第76話:案内人スキルの懸念
ミコトは、スキルシステムの吟味を続ける。
そして、視界に浮かぶスキルパネルの、“鑑定”のアイコンに意識を寄せた。
(次に……鑑定スキルは、どういったものか?)
(案内人さんが、こちらの物品を解析していた……あんな感じなのかな?)
心の奥で思い返し、視線を細める。
そして、その旨を尋ねると、案内人スキルの声が響いた。
(「はい。私が行った解析の機能を落としたものが、鑑定スキルになります。」)
「なるほど……?」
ミコトは小さく頷きながらも、ふと違和感に気付いた。
(……過去の勇者との話には、解析機能なんて出てこなかったような……?)
(……俺に自己紹介してくれた時も……言ってなかった。)
「では……案内人さんは、こちらの世界にいるとき限定で、解析機能が使えるようになってるんでしょうか?」
問い返すと、案内人スキルは一瞬沈黙した。
なぜそう聞き直されたのか、理解できない様子だった。
(「いえ、現地でも使用できます。」)
「おぉ……なら今回から使えるようになったんですね?」
転移勇者のためなのかなと、期待を込めて言葉を重ねるミコト。
だが、返ってきた答えは予想外だった。
(「いいえ。ずっと前から……初代勇者に付与された時から使えます。」)
「……」
ミコトは少し沈黙し、視線を落とした。
(……それって……案内人さんは、鑑定もできるってことだよな……?)
「念のための確認ですが……案内人さんは、解析・鑑定ができるってことですよね?……もとから。」
声にわずかな重みを込める。
(「はい……できます……できました!」)
案内人スキルの声は、どこか弾むように返ってきた。
ミコトは眉間にしわを寄せ、目を閉じる。
(……なんてことだ……)
胸の奥で呟きが響く。
(……つまり、初代勇者のときから、解析・鑑定ができることを、伝えられていないってこと……)
(現地の勇者はそれほど必要としないかもだけど……転移勇者ならかなり重要な機能だ……鑑定スキルを取らなくていいし……)
(案内人さんは……考慮が深くないだけじゃなく……“うっかり属性”まで持っているのか!)
その認識が深まるにつれ、背筋に冷たいものが走った。
(……これ、もしかすると……ルナティアの管理者サイドも、全体的に同じなのかもしれない……)
ミコトの心に戦慄が走り、視界の光がわずかに揺らめいた。
ミコトの胸に、じわりと不安が広がっていった。
(……勇者について考察して出した結論の中で、とても重要なことを……すっかり忘れていた……)
それは、勇者が案内人スキルと上手くやれることが大事だということ。
そして、それは転移勇者にとっても同じはずだった。
(俺は……案内人さんと上手くやれる自信はある。)
(けど……他の人は、大丈夫なのか……?)
眉を寄せ、視線を落とす。
ミコトは自分を高く評価することはない。だが、他者と接することに苦手意識はなかった。
むしろ、相手の言葉を受け止め、整えていくことには自信があった。
(……でも、転移候補者は……ライトで、良い人たちばかりのはず……)
── 異世界ルナティアの善悪評定では、“ライト”が最も善良とされ、その下に“ブルー、グリーン、レッド”が続き、“ダーク”は最も邪悪として位置づけられている。
(だから、大丈夫……だよね……)
胸の奥で呟きながら、わずかに息を吐く。
それでも、不安の影は消えず、静かに心の隅に残り続けた。
一方で、案内人スキルはミコトについて、静かに思考を巡らせていた。
(……なぜ、ミコト様はこんなにも、自己評価が低いのだろうか?)
我々が転移勇者に求めている以上の知力を、確かに発揮している。
それなのに、彼は決して自分を高く語ろうとはしない。
(それに……過去の勇者たちは、何かを褒めたり高く評価すると、必ず気分を良くし、勢いがついたものです……)
(……しかし、ミコト様は違います……)
褒め言葉を向けても、常に受け流してしまう。
むしろ、一歩下がってしまうようにも感じられる。
── それは、異世界ルナティアにはない、原初の世界アマノハラの地球の文化が理由にあった。
こちらの世界“地球に暮らす人々”にとって、知力という面で“自分は世界一だ”と胸を張れる者は、極めて少ないだろう。
教養と節度があるほど、その数はさらに少なくなる。
なぜなら、現代の地球は多くの情報に溢れ、伝説的な知力の持ち主たちの事績は、ほとんど人々の記憶に刻み込まれているからだ。
……歴史に残る大武将たちを相手に、百戦近い戦いへ生涯を投じ、ただの一度も敗れなかった軍神。
……十数人の兵で、難攻不落と言われた城を落とす軍略の鬼才。
……数字を“0”と“1”の二つのみで表し、コンピューターの礎を築いた数学者。
……いくつもの大発明を含む、膨大な数の発明を成し遂げた偉人。
……わずか十年足らずで、小国の国家予算を超える利益を叩き出す、世界的なIT企業を設立し育てた経営者。
……十代にして、並みいるベテランの天才たちを打ち倒す、天才を超える若き棋士。
さらに日本では、スポーツに打ち込む少年少女に“慢心は身を亡ぼす”と教える風潮がある。
謙虚でいることが求められ、成果を出しても“支えてくれた人たち”や“恵まれた環境”を忘れないようにと繰り返し説かれる。
ミコトは、生来の穏やかな性格から、そうした教えに違和感を覚えることはなかった。
むしろ、それらは完全に自分の芯となり、彼の人格形成の大きな要因になっていた。
案内人スキルは、心の中で深くため息をついた。
(次の候補者に向かうのは容易です……)
(けれど、転移条件に合う人は皆、同じなのかも……)
同じように“他にもっと相応しい人がいる”と考え、辞退してしまうのではと予想できた。
その懸念が、案内人スキルの胸に重くのしかかる。
(……しかし、“転移は候補者の純粋な希望で行うこと”……それがフィアナ様の譲れない信念……)
だから、嘘をつくことはできない。
情報を求められれば、正確に伝えるしかない。
(……この転移勇者計画は……失敗するかもしれない……)
淡い光の中で、案内人スキルの声なき思考は揺らぎ、静かな不安を広げていった。
そして、この時── ルナティアの管理者サイドの会議は終わりを迎えていた。
転移勇者計画の中止が、正式に決定されていた。
そのため、その決定はすぐに案内人スキルへと伝えられ──
案内人スキルは告げる。
(「ミコト様が推察された、ルナティアの人類の状況が、正しかったことが確認されました……」)
(「そのため、転移勇者計画は中止となりました……」)
そして残りの時間を、相談の場へと変えてほしいと頼む。
ミコトもそれを断るはずはなく、残された時間を二人の会話に費やす。
案内人スキルは、計画の中止を残念に思いつつも、自分の責任で転移勇者計画が失敗にならなかったことに、少しだけ安堵した。
ミコトもまた、ルナティアの状況を残念に思いながらも、転移辞退への罪悪感から解放された。
── と、なるはずだった。
しかし、案内人スキルに、転移勇者計画の中止の連絡は、なぜか届かなかった。




