第96話:魔王道連れ計画
仮眠から覚めても、まだ夜の名残が濃く、窓の外は深い闇に沈んでいた。
秋口の虫が、遠くで細く鳴いている。
天井の照明が淡く部屋を照らす中、ミコトは腕を組み、ゆっくりと目を閉じていた。
胸の奥に沈め続けてきた“ある決意”が、静かに形を成しつつある。
(アンナが、ミカドとの“心話”を繋いでくれた。)
(それなら、話しておきたいことがある……)
ミコトは小さく息を吐く。
その横顔には、迷いよりも覚悟の色が濃い。
ずっと胸の内に封じてきた、最強にして──最後の手段。
本来なら、ルナティアに転移した後、ミカドと向き合って話すつもりだった。
(けれど、状況は変わった。)
(話せるなら、早い方がいい……)
ミコトはゆっくりと目を開けた。
その瞳には、静かな闘志が揺らめく。
(「アンナ、ミカド……長くはならないので、聞いてほしい。」)
ミコトはゆっくりと腕をほどき、瞳を細めた。
(「……間違いなく魔王を倒せる方法がある。」)
その声音には、妙に落ち着いた響きがあった。
アンナは一瞬だけ息を呑む。
少し前なら、その言葉に胸を躍らせていたはずだ。
だが今は──ミコトが転移を決めてからは──そうではなくなった。
胸の奥に、冷たいものがじわりと広がっていく。
(「魔王だけじゃない……」)
(「魔王の取り巻きも……他の多くの魔族も、まとめて倒せる。」)
ミコトは落ち着いて続けた。
その落ち着きは、感情を削ぎ落とした刃のようだった。
(「……ミコトさん、その……」)
アンナの声は震えていた。
嫌な予感が、喉元までせり上がってくる。
そして──その予感は、容赦なく的中する。
ミカドは、従魔としての能力で、ミコトの“精神状態”や“気分”を敏感に察知していた。
ミコトの胸の奥に沈む緊張と覚悟が、じわりと伝わってくる。
(「……」)
ミカドは小さく身を丸め、声を発さずに聞く姿勢を取った。
今は口を挟む場面ではないと、本能で理解している。
部屋の静寂が、さらに深く沈んでいく。
夜明け前の闇が、窓の外でじっと息を潜めていた。
ミコトは淡々と口を開いた。
(「……まず、ルナティアで“ある可燃物”を大量に作り、それを収納スキルに入れておく。」)
(「それと、一定時間で作動する“発火装置”も一緒に入れておく。」)
ミコトは視線を落とし、指先を軽く握った。
(「収納スキルには……持ち主が息絶える時に、中身が外に出る機能があると教えてもらった。」)
(「それを利用して、俺が息絶える時に、それらを全部放出されるように設定しておく。」)
アンナの胸が強く締めつけられる。
ミコトが何をしようとしているのか──その輪郭が、はっきりと思い浮かぶ。
(「その状態で、魔王軍の本陣に単身で突っ込む。」)
(「もし、近づけないなら……なんらかの手段で、上空から落下してもいい。」)
ミコトの声は静かだった。
(「そうすれば……自動的に本陣ごと、まとめて吹き飛ばせる。」)
静かすぎて、逆に恐ろしさが深まっていく。
あまりの非情な内容に、アンナは言葉を失い凍りついた。
そして、ようやく絞り出した声は──
(「……我々がミコトさんに求めているのは……そのようなことではありません……」)
震えを隠せていなかった。
それに、ミコトは肩の力を抜いたまま返す。
(「大丈夫、地球の技術や知識は、それまでにしっかり広めておくから。」)
その緊迫感のなさが、アンナの不安をさらに煽った。
(「そういうことでは……なく……」)
アンナは必死に否定するが、声は弱々しい。
(「レジスト魔眼の対策も踏まえて、ちゃんとやるよ。安心して。」)
ミコトは軽く言い放つ。
(「ミコトさんが……息絶えれば……ミカドさんも消えてしまいます……」)
アンナはついに切り札を切った。
ミカドの存在を盾にする以外、止める手段がもう残っていなかった。
(「……やっぱり、そうなんだ。」)
(「確かに……それだけは気がかりだった……」)
その表情には、驚きよりも“納得”が浮かんでいた。
照明の光が、ミコトの横顔を淡く照らした。
(「……ミカドには、本当に申し訳ないけど……」)
ミコトは小さく息を吐き、続けた。
(「ルナティアで一緒にいられるのは……転移してから魔王軍が侵攻してくるまでの、三年くらいになると思う。」)
(「だから、その間は、うんと大事にするから……」)
アンナは、ミカドが何かしら抗議の反応を表してくれると期待していた。
ミコトが“行き過ぎたこと”を言い始めたら、ミカドが歯止めになってくれると信じ、苦労して“心話”を繋いだのだ。
──それが、アンナの“思惑”だった。
しかし──
(「イケイケー!!」)
ミカドが勢いよく叫んだ。
(「えっ!? えぇっ!?」)
完全にアンナの予想外の反応だった。
ミカドは、アンナの思惑に反し、イケイケだった。
(「生涯、十年モ、三年モ、変ワラナイ」)
(「変わると思います……」)
(「あれ? 従魔になっても寿命って十年くらいなの?」)
ミコトが素朴に尋ねる。
(「いえ。従魔は……主人が生きている限り、共に生き続けます。」)
(「おぉー! やったー!」)
(「ヤッター!」)
ミコトとミカドが両手を上げる。
(「だから……長生きしてください……」)
アンナは泣きそうな声で訴えた。
(「でも、ルナティアの人類のためだから……!」)
(「生涯、百年モ、三年モ、変ワラナイ!」)
(「変わりますよーー!」)
(「ミコトトノ、時間ハ、長サジャナイ!」)
(「ミカドおぉ!」)
(「そ、それは……そうかもですけど……」)
アンナの声には疲労が滲んでいた。
(「ブチカマスゾーー!!」)
(「おぉーー!!」)
(「えぇーー!?!?」)
心話の場が、混沌と化した。
ルナティア管理棟空間の大広間──
管理者サイドの上級職たちは、完全にパニックへ突入していた。
「な、なぜ……!」
「極端なことばかり……!」
「献身性が高すぎた……?」
「犠牲案ばかり……」
「それはミコトくんじゃなくても……」
「ミコトさん、やめて! とまって!」
「ミコトくんとミカドちゃんが死んじゃう!!」
「ミコトさんの瞳が暗黒のよう……」
「まずい! まずい! まずい!」
「思い直してミコトさん!!」
「どうしようぅぅ……!!」
「私も、ミカドちゃんって呼ぼうかな……大丈夫かな……」
大広間は、もはや混乱の渦そのものだった。
その時──
管理棟空間の片隅で、フィアナはひとり思考の渦に沈んでいた。
(……ミコトさんが、自爆なんてしてしまったら……)
つい、ほんの一瞬──
胸の奥で、もっと醜い考えが芽を出した。
(ルナティアで家族や親友ができる可能性はとても低い……?)
(……それなら……裏切り者にならずに済む……?)
気づいた瞬間、フィアナは息を呑む。
(……また私は……最低……)
自己嫌悪が、冷たい波のように押し寄せた。
心は海に投げ込まれた岩のように、勢いよく沈んでいく。
大広間の喧騒が、遠くの波音のようにぼやけていく。
ミカドは、突然大声を出す。
(「ン~~~!」)
その声色で、ミコトとアンナは“次に来る言葉”を一瞬で悟る。
だが── 合わせたのはミコトだけだった。
(「ミチヅレ~~~!!」)
(「みちづれ~~~!!」)
心話の場に、元気すぎる二重唱が響き渡る。
(「……っ!!」)
アンナは、ルナティア管理棟空間の“案内人スキル専門の部屋”で──
ポト、と倒れた。
(し・ん・ど・い……)
そして、天井を見上げながら──
(……もう……大広間の会議で……何か……何か良い結論を……)
祈るように呟いた。
大広間では、管理者フィアナと取り巻きたちが熟考を重ねていた。
議論は何度も堂々巡りし、多くの時間が費やされ──
ようやく、ひとつの結論に辿り着く。
それは──
フィアナは深く息を吸い込み、大広間の中央へと歩み出た。
その瞬間、ざわめきがぴたりと止む。
代理職と幹部職が一斉に姿勢を正し、フィアナへと視線を向けた。
期待と緊張が、大広間を満たす。
フィアナは、満を持して声を発する。
「しばらく様子を見ましょう。」
次の瞬間、代理職と幹部職は寸分の狂いもなく声を揃えた。
「フィアナ様の御心のままに!」
──だった。




