表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7日後に異世界転移するそうです  作者: ひつま武士
献身性の危うさ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/107

第97話:くだけた掛け合い

 ルナティアの管理棟空間は、海底に沈んだ神殿のように、静けさと厳かさに包まれている。

 薄闇の中、青い発光体が幾つもゆっくりと漂い、その光が柔らかな揺らぎを落としていく。


 ここはその中の一室──“案内人スキル室”


 この部屋の主であるアンナは、“案内人スキル”の任を担っている。

 そして、階級の上がったアンナには、二体の部下が配属されていた。


 その二体の部下は、まだかなりの新人のようで──

 クリオネのような姿は小さく、耳と手のような突起も短めで丸っこい。


 頼りなげな印象の新人たちだが、今は倒れたアンナへ駆け寄り必死に介抱していた。


「……っ、ありがとう……」


 アンナは部下の腕を借りながら、ふらつく身体をゆっくりと起こす。

 青い光に照らされたその姿には、まだ疲弊の余韻が残っている。



 アンナは部下に向き直り、そっと手を添えて労った。

 二体はぱっと両手を上げて喜びを表す。

 その仕草は幼いクリオネのようで、どこか微笑ましい。


 二体の部下は、アンナに“ミコトの魔王道連れ計画”に関する対策会議の結論を伝える。


 ──“しばらく様子を見ましょう”


 管理者フィアナが導き出した結論は、アンナが期待した内容ではなかった。

 しかし、アンナは肩を落とさず、むしろ静かに頷く。


(フィアナ様のお考えは絶対です。)

(今は静観するべき時ということですね……)


 そう思いながらも、胸の奥に小さな波紋が広がる。

 その“様子を見る”とは、具体的にどういうことなのか。


 今までのアンナなら──

 そこに疑問を抱くことはなかった。

 だが、ミコトとのやり取りを重ねた今は違う。


(ミコトさんとミカドさんを見守る……まずは、それが当然です。)


 アンナは視線を落とし、胸に手を当てる。

 すると、ふと別の考えが浮かぶ。


(……そこに、わたし自身も含まれるのでは?)


 過去の歴代勇者との関わりでは、アンナは常に“管理者側”の立ち位置でいた。

 勇者を導く存在であり、観測者であるからだ。


 だが今は──

 ミコトの言葉や態度が、アンナの認識を少しずつ変えていた。


(わたしも……勇者側のはず……!)


 それは、ミコトがアンナを“ただのスキル”としてではなく、一人の存在として受け入れている証でもあった。

 胸の奥が温かくなる。


(フィアナ様の期待に……応えなくては!)

(そして、ミコトさんの助けにならなくては!)


 アンナは小さく頷き、青い光の中で決意を固めた。



 アンナは、何か手がかりがないかと“会議の記録”を頭から早送りするように確認していった。

 青い光が彼女の周囲を揺らし、思考の速度に合わせて空気が震えるように見える。

 二体の部下は、その執念すら感じる勢いに魅入られ、小さな手を胸の前で揃えながら固まっていた。


 すると、アンナの動きがふと止まる。


(……今の発言……?)


 記録の中に、ひときわ引っかかる言葉があった。


 ──“それはミコトくんじゃなくても”


(えっ!?……えぇっ!?……)

(なに?……いったいなにが……??)


 アンナがワナワナと震える。


(ミコト“くん”!?)


 その瞬間、アンナの背中から黒い気配がふわりと漏れた。

 二体の部下はビクッと跳ね、両手を上げてのけぞる。


 アンナはハッとし、胸に手を当てて深呼吸する。


(……違います。)

(これは……ミコトさんが“くん”か“さん”で呼んでほしいって言っていたから……)

(だから、皆さんが合わせただけ……そういうこと……です。)


 確かに、理屈はそうだ。

 そうなのだが──


(それにしても……)


 アンナは無意識に両手で“×”を作る。


(気安すぎない……?)


 アンナはモヤモヤした。



 アンナは次に、その言葉の内容に意識を向けた。


 ──“それはミコトくんじゃなくても”


(……つまり、“魔王を道連れにする”のは、ミコトさんじゃなくても……)

(“他の人がやればいい”ということ……?)


 その瞬間、アンナの胸に小さな衝撃が走る。


(確かに……そうです!)

(これは……ミコトさんも気づいていない盲点では……?)


 暗い計画の中に、一筋の光が差し込んだように感じた。

 アンナの心がわずかに明るくなる。


(これなら……この悲壮な計画に、突破口が……!)


 思い立ったら止まらない。

 アンナは勢いそのままにミコトへ意識を向けた。


(「ミコトさん!」)

(「その……“魔王を道連れにする任”は、ミコトさんである必要はないと考えます。」)


 ミコトが目を細める。

 アンナは続けた。


(「現地にも、収納スキル持ちは大勢います。」)

(「魔王と魔王軍本陣を道連れにできるとなれば、希望する方は必ずいます。」)


 言葉に熱がこもる。


(これなら……ミコトさんを犠牲にしなくて済む……!)


 アンナの声は落ち着いているのに、内側の希望が溢れているのが分かる。



 しかし、ミコトの返答はアンナの予想を大きく外れた。


(「そんな恐ろしいこと無理っす。」)


 淡々とした声だったが、その芯は揺らがない。

 アンナの身体が跳ねた。


(!!!)


 ミコトは肩をすくめ、軽い調子で続ける。


(「俺は、人を爆弾にするためにルナティアに行くんじゃないので。」)


 その言葉に、アンナの胸が熱くなる。

 気持ちの高ぶりを抑えきれず、語気が強まった。


(「我々も、ミコトさんを爆弾にするために、ルナティアに来て頂くのではありません!」)


 言い終えた瞬間、アンナの脳裏に──


 しまった!

 やってしまった!

 なぜ……温和で協力的なミコトさんに、こんな言い方を……!

 冷たい態度の歴代勇者にすら、こんな強い言葉を向けたことは……

 謝らなければ!


 ──そう、色々な思考がもの凄い速さでよぎった。


 その瞬間──


(「それはそうっすねぇ……」)

(「う~ん、ちょっと考えが足りなかった……です……」)

(「ごめんなさい!」)


 ミコトは静かに頭を下げた。



 アンナの思考が一瞬止まる。


(……えっ……?)


 怒られるどころか、逆に謝られてしまった。

 胸の奥に、安堵と申し訳なさが入り混じった複雑な感情が広がる。


(「あ、いえ、私も──」)


 アンナは言いかけ、“言い方が悪くて申し訳ありません”と続けようとした。

 その刹那──


(「ウキュキュキョキュキュ!!」)

(「キュキュキョキュキュ!!」)

(「キュキュキョキュキュ!!」)


 突如、心話の場を支配するほどの大音量が響き渡る。

 ミカドが、全力で鳴き声を上げていた。

 しかも止まらない。


 アンナは呆気に取られ、思わず身を固くした。

 そして、アンナは──


 急に……いったい……!?

 この鳴き声は、笑っている時の声だとミコトさんは言っていたはず……

 しかし、今のタイミングで笑う内容など……

 そして、この声の大きさは……!

 主人に無礼な口をきいた私のことを……怒っているのでは……!?

 謝らなければ……!


 ──そう、焦りで思考が疾走した。


 その時──


(「で! 君はな〜んで爆笑してるのかなっ! ミカド!!」)


 ミコトの鋭い声色が心話の場を切り裂いた。

 アンナはビクッと肩を跳ねさせる。


(!!!)


 ミカドはなおも、従魔ウィンドウの中で転げ回って鳴き続けている。

 心話の場が揺れるほどの勢いだ。



 ミコトが初めて声を荒げたのを聞き、アンナの身体は硬直した。

 アンナの脳裏には──


 ど、どうしよう!

 ミコトさんも……怒ることがあるんだ……

 私のせいで、ミコトさんとミカドさんが険悪に……!

 謝らなければ……!

 仲を取り持たねば!


 ──そう、焦りが胸の奥で渦を巻く。


 その瞬間──


(「怒ラレテヤンノ」)


 ミカドが、妙に落ち着いた声で言い放った。

 次の瞬間、ミコトが吹き出す。


(「ぶほぁっ!」)

(「あっはっはっはっは!」)


(「ウキュキュキュ♪」)


 アンナの思考が一瞬止まる。


(!!!)


 ミコトは笑い続け、ミカドは尻尾を揺らしながら満足げに鳴いている。


(「そりゃ、怒られるよね。」)

(「俺、なに言ってたんだろうな~」)


 アンナはようやく気づいた。


(そういえば……ミコトさんの怒り方は、若干癖がありました……)

(つまり、怒っていたのではなく……)

(先ほど学んだ“キレ芸”というテクニック……?)


 ミコトとミカドが、乱暴な言葉を交わしながらも笑い合っている姿を見て、アンナは静かに理解した。


(お二人は……こうしてじゃれ合えるほど、打ち解けた関係なんですね……)


 胸の奥にあった緊張が、ふっとほどけていく。

 青い光が揺れ、アンナの影が静かに落ち着きを取り戻した。



 ミコトとミカドが笑い合う姿を見ながら、アンナの胸にふと懐かしさがよぎった。


(思えば……歴代勇者の一行も、こうしてよくじゃれ合っていましたね……)


 記憶の奥から、にぎやかな光景が浮かび上がる。


 特に9代目ラシュア様の勇者一行は──

 …乱暴な言葉を投げ合い、

 …相手の頭を軽くはたいたり、

 …蹴ったり、肘で突いたりと、

 とにかく賑やかで、くだけた掛け合いばかりだった。


 アンナはその輪の外側で、いつも静かに見守るだけだった。


(あの頃の私は……ただの観測者でしたね……)


 勇者たちの笑い声、軽口、じゃれ合い。

 その中に立つことはなく、ただ淡々と記録し、必要な時に情報を提供するだけ。


 青い光が揺れ、現在のミコトとミカドの姿が重なる。


(でも今は……少し違う気がします……)


 アンナの胸に、ほんのりと温かいものが灯った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ