第94話:高速思考(2)
ミコトは、本題の“高速思考スキル”へと進めるため、アンナとの“心話”に意識を向けた。
(「実際の時間より……長く考えられるスキルが欲しいんだ。」)
(「こちらの世界の物語では、“高速思考”と呼ばれてる能力だけど、そのスキルがあると凄く助かる。」)
アンナは淡々と答えるが、すぐに疑問を重ねてくる。
(「ですが……思考速度だけ速くなっても、身体の動きは変わらないのですよね?」)
(「そうだね。」)
(「過去に一度も望まれたことがなく、それは……有用なのでしょうか?」)
どうやら、アンナはイメージが掴めていないらしい。
ミコトは少し微笑み、ゆっくり説明を始めた。
(「これはね、収納スキルと相性がいいんだよ。」)
(「相性……ですか?」)
(「うん。前もって色々と用意しておいても、咄嗟の時に“思いつかない”ってことはあり得るよね?」)
(「……はい、確かに。」)
(「でも高速思考があれば、瞬間的に深く考えられる。」)
(「状況を把握して、最適な道具を選べるんだ。」)
(「……はい。」)
アンナは同意する気配を少し見せたが、まだ完全には理解しきれていないようだ。
ミコトは続ける。
(「それに……魔王には勇者と同じスキルが与えられるよね?」)
(「はい、魔王は“勇者に相対する力”を持つ仕組みになっています。」)
(「なら“高速思考”も同じだと思う。」)
(「でも──」)
ミコトは少しだけ得意げに笑った。
(「こっちの世界の“高度な道具”を持ち込む俺の方が、同じ“高速思考持ち”でも圧倒的に有利になる。」)
(「……なるほどです。」)
アンナの声色が、ようやく納得の色を帯びる。
(「知力の差が出る構成なのですね。」)
(「ミコトさんが使用されれば、効果が際立つと思います。」)
ミコトは静かに息をついた。
高速思考──
それは、ただの便利スキルではない。
ミコトにとって、“準備”と“判断”を最大限に活かすための、切り札になり得る力だ。
アンナは、丁寧に確認する。
(「それでは── 申請したいと思いますが、他に気になることはありませんか?」)
ミコトは少し考え、ひとつだけ要望を付け加えた。
(「できれば……心話ができる相手にも効果が波及するとありがたいな。」)
(「心話の相手……つまり、私と従魔── ミカドさんにも、ですね?」)
(「そう。俺だけが高速で考えても、伝達できないと勿体ないから。」)
アンナは納得したように頷く気配を見せた。
(「確かに……ミコトさんだけが素早く思考されても、連携できなければ不十分ですね。」)
(「うん。だから、共有できる形が理想。」)
(「承知しました。」)
(「それでは、申請します。」)
アンナが静かに処理を進める。
しばらくの沈黙のあと──
(「…………」)
(「承認されました!」)
(「よっしゃ!」)
ミコトは思わず拳を握った。
アンナは、新たに作成されたスキル情報を提示する。
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◆高速思考[プロトタイプ]
MP20を消費。
1秒の間に10秒分の思考が可能。
他のスキルと従魔にも適用される。
◆高速思考[プロトタイプ]+
MP20を消費。
0.1秒の間に10秒分の思考が可能。
他のスキルと従魔にも適用される。
◆高速思考[プロトタイプ]++
MP20を消費。
時間が進むことなく、10秒分の思考が可能。
経過時間の調整も可能(例:0.001秒で10秒分)。
他のスキルと従魔にも適用される。
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ミコトは素直に喜びをあらわにした。
(「おぉ……凄い!」)
(「考えてた通りのスキルだよ! ありがとう!」)
(「想定通りの形で実現できたようで、安心しました。」)
(「ミコトさんのお役に立てて、私も嬉しいです。」)
初期段階で“思考速度10倍”、数字だけ見ると控えめに感じるかもしれない。
だが── ミコトには、その意味がよく分かっていた。
(いや……これは、初期段階で十分じゃないか……)
ミコトは、かつて野球をやっていた頃の感覚を思い出す。
ずっとエースで4番を任されていたからこそ、“判断の速さ”がどれほど重要か、身に染みて理解している。
(たとえば……バッターの時に、時速160kmの剛速球が“16km”くらいに感じられるってことだよな。)
(ピッチャーが投げてから、ボールがバッターの手元に届くまで── わずか“0.3〜0.5秒”。)
(バッターはその中の“0.1秒程度”で判断しなければ、打撃モーションに間に合わない。)
だが、高速思考があれば──
(「判断に“1秒”使える。」)
それは、野球経験者なら誰でも分かる“異常な長さ”だった。
ボールの回転、軌道、球種、コース、タイミング。
すべてを見切った上で、余裕を持ってスイングできる。
(「もしプロ野球選手なら……」)
(「年間打率5割、ホームラン100本とか、夢のまた夢の大記録を、普通に狙える能力だね……」)
(「これはもう、“才能の差”をひっくり返すレベルだよな……」)
ミコトは思わず苦笑した。
気がつくと、日付が変わりそうな時間だった。
ミコトは大きく伸びをして、ふと思いついたことを試したいと考えた。
(……一旦、仮眠しようかな。)
(そういえば、“心話”で目を覚ますことってできるのかな?)
声なら音なので刺激として気づける。
しかし、心話は“意識に直接届く声”だ。
寝ている状態でも反応できるのか── ミコトは気になった。
(「アンナ、心話で起きられるか試したいから、ちょっと仮眠するよ。」)
(「承知しました。」)
(「いつ頃、お声掛けすればよいでしょうか?」)
(「そうだね……安全な状態での確認だから……」)
(「一番起きづらい状態で試すのがいいか。」)
ミコトは少し考え、記憶を辿る。
(確か……“ノンレム睡眠”の時が一番起きづらかったはず。)
(「俺が寝付いたかどうかって分かる?」)
(「はい、分かります。」)
(「じゃあ、寝付いてから“60分後”でお願い。」)
(「承知しました。」)
ミコトはベッドに横になり、深く息を吐いた。
──10秒後。
ミコトは寝付いた。
(は、早い……!)
アンナが小さく驚く。
──60分後。
(「ミコトさん、お時間です。」)
──10秒後。
(「……はい!」)
(はやっ!)
(「ちゃんと起きられるね。」)
(「むしろ、声で起こされるよりハッキリ届いたよ。」)
ミコトは上体を起こしながら、すぐに確認した。
(「どれくらいで起きられた?」)
(「10秒ほどです。」)
(「なら……高速思考スキルを使えば“1秒”で起きられるね。」)
緊急時の対応が一気に現実味を帯びる。
(「アンナ、もし何かあったら、高速思考スキルを自由に使って状況を伝えて欲しい。」)
(「その時、俺が寝てたら起こして。」)
(「承知しました。」)
その返事には、どこか嬉しさが滲んでいた。
アンナは── “初めて自分の役目を得た”ことに、静かに喜んでいた。
安心したミコトは、しっかり仮眠をとることにした。
(「じゃあ……三時間後に、もう一度起こして。」)
ミコトがそう頼むと、アンナはすぐに反応する。
(「三時間……睡眠時間が短すぎませんか?」)
心配がそのまま声に滲んでいる。
(「準備を進めたいからね。」)
(「最初の三日くらいは、ちょっと無理するよ。」)
(「数日だから大丈夫。」)
アンナは静かに受け入れた。
(「承知しました。」)
その返事はいつも通り丁寧だったが──
その奥に、ある“思惑”が宿っていた。
そして──
このあとミコトは、予想だにしなかった“意外な起こされ方”をすることになる。




