第75話:ミコトの危うさの兆し
ミコトの視界の端に、淡く光る延長確認のパネルが浮かんでいる。
彼は少し集中し、視界の中心へと滑らせる。
(延長できるなら……先に教えて欲しかったな~)
心で小さく呟く声には、まだ力になれることへの喜びが宿っていた。
(でも……案内人さんも驚いていたようだった。)
(知らなかったのかもしれない……)
そう考えながら、ミコトは迷いなく延長を選択した。
瞬間、案内人スキルの声が弾けるように響く。
(「ありがとうございます!! 本当に……本当に嬉しいです!」)
その礼の言葉は強く、熱を帯びていた。
ミコトは一瞬まばたきをし、視線を落とす。
そして、心の中で呟く。
(しまった……“転移辞退の考え直し”を期待させてしまったかな……)
本当は、スキルを色々と確認して、案を出せればと思っただけだった。
(良い案が多く出せれば……満足して次の候補者のところに行ってくれるはず……)
そう自分に言い聞かせる。
しかし、案内人スキルはただ、ミコトとまだ会話できることを純粋に喜んでいるだけだった。
その響きは、期待ではなく、再び繋がれたことへの歓喜。
(……ミコト様の転移辞退の言葉には……かつての9代目勇者ラシュア様と同じ頑なさを感じました……)
だから、ミコトの心変わりは期待していない。
秋口のアパートの一室には蛍光灯の柔らかな光が満ち、虫の声と街のざわめきが窓越しに届いていた。
ミコトは、視界に浮かぶステータスパネルへ意識を伸ばし、スキルパネルを表示する。
そして、目を細めつつ、ひとつひとつのスキルを吟味していった。
(……思ったより、汎用的なスキルは少ないな……)
小さく息を吐き、眉を寄せる。
(カードゲームみたいに、タイミング次第で活きるスキル……組み合わせで新しい意味を持つスキル……)
(そういうのは、ほとんどなさそう……)
視線を動かしながら、呟きが漏れる。
気になったスキルを脳裏にとどめながら、スキルの一覧を辿っていく。
(やっぱり……何といっても案内人さん── 『案内人スキル』だな~)
(複数の機能を持っていて、会話もできる優秀さ。)
(他のスキルを扱えるっていうのは……便利すぎる!)
目線を素早く動かし、スキルを撫でるように確認する。
(次に……収納── これは使い方次第で色々な可能性を秘めている。)
(仕様をしっかり把握しておきたい……)
視線が別のスキルに流れる。
(鑑定── これは案内人さんが見せてくれた、解析とは違うのか?)
首を傾げ、視線を凝らす。
(翻訳── ここまでは“≪お勧め≫”が付いている、異世界三点セットってやつだ。)
軽く笑みを浮かべる。
続けて、戦闘系のスキルへと目を移す。
(破術── 9代目勇者が希望して作られたスキルで……大きくダウングレードされているけれど……)
(雷術── 扱いづらくて、限定的な使い方しかされていないとのこと……)
(水術── 歴代勇者の話で、一度も戦いに出てきていない……)
ミコトは小さく息を呑み、スキル一覧の終わり近くで視線を止めた。
(……錬金── いや、それで作れる回復ポーションが気になる……)
(こちらの世界にはない、完全なファンタジーの品物……)
声に出すと同時に、瞳にわずかな期待が宿る。
(もし、これが思った通りなら……ルナティアの人類の生存率が大きく上がる……)
(……まだやっていないのなら、だけどね……)
淡い光のパネルが静かに脈打ち、ミコトの思考を映し出すように揺らめいていた。
ミコトは視界に浮かぶスキルパネルの、収納スキルを見つめる。
(まずは……収納スキルについて、気になる点を確認しよう。)
小さく呟き、視線を鋭く走らせる。
(収納は……付与者が、えーっと……亡くなったら、中身はどうなるのか?)
(消えてしまうのか……?)
眉を寄せ、胸の奥で問いを繰り返す。
(ゲームだと……その場にばら撒かれるのもあった気がするけど……)
苦笑を浮かべながら、過去の記憶を辿る。
そして、その旨を尋ねると、案内人スキルの声が響いた。
(「収納スキルの収納物は、付与者が亡くなった時は、基本的に消えます。」)
(「ただし、その場に出るように設定することも可能です。」)
(「仲間の荷物を預かっている時などに、その場に残すよう設定します。」)
ミコトは目を細め、深く頷いた。
(なるほど……デフォルトは消える。)
(けど、収納物ごとに“出すか消えるか”を設定できるのか……)
理解が胸に落ちる。
しかし、案内人スキルは疑問に思う。
(……なぜそのようなことを、気にされるのでしょうか?)
(……ああ、転移勇者様が戦いで亡くなった時に、持ち込んだものがどうなるのか……それを心配されているのですね。)
そして、少し間を置いて、案内人スキルは説明を続ける。
その声は── わずかに震えていた。
(「ただし、こちらの世界から持ち込んだものは、必ず消える設定になります。」)
ミコトは小さく頷き、すぐに視線を落とす。
「……それは納得できるな。」
短く吐き出した声には、理解の色が宿っていた。
(こちらの世界の物を、ルナティアに不用意に出現させることは……安全面からもできない。確かにそうだ。)
ミコトは確かに、その点も気にしていた。
しかし、胸の奥には、別の危うい考えが潜んでいた。
そして、ふと視線が泳ぐ── その瞳には、“光と影”の両方が宿っているようだった。
(……ルナティアで手に入れたり、作ったものなら、亡くなった時にその場に出すよう設定できる……)
(それなら……“アレ”ができるな……)
その“アレ”とは、のちに“ルナティアの管理者サイド”が震撼するほどの、極めて危険な内容だった。




