表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7日後に異世界転移するそうです  作者: ひつま武士
1日目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/109

第104話:「転移後初日の一幕」──獣型(1)

 初陣の余韻が、まだ胸の奥にかすかに残っていた。

 だが、その温度が消えるより早く──身体の動きが、急激に鈍くなる。


 空気が粘りつくようにまとわりつき、時間だけが引き延ばされていく。


(あぁ……アレか)


 ミコトがそう理解した瞬間、

 意識の奥に、静かな声が滑り込んだ。


(「緊急のため、高速思考を使用しました」)


 アンナの心話は、いつも通り落ち着いている。

 だが、その落ち着きが逆に“ただ事ではない”と告げていた。


 そして──


(やっぱり来たか)


 こちらは、察するまでもなかった。


(「ミコトさん、新手です」)


(「了解! ありがとう」)


 夜闇の森は、音すら呑み込まれているのかと思わせるほど、

 静けさをまとっていた。

 その沈黙の奥から“何か”が迫っている。


 冷たい風が、ひと筋だけミコトの頬を撫でた。




 闇の奥から滲み出す気配は、さっきのゴブリンとは違う。

 低く、荒く、地を擦るような呼吸が混じっている。


(今度は……獣系か……?)


 ミコトは眉を寄せ、喉の奥で小さく息を呑んだ。


(連戦が避けられないのは仕方ないとして……)

(せめて、少しは慣れてきた“人型”にしてくれよ……)


 そんな弱音めいた思いとは裏腹に、アンナの声が静かに落ちてくる。


(「ウルフ系のグレーファング、6体です」)


(「多っ!」)


 思わず心話の声が大きくなる。

 その横で、ミカドが楽しげに鳴いた。


(「ピルピルピル♪」)


(「ぴるぴるぴるっじゃね〜んだよおぉぉーミカドー!!」)


(「ホントですねぇ」)


(「ゥヒュヒュヒュ~♪」)


 ミカドはまったく悪びれない。

 むしろ──

 親に手を引かれて遊園地に来た子どものように、目を輝かせている。


 ミコトは近くの大木を背に位置取り、盾スタンガンとタクティカルライトを構える。


 ライトのスイッチを親指で軽く押し込み、

 最初はやはり刺激しないよう、光量を最低に落とす。


(よし……来るなら来い)


 ミコトの呼吸が、夜気に溶けていった。




 アンナは、“透明のウィンドウ”を展開する。

 それはミコトの視界をすべて覆うほどの大きさで、そこに──

 赤い“五つの獣型”が合成される。


(「アンナ、ありがとう」)


 ほぼ真っ暗な森の中でも、

 どこにグレーファングが潜んでいるのか一目で分かる。


 その隣で、ミカドがミコトより二回りほど大きくなっていた。

 それは、“質量共鳴スキル”の対象が、同様の大きさであることの証明でもあった。


(「……5体?」)


(「背後に1体控えています。距離は30メートルです」)


 アンナの声は落ち着いている。

 その冷静さが、逆に心強い。


(「なるほど……」)

(「アンナがいれば、全部お見通しってわけだね」)

(「そして相手は、こっちが気付いてるなんて思ってもいない……」)


 ミコトは胸の奥で静かに呼吸を整えた。


(「じゃあ、そっちから仕留めようか」)


(「ドウスル?」)


(「俺が横に動いて、そいつに背中を見せる」)

(「アンナ、背後の1体が動いたら教えて」)


(「承知しました!」)


(「そしたら、俺がすぐライトを向けて怯ませるから……」)


(「ワカッタ!」)


 張り詰めた森の静けさの中で──

 三人の心話だけは、互いの意識を澄んだ線で結んでいた。




 ミコトは正面の群れにタクティカルライトの先端を向けたまま、

 足元の感触を確かめるように、じりじりと横へと移動していく。


(そろそろか……?)


 息を殺しながらタイミングを計っていると、アンナの声が鋭く落ちた。


(「ミコトさん、来ます!」)


(「りょ!」)


 ミコトは短く返し、振り向きざまに──強光を収束させ一点へ放つ。


 高速思考スキルが、視線と動きを研ぎ澄まさせる。

 狙いは、ぶれない。


「ガルッ!?」


 背後のグレーファングが、光をまともに浴びて悲鳴を上げる。

 夜目に慣れた瞳を焼かれ、前足で顔をかきむしるようにもがいた。


 その刹那──ミカドが地を蹴る。


(「ゥヒュヒュヒュ~」)


 影のような軌跡を残して突進していくミカドを、ミコトの目は追わない。

 結果が分かり切っているからだ。




 ミカドは、今度は木の幹を使わない。

 一直線に地を滑るように走り出す。


 ──ザザザザッ


 体型に見合う敏捷さで、その加速は鋭い。


 タクティカルライトの光を浴びたグレーファングは、耳を後ろへ倒し、

 前足で目元を覆って必死にもがいている。


 それのかなり手前で、ミカドは矢のように跳躍し、

 目測通りに頭部めがけて着地する。


(「キッ!」)


 同時に、前足で頭を掴んで押さえつけ──

 オレンジ色の前歯が、迷いなく首元へ突き立った。


 短い断末魔が、闇に吸い込まれる。


 次の瞬間には、ミカドの身体はもう宙を舞い、

 空中でくるりと向きを変え、ミコトの方へ戻っていった。




 ミコトはタクティカルライトの光量を抑え、

 広角にして正面の5体を牽制するように照らした。


 淡い光が、闇の中に潜む獣たちの輪郭を浮かび上がらせる。


 手前には4体が横一列に並び、

 その後ろに、ひときわ大きな個体が控えていた。


(布陣が綺麗だな……あれがリーダーか?)


 4体は横並びのまま、地を擦るようにジリジリと前へ進んでくる。

 後方の一体は動かず、じっとこちらを観察しているようだった。


(あれから倒したいけど……4体が散って逃げるのは避けたい……)

(逃げられて、数を増やして戻ってこられたら厄介だ)


 ミコトは静かに息を吐き、

 光の角度を微調整して獣たちの動きを観察する。


(まずは手前の4体を確実に倒して減らす)

(奥のやつは最悪逃げても……1体なら何とかなる)


 獣たちの足の運び、肩の揺れ、重心の位置。

 そのすべてが、次の動きを物語っていた。


(こいつら……真ん中のが飛び掛かってくるな)


 中央の2体が、わずかに前足へ重心を寄せている。


(で、俺が横に飛んで避けた瞬間、両脇のやつが飛び掛かる……)

(そういう時間差の戦法だろう)


 ミコトは唇を引き結ぶ。


(真ん中の2体が同時に来るのは避けたい)

(あれを同時に捌くのは……さすがにキツい)


 夜気が張りつめ、森の闇が息を潜める。

 ミコトはライトを握る手に力を込め、獣たちの一挙手一投足を逃さず見据えた。




 ミコトは4体のうち、左端の個体へ狙いを定めた。

 タクティカルライトの光量を一気に最大まで引き上げ、

 光を収束させ、鋭い線のように放つ。


 ──キィッ


 鋭利な光の軌跡が、森の闇を斬り裂いた。


「ギャンッ!」


 悲鳴が闇に弾けた。

 左端のグレーファングは、顔を伏せて横へと身をよじる。

 前足で必死に目元をかきむしり、視界を取り戻そうともがいていた。


 ──“タクティカルライト”は、視界を奪うことを目的とした高光度ライト。

 夜闇に慣れた目には、その光束を見るだけで目が眩むほどだ。


(これを正面から受けたら……)


 失明まではいかなくても、最低十数秒は視界が真っ白に飛ぶだろう。

 そして、“影のようなハンター”がいるこの場では、

 “その十数秒”は“命運が尽きること”を意味していた。




 左端の1体が光に怯んだ、その瞬間だった。


 残りの3体が、それを合図かのように足を速めてきた。

 地面を蹴る音が、夜闇の中で低く震えた。


 ミコトには、その動きがスローに見えている。

 高速思考スキルが、実時間の1秒を10秒へと引き延ばす。


(真ん中……来るな)


 中央のグレーファングが、飛び掛かる直前の“沈み”に入る。

 肩が落ち、後ろ足に力が溜まる。

 その瞬間を、ミコトは逃さない。


 ライトを、狙いすました角度でかざした。


 ──カッ


 真ん中のグレーファングは、跳躍の寸前で視界を奪われた。


「ガフッ!」


 前足が空を切り、バランスを崩して地面へ倒れ込む。


(よし、これで一回仕切り直すだろ──)


 そう思った矢先、

 残りの2体が、ためらいなく飛び掛かってきた。


(しまった、そう来るか!)


 ミコトの背筋が冷たくなる。


「キキッ!!」


 左端の1体にとどめを刺していたミカドが、

 思わず鋭い警戒音を放つ。


(「ミコト、首ヲ、マモレ! スグ行ク!!」)


(「お、おぅ……!」)


 ミコトは反射的に顎を引き、盾スタンガンを構え直す。




 飛び掛かった2体は、急な行動だったせいで連携が崩れていた。

 左側の1体が、わずかに早く前へ出る。


 その“ズレ”を、ミコトは見逃さない。


(ここ…前に出れば、2体を分けられる!?)

(交互に数回凌げれば、ミカドが来てくれる!)

(よし──行けっ!!)


 左手の盾に右手を添え、先に飛び出した個体へ向けて、

 ほとんど反射のように距離を詰める。


 ──大きく裂けた口、濡れた牙が光を弾き迫る。


(うわ、近っ──!)


 ミコトは思わず目を背けそうになりながらも踏み込み、

 体重を乗せた盾を、勢い任せに突き出した。


 ──ジジジッ!


 盾スタンガンに飛び込んだグレーファングは、

 鼻先に電撃を浴びて悲鳴を上げた。


「ギャッ!」


 後方へ跳ね飛び、尻から落ちて横へ転がる。


(…っ! まっすぐ下がると、もう1体の餌食だ!)


 ミコトは衝突の勢いを利用して、左後方に飛ぶ。


 その直後、後から飛び掛かってきた個体の顔が、“すぐ横”にあった。

 何とか避けることができたが──


(やっぱりダメだ…!)

(このままだと、着地した瞬間に飛び掛かられる…)

(覆い被されたら逃げ場がない…!)


 ミコトはそちらに背を向け──


 ──くるりっ


 と、身体を回転させる。


(回転を利用して…少しでも衝突を互角に…)


 すると──

 標的を外した真横のグレーファングが、

 着地しようと前足を伸ばし始めるのが見えた。


(!!!)


 刹那──

 閃きと同時に身体が動く。

 ミコトは盾を寝かせ、地面を滑らせるように、

 その前足へ向けて差し込んだ。


 ──ガッ!


 足を払われたそれは着地に失敗し、

 ミコトが背にしていた大木の根元へ激突した。


(「ナイス! ミコトさん!」)


(「オー! ヤッター!」)


(「ありがと! 何とかなった!」)


 ミコトは息を整えながら、高速思考での立ち回りを改めて実感する。


(出遅れても優位になれる……高速思考の強みだな!)


 それは──

 じゃんけんで、相手が気づけないほど素早く“後出し”できるような感覚だった。




 足元に倒れたグレーファングを、ミコトは鋭く見据えた。


(ここで追撃するべきか……?)


 通常なら、振り返って他の敵の動きを確認する必要がある。

 だが──ミコトには、その確認がいらない。


(「アンナ、追撃したいけど、後ろの状況はどう?」)


(「はい、追撃可能です。全て怯んでいます!」)


(「ありがとう!」)


 ミコトはタクティカルライトを大きく振り上げる。


(俺はもう決めたんだよ……!)

(お前たち──魔物、魔族には、決して手心を加えないと!!)


 光の軌跡が、闇の中で鋭く弧を描いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ