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7日後に異世界転移するそうです  作者: ひつま武士
献身性の危うさ

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第89話:ほんわかぱっぱ

 ステータスウィンドウの年齢欄に、数字と上下『▲▼』ボタンと『確定』ボタンが静かに並んでいる。

 ミコトは、難しい顔をしながら、その数字をじっと見つめていた。


(……年齢を進められなくなった以上、利点を最大化するしかないよな。)


 視線がとどまる先── そこには“10歳”の文字。


(10歳なら……身長が低くて目立たないし、警戒もされにくい。)

(転移直後に現地に溶け込むなら、子供の姿の方が圧倒的に楽だよね。)


 ミコトは軽く息を吸い、視線を確定ボタンへ滑らせた。


(……よし、10歳でいこう!)

(確定っと。)


 そう意識した瞬間、年齢欄が淡く光り── 『年齢:10歳』が確定された。


 その光景を見守っていたアンナは、深く深くうなずく。


(……良かった……本当に良かった……)


 心の底から安堵が広がり、静かな波紋のように胸の内を満たしていった。



 年齢設定を終えたミコトは、“ライダー用プロテクター”を色々な通販サイトで吟味する。

 ブラウザには通販サイトのタブがずらりと並び、商品画像が次々と切り替わっていく。


(うーん……フル装備にすると、特殊部隊感が出てくるなぁ……)

(カッコいい……)


 ミコトは画面をスクロールしながら、真剣な眼差しで比較を続ける。


 そして──

 その合間に、アンナには別の“任務”が与えられようとしていた。


 アンナは、某匿名掲示板で話題になっていた“時期が良いおじさん”ネタを気にしていた。

 その後のネタスレ進行も気になっていたらしい。


 ミコトがスマホを操作すると、画面には“とある動画”が映し出される。


(「アンナ、これ見てみて。」)


(「……映像、ですか?」)


 アンナの声は、わずかに緊張を含んでいた。


(「こういうのに、もっと触れてみたらどうかなって。」)


(「……なるほどです、学習の一環として── ということですね。」)


 ミコトは軽く頷き、再生ボタンをタップした。


 スマホから、陽気な楽器だけのオープニングなのに──

 どう聞いても“ほんわかぱっぱ”にしか聞こえない、あの曲が流れ始める。


 ミコトは、その曲だけで可笑しくなり肩を揺らす。



 スマホの画面には、“某新喜劇”の映像が軽快に再生されていた。

 アンナは“音声と映像”に集中し、真剣に内容を解析している。


 しばらくすると──


(「本気で裏地を見せたかったわけではなく?」)


 ぽつりと漏れた声は、どこか戸惑いを含んでいた。

 ミコトはプロテクターの比較を続けながら、画面をちらりと見やる。


(「うん、あれは最初から用意してある言い訳だね。」)


(「よく分かりません……」)


 ミコトは肩をすくめ、笑いながら説明する。


(「威勢よく現れ、荒事も辞さない雰囲気を出しながら──」)

(「でも最初からすぐに引き下がる前提の行動で──」)

(「さらにしょうもない理由を付ける、そんな一連の流れるようなセットだね。」)


(「なぜそのようなことを……」)


(「まあ、慣れれば分かるかも。」)


(「承知しました。」)


 アンナは再び動画の解析に集中した。

 その声音には、学習意欲と困惑が入り混じっていた。



 スマホから、再びあの陽気な“ほんわかぱっぱ”が流れ始めた。

 アンナは、“某新喜劇”の次の回に突入した。


 しばらくして、アンナが静かに呟いた。


(「……ほとんど同じ内容でした。」)

(「同じのを観ればいいのでは、と思います。」)


(「それだとダメなんだよ〜」)


(「ダメなのですか?」)


(「登場人物のバリエーションとか、登場順序が少しずつ変わるのが大事なんだよ。」)


(「そうなのですね。」)

(「そういえば……“ドリルする”のが新しく出てきました。」)


 ミコトの目がぱっと輝く。


(「おっ、それ大好きなやつ。」)


(「ミコトさんは、“ドリルする”のが、お好みですか。」)


(「うん、凄く!」)

(「特にそれは、別の番組──っていう映像作品でね、強面の俳優さんが完コピしてるのを観て、めちゃめちゃ笑ったことがある。」)


 アンナは少し考え込む。


(「専門ではない人がやられたのですね?」)

(「専門でなければクオリティは落ちてしまうと考えるのですが……?」)

(「どんな感じでしょうか……」)


 アンナの脳裏に、勇者レオンと剣聖アークの姿が浮かぶ。


(「……ふっ……ふふっ」)


(「???」)


(「……ふふふっ」)


 アンナはしばらく沈黙していた。



 スマホから、三度目の“ほんわかぱっぱ”が流れた。

 軽快なリズムが部屋に満ち、ミコトはプロテクターの比較を続けながら耳だけで楽しむ。


 しばらくして、アンナが呟く。


(「最初から、全体の流れが予想できます。」)


(「お、分かってきた?」)


(「はい、誰かが出てくると、何が起きるかがすぐに分かります。」)

(「それが── 少し嬉しいですね。」)


(「そうそう、それが“お約束”ってやつ。」)


(「“お約束”ですか。」)


 アンナは言葉を反芻するように、丁寧に発音した。


(「ありがとうございます、覚えました。」)

(「行う側が、観る側に定型の流れを繰り返し示すことで、それが自然と浸透していき──」)

(「そして、その定型を一種の約束事として捉え、通常の“約束”とは混同しないように付けた言葉が“お約束”なのですね。」)


 ミコトは目を丸くする。


(「その通り……っすね。」)

(「うん、説明できることなんだ、“お約束”って。」)

(「感覚的と言うか……雰囲気ワードだと思ってたよ……アンナ凄いね。」)


(「いえ、その長い説明が必要な事柄を、一言で表していることが凄いです。」)

(「極めて高度な言語センスだと思います。」)


(「確かに……本場の人たちは“言葉使い”だなって思う。」)

(「ホントに的確な言葉を色々と生み出してる。」)


 いつの間にかミコトとアンナは、“某新喜劇”を観ながら、なぜかしばらく学術的な空気で語り合っていた。



 動画が進むにつれ、アンナの解析は深まっていく。

 しばらくして、アンナがぽつりと呟いた。


(「ほぼすべてにおいて、目的もなく、結果も生じない── 不要に思える行動ばかりでした。」)


(「まあ、そう見えるよね〜」)


 アンナは少し間を置き、声を柔らかくした。


(「ですが、慣れると楽しくなりますね。」)


(「お~それは何より!」)

(「本場では、そういう“不要に思える行動”のことを“なんやねん”って言うらしいよ。」)


(「なんやねん、ですか?」)


 ── ここでもまた、先ほどと同じやり取りが繰り返された。

 アンナが“なんやねん”を的確に説明し、ミコトが感心し、アンナが本場の語彙の豊富さを褒めた。


(「なんとなく……分かる気がします。」)

(「機会があれば、使ってみたいと思います。」)


(「いいね〜、でも、一般生活ではほぼ使うタイミングがない言葉だよね。」)


(「そうですね……とても残念です。」)


 アンナの声は、ほんの少しだけしょんぼりしていた。


(「誰かがわざとやらないと、その状況ができ上がらないから。」)


(「わざと、ですか?」)


(「そう、それを本場では“ボケ”って言うよ。」)


 ── さらに、ここでもまた、アンナが“ボケ”について丁寧に説明し、ミコトが感心するという同じ流れになった。

 しかしミコトは少しも面倒がらず、柔らかく応じ続ける。


(「……分かるような気がします。」)

(「勉強になります。」)


 アンナが素直に吸収しようとしているのが、ミコトには微笑ましかった。



 ミコトは、天啓を受けたかのように、アレの存在を思い出した。

 スッと立ち上がると、クローゼットを開け── 中から“ドリル用の柔らかい棒”をスラリと取り出した。

 これは、れっきとした公式グッズだ。


 この場面では、本場の人なら“もっとんのかぃ”と合わせてくれただろうが、残念ながらアンナにそのスキルはまだない。


 すると、ミコトは“柔らかい棒”を両手で持ち、中腰に構える。

 さらに片目を閉じ、狙いをつけるようにゆっくりと動く。

 そして──


(「……相手がいなかった。」)


 と、“柔らかい棒”をポイっと床に捨てた。

 すると──


(「なんやねん」)


(「おぉ! それそれ〜! バッチリ!」)


(「ありがとうございます!」)


 アンナは、上手く合わせることができた。



 その頃──

 ルナティアの管理棟空間の大広間は、ミコトの“魔王高齢化計画”に対する“緊急招集”がようやく終わり、静寂が戻っていた。

 集まっていたのは、クリオネのような姿で淡い光を放つ、管理者フィアナと取り巻きたち。

 解散後に取り巻きの数体が残り、宙にゆらゆらと漂いながら、ひとつの巨大スクリーンを見守っていた。


 そこには、ミコトとアンナのやり取りが映し出されている。

 この映像が見られるのは、この大広間とフィアナの個室だけだ。


 その残っていた数体は、今のミコトとアンナのやり取りを見ていて、不意のことにツボってしまい──

 可笑しさのあまり、ぴちぴちとのたうち回っていた。


 同じく、たまたま自室で今のミコトとアンナのやり取りを見ていたフィアナも、不意のことにツボってしまい──

 可笑しさのあまり、人知れず震えていた。



 そんな、ルナティアの管理者サイドの何人かが苦しんでいる時──

 ミコトはノートPCの前で硬直していた。


(……あれ?)


 彼は愕然としたように目を見開いた。


(……転移する時の年齢を10歳にしたけど……)

(……このプロテクターって……オートバイ用のだから……)


 手に力が入り、ワイヤレスマウスが“ミシッ”っと音をたてる。


(……子供用のは……ないよね……)


 その瞬間、ミコトの心に静かな絶望が広がった。


(やっちまったな!)

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