第83話:自己嫌悪
ミコトはうな垂れていた。
目の前のテーブルに頭を預けると、瞳は虚ろに揺れる。
(やってしまった……)
(私情で決めてはダメだと、あれほど……)
低い声が漏れ、声はかすれる。
(なのに……私情で決めてしまった……)
視線が宙をさまよう。
(…………)
(でも、自分が第一候補だったし……)
(強く求められていたし……)
指先がテーブルを掴む。
(案内人さんも、凄く喜んでくれたから。)
ミコトはカッと目を開いた。
「事ここに至っては、身命を賭して臨む所存!」
その声は部屋の静寂を切り裂き、彼の覚悟が極まる。
そして立ち上がると、照明のスイッチへ歩みながら思案する。
(魔王への対抗策は……幾つかできている……)
スイッチを押す手が力強く動き、部屋に光が広がる。
照明をつけ、振り返った瞬間、いつもの部屋が別の場所のように感じられた。
よそよそしい空気が漂い、異世界への入口を思わせる気配が背筋を撫でる。
すぐに座椅子に正座し、目を閉じて深く息を吸い込む。
吐き出す息は重く、決意の影を帯びていた。
(異世界に行くには……とにかくこちらの世界の知識が必要だ)
瞳を開き、前のテーブルに置かれたノートPCを見つめる。
(情報は浅くてもいい……けど、とにかく広ければ広いほどいい。)
(専門知識のない俺には、何をするにも取っ掛かりが必要だ。)
(0と1では大違いだから……)
その思考は鋭く、一つの閃きに繋がった。
(そうだ……某大規模Wikiがある!)
ミコトの視線がノートPCに突き刺さる。
(膨大な情報があって、書いてないことがほぼないと思えるほどの……)
(確か、日本語版と英語版だけでも一千万近い記事があったはず。)
(そして、このWikiは丸ごとダウンロードできる。)
彼は息を整え、口元にわずかな笑みを浮かべた。
(日本語版だけじゃなく……英語版も落としておこう。)
(ただ……このサイトは正確じゃない内容もあるから、もっとしっかりした技術情報も欲しいな。)
次に、ミコトは通販サイト── 某家電ドットコムのページへとアクセスした。
(とりあえず思い付いた機材から注文していこう……)
(時間が限られているから、ネット通販は早くしなければ!)
胸の奥で焦燥が脈打つ。
「まずはノートPCだな。」
声に出すと同時に、画面に並ぶ商品群へ目を走らせる。
(タブレットやスマホがあれば、PCは不要と言う人もいる……けど、やっぱりPCは使いやすい。)
(……異世界で故障に悩まされないように……ファンレスにしよう。)
(動く部品が一番壊れやすいからね……熱の方が問題だと考える人もいるだろうけど……)
(それほど重い処理はしないし、やっぱり動く部品が一番怖い。)
画面をスクロールしながら、ミコトは深く息を吐いた。
(ノートPCは……何台にしようか?)
(二度と手に入れられないものだから……そして、現地では長ければ八十年近く過ごすことになる。)
(大事に使えば十年は持つか……それに、そこまで頻繁に使わないだろうから……三台かな。)
(全部同じメーカーのにすると、同じ問題が発生しそうだから、分散させて三社の製品を一台ずつにしよう。)
様々なリスクが脳裏を走る。
(機材は収納スキルに入れられるから安全だけど……)
(使っているうちにOSが不調になったり、クラッシュする可能性はあるな。)
(系統の異なるOSの……某リンゴ社のノートPCも一台持っていくか。)
(これで全部で四台。)
ミコトはノートPCの画面を見つめ、低く呟く。
「記録メディアも重要だ……」
視線は揺らぎなく、指先がワイヤレスマウスを軽く叩く。
(端子が壊れたり、ドライバが不調になる可能性は十分にある……)
(だから複数種類を用意する必要があるな。)
眉間に皺を寄せ、思考に集中する。
(それぞれ三つは持ち込む情報のバックアップ用に……残りは現地で使うためにと……)
(多すぎるぐらいでいいか、バックアップは大事だし……)
(現地で何をどれだけ記録するか分からないし、足りなくなるよりは良い。)
(MicroSDカードとUSBメモリは小さいから多めに……)
ミコトは深呼吸し、画面に映る商品リストをスクロールした。
(そういえば……Linux系OSはUSBメモリやUSB SSDで起動可能なものがあった。)
(Linux系OSだと、某リンゴ社のOSと被るかな?……いや、あっちはUnix系のはず。)
(ならば……Linux系OSの起動用のUSB SSDを三つ追加しよう。)
その思考は研ぎ澄まされ、瞳に確かな光が宿る。
静かな部屋に、決意の気配が満ちていった。
ふと、ミコトは生前の父の姿を思い出した。
(スマホやPCを使う時に、よく老眼のことをこぼしていたな……)
その記憶が胸に差し込み、不安が芽生える。
(もし自分も老眼になったら……画面は見られるのだろうか?)
(案内人さんが画面を拡大して見せてくれるかもしれないけど…)
(あっても困らないだろうし……念のために各度数の老眼鏡を購入しておこう。)
一旦、通販サイトのカート画面に進める。
すると、在庫ありの表示がすべてに並んでいた。
(全部揃っている……助かった!)
指先が軽快に動き、注文を確定する。
(いつもとても丁寧なエクストリーム便で……翌日の18時配達を指定、と。)
(この翌日配達はいつも助かるな~)
しみじみと呟き、背もたれに身を預ける。
(それも……あと七日間だけなんだけどね……)
そして、ミコトは残り時間が気になり、視界の端に映るダイアログボックスを確認した。
そこには見慣れた文字が並んでいたが──
(……おっ?)
(承諾したから、“よろしいですか?”が消えているね。)
視線が止まり、眉がわずかに動く。
視界にふわりと浮いているダイアログボックスには──
『7日2時間23分後に異世界転移します。』
と表示されていた。
(転移承諾してから七日ぴったりが期限だと思っていたけれど……余分な時間があるのか。)
(この余分が終わると……ちょうど本日の零時になるようだね。)
(つまり……日が変わってから七日なんだ。)
声は低く、納得の響きを帯びる。
ミコトは足を崩すと、座椅子の背に身を預け、わずかに目を閉じた。
(転移承諾までの決断を引き延ばして、延長し続けた方が得だったかもしれない……って、さっき少し考えちゃったけど……)
唇が歪み、苦笑が漏れる。
(……速く決断しても残り時間が貰えるんだね。)
(ちょっと浅ましいことを考えてしまってた……)
頬に熱が差し、ミコトはわずかに恥ずかしさを覚えた。
静かな部屋に、彼の心音だけが響いていた。
~今回手配したもの~
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……ファンレスノートPC(F社):1
……ファンレスノートPC(D社):1
……ファンレスノートPC(V社):1
……ファンレスノートPC(某リンゴ社):1
……タブレット(某リンゴ社):1
……今使ってるのと同じスマホ:3
……大容量のMicroSDカード:13(小さいので多め)
……大容量のUSBメモリ:13(小さいので多め)
……大容量のポータブルHDD:6
……大容量のUSB SSD:9(起動用の3個含む)
……老眼鏡:5(度数ごとに1個ずつ)
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いきなりマニアックな内容になってすみません。
異世界に行かれる際に、参考にしていただければと思います。。




