第9話:派生世界の受難
ミコトは腕を組み天井を見上げながら、やはり拭えない疑問と向き合っていた。
ルナティアが『最初にこの世界の時間に追いついた派生世界』だという。
この言葉が意味するところを改めて整理する。
(じゃあ、他の派生世界は、それより前に生命が絶滅しているのか…)
(いや、間違いないだろう。派生世界の仕組みから嫌な予感はしていたけど、残念ながら当たってしまったか…)
(詳細に聞くのは避けたいけど…触れないわけにもいかないよな……)
この世界にはない『生命に寄与する何らかの要素』が追加されているはずなのに、なぜ生命が繁栄しきれていないのか。
本来なら、それによってより良い文明が築かれていても良いはずだ。
なのに、それが機能していないのはなぜなのか。ミコトの脳内で疑問が連鎖していく。
その『生命に寄与する何らかの要素』が、まだどんなものか知らないため断言はできないが。
(『生命に寄与する何らかの要素』の追加によって、何か副作用のようなものが起きてしまうのだろうか…?)
ミコトは、案内人スキルにどう問いかけるべきかを考えた。
無邪気に聞くべきか、それとも慎重に尋ねるべきか。
少し考えた後、自然な形で質問することにした。
「『派生世界ルナティア』は、10年前に産まれてこの世界の時間に追いついたんですよね?」
「つまり…生命の滅亡は一度もしていないってことですよね?」
すると、案内人スキルは即答した。
(「はい、その通りです。」)
さらに誇らしげな口調で続ける。
(「フィアナ様が管理されるルナティアは、産まれたばかりの世界で『原初の世界アマノハラ』の時間に追いつく快挙を成し遂げました。」)
(「これもフィアナ様の多くのご苦労の賜物です!」)
その語り口には、明確な敬意と誇りが滲んでいた。
「おぉ~!」
ミコトは思わず相槌を打つ。だが、心の中では、微妙な違和感を覚えた。
今まで、案内人スキルはずっと丁寧で冷静な対応をしていた。
それなのに、フィアナについて語るときは、かなりの熱を帯びている。
本来、第三者と会話する時は、身内に対して敬称は使わない。
もし立場上やむを得ず敬称を使うにしても、賛辞はしないものだ。
(案内人スキルというから、淡々と知りえる情報のみを提供してくれる、機械的なものをイメージしていたけど、どうも意思を持っている…中の人がいるような気がしていたんだよな…。)
(特に、派生世界の資料を一緒に作っているときに…やっぱり気のせいじゃなかった。)
ミコトは、フィアナの話題を出す際には慎重になろうと心に留めた。
(きっと、案内人スキルにとって、フィアナは神のような存在なのだろうな…。)
不用意に触れれば、案内人スキルとの関係が悪化するかもしれないからだ。
(フィアナのことを話題にするとき、何て呼べばいいだろう?)
(案内人スキルに合わせて、フィアナ様?…知りもしない人に“様”を付けるのは変な感じだ…。)
(フィアナさん?ん~、名前呼びは気安すぎるような…?)
ミコトは悩んだ末、今まで通り『管理者さん』と呼ぶことに決めた。
ミコトは考えを巡らせながら、再び案内人スキルに問いかけた。
「他の派生世界は生命の繁栄に苦しんでいるように思えるけど、何か理由があるんですか?」
案内人スキルは少し間を置いて答えた。
(「ミコト様の言われる通り、どの世界も生命の繁栄に苦しんでいます。それは、派生世界特有の現象があるためです。」)
(「派生世界では、管理者が世界に介入すると、その成果を打ち消そうとする『相反する存在』が産み出される現象が起こるのです。」)
(「そして、『介入の成果』と『相反する存在』は、やがて激しい対立へと至ります。」)
ミコトは眉をひそめた。
「…どうしてそんなことが起こるんですか?」
無邪気に尋ねたミコトだったが、案内人スキルは答えられなかった。
(「それは分かりません。この現象は世界そのものが引き起こしていると認識されていますが、そういうものだとしか言いようがなく、疑問に思ったこともありませんでした。」)
ミコトは、その言葉に納得しながらも、少し考え込んだ。
派生世界の法則――
(異世界では、それは当たり前のこととして受け入れられているんだろうな…。この世界で物が下に落ちるのに疑問を持つ人がほとんどいないように。)
案内人スキルは慎重に説明を続ける。
(「派生世界は『生命に寄与する要素』が追加されていて、『原初の世界アマノハラ』より生命に優しい世界のはずなのですが…。」)
(「その対立のため、残念ながら…『原初の世界アマノハラ』より成功している世界はまだありません…。」)
ミコトは、意外さに口を開きそうになった。
(ということは、ルナティアも…?)
だが、次の瞬間、ミコトの思考に一つの言葉が引っかかった。
(相反する作用とか、相反する介入ではなく…“存在”?)
漠然とした違和感を覚えたミコトは、案内人スキルに問い直した。
「相反する存在って、具体的にどんなものなんですか?」
案内人スキルは静かに答える。
(「まず一つ目は、どの派生世界でも最大の存在として知られる、生育環境を破壊するために産まれた『巨大なワーム』です。」)
ミコトは、予想外の答えに一瞬思考が止まった。
(ワーム…?)
(「その大きさは山をまたぐほどで、地中を行動し、地形を変えていきます。」)
(「時折、巨大な火山の火口から姿を現すことがあり、その口には岩をも砕く無数の歯が並んでいます。」)
ミコトは驚愕した。
(えぇぇ!?存在ってそういう感じなの…!?それって、完全に巨大怪獣じゃん!!)
その巨体が地中を引き裂きながら進む様子を想像するだけで、背筋が凍る。
しかし、案内人スキルの説明はそれだけでは終わらなかった。
(「他には、高度な生命を滅ぼすために産まれた多くの魔物、人類を滅ぼすために産まれた魔族も存在します。」)
(「さらに、管理者が人類を助けるために高い能力を持つ『勇者』を産み出すと、世界はそれを打ち消すように、魔族に同等の力を持つ『魔王』を誕生させるのです。」)
(「これらは、どの派生世界でも共通する存在だと認識されています。」)
ミコトは、しばし言葉を失った。
生命に優しい世界どころか、世界が管理者の介入に対して拒絶反応を示し、それに対抗する災厄を生み出していたのだ。
(…これが異世界の『バランス』なのか?)
その後、案内人スキルの詳細な説明を聞くうちに、ミコトは派生世界が生命の繁栄に苦しんでいる構造を、はっきりと理解した。
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大地の奥深くに潜む巨大な影が、圧縮された土砂を押し広げながら進み、地表をひび割れさせる。
そして、時折、火山の火口から現れるその姿は、想像するだけで圧倒される。
吹き上がる火柱の中から、溶岩にも焼かれない皮膚を持つ巨体が現れ、ゆっくりと顎を開く。
その口の奥には、溶岩の様に光る無数の歯が並び、まるで地獄の底から生まれた怪物のように感じられる。
ただの巨大生物ではない。環境そのものを根本から変容させ、地形を塗り替えてしまうほどの力を持つ存在だ。
山のような体躯が地中を這うたびに、地殻が歪み、大地が波打つかのように変形していく―― まるで、世界そのものがその進行に怯え、身をよじるかのようだ。
だが…それだけでは終わらない。
世界は『生命を脅かす脅威』を次々と生み出していた。
魔物は、世界の各地に棲みつき、高度な生命を滅ぼすために活動する。
それらは群れをなし、繁栄する生物たちを執拗に追い詰め、殺戮する。
無数の異形が闇の中に潜み、じっと獲物を待ち構えている―― そして、一瞬の隙を突いて襲いかかる。
魔族はさらに危険な存在だ。
人類をただ滅ぼすために産み出された彼らは、純粋な本能によって動く。
彼らに情などない。ためらうこともない。ただひたすらに、破壊し、殺戮し、世界から人類を消し去ることだけを目的としている。
巨大な軍隊を展開し、整然と行進し、容赦なく襲いかかる―― 人類の最後の砦を粉砕するまで。
そして、最も厄介な存在―― 魔王。
管理者が人類を救うために『勇者』を産み出すならば、世界はその力を打ち消すために、魔族に同等の力を持つ『魔王』を産み出す。
魔王はただの魔族の長ではない。その存在は、世界そのものの拒絶の象徴であり、勇者に対抗するための決定的な力なのだ。
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派生世界の受難の姿は、ミコトの脳裏に深く刻まれた。
(これほど多くの災厄が存在しているなんて…生命の繁栄どころか、生き延びることすら困難な世界……)
(異世界は、もはや生きること自体が試練じゃないか…!)
ミコトは思わず、喉を鳴らした。




