第77話:従魔召喚スキル
自室の目の前のノートPCの前で、ミコトは腕を組み、眉を寄せていた。
モニターの淡い光が反射する横顔は、静かに曇っている。
一度は納得できたはずのミコトの不安は、再び胸の内でざわめきを広げていた。
(……善悪がライトだからといって、必ずしも寛容な人とは限らない……)
(こだわりが強くて、接する相手を選ぶ人もいるはず……)
(不手際が目立つ人に、苛立ちを覚えたり……)
不安が重なり、視線を細める。
(……それに、ずっと善悪がライトでいられる保証はあるのか?)
(現地で過ごすうちに、変わってしまうことは……?)
思考は加速し、心の中で問いが連鎖する。
(……もしルナティアで欲に染まり、地球の専門知識や技術を使って好き放題に振る舞うようになる可能性は……ゼロじゃない……)
(……レッドやダークになっても、ものともしないほどの兵器を作ってしまったら?)
(その場合は……さすがにルナティアの管理者サイドが、黙ってはいないだろうけど……)
しかし、すぐに別の懸念が浮かぶ。
(でも、案内人さんや管理者サイドを……上手く言いくるめてしまったり、誘導してしまうことは、ないと言い切れるか……?)
ミコトは深く息を吐き、目を閉じる。
そして、“自分はどうか?”と、自らに問う。
(俺は……異世界で強い力を持ったとしても、多くの人の上に立ったり、富を独占したりしたいとは思わない……)
(ただ、のんびり楽しく暮らせて、現地の役に立てればそれでいい……)
胸の奥で冷たい影が広がり、視界の光が揺らめく。
(必要とあらば……魔王と刺し違えてもいいと思っている……)
(魔王と刺し違える方法は、収納スキルを上手く使えばできそうだし……)
(そうすれば……家族の元に行けるから……それでいい……)
そんな思考の渦の中で、ふと視界の隅に気になる文字が揺らめいた。
スキル一覧の一番下── そこに“従魔”の文字が浮かんでいるのに気付く。
(……従魔?)
そこには、“従魔召喚(100)≪非推奨≫≪注意≫”と表示されていた。
目を凝らしながら、ミコトは問いを投げた。
「……この“非推奨”と“注意”って、どういう意味なんですか?」
静かな部屋の中、案内人スキルの声が、ミコトの意識に流れる。
(「従魔召喚スキルには取得条件があるのですが、取得できない可能性が極めて高いため……」)
(「過度な期待をさせてしまわないために、“≪非推奨≫≪注意≫”を付けています。」)
「……なるほど。」
(従魔系のスキルは大人気だからね……)
(異世界三点セットよりも、欲しいと思う人は多いだろう。)
(……むしろ、それだけで良いってほどに……俺もその一人だし。)
ミコトは小さく頷く。
(「現に、従魔召喚スキルを取得できた人は、とても少ないのです。」)
(「従魔は強い力を持っていますが、同じ時代に数体いれば良いほど希少です。」)
「そんなに……?」
驚きに目を見開くミコト。
案内人スキルは、滑らかに続ける。
(「従魔召喚スキルの取得には、推薦者が必要になります。」)
(「その推薦者とは── 過去に飼育していて亡くなった動物の“意識と記憶”のことです。」)
(「その“意識と記憶”が消えていない場合に、推薦者となることができます。」)
(「そして、従魔召喚スキルを取得すると、その推薦者が召喚されます。」)
「!!」
「一緒に暮らしていた子が還ってくるなんて……なんて夢があるんだろう!」
瞳が輝き、胸に温かな光が広がる。
「でも……“意識と記憶”が残っているってことは、飼育主との絆が大事なように思えるんですけど……」
「仲良く暮らしていてもダメなんですか?」
問い返す声に、案内人スキルは静かに答える。
(「はい、誰よりも飼育動物と良好な関係を築いていた人でも、ほぼ取得できません。」)
(「そのため、“意識と記憶”が残っているかどうかは、飼育主との絆だけでは決まらず、運の要素が強いのではと考えられています。」)
「……運、か。」
「運なら……仕方ないですね。」
「その辺りは……案内人さんでも分からないんですか?」
(「はい。従魔は会話できないため、推薦者たちの心や状況は分からないのです。」)
「なるほど……」
ミコトは小さく息を吐き、納得の色を浮かべる。
「でも……それなら、騎士の家系とかで、愛馬を推薦者にできなくて、肩身の狭い思いをする人がいる……なんてことは無さそうですね。」
その言葉に、案内人スキルは一瞬沈黙する。
(……また、見知らぬ他者の心配をされるのですね……ミコト様はお優しい……)
やがて柔らかな響きを返す。
(「はい、そういったことは、ないと認識しています。」)
(「逆に、従魔召喚スキルを取得できた人は、羨望の眼差しを向けられます。」)
案内人スキルの心に、静かな温もりが広がっていた。
ミコトは、純粋な興味から問いかけた。
「過去には、どんな従魔がいたんですか?」
(「最も多いのは、元乗馬の召喚です。」)
(「生前の姿に近い“馬系従魔”で、ペガサスやユニコーンが代表的です。」)
「……ペガサスやユニコーン……まさに物語の象徴ですね。」
ミコトの瞳が輝く。
(「次に多いのは、元番犬の召喚です。」)
(「こちらも元の姿に近い“狼系従魔”で、大型種が多く、守護や戦闘において力を発揮しました。」)
「……大型の狼系……それは頼りになりそうですね。」
彼の脳裏に、従魔という存在の重みと頼もしさが広がっていった。
(相棒だった番犬が、大型の狼の従魔になって、一緒に冒険するなんて……そりゃあ羨ましくなるよね。)
静かな部屋に、遠くを走る車の音がかすかに滲んでくる。
その音が消えると、静けさがひときわ深まったように思えた。
ミコトはふと、現実に立ち返る。
ルナティアへの転移を承諾しなければ、スキルの取得はできない。
つまり、自分が従魔召喚スキルを得られるかどうかは、転移を辞退している以上、知ることはできない。
(……だから、これ以上は気にしなくてもいいか……)
そう判断し、肩の力を抜く。
それでも、指先は自然にスマホへと伸びていた。
メモリーに残された、“過去にお別れしたペットたち”の写真を眺める。
(……みんな、可愛かったな……大好きだった。)
画面には“デグー”、“ネザーランドドワーフ”、“モルモット”、“ゴールデンハムスター”の写真が次々と表示される。
瞳が揺らぎ、心の奥に温かな痛みが広がる。
(みんな……かけがえのない家族だった……)
(もう一度会えたら……どんなに幸せだろう……!)
その時、案内人スキルの声が静かに響いた。
(「ミコト様が取得可能かどうか、確認しましょうか?」)
「……え?……できるんですか?」
少し驚き、目を見開くミコト。
(「はい。私はスキルを詳細に扱えます。」)
(「スキルの取得は転移の承諾前はできませんが、推薦者の有無だけなら確認可能です。」)
ミコトは軽く息を吐き、肩をすくめる。
「……そうなんですね。では、お願いします。」
運によるなら無理だろうと考え、気軽に頼んでいた。
だが、その思考の隙間に、微かな違和感が芽生える。
(……推薦者がいる、いないが、運による……?)
(ここまでルナティアについて聞いてきた中で……何か似たような違和感が……)
(従魔召喚スキルを取得できる人がとても少ない……その理由に繋がりそうな何かが……あった気がする……)
スマホの光が、ミコトの瞳に揺らぎを落とす。
その揺らぎの中で、まだ形を成さない予感が静かに息づいていた。
すると、案内人スキルの声が、弾んだ調子で響いた。
(「推薦者がいらっしゃいます!」)
(「ミコト様は、従魔召喚スキルを取得可能です!」)
「……え?」
考え事をしていたミコトは、呆気に取られて目を瞬かせる。
案内人スキルは構わず続けた。
(「筆頭推薦者の名は“キング”、種族は“ダイオウデグー”です!」)
(……えぇ?……)
(……ダイオウ? イカ? イカなの?……)
(ダイオウイカ?)
急なことに呑み込めず、ぼんやりと頭の中で言葉が迷走する。
そして、はっと我に返った。
「いや! デグーだよ、デグー! そして名前がキング……!」
「あの子じゃないか!!」
胸の内が熱く震え、視界が滲む。
案内人スキルは淡々と続けていた。
(「ダイオウデグーは、聞いたことのない種族です。」)
(「どういった特性があるのか……」)
だが、その言葉はまったく頭に入らなかった。
ミコトは大慌てで、転移の“承諾ボタン”に意識を飛ばす。
(……承諾……承諾……間違えて“拒否”を選んだら終わりだ……!!)
画面の文字を何度も読み返す。
(承諾だから……承諾だよな?……)
(……承諾……しょ・う・だ・く……)
口の中で分解して呟き、逆からも読んでみる。
(だ・く・しょ・う……)
そこまで確認しても、緊張は収まらない。
喉がからからに乾いて、唾を飲み込む音さえやけに大きく感じた。
そして、確かに“承諾”を選んでいることを口に出して確認する。
「よし……絶対承諾……!!」
その瞬間、案内人スキルの声が大きく弾んだ。
(「ありがとうございます!! ご決断、感謝いたします!」)
「あっ、はい……」
脳裏に響くその声も上の空に、ミコトは瞬きもせずに震える視線で、必死に“従魔召喚スキル”を選択する。
すると、新しいダイアログボックスが開き、従魔の姿が映し出された。
そこに映し出された姿は、とても懐かしいものだった。
真っ白な体毛に、濃い茶色、普通の茶色、そして明るい茶色の毛が混じり合う模様が、生前と全く同じままに。
前足を胸元に畳み、座り立ちして、背を丸めたふっくらとした姿勢。
「……キング……」
思わず声が漏れる。
しばらく同じ映像だったため、静止画だと思えた画面の中の主は、突然“ピョンッ、ピョンッ”と跳ねた。
そして、座り立ちのふっくらとした姿勢に戻ると、“プルプルプルッ”と頭を揺らす。
(……あれは……一番嬉しい時の鳴き方、“ウキュキュキョキュキュッ”の動き……!)
その懐かしい仕草が、記憶の底から鮮やかに蘇って、新たな姿に重なっていった。




