第2話②:案内人スキル
静寂が満ちた部屋の中で、ミコトは案内人スキルに挨拶を試みる。
「……案内人スキルさん、はじめまして。……んぐっ」
緊張のあまり、思わずつばを飲み込む。
意識して声を出したもののぎこちない。
その理由は、これまで読んできた物語の影響が大きい。
説明役というのは、どこか傲慢だったり、高圧的だったりすることが多い。
そのため、彼は心構えをしていたのだが……
ほんの一瞬の間。
(「はじめまして、ミコト様。ご質問がございましたら、可能な限りお答えいたします。」)
澄んだ声が、ミコトの頭の中に響いた。
滑らかで、柔らかく、まるで落ち着いた朗読を聴いているようだった。
(…よかった、普通に丁寧だな。)
少し肩の力を抜いた。
物語のように皮肉を交えた態度を取られたり、クセのある口調で話したりするのではないかと警戒していたが、その心配は不要だった。
ミコトは、頭の中に響いた声の柔らかさに安心しながらも、まだ緊張を拭いきれずにいた。
すると、案内人スキルが静かに問いかけてくる。
(「まずは、自己紹介をしてもよろしいでしょうか?」)
その丁寧な申し出に、ミコトは少し驚きながらも、慎重に答えた。
「!……はい、お願いします。」
言葉に出すと、少しだけ喉が乾いた。だが、案内人スキルの声は変わらず穏やかだった。
(「私、『案内人スキル』は、スキル保持者が必要とする情報を、可能な限り提供する役割を担う補助機能です。」)
(……やっぱり、情報支援系のスキルか。)
ミコトは、頭の中で整理を始める。だが、案内人スキルの説明はそこで終わらなかった。
(「加えて、『案内人スキル』は、『ルナティア』において≪特別な使命を託された者≫に限って与えられてきました。」)
(「保持者は常に一名のみ。複数人が同時に所持することはありません。」)
「……え?」
ミコトは思わず声を漏らした。
その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
(……つまり、今は俺だけが持ってるってことか?)
彼は、これまで読んできた異世界ファンタジーの物語を思い出す。
特別な力を持つ主人公が、唯一無二のスキルを授かる展開――
(……これは、『ユニークスキル』ってやつか。)
ミコトは、少しだけ納得したように息を吐いた。
だが、その“特別さ”が、これからの展開に何をもたらすのかは、まだ分からない。
(「それでは、派生世界ルナティアについても、簡単に紹介させていただきます。」)
ミコトは姿勢を正す。いよいよ、転移先の世界の情報が語られるのだ。
(「ルナティアは、原初世界と比較すると、文明レベルにおいておよそ1000年ほど過去の段階にあります。」)
(このことは、さっき読んだ手紙にも書いてあったね。)
(……1000年前ってことは、中世くらいか?)
ミコトは、これまで読んできた異世界ファンタジーのイメージを思い浮かべる。
だが、案内人スキルの説明は続いた。
(「リアルタイムではありませんが、ルナティアの映像をいくつかご覧いただけます。表示いたします。」)
ミコトの視界の端に、新たなダイアログボックスが現れた。
そこには、広大な街並みが映し出されていた。
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石造りの建物が並び、整備された石畳の道には人々が行き交っていた。
建物の多くは、赤茶色のレンガと木材を組み合わせた造りで、窓枠や屋根の装飾に職人のこだわりが感じられる。
通りには屋台のような店が軒を連ね、色とりどりの布地や果物、香草などが並べられている。
風に揺れる布地が、街に柔らかな彩りを添えていた。
馬車がゆっくりと通りを進み、荷を積んだ商人が声を張り上げている。
道端では、子どもたちが木製の玩具を手に遊び、旅人らしき人物が地図を広げていた。
街の外縁には、高くそびえる防壁が見える。
灰色の岩を積み上げたその壁は、長い年月を経て苔むしており、ところどころに見張り台が設けられていた。
その向こうには、遠くに緩やかな丘陵と森が広がっている。
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(おおぉ! 現地の映像が見れるのはありがたい! 凄いな、案内人スキル!!)
(……思ったより、ずっと賑やかだな。)
(やっぱり中世っぽい感じだね……素晴らしい景色だ。)
次に、映像が切り替わる。
今度は、緑豊かな農村の風景だった。
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柔らかな日差しが、草原と畑を黄金色に染めていた。
風が吹くたび、麦の穂がさざ波のように揺れ、遠くの木々がざわめきを返す。
その風に乗って、干し草の匂いや、土の温もりがふわりと漂ってくる。
畑では、腰をかがめた人々が黙々と土を耕している。
そのすぐ傍らでは、子どもたちが家畜に餌をやりながら、時折笑い声をあげていた。
道端の石垣に腰かけた女性たちが、編み物をしながら談笑している。
草原の片隅では、昼寝をする青年が、帽子を顔に乗せて静かに寝息を立てていた。
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ミコトは、少しだけ肩の力を抜いた。
(……よかった。ちゃんと人間がいる。)
異世界という言葉から、異形の生命体や、まったく異なる生態系もありえると考えていた。
だが、映像に映る彼らは、見慣れた人間の姿をしていた。
(羊や牛の様な動物もいるなぁ。)
(……これなら、なんとかやっていけるかもしれない。)
映像が静かに消えたあと、案内人スキルが再び語りかけてきた。
(「ルナティアには、様々なスキルが存在しています。」)
ミコトは身を乗り出すように意識を集中させた。
(「スキルの確認には、『ステータス画面』を使用します。」)
(「案内人スキルの機能の一つとして、ミコト様はいつでも『ステータス画面』を表示することが可能です。」)
「ステータス画面……!」
ミコトの目が輝いた。
(きた……!! 異世界ファンタジーで定番かつ憧れのステータスウィンドウ!)
彼の胸が高鳴る。これまで物語の中で何度も見てきた“あの画面”が、ついに自分の目の前に現れるのだ。
(「ステータス画面では、現在保持しているスキルの確認だけでなく、新たなスキルの取得も可能です。」)
「取得までできるのか……!」
ミコトは思わず声を漏らした。だが、案内人スキルは続ける。
(「なお、ルナティアの一般市民は、ステータス画面を確認するために神殿へ赴く必要があります。」)
(「神官の補助を受けて閲覧する形式です。」)
(……つまり、俺は特別ってことか。)
ミコトは、案内人スキルの便利さと、自分にだけ許された特権に少し戸惑いながらも、興味を抑えきれなかった。
(「ステータス画面を表示するには、心の中で念じるか、言葉で『ステータス表示』とお伝えください。」)
ミコトは、息を整えた。
(……いよいよだな。)
念じるだけでも表示できるようだが、やはり最初は口で言ってみたい。
そして、少し緊張しながら、口にした。
「……ステータス表示。」
次の瞬間、ミコトの視界の端に新たなダイアログボックスが現れた。
そこには、彼の名前、種族、年齢などの、様々な項目が整然と並んでいた。
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名前 :ヤマトノ ミコト
種族 :人間
年齢 :25歳
生命力:900
精神力:0(1600)
体格 :20
筋力 :15
持久力:10
意思力:20
敏捷力: 5(15)
知識 :20
思考力:30
発想力:30
集中力:20
貢献度:0
SP:1000
[スキル取得]
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(!!……本当に出た!)
ミコトは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
物語の中でしか見たことのなかった“異世界の証”が、今、自分の目の前にある。