第7話:悪い思い付き
案内人スキルが何か言い淀んでいる気がする点を、ミコトは軽く深呼吸をして、素直に聞いてみることにした。
「えっと、少し前から案内人スキルさんの言葉が、なんというか…考えながら話している感じがして」
「もし何か気になることがあったなら、教えてもらえませんか?」
確かに、案内人スキルの返答にはどこか含みがあるように感じた。
ただの知識提供というより、何かを気にしているような…そんな違和感。
案内人スキルは一瞬、間を置いた。
そして、淡々とした口調で語り始める。
(「はい…。ぎこちなくなってしまい申し訳ありません。」)
(「これまでにも、派生世界の仕組みについて説明する機会は何度かありました。」)
(「ですが、ほとんどの場合、全てを話す前に興味を失われていました。」)
ミコトは目を瞬く。
「途中で?」
(「はい。具体的には、実体と実体がない投影の話のあたりから、ほぼすべての方が理解を放棄されました。」)
なるほど…そこが壁なのか、とミコトは軽く首を傾げた。
確かに、相対的な話はイメージし辛いし、特に投影は参照の概念だから難しいかもしれない。
継承はまだしも、参照の概念は直感的に捉えにくい。
(「ですが、ミコト様は最後まで理解されただけでなく、途中からは独力で正解を導き出していました。」)
(「特に、『最初から派生世界が全て異なる銀河を選ぶこと』と、『派生世界が失敗して再スタートする際にベースを選び直せること』は、私自身も結びつけて考えたことがありませんでした。」)
(「そのため、驚きを禁じえませんでした。」)
(「私自身もこれほど論理的に整理したことがなく、目を見張る思いです。」)
単に驚かれていただけなのかと、ミコトは納得する。
そして、自分はたまたまイメージしやすいものを知っていたからこそ、理解できたのだろうと考えた。
「それは、まあ…たまたまですね。」
「自分は、『似たようなもの』を知っていたので、それがヒントになったんだと思います。」
すると、案内人スキルが興味を示した。
(「『似たようなもの』、ですか?」)
(「こちらには、そのようなものがあるのですね。」)
ミコトは少し考え、補足を加えることにした。
「こういう概念の説明って、言葉だけだとどうしても分かり辛いですね。」
「でも、図や映像があると意外とすんなり頭に入るんですよ。」
(「図や映像ですか?」)
案内人スキルは少し考えた後、ミコトの視界に新しくダイアログボックスを開く。
そこに、地球と太陽系の映像が表示された。
「おお、映像を作れるんですね!」
ミコトは感心しつつ、さらに具体的な指示を出してみる。
「もっとズームアウトできませんか? 天の川銀河を映して、それから近くの銀河まで表示できると分かりやすくなると思います。」
(「試してみます。」)
案内人スキルは淡々と作業を進める。
画面は徐々にズームアウトされ、太陽系から銀河系全体へ、さらにその周辺の銀河へと視点が広がっていった。
「いい感じですね。じゃあ、ここで派生世界Aと派生世界Bを、仮に同じ銀河に配置してみてください。」
(「了解しました。」)
案内人スキルがミコトの指示を反映し、ある一つの銀河の下に二つの派生世界を配置する。
ミコトは映像がすぐに仕上がったことに感心し、どんどん夢中になっていく。
資料としての全体像を確認しながら、これまでに理解した派生世界の内容を追加し、細かい調整も次々に加えていった。
しばらくして、映像は一つの視覚資料としてまとまった。
(「これは…素晴らしいです!」)
(「言葉だけで説明していた時とは比べものになりません。」)
(「視覚情報を加えることで、派生世界の構造が驚くほど分かりやすくなりました。」)
「これなら誰でも直感的に理解できそうですね。」
(「ミコト様、今後この資料を派生世界の説明に使用してもよろしいですか?」)
「もちろん大丈夫ですよ。」
(「ありがとうございます!」)
案内人スキルは礼を述べる。
しかし、深く考えずに答えたミコトは、この資料に自分が作者として記載され、それがすべての派生世界に広がり、更には新たに生まれる派生世界へも漏れなく受け継がれていくことになるなんて―― まったく知る由もなかった。
ミコトは目を閉じて、思考の中に『新人くん』を作り上げる。
『新人くん』とは、自分が知識を整理するための架空の存在。
学びたての情報を、誰かに教える体で自分の理解を深めるための、また、まだ不十分な所を浮かび上がらせるための、よくやっている工夫だった。
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「びえぇぇぇっ!ひぐっ…ごふっ…ボク…なんてことを…!」
新人くんは慟哭していた。
どうやら彼が作った派生世界の生命が滅亡してしまったようだ。
「ダメだ…もうダメだ…。全部消えちゃった……。」
涙をこぼしながら、新人くんは何度も目を拭う。
「びええぇぇぇっ…ずびっ…もう一回…やりなおしたい……」
次の瞬間――
「よしっ!!もう一度やる!!ポチッと!!」
「さて、再スタートでは銀河はそのままになるんだよね!」
新人くんは派生世界の再生成の仕様を確認しながら、前回選んだ銀河を見つめる。
そして、彼は考えを巡らせた。
「母星も前と同じでいいんじゃないかな?慣れてるし。」
銀河を選び直す必要もなく、前の母星もそのまま選択できる―― この仕組みが「楽」であることに安心する新人くん。
「また銀河と母星を選ぶ必要が無くて助かるな…!」
そう思いながら手順を進めていくと、新人くんはさらに気付いた。
「ん?そういえば、再スタートの時って親にする世界を選び直すこともできるんだったよね?」
「あっ! 良さそうな世界がある!」
そこで、彼の頭に疑問が浮かぶ。
「でも、親にできる世界って、違う銀河の世界だよね…うちの銀河と被ってたりは…」
「あ、そうか!だから、最初に『空いている銀河』を選ぶんだね!!うちの銀河はどことも被っていないんだ!どの世界でも親に選べるよ!」
新人くんは納得しつつ、ふと別のことを考え始める。
「銀河の数から考えれば、ルールがなくても同じ銀河を選ぶことは、よっぽどなさそうだけど…。」
しかし、一瞬の間を置いて、彼は別の視点に気づく。
「でも、地球がある≪天の川銀河の近くの銀河≫なんかは、管理者に大人気だろうし…。」
「ルールがなければ、被ることは普通にありそうだなぁ。」
新人くんは、この仕組みの整合性をしっかりと理解していく。
「なるほど、よく考えられてるね!」
その巧妙な設計に感心しながら、前と同じように母星と恒星をコピーする新人くん。
しかし、その瞬間――
「……ん?」
新人くんは、ある重大な疑念を抱く。
「もしかして…この仕組みって……」
彼の頭の中に、恐ろしい仮説が浮かび上がった。
「何度も失敗してやり直すのを見越してる!?!?((ガクガクブルブル))」
新人くんは怯えた――
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(何度も失敗してやり直すのを見越してる!?)
その瞬間、ミコトもその思い付きに驚き、目を見開いた。
(いや、まさか…。)
(そんな…ことは…。)
ミコトは必死に頭の中で反論する。
(派生世界って、生命に寄与する何らかの要素を追加した『生命に優しい世界』のはず。)
(生命が滅びるなんて……。ましてや、何度も滅びて再スタートを繰り返している世界があるなんて……そんなこと、考えられない。)
(…再スタートの実例があるとさっき聞いた気がしたけど…いや、何か不運な事故とかで滅多にないことだろう…と信じたい。)
ミコトは、悪い思い付きに罪悪感も感じ、必死に振り払おうとした。
(どの異世界も生命が豊かに繁栄しているよ、絶対に!)
そう考えなおすと、とりあえずここまでの整理を終える。
(…ここまでは、もう考慮漏れはなさそう。)
しかし―― その『悪い思い付き』は、実は的中しているのだった。
―― そして、資料の作成を手伝っていたためダイアログボックスの自動的に[拒否]になるまでの時間は、86分33秒になっていた。
『※あと86分33秒で自動的に[拒否]になります。』