第100話:攻防一体、遠近両用
日本刀について調べ終わると、ミコトは一つ息を吐き、日が昇り切った窓の外へ視線を向けた。
座椅子の前のローテーブルの上には、ノートPC、マグカップ、スマホ、個包装の“のど飴”数個が置かれている。
(「日本刀だけじゃ足りないよな……」)
異世界ルナティアで魔物や魔族と戦う未来を思えば、野山を駆け回る状況はいくらでも想像できる。
そんな世界に、取り回しの良い刃物なしで挑むのは危険すぎる。
(ナイフはどんなのがいいか……?)
(できるだけ丈夫で、メンテナンスが楽なやつ……)
ミコトは座椅子にもたれ、天井を見上げた。
(現地にはステンレス積層鋼なんて無いよね……)
(ステンレス積層鋼は、現地の鉄より“硬さ”も“耐久性”も“錆びにくさ”も全部上だろう。)
思考が熱を帯びるにつれ、記憶の扉が静かに開く。
近所の商店街にある高級刃物店に、父と二人で立ち寄った日の光景が、鮮やかに蘇る。
ガラスケースにずらりと並んでいた大小の山刀──
光を受けて揺らめくステンレス積層鋼のダマスカス模様は、子どもの自分にはまるで“魔法の紋様”だった。
(……綺麗だったな。)
値札を見た瞬間、さらに息を呑んだ。
十万円近い価格に、幼い心は二度驚いた。
だが──
(あんなのを持って行きたい……!)
胸の奥に、あの日と同じ熱が灯る。
異世界での戦いを思えば、ロマンではなく実用としても十分すぎる一本だ。
ミコトは、日本刀や山刀を手にした未来を想像してみる。
(……でも、刃物で戦うのって、素人には無理じゃないか?)
当てるだけなら、“高速思考スキル”があれば間合いは何とかなる気がする。
だが──
(問題はそこじゃないんだよな……)
(握り方も刃の向きも、手首の角度すら分からない。)
(刺すにしても斬るにしても、どこで力を入れて抜くのか……まったく想像がつかない。)
(野球をやってたから、棒状のもので殴るのは……まあ、できそうだけど。)
ミコトは腕を組み、目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、平和な世界での“刃物を持った揉め事”のイメージ。
あれはただの威嚇だ。
本気で命を奪うための動きとは、まるで別物だ。
(戦場じゃ、常に致命傷を狙わなきゃいけない……)
(魔物とはいえ、姿形は生き物に近い……そんな相手に、俺は刃物を振り下ろせるのか?)
胃のあたりがざわつく。
(……もし、それができたとして……どんな感触が残るんだろうな……)
想像だけで、手のひらにじんわり汗が滲んだ。
ノートPCの前で頬杖を突き、ミコトは新しい武器の可能性を模索する。
(高速思考があっても……もっとリスクを減らしたい。)
(そういえば……武器の相談、してたよな。)
ミコトはマウスを手に取り、某匿名掲示板の自分のスレッドを開く。
書き込んでから時間が経っているので、スレッドには新しいレスがいくつも付いていた。
すると──
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251:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
スタンガンってどうなん?
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(……スタンガン?)
スクロールする指先が止まる。
画面に映るその単語に、ミコトの眉がわずかに動く。
(雷術……)
歴代勇者の戦いを思い返すと、雷の魔法で敵を痺れさせ、動きを封じる──
そんな場面が何度もあった。
(雷術が効くなら……スタンガンも効くはずだよな……?)
思考の中で、ひとつの線が繋がる感覚があった。
ミコトはマウスを握り直し、画面をスクロールする。
薄い光が指先に反射し、静かな部屋に情報のざわめきが広がっていく。
(……でも、俺の知ってるスタンガンって、ナイフよりも短いやつなんだよな~)
記憶の中にあるのは、手のひらに収まるコンパクトなタイプ。
もう一つ、棒状のタイプ──バトン型と呼ばれるもの──も思い浮かぶ。
(あれって……結局、先端を押し当てないと意味ないんだよな……)
(近づく必要があるってことは……技術がいるってことだ。)
画面を眺めながら、ミコトは眉を寄せた。
匿名掲示板のレスが次々と目に飛び込んでくる。
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252:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
>>251
あれも“当てる”必要あるから刃物と変わらん
素人じゃ無理ゲー
254:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
>>251
飛び掛かってくる獣相手に先端押し当てるとか死ぬぞ
257:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
スタンガンは密着されたら自分も危ないからな
それにドラマみたいに一発で失神とか絶対ない
259:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
>>257
あれは演出だよな
現実は“痛がるだけ”
止まらん、普通に動く
260:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
獣系は毛皮で効きづらい
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(……まあ、そうだよな)
現実はドラマのように都合よくはいかない。
さらに、スタンガンを“当てる”という行為そのものが、すでにリスクだ。
そう思っていると──
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265:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
いや、盾タイプのスタンガンってのがある
待ち構えて受け止めるだけだから攻防一体
268:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
>>265
それマジで素人向け
押し当てるんじゃなくて“ぶつかってきた相手が勝手に痺れる”タイプ
270:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
盾スタンガンは割とガチ
獣の突進止められるかは知らんけど、近接武器よりは安全
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(……盾タイプ?)
ミコトの目がわずかに見開かれる。
(受け止めて流すだけ……?)
(相手が勝手に痺れる……攻防一体……!?)
(それなら、俺でも扱える!)
心臓がひとつ跳ねた。
ブラウザを開き、すぐに検索をかける。
(一般人でも買える……!)
ページを開いた瞬間、ミコトの表情が明るくなる。
(これだ。これなら戦える。)
そのまま購入ボタンを押す。
クリック音が、静かな部屋に小さく響いた。
盾スタンガンの購入を終えたミコトは、次の問題に視線を落とした。
(……で、盾を持ってない方の手はどうしよう?)
空いている方の手を遊ばせておくことはできない。
遠距離攻撃が理想だが──
(片手で撃てるもの……あったっけ?)
ミコトは顎に手を当て、しばらく考え込む。
(スリングショットを盾に固定して……片手で撃つ?)
(いや、こういう素人の急ごしらえって、絶対うまくいかないんだよな……)
大事な場面で固定部が外れたり、狙いがブレたり──
そんな未来が容易に想像できてしまう。
(……そういえば、俺ピッチャーだったじゃん。)
胸の奥で、ひとつの記憶が弾ける。
ボールを握り、全身で投げ込んだあの感覚。
(石でも投げる?)
自分で考えておいて、思わず苦笑する。
だが、ピッチャーだった自分なら、案外バカにできない武器かもしれない。
匿名掲示板を先に進めると、武器議論の続きに、また気になるレスが目に入った。
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273:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
あと、高光度の懐中電灯は普通に強い
視界奪えるからな
275:名無しさん@お腹いっぱい。:・・・
>>273
タクティカルライトな
あれはマジで“文明の暴力”
素人でも扱えるし、遠距離牽制にもなる
頑丈なやつは殴るのにも使えるぞ
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(……なるほど、目くらましか!)
ミコトの目が輝く。
(視界を奪うのは、戦場では勝ちに等しい。)
(これなら遠距離攻撃にもなるし、扱いも簡単だ!)
しかも──
(殴るのにも使えるって……これ、俺にぴったりじゃないか!)
頭の中で、戦術のピースがカチリと噛み合う。
ミコトはすぐに検索をかけ、条件を絞り込んだ。
(光度は高いほどいい……)
(握っても二十センチ以上リーチが残る、先端が太めのゴツいやつ……)
画面に表示された一本に、ミコトの視線が止まる。
(……これだ!)
これも迷いなく購入ボタンを押した。
武器の準備が整い、ミコトの胸には小さな自信が灯り始めていた。
だが、戦いは装備だけで完結しない。
どう立ち回るのか。
どこで踏み込み、どこで退くのか。
ミコトは、アンナ、ミカドと共にどう戦うか──その未来へと意識を向けた。




