2.野営
リクは俺が食べてる間、口をもしょもしょしながら目を瞑ってた。カラスも目を瞑ってリクの背中で休んでいる。
リクは疲れてないかな?
(余裕)
大丈夫だな。
パックのお茶を飲むと立ち上がった。
ん…尿意をもよおした。周りを見回す。普通の神経をしている俺には隠すものがないここでする勇気はない。無いが、出したい。さて、困った。
(回帰を発動しますか?)
それだ!発動ーっと。
よし、尿意が消えた。やっぱり便利だな、これ。
「リク、カラス、行くよ」
またポクポクと進み始める。少し歩いてから
(遅いぞ、お前)
リクに言われた。普通に歩いてるけどな。
(背中に乗れ)
その場で脚を折って屈んだ。お邪魔するよ。
リクが立ち上がると、うわぁ…高い!ものすごい景色だ。その背中はとても安定している。ポクポク歩いてるからゆっくりに見えるけど、意外に早い。
さっきまでは俺に合わせてかなりゆっくり歩いててくれたのか。ふかふかの背中を撫でる。優しいんだな、リク。
悪態はつかれなかった。
(弱っちいからな!お前)
まぁリクに比べればね。後さ、僕には名前があるんだぞ?
「リク、俺の名前は山村 香純だ」
(ヤマムラか、いかにも村人Bだな)
そっちは名字だよ!
「名前は香純の方だ」
(カミスか…ま、そこそこだな)
いちいち偉そうだよな、リクは。ま、何となくツンデレっぽいし、何気に優しいから余り気にならない。そういう奴なんだと分かればな。
平和にポクポク進む。そして、誰ともすれ違う事なく…今夜の寝る場所へ辿り着いた。そう、野営場。
と言っても単に少し均されているだけ。水場もない。
マジか…キャンプ場をイメージしてたら全然違うな。水場なし、炊事場なし、トイレなしだ。
ま、俺は透視スキルで視た野外宿泊セットやあると便利セットがあるからな。不便はない筈。
リクが屈んでくれたから降りる。
ちなみになんで今日休む場所だと分かったか。リクが止まったから、以上だ。
バッグからテントを取り出す。よいせっと。休日引きこもりではあるが、ガチキャンパーの友達がいてな?
ん、いたのか友達?って煩いわ!いるわ!
1人ボケツッコミをしつつ、テントを組み立てる。比較的組み立てやすい上にスキルのお陰でハウツーが分かる。簡単に組み上がった。
あると便利グッズにはタープや虫除けがあった。ランタンもある。うん、確かに便利だ。
簡易シャワーボックスにシャンプーとボディーソープに殺菌作用のある固形石鹸まで。確かにあると便利だった。スキルが優秀だ。
リクとカラスには水と食料を出して置いた。
さて、楽しみなご飯だ。と言っても殆ど動いていない。
炭酸とつまみにするか。
ポーチから鶏肉を取り出す。火鉢と網も出して、炭を入れた。炭はどうやって火をつける?青ざめた。火種が無いぞ?
(カスミ、バカなのか?魔法で付ければいいだろ?)
リク、酷く無い?初心者だよ?俺。突然魔法とか言われてもな。
(手に魔力を集めて火を灯すイメージ)
これは透視スキルだ。言われた通りにイメージしてたら、ポッと指先に火が灯った。炭にその火を灯す。よし、ついた。
網の上には切った鶏肉。味は塩胡椒のみ。じっくり火を通したら、上からバーナーで炙る。いい匂いが漂う。
スキルで視たら、リクもカラスも肉が食べられると分かったから、多めに焼いた。そして、出来上がり。
俺はビールと炭酸飲料を取り出して、焼いた鶏肉とサラダ、酒に合いそうなつまみを取り出して食べ始めた。
ゴクゴク、美味い!
炭火焼きがかなり美味い。堪らんな。
夕陽を見ながらビールを飲んで、開放感が凄い。
あっちの世界ではやっぱり死亡認定されたのかなぁ?ほんの少し感傷に浸る。まぁもうどうすることも出来ないからな。嫁も彼女も居なかったし、ペットも飼って無かったから。思いの外心残りは無かった。それが救いか。
さて、腹も膨れたし簡易シャワーでも浴びて寝るか。立ち上がってぐっと伸びをする。
シャワー浴びてる間に荷物盗まれたりしないよな?チラッとリクたちを見る。
(ふん、そこらの魔獣などに負けないぞ)
頼もしい。
では、と簡易シャワーを取り出す。
箱みたいなのが出て来た。入ると意外に広い。脱衣場で服を脱ぎ、シャワー室へ。ちゃんとシャンプーなんかがセットされている。
しかもお湯がすぐ出る。シャンプーは俺の好きなホワイトムスク系の香り。髪の毛と体を洗って終わりだ。シャワー室を出る。バッグから着替えを出して着た。服はどうやって洗うんだ?やっぱり川で洗濯とか…?
(回帰を発動しますか?)
する!そっか、それがあったか。目の前には新品のような服があった。そう、この回帰ジョブは時間操作スキルとの併用で、元の状態に戻せる優れもの。
例え壊してしまっても。ただ、どこまで戻るのかは未知数だ。武器が原料にまで戻るのは辛い。
また検証が必要だ。
シャワー室を出る。そこで回帰、と念じると自動的にバッグに戻った。これが状態まで回帰させることになる。つまり、使ったシャンプーまでバッグから取り出す前に回帰した。この可能性に気が付いたから腐れジョブと言われても買ったんだぞ?
実際は超優秀だったんだ。
リクは立ったまま寝ていた。カラスはテントに入っていたぞ?
俺はまだ眠く無い。時間は分からないが、まだせいぜい19時ごろ。流石にな。
なので、広辞苑を広げる。スマホばかり見てたから、本を広げるのは本当に久しぶりだ。
仕事ではパソコンがあるからか。
その日は眠くなるまで世界情勢や、この世界のことについて読んで過ごした。
翌日、目を覚ます。
よく眠れたな。夜は見張りとかしなくていいのかと思ったんだが、透視スキルが
「これだけの防御があるのに、弱い奴が見張りとかマジ笑える」
と言うので(だから口悪いな!)普通に寝た。何も無かったようだ。伸びをしてテントを出る。
おわっなんだこれ。
リクの横に何かがこんもりとしていた。リクは悠然と桶に入った草を食んでいる。マジか。平和だったのはテントの防御(隠蔽)と、リクのお陰みたいだ。
リクの横にあったのはそこそこ大きなツノが生えたうさぎだったから。
血は見えない。蹴りかな?
(羽虫ごときが俺の眠りを邪魔するなど数千年早いわ!)
まぁ助かったよ。で、どうすんだ?コイツら。
リクが前脚で1匹を俺の方に押す。ん?動いたか…?
(仲間にすればいい)
何故に?
(コイツらは気配察知が出来て、情報通だ。弱いがな)
そのうさぎを見る。仲間にするって?
(具現化しますか?)
なるほど。する!と念じれば淡く光った。
(ツノうさぎが従属しました。名前をつけましょう)
「うさこ!」
(チッ…)
コイツも口悪い系か。しかも拒否しやがった。仕方ない。
「白玉」
(私は白玉ー!)
喜んだな。あれか、みんかツンデレか?
で、白玉を回帰だ。ケガしてるからな。
(全て回帰すると従属も消えます)
あ、それはダメ。体の状態だけ回帰して欲しいぞ。
(白玉の体に回帰を発動)
ふかんと光って、白玉がぴょんと立ち上がった。心なしか顔つきが優しい。
(ご主人様ー!ありがとう)
いや、そもそもケガさせたの俺たちだからな。感謝されると変な感じだ。
近寄って来てすりすりする。頭を撫でたらふわふわだった。
ベシッ
(調子に乗るな!)
やっぱりツンデレか。で他のご臨終してる奴どうするんだよ、見ないようにしてたけど。ちょっと胃から酸っぱいものが。端っこで吐いた。
生き物が簡単に死ぬ。やるせなさを感じた。
(ふん、軟弱な!まぁ苦手なら俺が預かってやる)
リクの相変わらずな物言い。
(もういいぞ!)
振り向くと、そこには何も無かった。
唖然として見ていたら、ドヤったリクが
(収納してやったぞ)
何でもありだな。でも助かったよ。
「ありがとう、リク」
(…ケッ)
ふかふかした背中を撫でる。大人しくしているリク、なんかありがとう。




