第19話:なぜ自分が選ばれたのか(3)
三つ目の理由まで聞き終えたミコトは、ひとつ小さく息を吐いた。
(……なるほど、どれも思い当たる節はある。でも――)
(これで全部、というには……語り口がまだ終わる雰囲気じゃないな。)
彼がそう思った直後、思考の奥に、再び案内人スキルの声が流れ込んできた。
(「第四に…最後になりますが―― たとえ、かけがえのないものを失うような理不尽さに対しても、感情に流されず、静かに呑み込める方であることです。」)
その言葉を聞いた瞬間、ミコトの胸に、ひやりとしたものが走った。
(……あの事故の後のことか…確かに一人で静かに暮らしてきたけど。)
あの時は、何かに怒りをぶつけたり、何かを壊したいとも思わなかった。
(何をしたところで、元に戻るわけじゃないってことは……分かってた。)
(何かにあたっても無意味だと思ったし…いや、そもそも、そんな気力もなかったのかもしれない。)
だから、ただ静かに、淡々と日々を過ごしてきた。
(それを“評価”されるのは……ありがたいことなのかもしれないけど。)
あの事故と、その後の時間が、自分の“資質”―― 自分の一部として扱われることに、どうしても抵抗があった。
「…最後の理由は、…何というか、ちょっと複雑ですね…。」
(「申し訳ありません……」)
その案内人スキルの言葉と反応から、自分の過去を知っているのかなと彼は考える。
「いえいえ、責めているわけではないですよ…。」
「……ところで、私の過去を知っているのでしょうか?」
(「……いえ、過去を確認する機能は、私には備わっておりません。ですが――」)
(「ミコト様が、強く、深く、そして静かに―― 悲しみを抱えておられることだけは、感じ取っております。」)
(「それが“資質”と呼ばれることに、抵抗を感じられるのも、当然のことです。」)
(「重ねて謝罪いたします。申し訳ありません…。」)
ミコトは天井を見上げた。
無機質な天井の模様をぼんやりと眺めながら、静かに口を開いた。
「了解です。」
「あの過去のことは、やはり複雑ですが…それでも、私の気持ちに配慮してくれて、ありがとうございます。」
すると、案内人スキルは、とても申し訳なさそうな声音で問いかけてきた。
(「……恐縮ですが、私からも一つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」)
ミコトは少し驚いたが、静かに頷いた。
(「ミコト様は、…かけがえのないものを失ったとして―― それを持ち続けている人たちを目にされたとき、どう思われますか?」)
ミコトは少しだけ目を伏せ、考えるように息を吐いた。
「ん~、失ったものと言えば…私の場合は家族ですね……」
「だから…仲の良い家族を目にした場合かな…。」
「特に気にならず、何ごともなく穏やかに過ごせているなら何よりだと、ただそう思いますね。」
(「…そのように感じられる方は、とても少ないと思います。」)
(「……失礼ですが……なぜ自分だけが―― と、そう思ってしまうことは?」)
ミコトは少しだけ目を伏せ、考えるように息を吐いた。
「他の人と比べて悔しいとか、妬ましいとか、ですかね……。」
「ん~……いえ、まったく思いませんね。」
「むしろ、あんなことは……どこの誰にも起きないほうが良いと、心から思います。」
ミコトの声は穏やかだったが、その奥には、確かな祈りのようなものが宿っていた。
そして、案内人スキルは、深く納得したように応じた。
(「……ありがとうございます。」)
(「お答え下さり、心より感謝いたします。」)
(「そして、改めて確信いたしました―― ミコト様こそが、私たちが望んでいた方に、間違いございません。」)
「はい。」
「それなら良かったです。じゃあ、少しは役に立てそうですね。」
ミコトは、ほんのわずかに口元を緩めて答えた。
少しだけ―― “自分の存在が、誰かに必要とされている” そんな感覚が、胸の奥に灯った気がした。
ミコトは、案内人スキルの言葉を反芻しながら、ふと考えた。
(…しかし、こういう条件があるってことは、過去に『勇者』とか『転移者』とか、重要な役割を持った人が、理不尽さに心を蝕まれたことがあったのかな?)
そして、その人は―― 何か、取り返しのつかない過ちを犯したのかもしれない。
(もしかして…『案内人スキル』が付与されていた人だったのかな。)
(もしそうだとしたら……いたたまれないな。)
ミコトは、そっと目を伏せた。
そんなことは、どこの世界でも、誰にでも、起こりうることだと思うのだ。
だから、詳細を聞こうとは思わなかった。




