44.貴族の馬車
私は護衛任務中の騎士のフリをしている。護衛対象はアナライズ・ルーガイザ伯爵令嬢。
そう、私自身だ。
豪華な馬車には私の侍女と護衛が乗っている。当の本人である私は騎士だ。もちろん、護衛は要るが馬車に乗る必要は無い。
だから指揮をとりながら、歩いている。
訓練の一環だと思えばいい。そして、私の命を助けてくれた人に再会した。名をカスミと言う。
記憶の通り、まだ幼く小さい。しかし、淡いグレーの髪の毛と水色の目はとてもきれいだし、顔立ちも目立たないが整っている。
大人になればキリッとした美男子になるのが予想できる顔だ。
私は女だてらに騎士をしているから、キラキラしい男は苦手だ。私より小さくて細い彼が、解毒剤を飲ませた後に、アルパカに乗せて街まで戻ってくれたのだ。
訓練の下見で迷ってしまい、ついお腹が減って美味しそうなきのこに手が伸びた。
止めてくれたのに、私は自分が先に見つけたと主張してそのきのこに触り、倒れた。
彼は解毒剤を飲ませてくれて、意識はそこで途切れた。優しい手が肩に触れたのを感じた。
私は自分で言うのもなんだが、美人だ。背も高くてスタイルもいい。女性らしい曲線には恵まれなかったが、そこそこいけてると思う。
王立学院では沢山追いかけられた。もちろん、婚約の打診も数多くあった。いまだに婚約者がいないのは、私の眼鏡に叶う人に出会えていないからだ。
最低条件は私より強い男。
カスミが強いのかと聞かれると分からない。分からないが、私を連れて森の奥の方から無事に生還した。しかも、小さな子を2人連れて。その子たちは熊に襲われていて、大ケガをしてた所を助けたんだとか。
いかに私が軽いとはいえ、子供2人もいた。魔獣を警戒しなければならないし、大変だった筈。
だから彼はきっと強いか、とても運がいい。アルパカは3人も背中に乗せて街まで戻ったと言う。興味を惹かれる。だから会いたいと伝えたが、叶わなかった。
しかし、領地に帰る必要が出た事が転機になる。
護衛を頼みたいが、私には専属の護衛がいる。ならばとたくさんの品を買い、商会に馬車を出させる事にした。商会の護衛では足りないくらい品を買えばいい。
そして、まんまと指名依頼を出した。
条件はつけられたが、受けて貰えて嬉しかった。条件もごく普通のもので、なんら問題はなかったしな。
当日、門のところに行けば、一際小さな姿。カスミだ。あぁ、薄いグレーの髪は陽に照らされてキラキラと輝いていた。
挨拶に行けば、ごく普通に対応してくれる。新鮮だ。私の顔色を伺うでもなく、媚を売るでもなく普通に話をする。
その姿が新鮮だった。若い隊員が迅る気持ちで剣を振ったが、華麗に避けた。
そして、全く怒っていなかった。まだ幼いと言ってもいいくらいなのに、堂々とした物言い。何故か心惹かれた。
強く握った手は意外としっかりしていて、離し難くずっと握っていたらそっと外された。
年はまだ10より少し上くらいか。思ったより年下だが、あの年頃はすぐに成長する。貴族なら許容範囲か。
私は結婚すれば騎士爵を賜る。婿として迎えることは可能だろうか。そんな事を考えながら、旅は始まった。
初日は特に問題もなく、と思ったが歩き慣れない装備に苦戦して速度が出ない騎士たちに、旅慣れない馬車の馬たちが言う事を聞かず行軍は遅れた。
雨が降り出して止まったのも痛かった。着けるはずの街には辿り着かず、森の入り口で野営となった。
雨の為の用意は最低限しかしておらず…濡れながらテントを張り食事を作る。
快適さとは程遠い1日目は、そうして終わった。
雨で体が濡れて気持ち悪い。
床も濡れてよく眠れず、翌日は予定時間を大幅に過ぎて出発となった。
遅れを取り戻す為、やむなく昼の休憩は早く切り上げて進む。
ふと気になってカスミを見る。平気そうな顔で歩いていた。それが何故か嬉しくて、なんとか頑張って街に着いた。宿に入るとへとへとだった。
ベルナ商会のベルドラ殿に、商会の馬車にしては遅くてかえって馬が疲弊する。先に行かせて欲しいと言われた。むっ仕方ない。
街に泊まれるのは5日目まで。なので、その街で落ち合う事にした。
その日は素早く夕食を食べると侍女に風呂を頼んで、早々に寝た。
翌朝、起きたら7時だった。部屋に食事が用意されており食べてから出発する。それでも支度に時間がかかり、出発出来たのは8時半だった。
商会の荷馬車を気にせずに進む。つもりが、速度が上がらない。まだ雨は降っていて馬が歩くのを嫌がる。宥めながら進むも、早くはならず、雨も止まない。
昼の休憩もそこそこに出発した。
ようやく街が見えたのはもう夜の8時を過ぎた時間。門は貴族の特権を使っても9時までしか入れない。
街の灯りは遠く、急いだが間に合わなかった。遠目に門番が見えなくなる。
馬車の中から侍女のエルサが
「お嬢様…どう致しましょう」
どうもしようがない。
「仕方ない、近くで野営だ」
近くには森など雨を凌ぐ場所もない。我々は雨に濡れながらテントを張り、携帯食を齧った。
見通しが甘かったか。普段は馬車ではなく馬だから、見誤った。
疲れが取れないまま、寒さに震えて眠った。
旅に出て3日目、今朝も雨。
寒さで早く目が覚め、嫌がる馬を宥めて街に入った。ひとまず宿に落ち着かなくては。
宿に入ってから朝食を食べ、風呂に入る。
生き返った。しかし、ゆっくりしている間もない。馬の世話は宿に任せたから、他の騎士も少しは休めただろう。
慌ただしく出発した。
流石に疲労が抜けず、馬車に乗る事にした。他の騎士たちはそのまま歩きだ。なんとか次の街に着いて遅れを取り戻したいものだ。
…結論から言うと全く取り戻せなかった。
馬が動かない。
連日雨の中歩かされて、疲労が溜まっているみたいだ。水もエサもあまり食べず、動きが悪い。途中でついに止まってしまった。
困り果てていると、たまたま同じ方向に向かっていた冒険者パーティーの1人が話しかけて来た。
「騎士様、差し出がましいがな、この馬たちはもう歩く気がないぞ」
「何故分かる?」
と聞けば
「俺はテイマーなんだ。なんとなく考えてることが分かる。やってらんねぇって思ってるぜ」
他の騎士が気色ばんだ。
「勝手な事を言うな!」
肩をすくめると
「ゆっくりとしか進んで無いじゃないか。あちらは美味しいものを食べてるのにって思ってるぜ」
ん、待て。あちらとはどちらだ?その疑問が顔に出ていたのか
「あちらがどちらかは知らねえけどな…そう考えてる。不貞腐れてるんだ。あっちがいいってな」
副官を見れば、思い当たる節があるのか
「あちらは多分、カスミ殿のアルパカでは無いかと」
「何!?」
「雨でも元気に歩いてましたし、雨にも濡れてる様子が有りませんでした。美味しそうなご飯も沢山食べていて、毛艶も良く。何より楽しそうに歩いて来ました」
馬車を引いてないからでは?
「馬車を引いてるかどうかは関係ありません。ベルナ商会の馬たちも元気でした。アルパカと共にカスミ殿が世話をしていましたし。カスミ殿もテイマーです。考えていることが分かるのでは?」
それを聞いたテイマーの男が頷く。
「有り得ますな。ふんわりとですが気持ちが分かる。疲れたとか、体が濡れて気持ち悪いとか。ブラッシングをして体を拭いて、清潔な場所を用意。新鮮な水とエサ。細やかな手入れをすれば馬は良く走る。それと比較して拗ねてるんでやすな」
男はそれだけ話をするとパーティーを追いかけて去って行った。連れている猫型の魔獣は楽しそうに走っていた。
私は切実にカスミに会いたいと思った。




