縁 前編
「なんで俺が…」
俺が眉をひそめて嫌がっているのを見て、優は頬を膨らませて笑いを止めているが、今にも吹き出しそうだった。
「似合ってる。流石イケメン」
そうシノメが綺麗な笑顔で言うと優が我慢できないとばかりに吹き出して大声で腹を抱えて笑い始めた。
「イケ…メン…」
そう途切れ途切れに優はシノメが言った言葉を反復する。どうやら笑いすぎて言葉すら出ないらしい。
今すぐ蹴り飛ばしたい衝動に駆られる。さて、どうしたものか。さすがに優が来ている服も借り物の服なので蹴りづらい。
「優がやればよかったじゃねぇか」
「僕そういうの無理」
さっきまで腹を抱えて笑っていたのにスパッと真剣そうな顔をして断った。オンとオフがの差が激しい。
「ヘマしないでよ」
いつものようににやりと笑いながらこちらに言う。そういう時は大体大変なことが起きる。
俺はため息をつき、対応できるものであることを願った。
事の始まりは偵察課のシノメが持ってきた案件が始まりだった。
刑事課の扉が開き、
「優ちゃんいる?」
間延びした声が刑事課に響いた。
「あれ?シノちゃんどうしたの?」
「いやー、面倒な案件が来てさ。手伝ってくれない?」
優は首を傾げた。
シノちゃんと言われた人は中学生ように見える。身長も小さく、見た目も髪型はショートカットでピン留めに吊り革のバッチがついている。ランドセルを背負ったら小学6年生にも見えそうだ。
でもなんで吊り革なんだろう。
「シノちゃんの担当って32番だよね?」
「うん」
「特に何も僕たちの扱いはないけど」
「そうなんだけどさ、ほら、私華麗な女性でしょ?」
そう言いながら膝丈のスカートを持ち、ゆっくりと動かした。動きは女性に見えるが、見た目があいまって大人びた少女に見える。
「でさ、潜入場所で男子の格好しないといけなくて」
「…」
それを聞いて優の表情と目が死んだ。
「男子なら男子の方がいいんじゃないかと思って、知り合いに声かけまくってるんだけど、なんかみんな引き受けてくれなくて」
「僕も嫌だよ」
「なんで?」
「逆になんで?」
その後も優は絶対に嫌だと譲らなかった。
俺はまた巻き込まれるような勘がしてシノちゃんと呼ばれた女性の担当世界を調べてみることにした。
シノちゃんは、またの名をシノメと言うらしい。
シノメの担当する世界は全体的に普通とは違うらしく、おとぎ話に似ているらしい。うまく行けばハッピーエンドで終わり、下手すると自分も巻き込まれかねない面倒な場所だということもシノメに強引に連れて行かれた人の報告書には書かれていた。
俺はどんなおとぎ話があったか記憶を思い出す。
確か浦島太郎とか、桃太郎。それから俺のあだ名でもある赤ずきんもあったな。
そんな事を考えながら32番の資料を見ていると
「んじゃ、君でいいや」
代替としてシノメは俺を指差した。
「いいんじゃない?」
優がさっきまでの死んだ顔からいつものような元気な表情に戻った。
「だと思ったけどよ」
俺は苦笑いをしながら、シノメの話を聞くことにした。俺たちの担当世界は比較的平和だし、最近は特に大きな事件もない。監察もある程度終わっているし、他の部署の仕事をするのもいいかも知れない。そう思っていた。
まずは鍛冶屋に向かい、バッチをネックレスに変えてもらう。潜入や偵察、長期の仕事をする時は何かあってもバレたり、盗まれたりしないように肌身離さない場所に着けるよう変更することを上は推奨しているらしい。
俺はバイクを赤い宝石のついたネックレスに変え、首につけた。
「それじゃあ、向かおっか!」
シノメの1言で俺と優は32番世界に入った。
世界に着くと、すぐにシノメが自宅へ案内した。
自宅に着くとすぐにシノメがクローゼットの中から服を取り出した。
「これを着てもらうね」
それは高校の制服だった。後ろのクローゼットには色々なサイズの同じ制服がぶら下がっている。
「ちょ、まっ…」
俺は後退りをしながらシノメから逃げる算段を考えた。
優は目を閉じ、手を合わせて拝んでいたと思ったらすぐに俺を捕まえ、シノメの方へ押し出した。
「それじゃ、お着替え頑張って」
優の明るく、楽しそうな声が聞こえる。
「早く」
「俺、一応28歳で死んで、成人してて…」
俺の徐々に小さくなる声は2人には聞こえていないのか、無視しているのか制服を持ったシノメが近づいてくる。
「大丈夫。童顔よりだし」
んなこと言われたことねぇ、なんて反論が出かかった。
「ほら、着替えて」
それからは驚くほどの早業で俺は制服と一緒に別の部屋へ連れて行かれた。シノメの家に連れ込まれて10分後には俺は別の部屋で久しぶり、というか何十年ぶりに制服を着ていた。学生服ではなく、ブレザーであったことが唯一の救いだった。俺は中高と両方、ブレザーだったため、学生服は着たことがなかったからだ。
「最悪だ。ぜってー、笑われる…」
俺は鏡の前で自分の姿を見ながらリビングで待っている2人のところへ向かった。
「着たぞ」
そう言いながらリビングに入ると、一瞬静寂が走った。
そして、優の大きな笑い声が響いたと思ったらすぐにシノメが手で押さえた。
「似合ってる」
そう言いながらグッドサインをだしている。
かと思ったらすぐにシノメが優に抑え込まれていた。優は焦っているような楽しんでいるような顔をして抑えたシノメを見ていた。さすが優。早業だ。
「ちょっと、シノちゃん。口押さえないでよ」
「…取られた」
「僕の一本」
優はにやりと笑い、シノメを解放した。
シノメは次はこれだというふうにドヤ顔しながらこちらに髪染めの染料を持ってきた。
俺は顔を引きつらせながら後退りをするが、今度は目をつぶったせいで気がつくと、髪が黒くなっていた。おそらくシノメの得意技なのだろう。
シノメがこれを毎回やるとみんな嫌がると思っている。そりゃ、理由もなく染められたら嫌だろう。
「俺の髪も黒に染まっちまったし…」
俺は赤から黒に染まった自分の髪を触る。なんだか寂しいものだ。
「まあまあ、目は赤くてもいいから」
「当たり前だ!」
それをのんびりと見ていた優が聞いた。
「それで、僕は何すればいいの?」
「優は先生になってもらう」
シノメが間髪入れずに言う。
「は?」
優の表情はきょとんを通り越して呆れているように見える。俺は優が先生の格好をして授業をしているところを考えると面白くて笑えてきた。
「赤ずきん」
優の硬い声が聞こえる。硬い声の時は大体いらついているときだった。
俺は急いで笑いをとめるが、シノメが取り出したスーツを見て優にが着ているのを考えると駄目だった。
「とりあえず僕は着ないからね!」
優は絶対に着ないと赤ちゃんのように駄々をこねている。
その様子を見たシノメはボソリと
「コーヒー」
と言う。すると不思議なことに優がすぐに駄々をこねるのをやめた。
「コーヒー、ブラック」
シノメが言葉を紡いでいくとどんどん優の顔が歪んでいく。ブラックの珈琲が嫌いな優はブラックを泥水と言い、貶していた。
「飲んでくれるんだったら着なくていいよ」
「…着ます」
余程ブラックを飲みたくないらしい。
優はそっとスーツを受け取り、俺が着替えていた部屋へ消えていった。
それから俺はシノメからある高校に潜入するための事項を教えてもらった。
1、日常を送ること。
2、あまり深入りすぎないこと。
3、人との接触は普通以上にすること。
4、こちら側は恋愛感情を入れないようにすること。
が代表として挙げられていた。
「赤ずきんはとりあえず半年から1年の潜入をお願いするから、深入りすぎないほうがいいと思う」
「恋愛はちゃんと節度を持ってね」
シノメと着替え終わった優が1言ずつ付け加えた。
優を見るとさっぱりとした青年感が漂っていた。スーツに着られていると言えば言い過ぎだが、スーツを着ている感じもしない。例えるなら、少し背伸びをした高校生がスーツを着ているような感覚に近い。
優のことをずっと見ていたから不思議そうに首を傾げ、言葉を継ぎ足した。
「恋愛は禁止じゃないよ」
「恋愛なんかしねぇよ。得意じゃねぇ」
俺は軽く笑って、優の言葉に返事をする。
生前に恋愛は一通りした。これ以上は勘弁してほしい。
「何があったの?」
今度はシノメがニヤニヤとしながらこちらに聞く。恋愛話が好きな女子高生独特なものだなと考えながらあしらう。
優は興味がないらしく、スーツのままシノメの部屋にあったソファで横になり、睡眠不足を補うようにすやすやと寝ている。スーツが皺になりそうだ。
俺たちは床に座っているのに呑気なものだ。
それにしてもシノメはうるさい。なんで優がこんなにうるさいのに寝れるのか不思議でたまらない。前もバスに乗った時に赤ん坊の泣き声が眠くなると言っていたし、シノメの声もその部類なのだろう。
「今は優が寝てるから静かにしような。後でいっぱい話聞かせてくれ」
俺はシノメに園児を扱うように口調を変えた。
すると、
「本当!?聞いてくれるの!?」
余計にうるさくなった。どうやら本当に話したかっただけらしい。
「うん、聞くよ。聞くから今は俺が知りたいことを教えてくれるか?」
「いいよ」
シノメは園児と同じ扱いをしたほうが話しやすいことを今初めて知った。
そして俺は知りたいことをシノメから全て教えてもらった。
質問はいつから高校に行くのかから始まり、シノメは潜入しないのかなど多岐にわたった。
情報係がシノメの家と近くに俺と優のマンションの1室ずつを用意していることを知り、情報係の担当はどこまでなののか不思議に思った。
俺はシノメの家を出てマンションに向かうことにした。優を起こし、眠そうな優を連れてシノメの後をついていく。マンションはシノメの家から徒歩10分ほどで防犯対策もしてあるいつも通り高そうなマンションだった。
優を送り、シノメと別れてから俺は一度、マンションから出て買い物をすることにした。
マンションには冷蔵庫、洗濯機、エアコンなど大型機器はあれども食材や洗剤がない状態で俺は買い足さないといけないことを悟った。
俺はまず銀行で天警で世界に向かう際、必要資金で渡された金を使って食材や洗剤を買おうとマンションに入って一番に決めた。
どこで何を買うか、そしてどこにスーパーマーケットがあるか確かめてから向かったはずだった。だったのだが、住宅街でどうやら迷子になってしまったらしい。
「で、どこなんだ、ここ」
俺はふらふらと思い立った道を歩くが一向にスーパーマーケットは現れない。地図もないし、携帯はマンションにおいてきた。
「…迷子になった…」
俺は歩道の端で頭を抱えてしゃがみこんだ。
「あの、大丈夫ですか?」
落ち着いているが、女性特有の高い声が聞こえ、俺は顔を上げた。
そこには長い黒髪をストレートに下ろしたいわゆる清楚な女子高生がいた。
「すまん。邪魔だったな」
俺は立ち上がり、ガードレールに寄りかかる。
「いえ、どこか痛いんですか?」
「いや、痛くねぇよ。ただ…」
赤ずきんはいい大人が迷子になったなんて言いづらく、口をモゴモゴをさせた。
「引っ越してきたばっかで買い物に行こうとしたら…迷子になって…」
赤ずきんの声はだんだん小さくなっていった。
その様子を見た女子高生はくすりと笑ってそれならとスーパーマーケットの場所を案内してくれるらしい。
「本当に助かる」
俺は女子高生に頭を下げた。
「いえ、当然のことですので」
そう言いながら俺の前を歩く女子高生はどこか雰囲気がメリアに似ている。おそらく動きが優雅であるところや女性らしい細やかな仕草が原因だろう。
「ここです」
女子高生の案内で俺は無事スーパーマーケットに着くことができた。
「自宅へは帰れますか?」
と心配そうに聞いてきた。
俺はスーパーマーケットのかごを取ろうとした手を止めた。
「むり…かも」
まず食材より地図を買わなければ行けなさそうだ。
「なら、貴方が良ければ、ですけど…案内しましょうか?」
「は…?」
この女子高生は警戒心がないのだろうか。いくら犯罪が少ない世界だとしても、少しぐらい警戒していてもいいのではないかと思うが、心配し過ぎなのだろうか。
「だって、最近スマホ持たないで家出る人あんまりいないですもん」
「今日はたまたま充電してたから忘れただけだ」
「それがあり得ないんですよ」
俺は少し考えてかごを持ってスーパーマーケットの中に入る。
女子高生は少し考えて俺の後ろをついてきた。
「あの、なんか言ってください」
「何が欲しい?」
そう言いながら、お菓子コーナーへ足を向かわせる。
女子高生はきょとんとした。
「お菓子…?」
「好きなの選べよ。ここまで案内してくれた礼」
「いいんですか!?」
女子高生は目をキラキラとさせながらうれしそうにお菓子を選んだ。
俺はそれを買い、女子高生へ渡す。
「それやるからさっさと帰れ。そろそろ暗くなるから」
「迷子、なりますよ」
「地図があれば帰れる」
「地図、買える場所なんかありませんよ」
「…知り合いに電話してきてもらう」
「電話、どうやるんですか?」
「公衆電話で」
「公衆電話、そんなにおいてないと思います」
さて、本当に困った。
女子高生も何やら眉を真ん中に集めるようにひそめていた。
これから食材を買わないといけないし、申し訳ないが、女子高生の心を読んでみよう。
女子高生の心の中は家に帰っても1人でご飯だから寂しいということや俺をイケメンだと思っているということが分かった。
1人でご飯を食べるのは確かに寂しいな。
俺は後者を読まなかったことにして女子高生に声をかけた。
「俺が信用できるのか?」
「信用しないと案内なんかしませんよ」
女子高生は目を細め、こちらに向けて笑った。
仕方ない。今回だけお願いしよう。
「門限何時だ」
「門限?」
「腹減ってねぇのか?1人分ぐらい増えても変わんねぇから作ってやる。いらねぇなら食うな」
俺はため息をつき、そう言うと女子高生が嬉しそうな笑顔が花のように咲いた。
俺は適当にかごに食材や調味料を入れていく。
買い物が終わり、女子高生に住所を教える。女子高生は地図もスマホも見ずに歩いていく。
マンションにつき、家に戻ることができた。
「天宮…」
女子高生が表札を見て俺の仮の名字をつぶやいた。
「俺の名字だ。天宮理久。これが俺の名前だ」
「私は日野花耶。よろしくお願いします」
「はいはい」
俺は適当にあしらいながら冷蔵庫に向かう。花耶はその後ろをひながついてくるようについてきた。
「私、ここらへんには詳しいんですよ」
「流石だな」
冷蔵庫の中をしまい終わった俺は花耶の頭を軽く撫でた。
花耶は何も言わなくなり、下を向いた。
しまった。下の子にやるような態度でやってしまった。もしかして子ども扱いとか言って怒られたりするのかと不安だったが、反応から見てそんな感じではなさそうだ。
俺は晩御飯を作り、花耶はご飯を食べると「おいしい」と言って喜び、完食した。
俺は食器を洗い終わり、外に出る準備をした。
「ほら、帰るぞ」
「はーい」
帰る準備を終わらせている花耶に声をかける。
「今日はありがとうございます」
「はいはい。案内の礼だからな」
そう言いながら花耶を送る。
外はもう暗く、いくつか星が輝いていた。
「また迷子になっちゃいますよ」
「ならねぇよ。ちゃんと携帯も持ってきた」
「それは残念です」
「なんでだよ」
「だって、もう会えないじゃないですか」
「はいはい」
「また会いに行ってもいいですか?」
「二度と来んな」
「ひどい」
そんな軽い会話をして花耶の家の近くに着いたので俺はそこで別れた。
ついにこの日が来てしまった。
俺が高校の制服を着て、高校生として潜入する日が。
優は月の初めかららしく、隣の部屋にスーツを着てどんよりとした優が帰ってくるのを見たことがある。
俺はシノメと一緒に登下校をすることにした。何かボロを出したとき、フォローできる人がそばにいるだけで安心するという理由だった。
「私は須天メイ。忘れないで」
「ああ。俺は天宮理久だ」
「天宮」
「須天」
そう1回ずつ言い合い、学校へ登校した。
職員室に行くと、先生が数人しかいなかった。まるで刑事課のようだ。
「あ、天宮さんと須天さん。おはよう」
「理久、ちょっと」
俺が先生に挨拶をしようとしてすぐに優が話しかけてきた。
須天が先生と話している間、俺と優は相談をしていた。
「僕が補助に入ってる学年だから一緒に行こう」
「わかりました」
「それから、目をつけられないようにね。僕の名前は天野優斗。よろしく」
俺は"目をつけられないように"という部分に疑問を持ち、首を傾げたが、いつものように言いたいことは言い終わったというように仕事に取りかかった。
「天宮」
須天が声をかけ、教室に案内してくれた。
「私は隣のクラスだけど、登下校の時だけ話しかけて。面倒事に巻き込まれたくないから」
そう言い、踵を返して隣の教室に入っていった。
「見ればわかるよ」
そう言って優も教室に入っていった。
俺は先生からの声かけで教室に入り、教室を見渡した。教室内は特におかしな部分はない。
「理久!?」
驚いたような声が教室内に響いた。
まさか会うとは思わなかった。
「花耶、知り合い?」
「うん。迷子になってるところ助けて一緒にご飯食べたの」
花耶の前にいる女子生徒が聞き、説明すると周りから色んな声が聞こえた。
面倒事ってこれか。
俺は頭を抱えた。このクラスの人たちは普通の人より豊かなのか心が読みやすい。
心の中は"どうして転校生と花耶が話せているんだ"や"ただの凡人が調子に乗るな"などの気持ち悪い嫌悪で溢れている。
俺も絶対に巻き込まれたくない。すぐに花耶の記憶を消したい衝動に駆られた。
それから、花耶がいないところで…というか男子しかいない更衣室では花耶がどれだけ高嶺の花なのかを説かれ、昼休みは女子生徒が花耶がどれだけ良い子かを教え込まれた。
「気持ち悪い…」
俺は吐き気がして事務作業をしている優のところへ向かった。感情の読みすぎによる酔いだろう。
「優斗」
「こら、天野先生でしょ。赤ずきん」
「ちょっとだけ、休ませてくれ」
「それに先生には敬語…って言ってられないね。酔ってる?」
「ああ、気持ち悪い」
優は俺の状況に眉を下げ、簡易的なベッドを作ってくれた。そして椅子を反対側に座り、背もたれに肘を置いた。
「人の気持ち読み過ぎだね。逆に自分が飲み込まれそうになってるじゃん」
「勝手に入ってくるんだよ…仕方ねえだろ」
俺がいる学年がありえないほど豊かで読みやすすぎる。読まないようにしていても他の行動から思考が読み取れてしまい、結局読まないようにシャットアウトしても読んでくれと言わんばかりの量が流れ込む。
俺は仰向けになり、目元を片腕で隠して目を閉じる。
「1週間目でこれじゃあ先が思いやられるよ」
「帰りたい」
まだ1週間しか経っていないことに絶望した。これから半年から1年、あの学級でやっていける気がしない。
「そう言えば仕事どうする?」
「あー…無理だ」
俺は担当の仕事を優に頼み、1時間だけその場で寝させてもらうことにした。
俺は優の怒鳴り声で目が覚めた。
「授業始まってるから早く戻りなさい」
そう優が怒鳴っている状況に飲み込めず、俺は寝起きの思考がまとまらない頭で必死に可能性を考えた。
まずは俺が何かやらかしたという可能性だが、これはない。優の怒っている相手はおそらく俺じゃないだろう。
次に先生に怒っている場合もありえない。効率が悪いことや面倒事を嫌う優はそんなことしない。
3つ目は生徒にだが、可能性はある。俺を探しに来た生徒が優に馴れ馴れしくしすぎたという場合と俺の睡眠を邪魔したということで優は怒っている可能性がある。
最後に念の為、シノメに怒っている可能性も考えるが、考えることもなく可能性は0だ。あのシノメが優を怒鳴らせるとは思えない。
優は人の休憩時間だけは律儀に守ってくれる。どうしてかは分からないが、優も休憩時間だけはきちんと取り、仕事をする。
俺は仰向けから横になり、目を閉じた。どうせ時間になったら俺を起こしに来るだろう。その時にでも怒鳴った理由を聞けばいい。
そして俺は夢の中へ潜った。
「起きろ、赤ずきん」
優の声が聞こえ、俺はのんびりと目を開ける。
「下校の時間。帰りな。須天が迎えに来てくれた」
「ああ」
俺はあくびをと背伸びをし、気分を変えた。
「大丈夫?」
「ああ。明日からも何とかやっていく」
少し眠れたからか、クセでやっている感情の読み取りもリセットできた。
シノメとの集合場所に行き、シノメと並んで帰る。
「大変だね、人気者」
シノメが茶化すように言うが、俺は大問題だ。シノメだって助けてくれればいいのに途中で目が合っても頑張れと目で訴えて終わりだ。
「茶化すな。俺はやなんだよ」
「あれ?天宮じゃん」
後ろから背中を叩かれ、見ると深澤隼人がいた。同じクラスの噂好きの生徒だ。後ろにも何人かいる。
ああ、面倒なのが来た。
「なになに?彼女?花耶ちゃんがいんのに?」
深澤は笑いながら軽く言った。
「違う。ただの世間話だ。それに花耶も恋人じゃねぇ」
「そんなこと言って本当は嬉しいんじゃないの?」
後ろにいた生徒がニヤニヤと笑いながら言う。
「なんで嬉しいんだよ」
そう言いながら、チラリを周りを見るとシノメはいつの間にかいなくなっていた。
俺は心の中でシノメに恨み言を吐きながらなんとか茶化す生徒をあしらい、マンションに戻ってこれた。
「そうだ、仕事…」
1箇所、監察を終わらせていない場所があるため、俺はその資料を読み、休日に行く予定だった。
早く休日になることを祈った。
しかし、物事はそう簡単に進むことはない。
翌日、花耶から土曜日に遊びに行かないかと誘われ、予定があるからと断った。すると、今度は下校時にシノメが俺に花耶と遊ぶよう言ってきた。
俺はシノメの家にあがり、文句を言った。
「俺が監察に行くことだって、恋愛は得意じゃねえってこと言ってあるだろ。忘れたとかふざけてること言うなよ」
俺はシノメ相手に怒りをぶつけた。
ぶつける相手が違うと言われればその通りだのだが、俺の休みは好きに使いたい。面倒事には巻き込まれたくない。
「私だってこんな面倒な役やるんだったらさっさと男装すればよかったって後悔してるよ」
シノメもため息をつきながら、俺を見た。
「なら俺は転校ってことで帰ってもいいか?」
「いや、それはだめ」
「ふざけんなよ」
「せっかくいいところまで潜められてるんだし、もう少し探って」
シノメが悪巧みをする時の優みたいにニヤリと笑った。俺はこれはやばい事が起きると顔を引きつらせる。
「…誰を」
「日野花耶。あの子、なーんか不思議なんだよね」
「僕も気になってる」
後ろから気配を消して入ってきたのか、優が俺の真後ろにいた。
「あの子さ、雰囲気はメリアと似てるザ・聖女で綺麗ですよ、って感じだけど、メリアより淀んでる気がしてあの子と関わりたくなんだよね」
優が冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、コップに注ぐ。
「赤ずきん、なんか知らない?」
「…家に帰っても1人になるから寂しい、ぐらいだな」
俺は出会った時の花耶の心の中を少しだけ話した。
「家に帰っても1人、ね」
「そっちは?」
シノメが優に問う。おそらく家族関係を知りたいのだろう。しかし、優は首を振った。
「守秘義務があるので、何も言いません」
こんな時だけ教師ヅラしやがって。
いつも後ろで授業を見たり、事務室で仕事をしたりしているだけなくせに。
優は前と同じようにソファに座り、足を組んでいる。
「というわけで、ある生徒から聞いた噂」
そう切り出した優はすごい量の情報を暴露した。
「っていう噂。どう?参考になった?」
優は足を組み直し、オレンジジュースを一口飲んだ。
「それは真?」
「さあね」
シノメが真意を聞くが、優はのらりくらりと回答を避けた。
「とりあえず、赤ずきん。赤ずきんがやりたい方に行け。それから、深入りしすぎると飲み込まれるから気をつけろ」
強めの口調でそう言って優は流しにコップを置くとさっさと家を出ていった。
「深入りしすぎるな、か…」
俺は優の言った言葉を反復する。
何があるのか知らないが、優が提供した噂はいくつか生徒の心の中で読んだ話だ。
監察の期限は明日までだし、誘われたのも明日。
「仕方ねぇな」
俺は今夜中に監察を終わらせ、明日は遊びに行くことにした。仕方ない。今回はシノメの顔を立たせてやろう。
「花耶から誘われたやつ行くよ。あいつに伝えておいてくれ」
「…自分で言ってくれない?」
シノメは面倒そうに言う。やっぱり行かないほうがいい気がしてきた。
「連絡先ないの?」
「ある」
転入初日に全員のクラスの連絡先を交換された。
「なら、それで連絡して。私はそこに関わりたくない」
こう何度も関わりたくないと言われるとなんかイラッてくる。
俺はどうにかして巻き込めないか考えようと決めた。
それから家に帰り、花耶に明日の予定がなくなったから遊べることを連絡し、返信を待つ間に急いで監察に向かう。
「これ頼む」
俺は一度天警に戻り、資料を流し読みながら案内人のところへ足早に向かう。
案内人に資料を渡し、最終確認をしてもらう。そして扉をくぐり、仕事を始める。
優の管轄は終わっているため、俺の監察が終われば終わりだ。にしても優はいつ監察をしているのか不思議に思う。
この監察が出たのは1ヶ月前、優が教員の仕事を始めてからだ。夜遅くに帰ってきてそれから向かうとなると次の日に響くのではないかと思うが、優だから大丈夫なのだろうと勝手に納得しながら監察が終わった。どうせ考えたところで優は休まない。
監察が終わり、家に帰ると8時だった。花耶には昨日、遊べるなら時間や集合場所などを決めてもらうようお願いした。
携帯を見ると花耶からお礼と時間や場所が簡潔に書かれていた。
俺は場所、時間を確認する。9時集合の18時解散、集合場所は学校だった。
逆算して考えると、家を出るまであと45分もない。学校まで走れば15分で着く。それまでに朝食と着替えと風呂に入らなければ。
朝食は体力を戻すため、着替えは天警の服装であるため、風呂は普通に赤ずきん自身がさっぱりしたいからという理由だった。
「朝ご飯は卵と昨日セットしてたご飯。それから…」
風呂に入り、着替えながら朝食を考える。
適当に作ってよく噛んで飲み込む。そして急いで家を出た。
俺は学校前で息を整えながら花耶を待っていた。どうやらまだ着いていないらしい。
俺はホッとして携帯で報告書を作成し始めた。
思い出しながら報告書を書いていると花耶の声がした。時間は9時より数分前だ。携帯をしまい、俺は手を振った。
花耶はゆったりしたベージュのオーバーシャツを着、白いシャツに黒いズボンで同じ黒のリュックを背負っている。髪は低い位置でお団子にまとめていた。
「遅れちゃった」
花耶は肩で息をしながら俺の方へ笑顔を向けた。
「別にいい。待つのは嫌いじゃない。それより呼吸整えろよ」
「ごめん、ありがとう」
花耶はゆっくり呼吸をし、整える。
呼吸が整うと、俺は花耶に声をかける。
「もう大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
「んじゃ、行くか」
花耶は花が咲いたように笑った。
「うん!」
よほど楽しみだったようで、教室で見る花耶より生き生きしていた。
電車に揺られること10分、最初に向かったのはスポーツアミューズメントパークだった。
「私、ここに行ってみたかったんだけど、一人で行く勇気がなくて…」
「確かに一人で行く場所じゃねぇな」
俺は周りが家族連れやカップルが大勢いるようで、その中には本格的な服装をした人もいる。
俺たちは入場料を払い、中に入る。
中はパルクールやボウリング、クライミング、アスレチックとスケート場などが入っている。
「すげえ…!」
俺はワクワクしながら準備する。花耶も目をキラキラさせ、準備運動をしていた。
「どこに行く?」
花耶が俺に聞く。
「俺は全部1回は試して見たい。順番は任せる」
「わかった。まずは…スケート場からでもいい?」
「おう」
俺たちはスケート場へ足を向けた。
スケート場には人がいたが、入り口の最初に見た大勢の人ほどではなく、これなら普通に滑ることができそうだ。
「理久くんって本当に何でもできるんだね」
花耶がスケート場の縁に掴まり、こちらを見た。
俺は花耶の方へ行き、手を出す。
「こっち来い。いつまでもそこにいても滑れねぇだろ」
花耶は戸惑い、周りをキョロキョロしてから俺の方へ小鹿のように来た。
花耶が俺の手に掴まるとホッとしたように息を吐いた。
「よくできました。ちゃんと前見てろよ」
俺は花耶を引っ張り、スケート場を走る。花耶はまだ中腰で怖がっていた。
「力抜け。バランス崩しても俺が支えるから安心しろ」
花耶が喋らなくなったが、力を抜くように頑張っているのを見ると伝わったらしい。
引っ張るのが楽になった。
「楽しいか?」
俺はちらりと後ろを見て花耶に聞くと花耶は頷いた。引っ張られているだけで楽しいものなのかわからないが、楽しいならよかった。
それから、スケート場から出る。
「ごめん。私、スケートあんまやったことなくて…。せっかくだからと思ったんだけど、ごめん」
花耶はしょんぼりしたように声のトーンを落として話した。これで俺がスケートをできなかったらどうしたのだろう。
俺は次の場所に移動しながら話す。
「別に楽しかったし、まだ遊ぶんだろ?午後は花耶の好きなところ寄ってみようぜ。俺だけ楽しいのは気が引けるしな」
俺は寝不足のおかげか、それとも場所のおかげか人の感情があまり入ってこない。なんだか生前に戻ったようだ。
天警ではほとんどの場合、集中しないと感情が読めないことが多い。その典型的な例が日向だ。簡単に読めるが信用できない例がネコやシノメ。読みたくないし、読みづらい人がメリア、読みたいのに読めないのが優だ。優の感情を読もうとすると必然的に能力も上がる。その影響が今週の感情酔いだ。
次に向かった場所はアスレチックだった。
花耶の提案では競争をすることになった。
一斉に走り出し、赤ずきんはアスレチックを軽々と乗り越える。花耶もアスレチックは得意らしく、赤ずきんの後ろを頑張ってついていくが赤ずきんにたどり着くことも近づこともできなかった。
アスレチックを先にゴールした赤ずきんは花耶を出口で待つ。ついでに赤ずきんは歴代1位を更新した。
数分後、花耶が息切れをしながら出口にたどり着いた。アスレチック攻略の速さも女性で上位に入っている。
「おつかれ」
俺は花耶に労いの言葉を言う。花耶は疲れたのか、その場で寝ころんだ。
「体力には自信あったのにな」
と息をあげながら言った。なるほど。自信があったから勝負しようなんてこと言い出せたし、上位に食い込む速さだったのか。
「さすがに負けねえよ。俺だって運動能力には自信があんだ」
「みたいだね」
花耶は困ったように笑った。息を落ち着かせるため、お茶を買いに行こう。
「飲み物を買いに行ってくる。お茶でいいか?」
花耶は頷き、息を整えていた。
「なら少し待ってろ」
俺はその場に花耶を置いて自動販売機に向かう。
周りを見ながらついでに監察を行う。頻度は高くなるが、何かあれば伝えたほうがいい。
自動販売機でお茶を2本買い、同じ道を辿る。
「1人じゃありません」
なにやら花耶のいた場所に男性が2人ほどいる。
「だから離してくださいって!」
俺は絡まれている相手が花耶だとわかり、ため息をついた。恋愛漫画のオンパレードだ。これじゃあおとぎ話より恋愛漫画のようだ。
仕方ない、俺が花耶と遊ぶと選択したのだから助けるとしよう。
「すんません。そこ退いてくれます?」
俺は男性に声をかけた。男性は俺より数cm背が高く、俺は少し見上げた。
「なんだお前」
男性2人は笑いながらこちらを見る。どうやら2人と同じナンパだと思われたらしい。最悪だ。
「その人と遊びに来たんで、退いてくれます?時間もったいねぇんで」
「じゃあ俺たちも遊んでいい?」
「結構好きなんだよね」
男性たちはひょろひょろした俺に勝てると思ったらしく、俺をバカにする様に見てきた。
俺は花耶から俺にシフトチェンジしたのを確認し、花耶を俺の後ろに回す。
俺は「ん」と言い、お茶を渡す。花耶がお茶を受け取ったのを確認し、俺は男性たちへ敬語を止め、普通に話した。
「いや、お前らとはつまんねぇからやだね」
ああ、時間がもったいない。さっさと次に行きたいんだけどな。
「早くどっか行けよ」
手を振り、どこかに行くように合図するが、逆に怒らせたらしい。面倒だ。
男性2人が怒りに任せて俺に何か文句を言いながら襲いかかってきた。
俺は男2人の弱すぎるパンチを受け止め、お返しだというように蹴り飛ばす。男2人は少し上にあがり、地面に尻もちをついた。
「変なことすんなよ。ここの警察呼んでおくか?」
軽く笑いながら言うと2人は恐怖した表情で首を振り、走って逃げていった。最初から最後までモブのようで面白かった。
俺は花耶が放心状態でお茶を飲んでいないので、花耶の持っていたペットボトルの蓋を少し開け、花耶の目の前で手を振った。
「さっさと飲んで行くぞ」
そう声をかけると、ハッとしたように俺を見た。
「おーい、聞いてるか?」
俺は自分のお茶を飲み、そう聞いた。
「黒帯?」
「んなわけねぇだろ。飲んだらさっさと行くぞ」
俺はその場でしゃがみ、下から花耶のお茶を飲む姿を見る。怖い思いはもうないらしい。よかった。
「ありがとう」
花耶がお茶に蓋をしながら礼を言った。
「別に構わねぇよ。面倒ごとには慣れてっから」
何度優に振り回されただろう。それと比べれば全くと言っていいほど楽だ。
俺は立ち上がり、聞く。
「それで?花耶はどこに行きたいんだ?」
「私はこれがやりたい」
そう言って指差したのはクライミングだった。
どれだけ動けるんだ、こいつ。なんて感想は心のうちにしまい、
「んじゃ行くか」
と返事をした。
クライミングでは驚いたことに花耶が今までの記録の中で女性の新記録を達成した。俺は言う必要もなく、最速で頂上へ到達した。
結局1日中スポーツアミューズメントパークで過ごし、帰宅する時間になった。
すると、花耶が俺のご飯を食べたいと言い出した。
「門限あるだろ。さっさと帰るぞ」
「どうせ1人でご飯だから。それより理久のご飯食べたい」
「無理だ」
俺はきっぱりと断った。
「私1人にされてナンパにあって怖かったのになあ…」
なんて呟かれたらどうすればいいのだろう。俺は頭を悩ませた。確かに1人にしたからナンパされたのかも知れない。だが、完璧にあれはモブだ。ほっといても何とかなった気がしてならない。
「1人だと怖いかもなあ…」
そう言ってる時点で怖くねえんだよな。なんて考えた。
俺はため息をつく。1人でご飯というのは本当らしいし、シノメや優が気になるのなら何かあるのかも知れない。そう考え、俺は家へ招いた。
その結果がまさかあんなことになるとは思ってもいなかった。
花耶を家に招き、俺は手を洗ってすぐに料理に取りかかる。材料もあるし、時間がかからないものなら早く返せるだろう。
「あの時は同い年だとは思わなかったなあ…」
花耶がしみじみと言う。同い年じゃねぇんだから当たり前だといえば当たり前なのだが、なぜか気づかれない。
「お腹減ってないのかって聞かれて私、驚いた。まるで心の中をのぞかれたみたいって」
図星をつかれ、俺は少しだけ動揺したが、花耶は気づいていない。
俺はご飯を作り、テーブルに置く。
「一人暮らしって怒られない?」
「怒られねぇよ」
「そっか」
花耶は心の底からそう思っているようだった。
「なんでだ?」
花耶が俺の質問に呆けた声を出した。
「なんで一人暮らしがいいんだ?」
「だって、怒られないんでしょ?」
「でもその分、責任がつく」
「責任がついたって自分で好きなことできるんでしょ。私が決められるんでしょ」
俺は心の中をのぞきながら、反復する。
「自分で決める、ねえ…」
花耶は自分で決めることがないらしい。すべて親の言った中高一貫の学校に入り、テストでは100点を取らせ、周りには頼りにされる人であることを強要しているらしい。花耶の話では、料理をしようとすれば止められ、遊びに行く人も許可がもらえなければ遊びに行けないなどの超過保護っぷりだった。
過保護っていうよりほとんどの人形みたいなものだなと俺は思う。
「俺との許可は出たんだな」
「うん。男の人なのに珍しいと思ったら理久、有名企業の御曹司の息子なんだって?」
「あー…」
俺は目を背けた。確かにシノメが両親がどうとか言ってたな。
「だから、許可が出たんだと思う」
俺は相槌を打ちながら考える。まさか保護者がそんなにすごい人たちだったなんて思っても見なかった。
思い出してみると、シノメから紹介された人たちは普通の人ではなかった。同じ天警の派遣課所属の人たちだった。2人はにこやかな笑顔で俺に軽くあいさつをして何かあれば連絡をするようにと電話番号を渡され、すぐ戻っていった。
「自分で決められねえの?」
「うん」
俺が聞くと花耶は頷いた。心の中ではまだ親のせいで、と考えている。
「違う。お前の意思を聞いたんだ。お前は自分で決めようとしてるのか?」
そう言うと、花耶はきょとんとした。
「嘘をついたことがあるか?親を騙したことはあるか?誰かを欺いたことは?」
俺は質問を投げると花耶はそのすべてに首を振った。これじゃあ、決められるわけがない。
俺は鼻で笑った。
「お前自身が決めてぇなら、まずお前が汚ない手を使わねぇと意味ないぜ」
「汚い手?」
「嘘、偽り、欺く、騙す。そんなことだ」
「でもそんなことしたら怒られる」
花耶の声が小さくなりながら顔が下を向いた。
俺は花耶をまっすぐに見ながら笑い、言った。
「怒られてなんぼなんだよ。いちいち気にしてたら身が持たねぇよ」
「…怒られたら慰めてくれる?」
「慰めるわけねぇだろ。1人で立ち上がれ」
花耶は辛そうにこちらを見た。
「どれだけ一緒にいたって他人は他人だ。自分のやりたいことがあんなら言ってみろ」
「それで否定されたら?」
「理由を述べてもらう。それが理不尽だったら立ち向かえ。嫌なら逃げてもいい。逃げる場所があるならな」
「逃げられなかったら?」
「立ち向かうしかねぇな。どっちにしろ逃げても立ち向かうんだよ」
「話ができなかったら?」
「諦めろ。順応なふりをして取れるだけ取ってやりたいことをやれ」
「倫理に反したことだったら?」
「やるな。それはやめろ。倫理、人殺しや強盗などは人が幸せにならない。やる必要なんかねぇ」
俺はそう言って窓の外を見た。外はもう星が見えている。そろそろ帰らせるか。
俺は花耶に話しかけようとした。が、途中でやめた。
花耶が反復するようになにやらぶつぶつと呟いている。
聞き取れないが、いい方向に進められればいいなと思いながら、俺は帰る支度をした。
「よし」
花耶がそう呟いたのを境いに、俺は花耶に声をかけた。
「帰れそうか?」
「うん。ちゃんと話してみる」
「ま、頑張れよ」
それから俺は花耶を送り、俺は布団に倒れ、死んだように眠った。




