第91話:魔王ガン無視計画(1)
“某大規模Wiki”と“電子辞書”で、広く浅い知識はひと通り揃った。
だが、ミコトの思考はすぐに次の段階へ向かう。
(……ここからは“深い”内容が欲しいんだよな。)
宇宙、物理、化学、電気、電子、医療、救命、健康、工業、農業──
挙げればきりがない。
どれも異世界で生きるために必要で、どれも軽く扱える分野ではない。
(本屋で中身を確認しながら買うのが一番なんだけど……)
(本って……かさばるし、重いんだよなぁ。)
次に思い浮かんだのは“電子書籍”だった。
しかし、すぐに眉が寄る。
(電子書籍って……ライセンス認証が必要なんだよな?)
(買ったことないから、どれくらいの頻度で認証が必要なのか分からないし……)
指先が机を軽く叩く。
(異世界にネット環境なんてあるわけないし……)
(認証が必要になったら、その時点で“詰み”か……)
静かな部屋に、ミコトの小さなため息が落ちた。
知識を持ち込むという単純な行為でさえ、異世界では途端に難易度が跳ね上がる。
ミコトは某匿名掲示板の“自スレ”を開いた。
ノートPC画面の光が瞳に映り、指先が素早くマウスホイールを回す。
(専門資料……電子書籍……この辺りのレスがいくつかあったような。)
自分が立てたスレッドには、予想より多くのレスがついていた。
ミコトは息を呑み、ひとつずつ目を通していく。
--------------------
60:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
電子書籍でいいじゃん
62:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
>>60
電子書籍は端末クラッシュするとアウト
バックアップあっても再認証必要だから異世界じゃアウト
64:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
>>60
電子書籍は端末変えたり、一定期間ネット繋がないと読めなくなるやつもある
異世界じゃまず無理
101:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
DRMなしのPDF買っとけ
技術書系の販売サイトはDRMなしがかなりある
電子書籍ストアのは“サービス終了したら終わり”ってのを忘れるな
108:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
無料の学術PDFは普通に強い
“物理学 PDF コレクション”とか“科学 論文 オープンアクセス”で検索しろ
宇宙系は特に無料多い
あと省庁にも技術文書のPDFが何気にある
--------------------
ミコトは画面を見つめたまま、そっと頷いた。
(……なるほど。やっぱり電子書籍は認証がネックか。)
(PDFなら……永年利用できる可能性が高い、と。)
指先が軽く動き、ミコトはスレに短いお礼を書き込んだ。
(助かった……これで方向性が見えてきた。)
そして、ブラウザの検索窓に新たなキーワードを打ち込み始める。
(“物理学 PDF コレクション”……)
(“宇宙学 PDF 無料ダウンロード”……よし、片っ端から集めていこう。)
ミコトの瞳に、静かな熱が宿った。
ミコトは、宇宙関係の専門資料から順にダウンロードを始めた。
(……まずは宇宙だな。)
その選択には、ミコトなりの理由があった。
異世界と宇宙── 一見まったく別の領域に見えて、彼の中ではずっと一本の線で繋がっていた。
(異世界転生や転移の物語で、ほぼ必須といっていいほど登場する収納系能力。)
(『アイテムボックス』『インベントリ』『収納』『ストレージ』──)
(呼び方は違っても、どれも“荷物を大量に運べる夢の能力”だね。)
ミコトは画面を見つめながら、静かに息を吸った。
(これ……宇宙進出にめちゃくちゃ役立つよな。)
その考えは、昔から胸の奥に沈んでいた。
ロケットの燃料問題、物資の重量、輸送の難しさ──
現代の宇宙開発が抱える“重さ”の壁を、収納スキルは軽々と越えてしまう。
そして、ルナティアにも収納スキルが存在する。
(……だったら、応用しない手はないよな。)
ミコトの瞳に、淡い光が宿った。
まるで、遠い星を見つめる子供のような輝きだった。
宇宙へ飛び立つ──
その言葉を胸の中で転がしながら、ミコトは画面から視線を外し、ふとアンナへ問いかけた。
(「……魔王を無視するっていう選択肢も、状況によってはアリだよね?」)
唐突な話題に、アンナは一瞬だけ沈黙した。
そして、控えめに返す。
(「あ、はい……それは、その通りです。」)
だが、その声には微かな戸惑いが混じっていた。
アンナはミコトの意図を掴めていない。
彼女の脳裏に浮かんでいたのは、ただひとつ。
(……ミコトさんが魔王を無視── つまり魔王と対峙しないで……)
(今代の剣聖や槍聖が魔王と戦えばよい、ということですよね……?)
(それは、アリというより……元よりその予定ですので……)
すると──
(「ルナティアの人類が宇宙に飛び立っちゃえば……魔王も魔族も──」)
(「いや、“すべてのレジスト”を置き去りにできるんじゃないかって思って。」)
(「???」)
アンナは完全に固まった。
ミコトの言葉は、彼女の常識の外側にあった。




