第73話:人類滅亡予測と転移勇者計画の中止
ルナティアの管理者サイドは、大騒ぎになっていた。
「そんなことはない!」
「人類が滅んでしまう!?」
「でも、ミコト様が言われるなら!」
「いくら、ミコト様の推察でも!」
光の尾を震わせながら、管理者フィアナの“取り巻きたち”が好き勝手に声を重ねる。
そこは、異世界ルナティアの管理棟空間── 最上層にある管理者フィアナの部屋のすぐ下の大広間。
まるで深い海の中のように薄暗く、青い発光体が幾つも漂う、幻想的な光景を形づくっている。
その広さは、地球の“東京の某ドーム球場”と同じぐらい。
フィアナの取り巻きたち── クリオネのような姿をした二十体ほどは、不動のフィアナと対照的に、淡い光を放ちながら、激しく舞い散らかしていた。
羽の大きさは階級を示すようで、フィアナより小さな羽を持つ者が数体、さらに小さな羽を持つ者が十数体。
ざわめきは渦を巻き、淡い光の粒子が空間に散っていった。
ルナティアの管理者サイドは、厳格な階級に分かれている。
頂点に立つのは、ただ一人── 管理者フィアナ。
絶対者であり、誰も逆らうことはない。
その直下に補佐職が数体存在し、その下に幹部職が十数体存在する。
この二つの階級が、常にフィアナの取り巻きとして集い、意見を交わすのが慣例だった。
そして、さらにその下に、中間職が数百体、一般職が数千体、存在する。
そのフィアナの取り巻きの中に、かつて補佐職の筆頭であった存在── 『案内人スキル』はいない。
案内人スキルは、最初にフィアナに仕えた部下であり、取り巻きたちの中でも最も大きな羽を持っていた。
だが、歴代勇者が一度も求められた成果を果たせなかったため、羽は次第に小さくなり、やがて消え、一般職と同じ姿へと落ちていった。
光を失ったその姿は、かつての栄光を知る者にとって痛ましいものだった。
しかし今──
ミコトがもたらした数々の知恵が、再び光を与えていた。
……レジストという概念
……レジスト『魔眼』への対策
……魔王の強さの理由
……歴代勇者が使わなかった力
その知識の数々が、案内人スキルの羽を再び芽吹かせた。
小さな羽は淡い光を宿し、中間職と同じ姿へと戻りつつある。
そもそも、管理者サイドの混乱は少し前から始まっていた。
ミコトが、ルナティアへの転移の決断をしないまま、案内人スキルと長々と語り合っていたからだ。
「時間が無くなる!」
「話し込みすぎだ!」
「なぜあんなに歴代勇者について!」
光の尾を震わせながら、取り巻きたちはワサワサと動き回り、好きなように声を重ねていた。
青い発光体が漂う大広間は、ざわめきと光の渦に包まれていた。
やがて── 静かに聞いていたフィアナが、声を発する。
「ミコト様は、この短い時間で、多くの有益な考察をしてくださいました。」
「!!!!!!」
取り巻きたちは全員、“ピキッ”と硬直した。
まるで雷に打たれたかのように、光の揺らめきが止まり、静粛が訪れる。
管理者フィアナは、冷静に言葉を綴った。
「もし、ミコト様が転移を希望しなくても、会話を続けるのが有益だと考えます。」
「たとえ、他の候補者が転移勇者になり、その準備期間が短くなるとしても……」
「ミコト様との接触を、なるべく長く続けられるように、手配をお願いします。」
取り巻きたちは一斉に返事をする。
「フィアナ様の御心のままに!」
その瞬間、大広間に秩序が戻る。
この流れが、異世界の会議の王道であり、唯一のパターンだった。
その後── “転移が自動的に拒否になるまでの時間”の延長機能が、急遽実装された。
青い光が静かに脈打ち、決定の重みを刻むように広間を満たしていった。
そして── 今回の、ミコトによる人類滅亡の可能性の示唆。
それは、ルナティアの存亡そのものにかかわる事態だった。
これ以上、動揺を呼ぶ事柄は他にない。
取り巻きたちは大慌てで現状の確認を急ぐ。
「魔族の増殖速度の見直しを!」
「過去の大戦の魔族の戦力比較を!」
「前回の大戦から現在までのシミュレーションを!」
光を震わせながら、各方面の担当者が慌ただしく指示を飛ばす。
青い発光体が漂う大広間は、混乱の熱気で揺らめいていた。
しばらくの時が経ち── 情報が出そろう。
現状確認を取りまとめた代理職の一体が、淡い光を弱々しく揺らしながら報告した。
「……人類滅亡まで……あと44年と予測されました……」
その声は震え、広間に重く響いた。
フィアナと他の取り巻きたちは絶句する。
光の揺らめきが止まり、静寂が広がった。
やがて── ぽつりぽつりと声が漏れ始める。
「……そ、そんなに……短い……?」
「……短すぎる……」
「……人類滅亡は……確定?」
淡い光を震わせながら、取り巻きたちは絶望の言葉を吐き出した。
取りまとめの報告は続く。
「……次の大戦では、人類側は大敗します……」
「……大敗後は……城塞都市を中心とした防衛線になり……」
「……その後、森、渓谷、小島などに隠れ住む人類に対し……」
「……魔族による人類狩りが行われ……滅亡に至ります……」
報告の声は、大広間に重く響いた。
取り巻きの誰かが、苦々しく呟く。
「……人類狩り……魔族め……忌々しい……」
取りまとめの代理職と、他の代理職の間で、質疑応答が始まる。
「人類軍は、今まで劣勢を戦術でカバーしてきたが、今回は無理だと……?」
「はい……次の大戦では、三つの砦から魔族が雪崩れ込み、各地で乱戦となるため……」
「人類が得意とする、集団での野戦の機会はありません……」
「ミコト様の言われる通り、人類の戦術は機能しないのです。」
「……っ……!」
「……集団戦が封じられる……そういうことか……」
「勇者を誕生させなければ、魔王は発生しないので、それで時間稼ぎできませんか……?」
「いいえ……9代目魔王、10代目魔王が、連続で勇者に敗れているため……」
「魔王が不在でも、魔族の侵攻は行われるでしょう……」
「むしろ、魔王を発生させた方が、侵攻の時期が読みやすくなります。」
「……なるほど…………」
「……魔王の準備期間の分、逆に侵攻が遅くなる可能性もありそうですね……」
「ミコト様が提案した、レジスト『魔眼』への対策は、考慮されていますか?」
「同じく、ミコト様が提案した、勇者が案内人スキルの力をすべて活用することについては?」
「はい……すべて含めてシミュレートされています……」
「前者は、魔族の侵攻までの期間が短すぎて、効果がほとんど現れません……」
「後者は、勇者一人の強さは……もはや大局に大きく影響しません……」
「……人類滅亡までの期間の誤差は……プラスマイナス約5%で、いずれもその中に収束します……」
取り巻きたちが、ざわめき始める。
「長い方に揺れても……数年しか違わないと……」
「……なんてことだ……」
「また、ミコト様の推察通り……」
「これは外れて……欲しかった……」
そのざわめきを断ち切るように、フィアナが声を発した。
「この状況で、ルナティアに転移して頂くわけにはいきません。」
「!!!!!!」
取り巻きたちは全員、動きを止めて静粛する。
フィアナの言葉は冷徹に続く。
「転移勇者計画を中止します。」
「中止の手配をお願いします。」
取り巻きたちは一斉に返事をする。
「フィアナ様の御心のままに!」
こうして、今回の転移勇者プランの中止、および「承諾」ボタンの無効化と、案内人スキルへの転移中止の連絡が決定された。
そして── フィアナは、管理者であるが故の、さらに重い決断を胸に秘めていた。
淡い光を放つ姿とは裏腹に、その決断を抱えた心は、深海の闇のように果てなく沈んでいた。




