第29話:ルナティアに特権階級は存在しない
ミコトは気を取り直し、生活スキルの話題を案内人スキルに話しかける。
「そういえば、『浄排+』とか『浄排++』って……あれ、ある種のドレスコード、…いやドレスコードは見た目だから、エチケットコードかな?…になってますよね?」
(「はい、その通りです。」)
(「ミコト様の“エチケットコード”との表現、実に言い得ており、とても素晴らしいです。」)
案内人スキルの変わらぬ穏やかな声色に、ミコトは少しほっとした。
「貴族のパーティーとかでは、絶対必要そうですよね。」
すると、案内人スキルは少し間を置いて答えた。
(「……貴族、とは何らかの特権階級を指す言葉でしょうか。」)
「え?……はい。」
「責任や義務はあるものの、確かに特別な権利を持ち、何かと優遇される立場の人たちですね。」
「たとえば……代々受け継がれた領地を持っていて、その土地で税を集めて使う権利を持っていたりと、権利のある者が、ない者を管理する仕組みだったと思います。」
「しかし、その管理が支配になっていたり、庶民が不公平に扱われたり……そういう面も、歴史の中にはあったりします。」
「もちろん、理想的な貴族もいたとは思いますけど。」
(「詳しいご説明を、ありがとうございます。」)
(「貴族制度とは、人が階層的に区別される仕組みのようですね。」)
(「ルナティアでは、そのような立場の分類は採用されておらず、人々は比較的対等な関係で生活しています。」)
ミコトは目を見開いた。
(異世界ファンタジーで必須と言っていい『貴族』が存在しないとは……)
(そうか……『善悪評定』があるからか……)
(『善悪評定』、恐るべし!)
案内人スキルが重ねて説明する。
(「政治の中枢を担う名家は存在します。」)
(「『王家』を筆頭に、財政を担う『財統家』、外交を担う『外統家』、軍事を担う『軍統家』などがあります。」)
(「しかし、名声を集めることはありますが、その一族ということだけで優遇されることはありません。」)
(「罪があれば、一般人と等しく裁かれます。」)
「なるほど……」
「『王家』も特別ではないのですよね?」
(「はい、『王家』はすべてを統括する立場のため、“総統家”と呼ぶのが正しいのですが、分かりやすく『王家』と呼ばれています。」)
「なるほど、『王家』も『統家』の一つなんですね。」
「そして、『統家』…名家と言えども、特別扱いはされないと。」
(「はい、その通りです。」)
(「よろしければ、こちらの映像をどうぞ。」)
ミコトの視界の隅に、新しいダイアログボックスが開き、現地の映像が表示された。
――――――――――――――――――――
そこに映っていたのは、どこか大国であろう首都の中心部―― ≪王城の周辺≫だった。
立派な王城は、広々とした敷地の中に堂々と建っている。
堅牢な城壁と重厚な門を構えているが、威圧感はない。
むしろ、城壁の周囲には一般の人々が普通に行き交っていて、生活の場と政治の場が自然に隣り合っているようだった。
映像が門を中心にした視点になると、大きな道を挟んだ向かい側には、活気ある商店街が広がっていた。
屋台から昇る湯気、買い物客の笑顔、子どもたちの走る姿―― 王城のすぐそばとは思えないほど、日常が息づいている。
そのとき、城門から衛兵を連れた人物が歩いてきた。
きちんとした身なりで、落ち着いた雰囲気をまとっている。案内人スキルの説明から察するに、何らかの『統家』の人間なのだろう。
だが、彼の服には特別な装飾もなく、衛兵が数人付いているが、従者は一人だけのようだ。
周囲の人々は、彼にちらりと視線を送る。しかし、その眼差しには、恐怖も警戒もなさそうだ。
むしろ「わぁ、会っちゃった…!」と心の中でつぶやくような、控えめだけれど嬉しそうな反応が散見された。
若い子たちの中には、少し背伸びして彼の姿をもう一度見ようとする者もいる。
彼自身はその注目に気づいていないのか、あるいは気づいていても自然体なのか。
きちんとした身なりで歩く様子は、気品こそあるが気取りはない。
人々は道を譲るが、それは義務ではなく、穏やかな敬意から来るような動きだった。
――――――――――――――――――――
「うわ~、ありがとう!」
(あの城から出てきた人は、すれ違う人たちに好意を向けられてそう……)
(雰囲気は、アイドルに出会った人たちのようだね。)
(出待ちとかもあったりして…。)
「この人……何かの『統家』の人なんですか?」
(「はい、ご認識の通りです。」)
「まったく威張っている様子がなくて、感じいいですね。」
「人気ありそう。」
(「はい、『統家』の人々は常に注目されていて、知名度はとても高いです。」)
(「王家を含め、各統家の就任式は文化行事として根づいているほどで、中には熱狂的なファンがいる方も。」)
「おぉ~」
しかし、ミコトは少し心配になった。
(名家に産まれたとして、皆が後継者になることを望むのだろうか?)
(後継者としてのプレッシャーは凄そうだし……望まない人は耐えられるのかな?)
(“名家に生まれること”が、逆に負担になってしまうこともありそう……)
そう考えた瞬間、案内人スキルから続きの説明があった。
(「加えて、そのような名家であっても、嫡男が後継となることを強制されることはありません。」)
(「さらには、嫡男が希望した場合でも、他により優秀な者がいれば養子として迎え入れる規定となっています。」)
(「担当する執務のノウハウを特定の一族で蓄積しつつ、常に≪意識と適性の高い者≫が就任していく仕組みです。」)
(「この仕組みにより、実力ある一般市民にも後継の道が開かれています。」)
ミコトは深く頷いた。
(よくできてるな……。)
(『善悪評定』って、やっぱり根幹の仕組みなんだ。)
(そして、権力の独占や、生まれだけで優遇されるような仕組みは、そもそもできないんだね。)
彼は、もしルナティアに行くとしても“いきなり傲慢な貴族に絡まれる”なんてことは起きないと分かり安心した。




