると各々惜しかったや楽しかったなどの声が聞こえた。
「花耶」
芯の通った男声が聞こえた。クラスの入り口に見たことない男性が立っている。
「お父さん」
花耶がつぶやき、顔を下げた。
「お前の実力はそれまでだ。今後一切一人暮らしがしたいなどと言うな」
「はい」
花耶がか細く返事をし、お父さんと呼ばれた男性が帰っていった。
俺はあいつが日野隼人で予備軍のなりかけかと考えていた。
男性が帰って言ってからも数分はぎこちなかった。花耶の声色や見たことのない哀しみに誰も対応できなかったのだろう。




