第80話:ダイオウデグー
ミコトは、画面に映る従魔のダイアログを凝視していた。
視線は揺れず、呼吸さえも浅くなる。
ミコトの瞳が潤む。
「おかえり、キング……」
その言葉は、静かな部屋に吸い込まれるように消えていく。
ノートPCの画面が、薄暗い部屋を淡く照らす。
照明はつけ忘れたまま、カーテン越しに街灯の光が揺らめき、夜の静けさをさらに濃くしていた。
従魔は、画面の中で“ぴょんぴょん”と跳ね、毛づくろいをし、伸びをして大きなあくびをする。
その仕草は、懐かしい記憶を呼び起こすように、愛らしく胸を締めつけた。
画面が涙で滲み、過去と現在が重なり合う。
ミコトの脳裏に、過去のキングの姿が鮮やかに蘇る。
……ペットショップの小さなケージの中で、色んな鳴き声を響かせながら大騒ぎし、ホイールを爆走していた。
……とても小さく、可愛らしいパイドのデグー。
……ケージから出してもらうと、物おじすることなく、両腕の間を行ったり来たりして遊んでいた。
……その無邪気さは、初めて触れた瞬間から心を掴んで離さなかった。
「冬でふさふさな上着を着ていたからか、すぐに俺の腕の上で、寝そうになってたね。」
ミコトは画面を見つめながら、ふっと微笑む。
……家族全員が、その小さな存在に心を奪われた。
……迷いなどなく、ただ「この子だ」と決めて迎え入れた。
……名前を家族で考えたが、なかなか良い案は浮かばない。
……なぜかその場のノリで── その頃よく通っていた飲食チェーン店の名前を父が口にした。
……「キング」── そう呼ぶことになった。
……だが、その子はメスだった。
……そして、そのことは、ペットショップで聞いていて、家族みんな── 知っていた──
……ミコトは、名前の事を後々気になるようになった。
「なぜあの時、俺も同意したんだろ……?」
ミコトは首をかしげながら、その後のことに思いを馳せた。
……キングは、家族全員に、とてもよく懐いていた。
……それでも、どこか孤高で、猛々しい気配を纏っていた。
……撫でることはできても、手や膝の上に乗ることはなかった。
……部屋んぽの最中に、身体に登ってきてはそのまま通り過ぎていくだけだった。
……ケージの中に、クッション代わりとして“もこもこのハンドウォーマー”を入れていた。
……キングは、よくそれに飛び掛かっては、掴んだまま猛然と噛みつき、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。
……その姿は、まるで小さな戦士の稽古のようだった。
「あまりに勇ましくて……生まれながらの戦士なんじゃないかって思ったよ……」
そんな子でも、弱々しい姿の時があったと、ミコトは思い出した。
……一度、キングの調子が悪くてぐったりしているのを見つけたことがあった。
……病院もやっていない時間だったから、ミコトは掌にそっと乗せ、一晩中温め続けた。
……夜明け頃、キングは元気を取り戻し、手から飛び降りていった。
……その時から── キングはミコトの掌にだけ乗るようになった。
……ミコトがケージの前を通ると、キングは後ろ脚だけで立ち、ぴょんぴょんと飛びつくような仕草をしながら、横に移動して追っていく。
……ミコトが見えなくなるまで、ケージの端のギリギリまで移動して、必死に覗き込んでいた。
……その姿に、家族は笑いながら“まるでストーカーだね”と口にした。
「俺には甘えっこで、拗ねやすく、寂しがり屋だったね。」
ミコトは画面を見つめ、瞳を潤ませる。
……キングは、色んな鳴き声を出せる子だった。
……朝にはホイールを爆走しながら、けたたましく鳴き立てていた。
……その鳴き声は、家族の朝を告げる鐘のように、賑やかで愛らしかった。
……そして──
……この世を去る時、最後の瞬間に、これまでで一番大きな鳴き声を響かせた。
……もう目も開いていなかったので、その声は家族全員を呼ぶためのものだと感じた。
ミコトの掌の上で、キングは静かに息を引き取った。
その温もりが消えていく瞬間、彼の胸の奥に深い痛みと、言葉にできない感謝が刻まれた。
キングを埋葬したペット霊園に行くたび、ミコトは祈った。
……うちに来てくれてありがとう。
……会えてよかった。
……楽しかった。幸せだった。大好きだった。
……そして、最後に必ずこう祈った。
……また会おう、と。
……生まれ変わりに会えるなんてことは考えていない。
……ただ、あの世で会える気がした。
……そう思えば、心が僅かに軽くなり、前を向ける気がした。
ミコトの頬を涙が伝う。
「本当に、また会えるなんて……」
その声は震え、夜の静けさに染み込んでいった。
ミコトの視線が、ダイアログの下へと滑っていく。
そこには、グレーの文字で『キング』と記されたテキストボックス。
その横には、ひっそりと『確定』ボタンが並んでいた。
ミコトは眉を寄せる。
(名前を変えられるのか……?)
ずっと気にしていたことだった。
“キング”という名は、猛々しく勇ましいこの子に似合っていた。
何度も“オスなんじゃないか”と思ったこともある。
それでも、やっぱり気になっていて── 同じ意味を持ちながら、さらに上位で、男女どちらでも通じる名前を考えていた。
ミコトは、テキストボックスの『キング』の文字を消す。
そして、代わりに『ミカド』と入力し、確定ボタンを押した。
画面を見つめながら、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「俺の名前に似てるし、気に入ってくれると嬉しいな。」
さらに視線を下へ移す。
そこには、体長の表示があった。
── 40cm。
ミコトの目が見開かれる。
「でかっ!」
声が部屋に響く。
続いて、体重の表示。
── 2300g。
「でっか!!」
再び叫んでしまう。
ミコトは額に手を当て、必死に計算を始める。
(うちにいた時は、丸くなってて10数cm、伸びると20cmぐらいだったから……2倍ちょっとか……)
(体重は230gくらいだったから10倍……大きさが2倍ちょっとなら、体積はその三乗で10倍ってことか、なるほど……)
口元に苦笑が浮かぶ。
「さすがダイオウデグー……?」
さらに視線を下へ移す。
そこには、スキルが一つ表示されていた。
── “質量共鳴[種族固有]”
ミコトは眉をひそめ、画面を凝視する。
「質量共鳴?」
その声は、驚きと不安を含みながら、夜の静けさに滲んでいった。




