第101話:ミカドの戦闘考察
ミコトは座椅子の背にもたれ、そっと目を閉じた。
胸の奥に、微かな緊張と期待が混ざり合う。
(さて……ミカドとアンナと一緒に戦う時のこと、ちゃんと考えておかないと……)
まずは──
(ミカドが“人ぐらいの大きさ”になった時に、どれくらい動けるのか、だよな。)
ミカドの種族スキル『質量共鳴』──
目視した動物や魔物の質量に合わせて、身体の大きさを変えることができる能力だ。
(同じネズミ系で大きい動物……何がいたっけ……)
(ウォンバット……カピバラ……あたりか?)
思考が走り、脳裏にいくつかの候補が浮かぶ。
しかし、調べた結果にミコトは眉をひそめた。
(ウォンバットはネズミ系じゃないんだ!)
(えぇっと……有袋類で、コアラに近い生き物? マジで!?)
さらにもう一つ衝撃が走る。
(クォッカ……お前もか!)
思わず目を見開くミコト。
(となると、残るは……もっさりの代表格みたいなカピバラか……)
静かな部屋に、少しトーンの落ちたミコトの声が沈んでいく。
ミコトは、ふっと息を吐きながら首を振った。
(いや、まだだ……諦めるのはまだ早い!)
思考の奥から、ひとつの記憶が浮かび上がる。
中学1年の頃。
家族と行った、小さめの動物園。
遠くからは小さな子どもの笑い声と、動物たちの鳴き声が混ざり合って届いてくる。
古びた看板が軋むように揺れていて──どこか素朴で、少し寂れた雰囲気のある場所だった。
その日、家族全員の価値観を揺さぶる“事件”が起きた。
そこで見たカピバラは──
猛烈な勢いで穴を掘っていた。
土が舞い上がり、地面が震えるほどの勢い。
その異様な光景に、家族全員が思わず後ずさる。
「えぇ!?」
「本当にカピバラ……? 本当にカピバラ?」
母が何度も走る── 柵の看板を確認しに。
父が呟く。
「なにかに取り憑かれてるかのよう……」
妹も呟く。
「残像が……」
ミコトが同意する。
「見えるねぇ……」
土煙の向こうで、巨大な茶色のモサモサが激しくうごめいていた。
ミコトは当時の衝撃を思い出し、思わず笑ってしまう。
しかも運が悪いことに、その日に観られたカピバラはその一頭だけだった。
(結局、お尻しか見られなかったんだよな……)
ぽつりと呟くように思い返し、すぐに自分で頭を振る。
(いや、そこじゃない!)
(あの動き……カピバラって、本気出したらめっちゃ素早い生き物なのかも!)
ミコトの胸に、期待がふっと灯る。
調べてみると、カピバラは大きい個体だと体重が90kgにもなるらしい。
ミコトはノートPCの画面を見つめながら、ゆっくりと頷いた。
(参考対象には……良さそうだな。)
走れば時速35kmほどの速度が出るようで、人間よりも速い。
反応速度や敏捷さも悪くないらしい。
(なるほど……意外と動けるんだな、カピバラ。)
(君は、できるやつだと思ってた!)
ただ、デグーだったミカドは、カピバラとは体型の特徴が違う。
見た目からして、カピバラよりも走るのとジャンプが得意そうだ。
(前足も器用に使えるし……)
(ミカドが体重90kgとかになったら、カンガルーっぽい感じになるのかな?)
そんな想像が浮かび、ミコトは小さく息を吐く。
元来のイケイケな性格からして、戦いはお手の物だろう。
さらに高速思考スキルの影響下にも入る。
(タイマンなら……負けなしだろうな!)
その結論は、戦闘能力の乏しい自分にとっての確かな希望だった。
ミコトは確信していた。
(ミカドは……間違いなくアタッカーだよな)
ならば──
(俺はデバフ壁として立ち回ろう!)
ミカドが暴れてくれれば、弱い魔物なら三体くらいは十分に相手にできると思えた。
(よし……)
ミコトはミカドに意識を向けて“心話”で声をかけた。
(「ミカド、武器いる?」)
(「イラナイ~」)
即答だった。
ミコトは思わず笑ってしまう。
(「おぉ、ステゴロ系か!」)
(「ウキュキュキュ♪」)
ミカドの声は弾んでいて、戦闘が楽しみで仕方ないのが伝わってくる。
(「ミカドは戦闘どんと来いって感じ?」)
(「オゥ! 敵ヲ、ヨコセー!!」)
勢いのある返事に、自然と頬が緩む。
(「おー、ミカドは頼もしいね!」)
(「ピルピルピル♪」)
ミカドの嬉しそうな声が、静かな部屋にふわりと響いた気がした。
ミコトは腕を組み、少しだけ視線を落とした。
(そうは言っても……実戦だと思った通りにならなかったりするよな……)
もしかすると、敵を前にして戸惑ったり、怖じ気づいてしまうかもしれない。
その可能性が頭をよぎる。
(だから最初は……楽に逃げられる相手を選んで戦いたいね)
ミカドが少し怯えて自分の後ろに隠れる姿を、ミコトは想像してしまう。
(でも……そんなミカドも可愛いだろうな)
ふっと笑みがもれる。
この考えは、ミコトの慎重さから来るもので、決してミカドを侮っているわけではない。
だがミコトは後に──
(あんなこと考えていた自分が許せないよ……ミカドごめんな……)
と、胸の奥でそっと呟くことになる。
従魔として生まれ変わる前から感じていた通り、ミカドは生粋の戦士だった。
──その事実を、ミコトはルナティアに転移してすぐに思い知る。




