第6話:派生世界の仕組み
第6話:派生世界の仕組み
派生世界の生命の誕生、そして人類の種類まで説明を受けたものの、ミコトは派生世界の仕組みについて理解が足りていない気がしていた。
そこでミコトは目を閉じて、思考の中に『新人くん』を作り上げる。
『新人くん』とは、自分が知識を整理するための架空の存在。
学びたての情報を、誰かに教える体で自分の理解を深めるための、また、まだ不十分な所を浮かび上がらせるための、よくやっている工夫だった。
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ミコトは自分の知識を整理しながら、新人くんに説明を続ける。
「ぼく、派生世界の新人管理者!」
「今日は新しい派生世界を一から作るよ~」
軽い調子で、新人くんは脳内で元気に動き回る。
「まずどうするんだっけ…」
「そっか、地球がある『天の川銀河』とは違う銀河を探すんだね!」
「他の派生世界の管理者が選んだ銀河もダメなんだね、了解!」
「どれどれ、空いてる銀河は残ってるかな?…」
脳内の新人くんが銀河の一覧を確認する。
「えぇ!銀河ってこんなにあるんだ!地球の人の数よりずっと多いんだね!」
「それなら絶対残ってるよね♪選びたい放題だー!」
新人くんはテンションが高め。
「どうしよう、地球がある『天の川銀河』とあまり離れたくないけど…」
「よし、ここに決めた!」
「次は、地球に似た星を探すんだね、ジロジロ…」
新人くんは銀河の中を探し回り、良い星を見つける。
「地球と同じぐらいの大きさで、重力も同じぐらいで、水があって、生育環境が完璧な星があったよ♪」
「生命がいないのが不思議なくらいだ。」
「公転の軌道も正円で、寿命も問題なし!ここを母星にしよっと。」
「中心の恒星は太陽よりずっと大きいけど、安定してるし、寿命も問題なさそう。」
「母星にぶつかるような軌道の他の惑星もないし、大きな隕石も数十億年は来ないはず。」
「じゃあ、母星と恒星をコピーして…大きな月もあるから、これもコピーしよう!」
新人くんは意気揚々と宣言する。
「ジャーン!派生世界ができたよ♪」
「母星と月と恒星しかないコンパクトな世界だけど、他の星は『原初の世界アマノハラ』の映像を投影するから寂しくないね。」
「だから、母星の夜空は満天の星空になるんだ。」
「望遠鏡が作れるようになったら、拡大して見ることもできるよ。」
新人くんは頷きながら続ける。
「もし、いつかその星まで行けたら、その星もコピーされるから…がんばってね!これから産まれる生命たち♪」
しかし、急にトーンが落ちる新人くん。
「でも…なんで違う銀河にしなきゃいけないんだろう……」
「あの地球をコピーしたいのに…」
新人くんはしょんぼりした――
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(あの地球をコピーしたいのに…)
新たな疑問が炙り出された瞬間、ミコトは思わず呟いた。
「ふぬぅ…」
案内人スキルは何のことか戸惑う。
(「…どうかされましたか?」)
ミコトは我に返る。
「あ、えっと…」
「ちょっと疑問があってですね…」
ミコトは案内人スキルに質問した。
「新たな派生世界を作る時に、地球がある銀河や、他の派生世界がある銀河を避ける必要があるのはなぜでしょうか?」
すると案内人スキルは納得したようで即座に答える。
「地球の宇宙活動…ロケット打ち上げなどの人による宇宙活動が、投影に映りこまないための措置だと思われます。」
ミコトは深く頷く。
「なるほど…」
派生世界は母星と恒星だけが実体の≪最小限のリソース≫で構成され、それ以外の星の光はこの世界の同じ場所の投影だ。
その投影に、≪他の世界の生命の宇宙活動≫が映り込むのは、異世界側からしたら奇妙なことだろう。
文明が未熟なら、大きな混乱を引き起こす可能性もあるとミコトは考える。
(人の宇宙活動が投影に映りこまないよう、何らかの手段で除去することは可能かもしれない。)
しかし、それは今現在の地球の小規模な宇宙活動に対しての感覚だ。
人類の宇宙活動が大規模になったら…肉眼でも見える巨大コロニーがいくつも作られたり、宇宙船が頻繁に飛び交うようになれば、投影から除去するのは容易ではないだろう。
ならば――
(最初から違う銀河にしておいた方が手っ取り早いな。)
銀河ごと分けてしまえば、当面は問題ない。
(確かに、銀河を渡るなんて、相当未来の話だろうし…)
あるいは―― 母星が存在する銀河から外に出ることができない、そんな未知なる宇宙の仕組みがあるのかもしれない。
ミコトはぼんやりと考えたが、すぐに振り払った。
(まあ、そこは考えても仕方ないか。)
そして、すぐにもう一つの疑問が浮かんだ。
(でも、今の理由は投影元が原初の世界の場合の理由だよな…)
(すべての派生世界が、それぞれ異なる銀河を選ぶルールの理由にはならないはず…なぜなら…)
例えば、派生世界AとBが存在するとして――
AとBが同じ銀河の同じ星を選んでも、Aの宇宙活動はBに知覚させないはずだ。
(派生世界Aがどれだけ宇宙でブイブイ言わせても、派生世界Bは知る由もない。なぜなら、Bは原初の世界を投影しているのだからAは見えない。)
(同じく、AからBは見えない)
(ただ地球の銀河を選ばなければ良いだけだ。)
それなら、異なる銀河を選ばなければならない理由は何なのか?
一つの仮説が頭をよぎる。
(もしかして…とある派生世界が原初より成功したら、その派生世界をベースにすることができるようになる?)
(つまり、原初の子である派生世界A、Aの子であり原初の孫でもある派生世界C、さらにその先も…)
(そうやって、派生世界が世代を重ねて行くことが可能なのか?)
ミコトは、派生世界の管理者になるわけでもないのに、ここまで細かいことを考えしまう自分に苦笑した。
(考えすぎかもしれないな…)
しかし、こうした細部を詰めていくことで、何らかの違和感を炙り出せるかもしれない。
何かを隠していたり企んでいるのだとすれば、どこかでボロが出るはず。
だから、やはり気になるところは突き詰めていこうと気を取り直す。
とはいえ、細かい質問をし続けることにためらいも感じてしまい、案内人スキルへの声掛けは妙にぎこちなくなった。
「チョットイイデスカ?」
案内人スキルは軽快に答える。
(「はい、どうぞ。」)
ミコトは軽く咳払いし、質問を投げかける。
「原初の世界が必ずベースになり、必ず投影元になるなら…派生世界がそれぞれ異なる銀河を選ぶ必要はないのではと思って…」
「もしかして、派生世界がある程度成功したら、その派生世界をベースにできるようになるのですか?」
案内人スキルは、わずかに間を置いた。
(「!……はい、ご認識の通りです…。」)
(「そういった仕組みは確かにあります。ただ、まだ実例は確認されていないと思います。」)
ミコトは息をのんだ。つまり―― 派生世界は更に派生できる。
原初の世界から生まれた派生世界が、さらなる派生世界を作り出す可能性がある。
しかし、ミコトはまだ納得がいかなかった。
(それでも…親や祖父の世界と異なる銀河を選ぶだけでいいはず。)
頭を抱えて考え込んでいるミコトの頭に、また一つの仮説がよぎる。
(一度できた派生世界も、リセットして『再スタート』することがある?)
(その場合に、銀河や母星を変えないで、元とは違う世界を親にする選択ができる?)
(それなら、最初から全ての派生世界が異なる銀河を選ぶ理由にも納得できる。)
ミコトは静かに問いを投げる。
「えっと…度々の確認で恐縮ですが…」
「それでもやっぱり、派生世界が最初からそれぞれ異なる銀河を選ぶ必要はないのではと思って…」
「なので、一度できた派生世界も、生命が滅びればリセットして『再スタート』するなんてことができて、その時にベースを選び直すことができるのかなと思ったのだけど、合ってますか?」
「こういうことを考えるのは気が引けるのですが…」
その瞬間、案内人スキルの応答に微かな動揺が滲んだ。
(「!!……ご認識の通りです。…そういった仕組みも確かにあります…。」)
(「ミコト様の言われる通り、生命が滅びることについてはあまり触れたくありませんが…残念ながら『再スタート』は、実例も確認されているようです。…その時に、ベースを選び直すこともできると認識しております。」)
やっぱりそうかとミコトは考えた。
(しかし、この派生世界の仕組みは…まるでコンピュータープログラムのクラス継承みたいだな。)
(そして投影は参照の概念だ…。)
一つの派生世界が生まれ、さらにそれをベースにして次の世界を作ることができる。
派生世界の生命が滅んだら再スタートができ、ベースを選び直すこともできる――
やはり世界の進化の仕組みなのではないか。
それと同時に、ミコトは少し眉をひそめる。
(ん~…生命が滅びることを持ち出したからかな…でも…)
案内人スキルの説明はずっと滑らかだったのに、少し前から何か言い淀んでいる気がするのだ。
(何か隠している…?)