【コミカライズ企画進行中】私を追放した勇者パーティーは、一年後に壊滅したそうです
お読みいただきありがとうございます。
唐突に思いついて書き上げたので、多少荒いところがありますが広い心で読んでいただけると幸いです。
――真夜中。月のない森の中で魔法使いのエミリアは紙を押しつけられながら突き飛ばされ、尻もちをついた。
突き飛ばした張本人は、そのまま高らかに宣言する。
「お前を勇者パーティーから追放する。ついでに婚約も破棄だ。分かったらさっさとどっか行け!」
目の前にいる、勇者でありまた自分の婚約者でもある彼の言葉に、暫く反応を返せない。
「……クローヴィス様」
「名前も呼ぶな!」
大声に驚けば、彼は顔を背ける。
クローヴィスに、傍にいた少女が体を押し付けた。つい非難の声を出してしまう。
「ヨハナ様も、クローヴィス様なんてタイプじゃないって言ってたのに……」
豪奢な金髪を揺らしながら、ヨハナは桃色の瞳を歪めた。
「あら、でもやっぱり勇者の花嫁には聖女がピッタリだと思うのよね。みすぼらしい魔法使いが婚約者とか、笑っちゃう!」
素敵な魔法ね。いつかの彼女はそう言った。
同じ口で、真逆の言葉が発せられたことにただ瞠目するばかりだ。
「……いつ、私を嫌いになりましたか?」
「ずっとだ。ずっと前から、君のことなんか大嫌いだった。根暗で、魔法しか頭にない女なんて」
十分だった。魔術紋を展開し、自分が生まれ育った男爵家と森を繋げる。
紙を握りしめながら、エミリアは二人に背を向けた。
突如として現れたエミリアに男爵家の者は皆一様に驚いたが、彼女から話を聞いて今はゆっくりしなさいと告げた。
そこから一年。
魔法バカを極めたまにしか外に出なくなったエミリアの耳にも届くほどの大きな事件が、世間を駆け巡った。
勇者パーティー、魔王に敗れ壊滅。
◇◇◇
魔法の本を読み耽る傍らで、よく白昼夢を見た。
婚約者との初顔合わせだ。まだあどけなさの残るクローヴィスは、黄色の頭をひょこひょこ自らの父親の背から出したりしまったりしながら、エミリアを観察した。
そんな彼とは対照的にエミリアはずんずん前に出て、親すら追いつけぬ速さでクローヴィスの黄色の髪を掴んだ。子供らしい遠慮のない手つきで。
「……ねえ」
彼女の目は爛々としている。ひえ、と喉の奥から漏れた情けない悲鳴にも気を止めない。その豪胆さは母譲りらしい。
「黄色の髪は魔力が強いんですって。だから、私に髪の毛くださいな」
エミリアはすでに魔法バカだった。
意識が浮上した。あの後父親にこっぴどく叱られたっけ。まとまりのない茶髪を結わえながら一階に降りたエミリアは、父親に挨拶をする。最近薄毛になったようだが、まだその頭には金色の毛が健在だ。
返事は返ってこない。父親は新聞を食い入るように見つめ、顔は蒼くなっている。
「どうかなさいましたか」
ようやく彼女がいることに気づいた父親が、ああとか、おうとか適当に返事してから新聞を差し出してきた。
新聞を嗜む趣味はないが渋々受け取り、次の瞬間にはエミリアは新聞を父親に倣うように握りしめる。
「勇者パーティーは、壊滅……」
「……勇者、聖女、共に死亡が確認されたそうだ」
勇者と聖女は、国から支給される生死を知らせる石を付けている。
「……ばーか」
泣き虫なクセに、エミリアを突き放すからだ。
根っからのお姫様なのに、無理をするからだ。
新聞を乱雑に置き、彼女は焼きたてのパンに歯を立てる。ザクリザクリ。パンを取られた父親はちょっぴり涙目だ。
「お前、普段は朝ごはん食べないのにどうして……」
「だって」
魔法バカな娘は、久方ぶりに口角を上げた。
「世界を救うには、まずお腹を満たしませんと」
目玉焼きも残さずいただいてから、エミリアは杖を出した。短い詠唱の後、足元に魔術紋が現れる。
「行ってきます」
彼女は踏み出していった。
◇◇◇
一年間色々なことを思い出したけれど、エミリアはよく十三歳の頃を振り返る。学園に馴染めない彼女は、魔法バカたちにも恐れられる魔法バカである故に、よく中庭にいた。
校舎の影がさし年中湿った土に、木の棒で魔術紋を描き連ねていく。
三個目に突入した所で、より濃い影が覆い被さった。
「ちょっと、魔術紋の行使は授業外では禁止よ」
顔を上げれば、気の強そうな美しい顔の少女が仁王立ちしている。
「……よく見てください。魔術紋が作動しないよう、効果打ち消しの印も描いてあります」
「あら」
魔法使いなら効果打ち消しの印はポピュラーな存在だが、少女にとってはそうでなかったようで。エミリアの説明を受け思い出したのか口元に手を当てた。
「ごめんなさい」
「いえ」
素直な少女なのか軽やかに謝ると、近くのベンチに腰掛けた。
「それにしても美しい魔術紋ね。これでなにが出来るの」
「光るキノコを生やします」
「……そう」
絶妙な顔をする彼女に対抗心を燃やしたエミリアは、胸元から簡易魔術紋を出した。学園でも使用が許可されている、非常に規模が小さい魔法が使えるのだ。
「見てくださいね」
詠唱を始めたエミリアを摩訶不思議な顔で見下ろし足を組み始めた金髪の少女。
まあ! 今日一楽しそうな声が漏れた。
「すごく綺麗ね!」
簡易魔術紋から出たパチパチと青や橙の光を散らす塊に目を奪われているようだ。つるりとした桃色の瞳にも光が反射している。
実はこの美しい光の極地に至ったのは自分だけで――うふん、と魔法自慢を始めようとしたエミリアだが、ふと顔を上げた。
「クローヴィス様。そんなに急いでどうなさったのですか」
騎士科所属。出会った頃よりがっしりとしたクローヴィスは、泣きそうな顔をしながら汗をかいていた。急いで走ってきたようだ。
「いや、君が王女様の金髪を毟り取ろうとするんじゃないかって心配して……」
心外である。
「美しい髪を毟るだなんて……この髪は地肌に根を張っているからこそ美しいというのに。あ、でも貰えるなら欲しいです」
「……ちょ、あげないわよ」
「僕の髪は躊躇なく抜こうとしたのに……」
愕然とする彼とうっとりと自身の金髪を撫でる、手つきの怪しい彼女を見比べた王女――ヨハナは肩を震わせる。
「ねえ、あなたたち私の為の道化師にならない?」
二人は意味を汲み取りきれず揃って首を傾げた。
王女は「友達になりたいの」なんて殊勝な言葉は知らなかった。
そこからの人生は、更に楽しさに拍車がかかったとエミリアは思う。
ヨハナと共に悪ふざけをしてクローヴィスに叱られたり、三人で本の議論をしたり。
歯車が狂い始めたのは、魔王が封印を解き、封印の為の勇者パーティーにクローヴィスとヨハナが選ばれてからだ。
なんのことはない。クローヴィスが勇者の剣を引き抜き、ヨハナに聖女の素養があっただけ。
「……エミリア。僕がいない間に他の男と結婚しないでくれ。あときすして欲しい」
「さすがにしません。きすはいいですよ」
「エミリア、寂しい寂しい寂しいわ!」
ヨハナからの頬擦り攻撃に耐えながら、エミリアは思考を巡らせる。
躊躇いは一瞬だった。
「私も行きます。魔王封印の為の旅」
「――へ」
「――え」
二人に抱きしめられ、彼女は僅かに頬を緩めた。
◇◇◇
懐かしい思い出から身を離し、現実が彼女を包んだ。地面を見下ろす。そこにはおおよそ全体像は掴めない程の大きな魔術紋が描かれている。
大魔術紋。端的に言えばとっても大きく描かれた魔術紋のこと。
エミリアは音の外れた鼻唄を歌いながら、それの最後の線を描いた。
あの真夜中の日。最初エミリアは本当に二人に見限られたのだと思った。
料理は消し炭にするし、洗濯は絞りが甘くビシャビシャ。嫁力としては最低値を叩き出している。むしろフルスコアと呼ぶべきだろう。
けどすぐに、違う。二人の言葉を否定した。
クローヴィスは体がふらついているし、ヨハナは右半身をクローヴィスで隠しているようだったから。
辺りには、血の匂いが濃かった。魔力も辺りを漂っていた。
二人は、エミリアが魔族に襲われかけていた子供を家に届けている最中に、魔王の襲撃に遭ったのだろう。暗闇の中、クローヴィスは負傷した足を隠しヨハナは失くなった右腕を隠していたに違いない。
だからエミリアは最初、二人に逃げろと言われているのかと思った。それならば言うつもりだった。二人と一緒に行くと。
だが二人のついとも揺らがない瞳と渡された紙で考えは変わる。
違う。今私に出来るのは、一緒に行くことではない。
紙には、魔王と打ち合った時の情報が事細かに記されていた。ここでの会話は、盗聴されている可能性があることも。
やるべきことは決まった。私は魔王を封印する為の大魔術紋を描き、二人はそれを魔王に悟られないよう戦い続けること。
家と森を繋ぐ為の魔術紋を発動する時、二人の痛みを消す魔法、そしてもう一個の魔法をかけエミリアは自分のやるべきことを果たす為歩み始めた。
やはりあの二つ目の魔法をかけたのは正解だった。そう独り言ながらエミリアは魔王の城に踏み込む。
濃い魔力に頭痛を起こしながら進めば、真っ黒と形容する他ない人型のなにかが立ち塞がる。
『お前は……んんー? あの聖女と勇者の元仲間ではないか!』
脳に直接響く不快な声に顔を顰める。
『なんだ? 見限られたことにも気づかず敵討ちにでも来たのか? なんともまあ、見上げた根性の娘だ!』
「――残念。敵討ちではなくて、戦略的撤退からの進出、です」
音の外れた鼻唄が、元の旋律に戻っていく。
人型のなにかが目を見開いた気がした。
『まさか、さっきまでの珍妙な唄は――!』
「はい。大魔術の詠唱には、時間がかかりますから」
魔王を欺くには、これが最適解だと判断した。その判断は正しかったようだ。
淡い光が立ち昇る。魔王を包み込むように揺蕩った。
『ぎゃああああああああっ』
小さな箱に詰めるように、魔王の体は小さくなっていく。
封印が完了する直前、魔王は最後の意地か捨て台詞を吐いた。
『確かに、凄い技みたいだな』
「ありがとうございます」
『だがな、お前の聖女と勇者はもう死んで……!』
「いえ、生きてますよ」
『――は』
魔王は美しい人間を剥製にするという、なんとも許しがたい悪癖をお持ちらしい。
だからエミリアは万が一に備えて、その悪癖を利用させてもらうことにした。
勇者と聖女が死にそうな目に遭った場合、強固な結晶が体を包み込むのだ。
なるべく硬くなるよう作ったが、魔王に本気を出されたらひとたまりもないような結晶。本当に良かった、唇が弧を描く。生死を知らせる石が誤作動を起こしたのは完全に想定外だったが。
いやあ、本当に良かった良かった。二人が魔王のお眼鏡に叶うほどの美男美女で。エミリア単騎なら即木っ端微塵だった。
「では、さようなら」
魔王は音もなく封印されていった。もう目覚める日は来ないだろう。
だってエミリアは、失敗を許さない魔法バカなのだから。
◇◇◇
一年後。平和になった世界で、エミリアとクローヴィスは婚礼衣装に身を包んでいた。
今日、二人は結婚する。
「……エミリア、とても綺麗だよ」
グスグス。昔と変わらず情けない彼にハンカチを差し出す。
婚約破棄だ! と叫んだ時のような彼ももう一度見てみたいと思うが、この分では一生無理だろう。
「もう。なんでクローヴィスがそんなに泣いているのよ」
呆れたため息を漏らすヨハナは、エミリアをぎゅうと抱きしめる。片手しか使えない彼女の体を強く抱きしめ返せば、ヨハナははにかんだ。
それから、短くなった金髪に触れる。
「魔王との戦いで短くなったという金髪は、まだまだ短いですね」
「そうねぇ。……エミリア、惜しいと思ってる? どうせ短くなるなら、欲しかったって」
心を見透かすように意地の悪い笑みを浮かべてみせたが、首を横に振られヨハナは毒気を抜かれた。クローヴィスも同様の顔をしている。
「いいえ。最初から、別に髪は大して欲しくなかったんです」
父親から引き千切ればよかったし。
じゃあなんで。エミリアははにかんだ。
「――私は魔法バカで、不器用だったということですよ」
友達になろう、なんて台詞知らなくて。
それしか、相手との距離を詰める言葉を知らないくらいには。
お読みいただきありがとうございました。
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